2011年8月3日水曜日

この厄介な国、中国



最近読んだ本に、中国史に造詣の深い東京外語大名誉教授岡田英弘の著書で「この厄介な国、中国」がある。

中国は20世紀になるまで中国大陸には中国と言う国家もなかったし、中国人と言う概念も意識もなっかった。というくだりに衝撃を覚え、昨今の中国の引き起こした数々の紛争や国内問題に思いを馳せ読み進んでみると、私が知り得ていた中国の姿と違う側面が陳述されているので一部掻い摘んで列記してみると次のようになる。

「古代中国において歴代王朝は存在していたが、民族の集団ではない。皇帝ただ一人の専有物で中国人民の支配者でも中国大陸の所有者でもなかった。皇帝は中国全土に張り巡らされた流通システムを所有していた。つまり総合商社の社長のような存在であった」と筆者は述べている。

つまり中国においては、最初から王は流通業、商売の頂点に立つ人間のことであった。王はマーケットの支配者であり、この商業ネットワークシステムを帝国の形にしたのが秦の始皇帝、あるいは漢の武帝である。中国の統治システムにおいて最も重要なものは交易である。そのため交易が発展
すればわざわざ領民や領地を持つ必要がない。そのためその存在はボーダレスになり現代の巨大商社の様に国籍がさほど問題にならなくなった状態と似ている。

一般民衆にとって皇帝は利害関係に基づくつながりでしかなく、都市において交易したいものは一定の税を払ってその権利を手に入れ、都市の戸籍を持ち、そうでない物は農村籍あるいは蛮族と言うように厳然と区別が現代中国まで続いている。
中国政府が主張している漢族の優位性と存在自体が厳密な意味で存在しないとも筆者は述べている。つまり古代中国の都市国家の発生を見ても分かるように、商業都市としての住民は様々な地方から交易を目的に集まった雑多な烏合の衆であり、やがてそれらが混じり合い漢族を形成したものととらえている。

「だがそうやって誕生した漢族もまた紀元184年に起った「黄巾の乱」によって消滅してしまった。この乱は都市に人口が集中した結果深刻な食糧不足に陥り、漢王朝に対する不満が爆発し反乱は全土に及んだがやがてそれは制圧されたものの、それがきっかけで中国は四分五裂になり後漢は滅び、三国時代に突入するのである。」

古来中国の歴史は飢餓との戦いでもあり食人の歴史でもある。食料が欠乏したら直ちに共食いが始まる。各時代にある人を食った話は非常に多く、枚挙にいとまがない。そこにはひとかけらのセンチメンタリズムもない殺伐とした世界がある。

「三国時代の混乱は隋の文帝が中国統一に成功するまで400年も続いた。この間都市機能は疲弊し人口が10分の1以下に激減したが、この人口空白を埋めたのが北方の騎馬民族の流入で、中国の住民はそっくり騎馬民の子孫に入れ替わり漢族はほとんどが紀元2世紀で地球上から姿を消したとされている。ただし、漢時代の皇帝システムだけは生き残り、隋、唐、宋と言った王朝に受け継がれ、新たな漢族となった騎馬民の子孫鯛がそのシステムの中に組み込まれ現在に至る。
その皇帝システムが形を変えて出来たのが現在の中華人民共和国なのである。」

「中国人のメンタリティーには他人はすべて敵であり、油断をすればいつ寝首を掻かれるか分からないという考えが常にあり、相手が弱みを見せるとすぐに攻撃を仕掛けると言った個人主義の極め付きがみられる。」和を大事にするわが国の国民性とはかけ離れた国民性である。

「中国人社会において最大のタブーは他人に弱みを見せることで、中国人の行動原理は他人から付け込まれる前に他人の弱みに付け込むといったパターンである。」尖閣諸島問題のあの中国の高飛車な言動はまさにこれが当てはまるであろう。

  参照 中国史略年表

◎ 中国への戒め
中国浙江省温州の高速鉄道事故後に車両を地中に埋めるなど、証拠隠滅が行われたことについて、1日付の週刊経済紙「経済観察報」は「以前から同じ。今回はメディアの関心が高かっただけ」とする主要駅責任者の内部告発を掲載、同様の行為が常態化していたことを暴露した。

事故後、遺族は福建省などから温州に続々と集まり、地元政府が用意した施設に陣取る一方、鉄道駅や市政府前などで激しい抗議活動を繰り返した。その報道をみた人が、ネットや中国版ツイッター「微博(ウェイボー、マイクロブログの意味)」で鉄道当局のずさんな対応を非難。怒りが増幅する構図となった。


中国浙江省温州市で40人が死亡した高速鉄道事故ではネットを中心に「人命軽視だ」「真相究明が先」と世論の怒りが爆発した。中国メディアの一部も報道規制を振り切って当局批判に転じた。いったん埋められた車両の一部は「証拠隠滅だ」との批判を受けて26日に掘り出され、温家宝首相は28日に現地入りした。

中国の過去の災害や事故とは“異質な空気”が流れ、事故の収束を急ぐ当局に強い怒りが世論となって対峙(たいじ)している。
「事故現場の処理は急ぎ過ぎではないか」。事故後初めて現場を訪れた温首相の記者会見で、とげのある口調で質問を突きつけたのは中国国営中央テレビ(CCTV)の記者だった。

不可解な事に行方不明者の数がいまだ公表されていないことだ。「2つの高速列車の乗客は合わせて1630人が乗車していたと報道されている。多くの行方不明者はどこに消えたのか?。。世界の最新技術のいいとこ取り、技術の寄せ集めの産物の高速鉄道はこうした寄せ集めた技術を、おのれの開発技術のごとく主張して世界に特許を取ろうとしている厚かましさには開いた口がふさがらない。そうした考えが世界に通用すると考えているのが、今の中国社会の実態である。

今回の事故はまさにそれを戒めるべくして起きた事故以外のなにものでもない。「無理を通せば道理が廃る」とはこのことである。
川崎重工は、鉄道省との間で締結した技術移転契約は、技術使用は国内に限られると定めており、中国企業は輸出にそうした技術を使うことができない、と交渉の中で強く主張している がそれも豚の耳に念仏となりそうだ。

今回の事故を起こした車両は、先に停車していた車両がカナダの技術をベースにした「CRH1]で、追突した車両は日本の東北新幹線の技術を導入した「CRH2」である。 信号機などの運行技術に至っては海外の先進技術を十分に取り入れることが出来なかったために、時速300~400キロのスピードには追いつかないまま、運行開始に至ってしまっていたのである。

世界各国に現在商談を持ちかけている高速鉄道の入札に焦るあまり、事故を原因究明などもせず不都合な事はすべて覆い隠し、人命を無視した揚句、事故の早期終結を図ったことに、伝統的な商業至上主義者の中国人のがめつさの片鱗が見えてくる。

その一つが、中国鉄道省が事故の発生の翌日24日早々に、上海鉄道局 トップの幹部3人を解任したことである。事故が起きたら最高責任者として、事故対応や事故原因の解明に当たらす事は避け闇に葬ろうとした。
二つ目は、発表されている死傷者の数が40人程度の少なさである。追突した電車と追突された車両の乗客のほとんどすべてが負傷していて当然なのに、けが人の数はたった200人ほどだという。どう見ても、中国鉄道省や政府が事故の規模を小さくしようとしているとしか思えない。
3番目は、事故後真っ先に現場に駆けつけた処理班は追突した先頭車両、つまり運転席を含んだ車両を破壊し、穴に埋めてしまったのである、事故原因判明の一番の手がかりになる運転席部分を破壊して埋めるなどと言うことは、事故原因をうやむやにするため以外考えられないことである。
そしてインターネットを通じて政府鉄道省への批判が激しくなると、直ちに掘り起こすことをやる。

中国で長年ビジネスにかかわってきた日本人が口をそろえて言うのは、「二枚舌、利己的、契約を破っても平気、こんな信用の置けない国が何故ここまで発展するのか不思議でならない。」と。
ビジネスの世界では欧州人もアメリカ人も韓国人も、みんな中国人を好きになれない、中国の話をするときは皆顔をしかめて.ため息をつく。今回の事故で中国は世界中に一番大事な国家の信用の欠落を露呈した。

しかし多くのビジネスにとって悲しいかな安価な労働工賃の魅力には勝てない。おかげで中国の外貨保有高は日本を抜いていまや世界一。
各国が安い工賃を見込んで中国全土に工場を作り世界中に物を売る、結果中国に大量の外貨が入ってくる。そしてその金で軍備増強に余念がない中国、世界中の資源を独り占めする勢いの中国、共産党一党独裁政権が維持できないと崩壊する中国。

こんな厄介な国と我々日本人は心して付き合わなければならないことをこの本は教えてくれた。

2011年8月2日火曜日

アートな話「東西の接点」

国立西洋博物館で開催中の古代ギリシャ展と,国立博物館で開催中の空海と密教美術展を見て来た。



全知全能の神ゼウス小像 ブロンズ

○大英博物館古代ギリシャ展


古代ギリシア人は人間と非常に似た神々が登場するユニークな神話を持っている。 太古の昔より存在するのが神話であるが、ギリシャのそれは神を擬人化しているのが特徴であり、。そのため神の数が多い。オリュンポス十二神 ゼウスを中心に12の神々が男神7神、女神5神が存在しそれぞれの役割を分担している。それとは別に異形の神・怪物なども彫刻で表現しているが、顔が人間で胴体が獣などさまざまである。だがその根底にあるのが人間賛歌であり、人体美の追求だったのだろう。



会場にある彫刻はどれも素晴らしく、時空を超え眼前に存在していた。多くの彫刻は大理石で作られたものであるが、そこに展開する人体の数々は硬質な素材を感じさせないなめらかな肌合いと力強さを見せている。会場内の説明文を読むと、屈強な肉体を持つ人間は戦いのために、各種競技で体を鍛えそれが彫刻に反映されているようだ。特に円盤投げの彫刻を三六〇度見渡してみると筋肉の動きや血管までの表現は細部にわたり精緻を極めていた。
愛と美の女神 アフロディーテ

人体表現は西洋美術の中心的なテーマのひとつであるが、このテーマにはじめて徹底的かつ真摯に取り組んだのは古代ギリシャ人だ。神々の彫刻を見ていると、ギリシャ人は神も人間と同じ姿であるとみなしていたことがうかがえるのであるが、その神や人間を「身体」という現実の形で表すことは、ギリシャ人が人間について考え、神について考えるときに欠かすことのできない手段だったのであろう。彫刻は神のイメージを具象化するための「表現」であり「技法」であると同時に、身体を絵画や彫刻によって形作リやがて、陶器に見られる黒像式、赤像式の様式の中に人体が展開していくのである。
これらの図像には人間社会のストーリーが秘められている。会場で見たこれら陶器の数々は堅牢で大ぶりな壺類が大半を占めていた。


黒像式と赤像式のアンフォラ(2つの取っ手付き陶器)

また、会場の一角にあったアクロポリスを俯瞰したジオラマは、神殿や祭壇、劇場 競技場、彫刻を造る工人の館など当時の古代ギリシャ人の生活が偲ばれる興味深いものであった。

 <会期 7/5~9/25 >


空海(弘法大師)

○空海と密教美術展


密教とは一般の大乗仏教(顕教)が民衆に向かい広く教義を言葉や文字で説くのに対し、密教は極めて神秘主義的・象徴主義的な教義を教団内部の師資相承によって伝持する点に特徴がある。(ウイキペディア)
平たく言えば師匠が弟子に直伝する手法で仏教を指南することであるが、上述のギリシャにおける人間界の上位に立つ者としての概念が神であり、ここでは仏教の仏である。両者とも土台になっているのは人間である。

密教を日本に初めて伝えたのは弘法大師空海で、804年に中国唐に渡り、2年後密教の教えとそれに付随した美術をわが国に広めた。いわゆる真言仏教と言われるもので源流はインドを経て中国で消化咀嚼された仏教である。同じく唐に渡った最澄の天台仏教とは区別される。

胎蔵曼荼羅


その教義は中心(本尊)に大日如来(宇宙の真理を仏の形にしたもの)を8枚の花弁をもつ蓮の花の中央に胎蔵界大日如来、その周りに4体の如来4体の菩薩を配置し、さらに縦横に多くの仏を配置している曼荼羅と言う図は仏教絵画の典型である。さらに会場は空海の書が数多く展示されていた。弘法筆を選ばずの名言のごとく達者な筆使いが入場者の目をくぎ付けにしていた。


京都東寺の仏像群のある会場

さて会場の一番のハイライトは、京都東寺の仏像群で、大日如来を中心に5仏、5菩薩、5大明王の中から8体の仏像が所狭しと安置されており、さながら仏像曼荼羅である。
仏像の背後にははるばるとした仏教の歴史が控えていて、奥深い天上的な魂と一刀入魂の工人(仏師)の技が一体となり、まとまりのある臨場感を醸し出していた。見えない神を大理石やブロンズで具現化した西洋彫刻の始祖ギリシャ。やがてインドで発した仏教は中国を経て日本において木で具現化され、いずれも中心の神ゼウス、中心の仏、大日如来。それらを取り巻く幾多の神々あるいは仏たちの何と構成の似たことか。

<会期 7/20~9/25>

2011年7月18日月曜日

大和なでしこは強い


ワールドカップで優勝したなでしこジャパン
 「大和なでしこ」とは『日本女性の凛として清楚な美しさをたたえていう語である。

2011女子ワールドカップ・ドイツ大会。激勝に次ぐ激勝で決勝までやってきたなでしこJAPAN。小さい身体。乏しい経験。恵まれない環境を乗り越えてきた。対するアメリカはワールドカップを二度制した強豪中の強豪。世界ランク1位。日本は過去一度も勝ったことがない難敵であった。大会前のテストマッチでもいいところなく敗れており、なでしこの旗色が悪いことは明白だった。試合前から「勝てない」と諦めた人は私を含め大勢いただろう。


全般の試合はアメリカに押され気味で、ひやひやする場面が続いた。後半逆転同点にもつれ込んだのはやはりキャプテンの澤だった。延長に突入してもつづく試練。一向におさまらないアメリカの猛攻。耐えて耐えて、なでしこは決して諦めない。延長後半12分の澤の同点弾は、コーナーキックからニアサイドに走り込み、アウトで弾いて後ろに流す難易度の高い超絶テクニック。日本サッカーの伝説的名場面だった。PK戦に入ってからのGKの海堀の反射神経は目を見張るものがあった。

女子サッカーの実力は目覚ましい進化の跡が見られる。それにも増して最後まであきらめない精神力と集中力は目を見張るものがある。
特に澤選手は、かの釜本選手が持つ日本代表歴代最多得点記録の75得点を更新中で歴代最多得点王になっている強者である。

彼女は小学1年の時から男子に交じってサッカーをやっていて、幼少のころから光る才能があったという。その点で我が家の息子が、小学1年からやっていたサッカークラブの同輩の中村俊輔とイメージがダブる。イチローの親父もそうだが、俊輔の親父も息子にかける情熱と一途な姿勢は何か共通するものがあるようだ。俊輔の親父は息子の練習後に家に帰った時は必ず汚れたサッカーシューズを洗ってやったそうだ。昔のチーム仲間の写真を見るとチームの中で俊輔は一番体が小さくすばしっこかった。大きくなりたいがために人一倍牛乳を飲み今の体になったと聞いている。


閉塞感から抜け出せず、震災で打ちのめされた日々の日本。薄暗い状況の中で見た一条の光に我々にわき上がる勇気をくれたなでしこジャパン。恵まれない者、持たざる者が、どん底から這い上がり、栄光をつかむ姿。その歩みのすべてが、日本人に希望を与えてくれたはずである。
久しぶりに感動的なサッカーを見せてもらった。

今まで女子のサッカーはあまりメディアに出る機会がなく、私も男子サッカーみたいにTVを見ることもなかったが、さすがに準決勝、決勝と周りが騒ぎだすとTVにくぎ付けになった。一躍メディアに躍り出た女子サッカーに負けずに、男子サッカーも、女子の快挙に触発されて奮起してもらいたいものだ。並居る大柄の外国勢相手にフィジカル面では劣勢でも日本の女性軍は精神面で強かった。

2011年7月12日火曜日

夏の風物詩


関義丸の新造船と白メバル


毎年梅雨が明けると、始まるものに釣友と出かける東京湾走水の夜メバル釣りがある。例年だと7月の終わりから8月にかけての釣行となるのだが、今年は梅雨明けが10日と早かったので、待ち切れず三馬鹿が走水に出かけた。

メバルと言っても午後のアジから夜の9時までのリレー釣りで、お目当ては午後5時に港に上がり、次の6時出船までの間、港近くにある味美食堂で名物のアナゴのてんぷらを肴に生ビールでいっぱいやるのが楽しみなのだ。昼のカンカン照りの船上で走水のアジと格闘して、汗だくでカラカラに渇いたのどに流し込むビールは格別で、釣り談義に花が咲く。10年来この店に来ているが、倅と老いたお袋が二人でやっている店だがお世辞にもきれいな店とは言えないが、味はすこぶる良く地元では地魚を使った評判の店である。

味美食堂とアナゴのてんぷら
 出船の10分前に船に戻ると、釣り客が10名ほど乗っていたので、メバルも人気のある釣りものなのだろう、ここ走水は一昔前はドジョウで釣らせる船宿もあり、何回か乗ったこともあり面白い釣りではあったが、今ではここ関義丸を含め2~3軒の船宿が青イソメの釣り宿として残っている。今は無き先代の親父の頃から通っているが、息子の船頭はいつの頃かきれいなカミサンを貰い営業しているが、親父と顔ががよく似ていて、頭の禿げかかったところも親譲りだ。最近手に入れた新造船に話を向けると、6000万円以上かかったと鼻の穴を広げてにやりと笑っていた。


メバルは私の好きな釣りもので,釣趣、食味ともよく、相模湾のイワシメバル、東京湾のエビメバル、房総のイワシメバルなど釣り餌に応じた名前が付いており、相対的に釣れるメバルは東京湾は白メバル。相模湾や外房で釣れるメバルは黒、金、赤などそれぞれ住環境によって色が多彩である。

空撮 走水港

出船前の支度をしているとすでに船上で竿を出している客がいて、見ているとメバルやタナゴを続けさまに釣りあげている。船の接岸場所にこれだけいるということは魚影が濃いということだろう。釣り場は港から5分程度の水深20~30mの根周りである。

例年だと東京湾の花火を見ながらの釣りであるが、今回は時期がずれていたので見れなかった。だが釣果の方は納竿間でコンスタントに釣れ、今年は型もよかった。試しに冷凍の小アジをつけて見たが本日最大の尺近いメバルが釣れたが、アジの餌はこの1匹が釣れただけで、あとは青イソメだけに喰ってきて、23匹の釣果の中にはあまり小さいものはいなかった。釣友たちも同程度の釣果に終わりみんな満足して帰路についた。

2011年7月7日木曜日

嫌な空気

山本七平氏の書に<空気の研究>と言うものがある。今の異様な政治状況を考察するのに通じるものがあるのでその一節をご紹介しよう。


《「空気」とは何であろうか。それは非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ「判断基準」であり、それに抵抗する者を異端として、「抗空気罪」で社会的に葬るほどの力をもつ超能力である》

《われわれは常に、論理的判断の基準と、空気的判断の基準という、一種の二重基準のもとに生きている》

《気になり出すと、この言葉は一つの?絶対の権威?の如くに至るところに顔を出して、驚くべき力を振るっているのに気づく》

《空気の責任はだれも追及できないし、空気がどのような論理的過程をへてその結論に達したかは、探求の方法がない》


さて昨今の政治のドタバタ劇は、震災復興相の辞任に極まった感がするが。任命責任者の管首相は、与野党からも見放され、国民からも見放され、四面楚歌の渦中にある。自分を取り巻く空気に人一倍敏感な管首相は、権力の魔力に取りつかれたかのように一向に辞任時期を明確にせず、のらりくらりと無益な時間を過ごしているのは、背後に管を動かしている得体のしれないもの(米国?)があるのではないかと勘繰りたくもなるほどの粘り腰である。

首相を取り巻くこれら抵抗勢力は、山本七平氏の言葉を借りれば「水」である。一般的にある一言が「水を差す」と、その場の空気が崩壊するわけだが、その場合の「水」は通常最も具体的な目前の障害を意味しており、それを口にすることにより即座に人々を現実に引き戻すことを意味している。

空気は移ろいやすい。言葉を換えればムードである。個々の決定を拘束し得ても、通常性の裏打ちがなければならない。首相の発言政策決定はその場のムードでコロコロ変わる。原発事故による情報の隠ぺいや、思いつきの指示、外交上の不手際など数え上げたらきりがない。


山本氏の言葉を借りれば虚構の中に真実を求める社会が体制になった(虚構の支配機構)では秩序を維持しようとすれば、すべての集団は、「劇場のごとき閉鎖性」を持たなければならず、情報統制を敷いた閉鎖集団となる。そのため重要な政治決定が国民を蚊帳の外に置いたところで推進されていく。
いわばその集団内の演劇に支障なき形に改編された情報しか伝えられず、そうしなければ秩序が保てない世界になっていく。
しかるに民主党の掲げたマニュフェストもまた虚構である。ついこの間、発信した管首相の第二の開国宣言(TTP参加)も軽々しく決定するような問題でないのでこの件について少し言及してみよう。


そもそもTPP環太平洋パートナーシップ協定:Trans-Pacific PartnershipAgreement)とは何か。関税を最終的には撤廃して自由貿易を推進しようというものである。

ちなみに、TPPとは関税撤廃を柱とするFTA(二国間または地域間の協定により、関税や数量制限など貿易の障害となる壁を相互に撤廃し、自由貿易を行なうことによって相互利益を図る協定のこと)を多国間で同時に結ぶものだ。2006年にチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4ヶ国で発効したのが始まりで、その後、米国、オーストラリア、ペルー、マレーシア、ベトナムが参加の意思を表明して、交渉を開始している。

国が情報を公開しておらず我々国民は知らされていないが、TTPは単純に個別の産業が利益を受けたり損なったりという問題ではなく、国のかたちが特定の国(米国)によって変えられるという重大な問題が潜んでいる。中身は上の表の通り。

先に当ブログで言及した、米国がわが国に毎年示している年次改革要望書を思い出していただきたい。それが2008年を最後に止まってしまったが、どっこい水面下で米国政府は糸口を模索していた。それがより強力な9カ国を巻き込んでの協定を目論んだシナリオである。その中身は24項目に分類されており、このうち金融と投資と紛争解決の項目は国家主権が脅かされる危険があると、ノンフィクション作家関岡英之氏は述べている。この国際協定は年次改革要望書よりも拘束力と強制力が強いため安易に第二の開国と宣言した管首相は深い思慮もなくアメリカに耳触りの良いスローガンを掲げたが、TPPは日本を危殆に陥れる危険性を孕んでいる。特に注意点は以下の項目である。

○サービス金融 郵貯などの国民の金融資産の運用

○投資 内国民待遇による土地や企業の買収。 外資の規制が出来ない危うい事態。

○紛争解決 投資家VS国家で問題が生じた場合、外資が相手国の政府を告訴できる

○労働 外国人労働者の参入、中国などが参入してきたら大変なことになる
 雇用の喪失 (特にマニュフェストにはない外国人の参政権を画策している民主党においては非  常に危険な項目である。移民を受け入れた国はことごとく失敗している。)

昨年までTPPは目だたない小国どうしの経済連携体であった。オバマ米大統領はその小国の連携に手を突っ込むことで、TPPを大きく変えた。ディフォルト寸前の落ち目の米国にとって、TPPはこの地域で米国が中 国に対抗して主導権を取れる唯一の経済連携グループとなったのである。TPPにかむことはそのまま米国をサポートすることにつながる。TPPは菅政権に とって普天間で揺るぎ、尖閣でその効用を再認識させられた日米同盟を立て直す切り札だった。それは経済政策というより政治的選択だったのである。沖縄 の人々の思いより日米同盟優先でキャンペーンを張った主流メディアがTPP支持に回ったのも当然の帰結だった。

TPPは米国にとって都合のいい条約で、日本がおこなうべきは、むしろ米国との2国間FTA交渉だろう。TPP加盟国と日本のGDPを見てみても約9割が日米で占めており、事実上TPPは日米貿易の色が濃く、TPPを突如言い出したオバマ政権の意図は「米国の雇用増大、輸出2倍」という選挙目当ての公約。このために日本市場をさらにこじ開けて米国農産物を買わせる。日本国内でもアメリカ人のジョブを増やすため、格好の材料として活用される。

米国からの圧力があったのだろうが、TPP議論は日本でも、突如「政治配慮」として浮かんできた。しかも日本の主要メディアが何故か前向きに検討を、積極的に参加を、これこそがグローバル化、バスに乗り遅れるな等々、空疎なご託を並べて思考停止の管政権に「ご注進」を始めたのである。
不思議な流れがふっと現れた場合、背後に巨大な動き、見えない政治圧力の存在がある。

日本は1858年の日米修好通商条約以来,関税自主権がなく税率を相手国と相談してきめる不平等条約を強いられてきた。その関税自主権を回復し,欧米諸国と完全に対等の立場にたつのは,開国から約(60年後の1911(明治44年)のことであった。

米国は貿易赤字を減らすことを国家経済目標にしていて、オバマ大統領は5年間で輸出を2倍に増やすと言っている。米国は輸出倍増戦略の一環としてTPPを仕掛けており、日本は米国とFTAすら結べていないのに、もっとハードルが高く不利な条件でTPPという自由貿易を結ぼうとしている。TPPは過激な自由貿易協定に過ぎず、単にわが国の農業が壊滅するという話ではない。

2011年6月14日火曜日

アートな話「モナリザ」

Art is long,Life is short.芸術は長く人生は短し.(ピポクラテス)

レオナルドダビンチの傑作モナリザは時を経た今でも永遠に微笑み続けている。未完の名画とも言われている.フランスルーブル博物館所蔵の門外不出のこの絵画は過去に3度博物館から移動している。最初はルーブル美術館に出入りしていたガラス職人による盗難。二番目は米国への貸し出し。3番目は日本への貸し出しである。

最近NHKのBS歴史館 「モナリザはなぜ海を渡ったのか?」というテーマの番組を見た。

時は東西冷戦の真っただ中の、キューバ危機で米国が旧ソ連とにらみ合っていた時期である。米ソ2大国の冷戦が緊張の度合いを増す中、当時フランス大統領ドゴールは、第2次大戦でドイツに占領された苦い経験から、戦後の国家体制は核を保有することで大国と同じテーブルで外交交渉に、対等に望めるとして核の保有に全力を注いだ。米国、ソ連、英国、に次いで核実験を行うが米国の抵抗にあう。そしてフランスの核実験の4年後には中国も核実験を始めた。

核拡散を防ぎたいアメリカと核武装をして発言権を得たいフランスのせめぎ合いの中で、フランスがアルジェリアのサハラ砂漠で核実験をした翌年1961年、ケネディーが夫人を伴い訪仏。この時ドゴールは、腹心の文化相アンドレ・マルローにジャクリーヌ夫人をルーブル美術館に招聘し、この世界的に有名なマルローに取り入らせた。

亭主を落とすには女房から懐柔するといった古典的な手法で、夫人を取り込んだ訳である。ジャクリーヌ夫人はフランスの知性マルローをいたく気に入り、作戦は見事成功した。

翌年ドゴールは、フランス国民の反対を押し切り、初めて海を渡ったアメリカ国立美術館でのモナリザ公開を実現させた。当時米国では2か月間で170万人の観客が押し寄せたそうだ。そのようないきさつで、米国もフランスの核保有を黙認する形となったのである。まさに名画を政治の切り札に使ったモナリザ外交である。

この公開の最中のドゴール大統領は次のように大見得を切った。

『今やアメリカの核戦力は世界平和を保障するものになっている。しかし、この核戦力がヨーロッパやフランスの危機に必ずしも迅速に使われる保証はない。それゆえに、フランスは独自の核戦力を持つことをここに宣言する。』

実行力のある政治家の言葉は重い。どこかの国の口先3寸の出来もしないことを軽く発言する首相の面々とは違う。この言葉の端には米ソに負けない大国になろうとするフランスの思惑が感じられる。そして翌年我々はニュース報道で歴史の大きな転換を知る。ケネディーの暗殺である。その裏に隠されたマリリンモンローとの逸話がMr.presidentに花を添える。

左はIMF専務理事ストロカーン

さて余談になるが、現代のフランスにおいては、次期大統領の呼び声が高い 国際通貨基金(IMF)の専務理事、ストロスカーン氏。現サルコジ大統領とはりあっているが、強姦未遂で次期大統領選を棒に振った女好きを自認するこのおっさん。写真は2009年にピッツバーグで開催されたG20サミットの場面で、スケベったらしい顔でミッシェル婦人に近づこうとする所を旦那のオバマに手を払われている。

歴代のフランス大統領は女で浮名を流しているが、今回のスキャンダル、何もホテルの客室従業員に手をつけることはなかろうに、いつの世も男の業は尽きることはない。「歴史の裏に女あり」とはよく言ったものである。

2011年6月10日金曜日

脱原発


地球生誕から46億年が経ち、今から200万年前に人類(ホモハビルス)が誕生し石器を造った。やがて人類の遠大な歴史の中ではごく最近に当たる200年前にイギリスで産業革命が起き、それを支えるエネルギーを化石燃料から手に入れた人類は、やがて産業の発達とともに、石炭から石油、石油から原子力という究極のエネルギーを手に入れた。

ところが2011年に北半球に位置する小さな島国で、人類が未だ経験したことのない大惨事が起きた。巨大地震による衝撃的な揺れと津波で、原子力発電所が破壊された。その名は日本(福島)、今や世界中の目がこの福島に集中してしている。現在廃炉に向かって作業中であるが、その道程は長く険しい。


原子力エネルギー政策は、好むと好まざるをにかかわらず、歴史的使命を終えたのではないか。今後、稼働中の原子力発電の耐用年数(40年)が過ぎた順番で運転を停止し、危険極まりない地震列島に位置する原子炉は徐々に廃炉にしていき、原子力に代わるエネルギー政策に変換する必要があるだろう。

今までに蓄積されてきた原子力に伴う核廃棄物の処理も一筋縄ではない。これらに伴う管理コストは安い生産コストを圧倒的に押しやることが分かり、結局高くて危険なエネルギーであることが分かった。
特に核廃棄物の処理において、大量の低レベル放射性廃棄物と、高レベル放射性廃棄物の発生に伴い、特に高レベルのものはガラス固化するものの、半減期数万年のウラン235やプルトニウム、マイナーアクチニド (MA) と高発熱量核分裂生成物 FP が混入しているため、冷却しながら30年、その後数万年という気の遠くなるような時間をかけて保管が必要になる。


太陽光(熱)発電、地熱発電、風力発電、波浪発電等の地域分散型発電など人畜無害の自然エネルギー政策への転換も取りざたされているが、太陽光発電では原子炉1基分の100万kWの電力をつくろうとすると、山手線の内側と同じくらいの面積にソーラーパネルを敷き詰めるという話で、地理的に問題があるし、地熱発電も国定公園内がそのエリアにあるため規制がかかる。風力発電も局地的で大規模な発電には至らない。また波浪発電も自然まかせで安定した電力が得られない。もっぱらの頼りは従来の火力発電水力発電だが、、、。

少子高齢化による人口減少、省エネ社会の日本で電気の使用量が下降線をたどると言われている中、福島原発事故後のエネルギー事情は変換を余儀なくされるだろう。全国の原子力発電所54基のうち、35基が停止している現状で、現在運転中の19基も来年夏までには定期検査の時期を迎え再稼働しなければ全部が停止する。いったん止まった原発の再稼働は地元の了解を得なければ困難な状況下で、今後原子力発電に代わるエネルギーをどこに求めるべきか?

ここに脱原発後のエネルギー資源について各方面から興味深い提案が発信されているので3つほど抜粋してご紹介しよう。

東京湾にあるLNG火力発電所

提言1

 作家広瀬隆氏は最もクリーンで世界の発電のエースであるLNG火力を増設するべき と言っている。電力会社としては、LNG(液化天然ガス)火力発電所を増やすことを勧めている。
LNG火力というのは、現在、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた「ガス・コンバインドサイクル」として完成している。この発電設備は、火力のなかで最もエネルギー効率が高い。じつは原発のエネルギー効率は驚くほど低く、わずか30%だ。電気にならなかった残りの70%は、温排水として海を加熱して、自然破壊を進めている。一方、従来型火力は45%まで、そしてガス・コンバインドの熱効率は実績で60%まで高まっているという。

しかも、この方式ではタービンでLNGを燃焼させた後に、何度も排熱を回収してエネルギーを発電機に送るため、熱効率は原発の2倍なのに、排熱量は2分の1に抑えられる。ほかにも、天然ガスはクリーンで地球環境に最もやさしい、小型なので設置に場所をとらない、電源を入れてから1時間で起動できるので消費量の変化に追随できる、という数々のメリットがある。

 原発がなければ経済成長できないと考えるのは大きな誤りで、これがいま世界の趨勢なのである。日本の電力消費は、家庭用が3割弱で、残りの7割以上を産業用と業務用が占めている。しかも、日中は家庭にあまり人がいないので、ピーク電力の問題はほとんどが産業用・業務用の問題だと氏は提言している。

提言2    

資源エネルギーを他国からの輸入に頼っている国家、日本。ところが、ある資源によって日本が資源小国から資源大国になれる可能性がある。
平成13年7月に発表された「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」を実現するため、平成13年度、官民学共同のメタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(通称:MH21)が組織された。

メタンハイドレートは天然ガスの原料となるメタンを水の分子が取り囲んだ状態の固体結晶。永久凍土地帯や大陸縁辺部の海域に高圧低温の条件下で生成され、火をつけると燃えるため「燃える氷」といわれる。燃焼時の二酸化炭素(CO2)排出量は石炭や石油に比べると半分程度で、地球温暖化対策にも効果的な新たなエネルギー源として注目されている。

日本近海の東部南海トラフだけで日本の天然ガス年間消費量の13・5年分に相当する約1兆1400億立方メートルの存在が確認されており、現在のガス田の埋蔵量ランキングにあてはめると世界20位程度に位置する。(上の写真は日本近海のメタンハイドレート分布図と下はその物。画面上赤い個所が埋蔵量の多いところである。)
しかし採掘コストが高いことなどから、太平洋側南海トラフよりも日本海側の佐渡近海がメタンハイドレートの結晶が固まっていることが分かっているので注目されている。
また近年問題の竹島近海でも発見されているので韓国が領有権を主張している。そして東シナ海にも存在するため中国が狙い漁っている。


渡邉教授
提言3       


 筑波大学大学院、渡邉信(まこと)教授の進めているバイオエネルギー藻類が日本の救世主になると教授は力説している。

世界にも注目される、大量の石油を生む特別な「藻」の大発見!これまで海外で、いくつか石油を生む藻の発見はあったし、現に米国もクリーンエネルギーとして1000億円以上の事業投資をしている。米国では藻類を原料にしたバイオ燃料を開発するベンチャー企業が続々と登場。研究室レベルのものから、大規模な培養を試みるものまで様々あるが、実用化は5~10年後といわれる。すぐにビジネスになるような話ではないが、産業界の藻類への関心は並々ならぬものだ。
左からボトリオコッカスとオーランチオトリウム


しかし、藻のスペシャリストの教授が発見したのは、これまで発見された藻をはるかに上回る量の石油を生み出すという関係者しか知らない極秘の藻(オーランチオトリウム)は、従来の藻(ボトリオコッカス)と違い光合成を必要とない藻で、原油(炭化水素)を効率的に作ることが出来き、生産能力はボトリオコッカスの10倍以上になる。日本が年間使用している原油量2億トンを生産するのに2万ヘクタールの土地があれば生産できるらしい。研究チームの試算では、深さ1メートルのプールで培養すれば面積1ヘクタールあたり年間約1万トン作り出せるためこの試算になる。
もともと原油は藻類が長い年月を経て堆積したもので、原料は同じことになる。ただ生産コストがかかるので、生産ベースに乗せるプロジェクトを国内企業50社が藻類産業創成コンソーシアムという組織を立ち上げて10年後をめどに実現をめざしているところだ。

地球が何億年もかけて作った石油を、科学の力により短時間で効率よく生産する革新的なプロセス、その上、付随した石油製品の数々も生産できる石油の代替品である。
成功すれば日本は産油国になり250兆円以上の市場が待っているという遠大で夢の多いプロジェクトである。世界のパワーバランスさえ変えてしまう新しいエネルギー循環に期待したい。

  ■渡邉教授が熱く語っている動画