2014年7月17日木曜日

アートな話「伝統産業」

伝統工芸品マーク

右は、ご存知の経済産業大臣が指定する伝統的工芸品マークであり、鎌倉彫もこの指定を受けている。国は「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」1974年公布に基づき、全国の伝統工芸品210品目を指定しており、経済産業大臣が伝統的工芸品を指定する要件は、以下の5項目になっている。

1.主として日常生活の用に供されるものであること。
2.製造過程の主要部分が手工業的であること。
3.伝統的技術または技法によって製造されるものであること。
4 伝統的に使用されてきた原材料であること。
5.一定の地域で産地を形成していること。

さて、戦後高度経済成長を経て、伝統産業も経済成長とともに成長してきたが、バブルの崩壊から長期的な経済不況が始まり、現在まで一定の経済回復はあるものの、本格的な回復はしていない現況がある。このことは経済社会において、単なる経済不況に留まらないトレンド、すなわち経済のグローバル化、生活者のニーズの変化、新たな流通の仕組み、さらにITの発達などによって、経済の構造変化が進んでいることが、複合的にこの業界に影を落としている。
このような時代の流れのなかで、日本人の暮らしの価値観、精神性といったものが忘れ去られていきつつある今日において、「和」の暮らし、考え方、センスを今一度見直すためには、その担い手である伝統産業の持つ意味は大きい。
しかし、高度成長期が終わったころから、全国の伝統産業の規模の拡大が止まり、今日まで縮小の一途をたどっている。業種によっては絶滅危惧種のような地方の地場産業もあるが、後継者も育たない状況は大なり小なり各業界が抱えている問題である。

私が仕事をしている鎌倉彫業界は、お稽古産業という特殊な形態が鎌倉彫総生産の80%以上を占めていたため、急激な需要の落ち込みはなかったものの、年々会員数の減少化は進み、会員の高齢化なども影響し最盛期の半数を大幅に下回り、下げ止まりが見えない状況である。一方で伝統産業の宿命でもある生産性の低さと高い技術力とは裏腹に、大量生産された紛い物(市場で鎌倉彫風と称して流通している安価な臭い製品)も製造業としての鎌倉彫のイメージを悪くしている。良い作品を見て消費者が眼力を肥やすのは望ましいことだが、生産者も消費者のニーズに答えるよう、常に創造力を磨く努力は怠ってはいけないと思う。

ここにきて生産基盤である原材料の減衰や,経営者死去に伴う廃業などで、唯一残っていた鎌倉市内の木地製造業者もいなくなり、今後は鎌倉市以外の地域で、限られた業者に材料の調達と木地加工製造を委託することになるようだ。これも時代の趨勢かもしれないが、組合も手の打ちようがないのだから情けないかぎりである。
鎌倉市も地場産業の鎌倉彫に対する思い入れも厚いとは言えず、市の助成金も雀の涙ほどで、このまま伝統産業の看板が廃れていくのは関係者としては忍びない。唯一の地場産業である鎌倉彫を守り、その活性化を促すのが鎌倉市の使命だと思うのだが。果たして市にその気概があるのかどうか疑問である。

2014年7月5日土曜日

玉虫色が好きな日本人



玉虫(見方によってはいろいろな色に変化する)
これまで歴代の政府は、憲法9条のもとで「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、米国の弱体化にともなう中国の台頭などによるパワーバランスの変化や、技術革新による武器の急速な広がりや、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、一国平和主義が立ち行かなくなった。

変化し続けている世界状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、状況によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得るとの認識から、安倍内閣は1日の閣議で、日本国憲法第9条の一定の要件を満たしている場合、集団的自衛権を行使することができるという内容の閣議決定をした。新たに憲法9条を憲法改正で明文化することを避け、憲法解釈という日本人好みの玉虫色の政治手段を選択したわけである。

現況では憲法改正の実現の可能性が低いことと、非常に時間がかかることから、ある意味これは日米同盟強化の便法になった。集団的自衛権行使容認に米国、欧州、オーストラリアなどは賛同しているが、中国は猛反発している。愚かにも同盟国韓国はこれに同調している。日本が玉虫ならば、韓国はイソップに出てくるコウモリであろう。朝鮮半島有事の際に誰が手を差し伸べるのか、このアホな国は同盟という意味が分かってないようだ。

米国発の憲法9条を保持することに、同盟国米国は異論を挿めない。日本にとっても、安倍首相が「閣議決定は日本と関係の深い国が攻撃を受け、日本に危険が及ぶと政府が判断すれば、必要最小限の集団的自衛権の行使が可能となる」と述べている。あくまで「日本に危険が及ぶ」ケースでしか行使はあり得ないとし、「外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行われない」と明言している。
現在、極東の安保情勢は中国の海洋進出と北朝鮮の核ミサイル開発でがらりと様変わりし、一国平和主義が通用する環境にないことを考えると、平和ボケから目覚めた国民の意識の根幹にあるのは戦争抑止である。そのためにも集団的自衛権行使は普通の国の大きな抑止力になりうる。
国内では賛否両論分かれているが、反対派は「日本が他国の戦争に巻き込まれる」と主張するが、国家主権がある以上、NOと言える局面は訪れる、それも玉虫色に変貌しながら。
なお、この閣議決定で、ただちに集団的自衛権が行使できるようになるわけではなく、国内法の整備と、国会の審議などを経て、実際の行使に当たっても、個別的自衛権の場合と同様、国会承認が待っているので少なくとも来年以降の話である。




 さて、憲法解釈とは対照的なのが、憲法に明文化される移民法改正案の成立である。現在ヨーロッパ各国では、多文化共生を謳い文句に大量移民を受け入れてきた結果、社会基盤や文化を崩壊させかねない勢いに危機感を募らせ、ドイツのメルケル首相が「移民政策は完全に失敗だった」、そして英国キャメロン首相が「移民受け入れという慈善は止めた」、さらにサルコジ・フランス前大統領が「移民の流入をこのままにして置く訳には行かない」と告白した経緯を見ると、移民政策の失敗が浮き彫りになってくる。唯一成功したのは歴史の浅いゼロベースの移民で成り立った米国と言えるだろう。

そんな折、国会議員は6月11日国会で「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律」を成立させた。、内閣提出法案として5月29日たった1日の審議で、衆議院法務委員会全会一致で採決、31日衆議院、6月11日参議院で可決し、国民への周知もなく成立した。いうまでもなく少子高齢化対策としての禁じ手の切り札で、年間20万人を呼び込む目論見である。
主な改訂部分は、政府指定の「高度人材外国人」が、3年間の日本滞在で、無期限の永住が可能となり、欧州の失策を敢えて踏襲している。「永住許可取得後に両親や家事使用人の帯同が認められ」、「子供の養育名目で帯同出来る両親と子供が、本当の両親や子供では無くとも良い」という。1人の高度人材外国人が日本移住認可を得ると、本人が招聘する家族以外の、例えば家政婦、両親名目で誰でも移民出来るのだ。一応高度人材の確保としながらも、低賃金の移民を安易に受け入れ、労働力不足を解消する手立てであることは明らかである。報道も法案の経緯や成立についてもほとんど解説していないのが不思議である。
日本を取り囲む特に中国や韓国などは、自国から逃げ出したい輩が国民の半数以上いる中で、安易な審査で、世界各国で問題を起こしているこれらの国の移民は永住権を得た途端、当然の権利として地方参政権を要求し、本国の分子となって反日の日本を蝕む芽となりうる。同一性の強い日本人社会ではヨーロッパの国難よりも深刻になる公算大である。災いの芽は増やしてはならない。

2014年6月25日水曜日

先細る海洋資源

昨年東京湾で見つかったナガスクジラ

日本人になじみの深いクジラ、ウナギ、本マグロの三種は、いずれも高級食材であるが、これらを取り巻く世界の自然保護の目は年々厳しくなっている。
自然保護の立場からワシントン条約は、野生動植物の国際取引の規制を輸出国と輸入国とが協力して実施することにより、採取・捕獲を抑制して絶滅のおそれのある野生動植物の保護をはかることを目的に適用されている。日本は、同条約規制対象種中6種(クジラ6種)については、持続的利用が可能なだけの資源量があるという客観的判断から留保している。

今年、国際司法裁判所が判決を下したのは、南極海で日本が行っている調査捕鯨が商業捕鯨に限りなく近いといった判定である。日本は南緯60度以南の南極海で、およそ30年にわたって鯨の生態を調べるための調査捕鯨をおこなってきた。対象はミンククジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラなど3種。捕鯨反対国に対する配慮や、環境保護団体シーシェパートの妨害などで、実際に取っている数は100頭あまりであるが、毎年1000頭以上の捕獲を目標としている。捕獲量の問題と思想的なギャップからオーストラリアは4年前、日本が南極海で行っている調査捕鯨は、実態は商業的な目的を持った捕鯨であり、国際捕鯨取り締まり条約に違反しているとして、国際司法裁判所に訴えそれが認められた格好になった。今後この貴重なクジラが食べれなくなると憂いていた矢先に、ラジオショッピングで鯨肉の宣伝をしていたので、忘れていたクジラが食いたくなって思わず冷凍ブロックになったナガスクジラを購入してみた。加熱した味は昔懐かしい小学校給食で食べたクジラであるが、刺身は赤身だったので期待したほどではなかった。尾の身などのうまい部分は一般消費者には回ってこないとは思うが。


日本うなぎ
土用の丑の日を前に、うなぎの需要のピークを翌月に控え、うなぎ業界に衝撃が走った。6月12日、世界の科学者で組織する国際自然保護連合(IUCN、スイス)が、絶滅の恐れがある野生動物を指定する「レッドリスト」にニホンウナギを加えた。IUCNのレッドリストには法的拘束力はなく、うなぎが禁漁になるなどただちに業界に大きな影響が及ぶものではない。だが、ワシントン条約はこのレッドリストを保護対象の野生動物を決める際に参考としており、今後、ニホンウナギが規制の対象になる可能性がでてきた。
ワシントン条約では絶滅の可能性がある野生動植物(絶滅危惧種)を保護するため、対象となる動植物の輸出入を規制している。国産うなぎは99%以上が養殖だ。明治時代から100年以上の歴史があり技術も確立しているが、卵を孵化させて成魚まで育てる完全養殖はまだ量産化されていない。そのため、シラスウナギと呼ぶ、ニホンウナギの天然の稚魚を6カ月から1年半、育てて出荷するようだ。

このシラスウナギは近年、日本近海での漁獲高が減少し、半数以上が中国や台湾など海外からの輸入に頼っている。シラスウナギが海外からの輸入であっても、日本国内で養殖すれば「国産」をうたえる。もはやシラスウナギの輸入は国産うなぎにとって不可欠になっている。そのため、ワシントン条約でニホンウナギの取引が規制されれば、シラスウナギを輸入できなくなり、養殖業者に打撃となる可能性がある。個体数が減少して、絶滅危惧種に指定されたニホンウナギの稚魚シラスウナギではあるが、昨年12月からはじまった漁でも各地で不漁が深刻化しているようで、台湾からの輸入シラスウナギも1キロあたり200万円台と高値で推移。今年の夏もウナギの価格高騰は必至といった状況で、中国産ウナギを除いて国内養殖のウナギは庶民の手の届かない魚となりつつある。店によっては廃業するところも出てきているらしい。


筑地のマグロのセリ
 
マグロの王様クロマグロの状況も厳しい。「大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)」において、大西洋東部(地中海も含む)のクロマグロ漁獲量を2割減らす事が決まった。この海域は世界でも有数のクロマグロの漁場である。日本は北太平洋海域で揚がるクロマグロの大半を消費。大西洋では禁止されている未成魚が匹数ベースで漁獲のほぼ全量を占める。成魚の市場価格が1キロ数千円以上なのに対し、「メジマグロ」の名称で流通する未成魚は千円前後。最高級のクロマグロの幼魚としてブランド価値があり割安なため、スーパーや鮮魚店から重宝がられている。夏から秋にかけて相模湾で釣れる通称メジと呼ばれている3~5キロのクロマグロの幼魚で、これが最近流行りの蓄養マグロ(近大マグロ)の元になる。
昨今中国などがマグロを大量消費するために、マグロの需要が増え、台湾漁船などによる乱獲などで天然マグロの減少が続いている。天然マグロの減少は地球上の天然資源の減少でもあるので、環境の問題と重なり大きな論争を巻き起こしている。TVなどで築地市場の画面が出てくるが、国産マグロは非常に少なく、ほとんどが各地からの輸入ものか、遠洋のマグロ船から日本の港に揚げられたものである。
限りある海の資源を考えると、天然マグロに現在起きていることは、そのまま地球が現在抱えている問題にもつながっている。つまり地球環境よりも人間の欲求を優先してきたため、人間を取り巻く生態系が急速に変化し始めているのだ。世界中で飽くなき食欲に裏打ちされた人類の胃袋が肥大化する中で始まったマグロの畜養は、いくら鮪の需要が高いからと言って天然マグロをむやみにとり、それを本来とはあまりにかけ離れた環境で成育し続けると、近い将来必ず生態系に何らかの影響を及ぼすはずだと指摘する専門家は多い。わたしも近大マグロを食べたことがあるが、全身トロ の魚体でうまいが身にしまりがなくぶよぶよした印象だった。

乱獲により、日本近海を含む北太平洋海域で親魚の資源量は過去最低水準まで減少している。いわば、安さと引き換えに将来の資源を先食いしている状態でもある。そのような状況下で、資源枯渇を防ぐため、規制が強化される。WCPFC会合で北太平洋海域の未成魚(3歳以下)の漁獲枠を2014年に02~04年の各国の実績に比べ15%削減することが正式に決まる見通しだ
クロマグロの世界全体の漁獲量(11年)は約3.3万トンで、うち大西洋は3分の1強を占めている。日本は世界のクロマグロの7~8割を消費しているとされる。ここらで日本の食文化も過食の呪縛から解かれる時期に来ているとは言えないだろうか。

2014年6月10日火曜日

アートな話「線について」

線と面が一体の作品
作者不詳

図案を起こすとき、そのよりどころになるのは1本の線である。何本もの錯綜した線がイメージの器から湧き出ては消え、新たな線を生み出す。事物の観察は数多くのデッサン、スケッチによってイメージとして蓄積されていくものだが、目に見える「形」に表現する要素の最小の単位は、「点」である。ある点が別な所へ移動したその軌跡が「線」を作り出す。また、点を集結させることによって「面」が出来る。点・線・面は表現の基本要素であり、それを用いて、構図、配置を決めていくまでに葛藤があり、やがてひとつひとつ決断をしていかなければならない。点・線・面の中で、最小でかつ簡単に、「形」を認識することのできる表現が可能なのは「線」である。

事物の形態は線で縁取りされているわけではないが、面として実在する事物は点の集積でもあり線の集積でもある。面と面を分けるエッジは線で表現される。1つの点の移動した跡、つまり軌跡によって生じる線は形を表現するベースの要素と言える。日常で我々は少なからず線的思考を重ねている。世界が分子、粒子のような点であっても、それらが動きつつあるもの、動勢、軌跡、過程、それら自然の造形を線として表現することにも慣れている。
私が図案を起こすときは、下絵をラフに不定形な線で趣くままに描き、仕上げはトレーシングペーパーで、下絵の中の無数の線から一本ずつ選び修正していく手法をとっている。
線には、見る者に何らかの感覚や感情を生じさせる「線の力」や「線の表情」といった風合いがある。平面における絵画空間あるいはデザインにおけるラフスケッチなど、線によって様々な表現がなされる。
絵画においては輪郭線のはっきりしたものや,曖昧なものまでいろいろな絵があるが、輪郭線は、現実には存在しない非存在の線である。現実の物や人体が、線で囲まれているわけではないが、しかし、絵画における様々な輪郭線を見てみると、 形が確定したことによって意味が生じ、平面的な感じが表現される。また形に動きや量感がでて、形が背景に溶け込み広さや深さと結びつき、共有する輪郭線によって異なる空間が現れる。絵画において直線が少ないのは、直線は、どこまでも幾何学上の線で無機的なものであるからだろう。

左はスイス出身の彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901~1966)の人物デッサンで重なり合う輪郭線が特徴的で、線の集合は量感を生み出し男の存在感を際立たせている。浮世絵や日本画は線を基調にした表現が多いが、線が生み出す空間意識や構図のとらえ方は、特に浮世絵で顕著にみられ、西欧の画家たちに多大な影響を与えたことは周知のとおりである。

2014年6月3日火曜日

身辺雑記


顎関節症の部位
4月頃に材料の鉋掛けから、トリマーまで使い木地づくりを10個ばかりやってみたが、そのころから例年になく肩こりがひどく、首から顎にかけての痛みもひどくなり、家にあるマッサージ器でもみほぐしてみたものの、なかなか治らず、口腔外科で見てもらったら、右頬の痛みが顎関節症という診断だった。その後痛み止めを飲んだり、近所の鍼灸院で針を打ってもらったりして1週間ほどで痛みのピークは過ぎたので、そのうち治るだろうとたかをくくっていたが 6月に入ってもまだ痛みは残っている。

顎関節症というのは、あごを動かす筋肉に痛みや違和感を感じるもので、首筋や肩の筋肉に連動していて、肩こりもひどくなるのが特徴である。特に若い女性に多い病気らしいが、最近ではこんなおっさんでも増えているらしい。一番つらいのは口を開けるのが痛く、最初は指1本口にやっと入る程度しか入らなかったものが、最近では大口も開けられるようになったので食事も普通にできるようになった。5月半ばごろに情けなかったのは、すし屋で握りを食べる時まともに口が開かないので、ネタを最初に押し込み、シャリを小分けにして口に入れていたら寿司屋の親父に怪訝そうな顔で見られたことだ。痛みで渋い顔をしながらまずそうに食ってる印象だったのだろう。それにしても2か月以上たった今でもまだ完治せず、痛みは残っている厄介な病である。同じ姿勢で長時間仕事をしている人や、歯を食いしばって作業をしているご同輩は要注意。肩の力を抜いてリラックスして根を詰めないことが肝要である。


西洋鉋と西洋鋸

わたしの工房には木地づくりのための電動工具が何種類かあるが、これらは木取りと言って材料を切ったり、削ったり、穴をあけたりするのに効率よく楽に作業ができる道具である。しかし最終的な仕上げは、すべて一般的な大工道具を使っての手作業である。代表的な道具である鋸や鉋などはもともとヨーロッパから来たもので、日本のものとは使い方が真逆で押して使う。日本の道具は引いて使うことから西洋よりも緻密な作業が出来て使いやすい。実際に使ってみて鋸にしろ鉋にしろ引くほうが楽である。西洋人の身体構造と日本人の身体構造の違いとも言えるが、感覚的なものもあって、能動的で荒削りな押す文化と受動的で繊細な引く文化とも言えるだろう。

愛用の仕上げ用の鉋と鋸

あえて西欧の道具を使う日本人は少ないが、日本の道具を愛用している西洋人は多いと聞く。とにかく力加減の自在性に優れ、細かい仕事ができるのである。刃物も日本には優れたものが多く、日本に来る外人でも知る人は日本の包丁を土産にするらしい。特に和包丁は洋包丁と違って片刃仕上げになっており、洋包丁が肉を叩き切る食文化の上に形作られてきた部分があるのに対し、和包丁は魚を引き切る食文化の上に発達してきた違いがある。西洋料理人がTVで調理をしているのを見ていると包丁さばきも押し切りである。いずれにせよ切れ味を左右するのは、ふだんの道具の手入れと調整であることには変わりがない。

2014年5月23日金曜日

サイバーテロ

PC遠隔操作実行犯

2012年(平成24年)に、犯人がインターネットの電子掲示板を介して、他人のパソコン(PC)を遠隔操作し、これを踏み台として襲撃や殺人などの犯罪予告を行ったサイバー犯罪がおこり、各地で4人の被害者が、書き込み時のIPアドレスを手掛かりに誤認逮捕された。その後真犯人から犯行声明があり、翌13年に被疑者として逮捕されたIT企業の社員の片山被告は犯行の否認と冤罪を訴えていたが、保釈中に自作自演の真犯人メールで墓穴を掘り、再逮捕された。

遠隔操作ウイルスに感染したPCによって引き起こされたこの事件は、サイバー犯罪の脅威を浮き彫りにしたが、ウイルス感染の危険性、そして、原因究明の難しさと、一般人の誰もがサイバー犯罪の被害者になる可能性があることも、この事件は示唆している。
自分のIPアドレスを隠ぺいするソフトを使って犯行に及んだ片山被告は、われわれがよく耳にするトロイの木馬というプログラムを使って仕掛けられたサイトのリンクを遠隔操作被害者に踏ませる形で実行されたのが今回の事件である。

(注) IPアドレス
インターネットやイントラネットなどのIPネットワークに接続されたコンピュータや通信機器1台1台に割り振られた識別番号。インターネット上ではこの数値に重複があってはならないため、IPアドレスの割り当てなどの管理は各国のNIC(ネットワークインフォメーションセンター)が行っている。

(注)トロイの木馬
正体を偽ってコンピュータへ侵入し、データ消去やファイルの外部流出、他のコンピュータ攻撃などの破壊活動を行うプログラム。ウイルスのように他のファイルに寄生したりはせず、自分自身での増殖活動も行わない。
トロイの木馬は自らを有益なソフトウェアだとユーザに信じ込ませ、実行するよう仕向ける。これにひっかかって実行してしまうとコンピュータに侵入し、破壊活動を行う。実行したとたん破壊活動を始めるものもあるが、システムの一部として潜伏し、時間が経ってから「発症」するものや、他のユーザがそのコンピュータを乗っ取るための「窓口」として機能するものなどもある。

PC WEB ZINEでは、以下のように注意を促しているので参考までに。

「遠隔操作を可能にするウイルス自体は、決して珍しいものではなく、1990年代から現在のようなリモートで感染PCをコントロールできるバックドア型のウイルスは存在している。バックドア型とは、その名の通り、他人のPCに出入りできる裏口を作って、そのPCを遠隔操作する手法で、乗っ取られたPCを使って不正な行為を行う“なりすまし”によく使われている。
 シマンテックの分析では、2011年には約4億300万個のウイルスが生み出されている。1秒間に11〜12個という驚異的なペースだ。そして、その約7割にバックドアの機能が付いていると考えられている。よって大体2〜3億個のウイルスにバックドアの機能が付いている。これは、バックドア自体がかなり枯れた技術となっており、新しくウイルスを作ろうとした場合、既存のコードが存在するために簡単に作成しやすいという実情がある。

 

バックドア型のウイルスでは、実際には複数の機能が利用できるようになっていることが多く、ファイルのダウンロードやキーストロークとマウスのクリックの記録、指定サーバーとの交信などが行われる。今回の事件のように、掲示板への書き込みやメールの送信を行うだけでなく、PC上の情報を抜き取ったり、PCの利用履歴を記録したりと、様々な情報が窃取されることになる。
 こうしたバックドア型ウイルスの仕組みは、近年注目されている標的型攻撃で利用される仕組みと同じである。標的型攻撃でもメールの添付ファイルなどからウイルスをダウンロードさせて感染させる。そして感染PC内でバックドアを開き、情報を搾取するためのプログラムをダウンロードしたり、そこから情報を攻撃者に送信する。どちらもウイルスの入口は、不正なプログラムのダウンロードとなる。不正なプログラムをダウンロードすることは、簡単に防げそうだが、そうはいかない。攻撃者はソーシャルエンジニアリングと呼ばれる狡猾な手法を採用しているからだ。

 ソーシャルエンジニアリングとは、人間の心理を悪用する心理的手法である。例えば、不正なプログラムをダウンロードさせるために、一般ユーザーに対して魅力的な文言を付加して、どうしてもダンロードしたくなるような状況に導いたり、メールの添付ファイルを開かせるために、攻撃対象が気を許しそうな人間の名前を騙ったりする。ユーザーの心理的な隙を突いて、不正なプログラムが配置されたURLや添付ファイルを怪しいと思わせないのが特長である。そのため、不正なプログラムをダンロードしてウイルスに侵入された後も、遠隔操作をされていたり、情報が窃取されていることに気づかないままPCを利用し続けるケースが多い。標的型攻撃などでは、大半が金銭目的の情報収集が行われるのに対し、今回の遠隔操作ウイルス事件では、事件を起こすことそのものが目的であったため、PCの遠隔操作の実態がすぐに明るみになったことが特徴的な部分でもある。実際には、遠隔操作などの痕跡を消すことも可能で、そうなると、事後解析がさらに難しくなる。こうした被害に遭わないためにも、企業や個人では、サイバー犯罪の実態を正確に把握することと、そうした状況に応じた適切な対策や対応が求められることになる。」     以上

メールに限っても、日々やってくる着信を覗くと、数多くの迷惑メールの中には怪しげなもの、あるいは妙に気をそそられるもの、明らかにこいつはヤバいと思われるものが入り混じっているが、不審なものは絶対開かないことだ。
米国発のコンピュータ及びインターネットは、もともと軍事目的で開発されたもので大型であった。今日のような小型化されたPCは、アメリカ・カリフォルニアにあるゼロックス社・パロアルト研究所の研究員だったアラン・ケイが、コンピューターを人々が創造的思考を生み出すための道具として位置づけ、コンピューターの小型化、高機能化を進めようとした。そして、その構想を記した論文の中に出てくる理想のコンピューターを、彼は「ダイナブック」と名付け、現在私が使っている東芝ノートパソコンのdynabookの名前の由来でもある。
2000年以来東芝を愛用しているが、サポート体制も充実していて、PC初心者のころはよくお世話になった。特に分からないときは相談窓口のIPアドレスを打ち込み遠隔操作で自分のPCを見られている実感があったので、今回の遠隔操作事件は気味が悪い。

4月の終わり頃から、Microsoft 社の Internet Explorer に、悪意のある細工がされたコンテンツを開くことで任意のコードが実行される脆弱性が存在しており、この脆弱性が悪用された場合、アプリケーションプログラムが異常終了したり、攻撃者によってパソコンを制御され、様々な被害が発生する可能性があるとして、世界中にセキュリティー対策プログラムの更新する旨の発表があった。
しかしコンピューターの情報管理という大前提の軍事目的から出発したPCの歴史を考えると,先のスノーデンではないが、すべて世界はアメリカのお見通しMicrosoftにせよGoogleにせよ米政府に加担してしていることが指摘されている以上、泥棒にちゃんと戸締りをしろと言われているようなものではあるまいか?
一方で今月15日の米紙ニューヨーク・タイムズでは、米国家安全保障局(National Security Agency、NSA)が、無線信号を通じてコンピューターを遠隔監視する秘密技術を開発し、標的のコンピューターがインターネットに接続されていないときにも情報を収集していた、と報じた。サイバーテロを誹謗している国が、サイバーテロの新兵器を駆使してるこの世界、何やら別の軍拡競争が始まっているようだ。

2014年5月18日日曜日

食の安全




いまさら食の安全を問うたところで、食糧需給率の低い我が国では、多くの食料を米国や中国、カナダなどの諸外国からの輸入に頼っているので、国の安全基準の元、グレーゾーンの範疇に入る食品(冷凍加工食品、肉、魚)などの流通量を数え上げればきりがない。そして大量の食料を日本は戦後から現在に至るまで何十年と輸入しながら豊かな食文化を築いてきた。

大震災以降、日本の食料を支える福島や東北並びに東日本近県が,日本発の被爆食料を抱え込むことになった。放射能汚染は、福島県から北へ宮城県、南へ栃木県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県にまで拡大し、ヨーロッパのEUを含む43ヶ国と地域がこれら12都県などからの農産物輸入を禁止または規制している。

これだけ海外が放射能に過敏になっている一方、我が国は被災地を応援しようと北は北海道から南は沖縄までこれら安全基準値のゆるい食品が流通している。産地を表示しているものなら選択肢はあるだろうが、非表示や偽装表示、ブレンドされた食品などは一般消費者には分別できないし、多くの国民が大なり小なりこれらの食品を口にしている。また太平洋に拡散した放射能に汚染された沿岸域や遠洋の魚類も、体内凝縮が始まり油断ができない。かといって魚食大国日本で魚を食うことをやめることはできない。


市民グループの「放射能防御プロジェクト」が首都圏の土壌汚染を実際に調査した結果をインターネット上で公開している。植え込みや庭、公園などにおける土壌の放射性セシウムの沈着量が出ている東京都内に絞ってみると、東部では足立区・江戸川区・葛飾区の一部で、その一つ上の「10,000~30,000ベクレル/㎡」のレンジに、奥多摩の一部ではさらにその上の「30,000~60,000ベクレル/㎡」のレンジの汚染が存在している。東京都心部および神奈川、千葉、埼玉の多くの部分の土壌の汚染度は10,000ベクレル/65=約154ベクレル/kg以下となる。
この数値によると、東京の平均でさえ、チェルノブイリ原発事故の後に当時のソ連政府が汚染区域の第4区として指定した危険地帯とほとんど変らないのである。第4区とは住民を強制避難はさせないが、厳重に健康管理をおこないながら危険地域に放置してきた場所にあたり、放射性セシウムが1平方メートルあたり3万7000~18万5000ベクレルである。


政府もメディアも東京が深刻な汚染に見舞われているとは、口が裂けても言えないだろう、なぜなら土地本位制資本主義の日本で、国がそれを認めてしまえば、もちろんオリンピックどころか、汚染された土地は無価値になり、経済の土台が崩れ、地価の大暴落が始まり、経済崩壊に至るだろう。我々は今回の大震災の放射能の影響と被害を、チェルノブイリを引き合いに出して推測した場合、人体に影響が顕著に出るのが被爆後4~5年たってからで、その時、東日本の若年層を中心に見た状況はどのようなことになっているのか、漠然とした不安がよぎるのは私だけではないだろう。
我々高齢者はいまさら何を食おうが知る由はないが。