2010年7月10日土曜日

酒にまつわる話


酒は百薬の長である。その量と飲み方を誤らなければ、成人してから死ぬまで、長くつきあえる素晴らしい友となるであろう。


酒と釣りは付き物で、古来、海中より杯中に溺死する者多し(海でおぼれるより酒におぼれる者のほうが多いたとえ)と言った諺や(飢つえて死ぬは一人、飲んで死ぬは千人(飢えて死ぬ人より酒で死ぬ人の方が多いこと)など酒にまつわる諺は多い。

この酒を、薬にするか、毒にするかは、飲む人の心がけ次第であるのは言うまでもない。毒の部分をみて、これを遠ざけるのは良くないし、かといって過ぎればこれ又言うに及ばず。酒の飲み方で人間性が出るというものだ

       吉川創雲 酒器 「宴」

ほどほどを心がけ、「ほろ酔い」が最高と知る人は、「達人」であろうが、筆者も若い頃は腰が抜けるほど飲み、給料をすられたこともあり、ひどい二日酔いに苛まれたこともあった。しかし振り返ってみると、酒に関しては苦い思い出はなく大抵はいつも楽しい酒である。
上の写真は私の作品で杯とぐい飲み、下は懇意にしている熊野古道に寺を構える酒飲みの住職の依頼で作った酒器で酒が4合入る。作品名は「宴」で2つ作った。彫りは海の魚と波である。

最近釣友の一人が、大工仕事の手休めに現場近くの道志川で、ヤマメを15匹ほど釣ってきてくれた。くだんの居酒屋で一杯やることになったが、そこで店の女将にこのヤマメを焼いてもらい、骨酒を飲んだところ、これがすこぶる美味く辛口の酒がほんのり甘く香ばしかったので、5匹入れた酒器を6合ほど4人で飲んでしまった。
昔岩魚でやったことがあるが、ヤマメのほうが格段に旨かった。川魚ではカジカ酒というものがあり、このカジカとは清流に住むハゼみたいな魚で、四国や金沢ではゴリと呼ばれる小さな高級魚だ。これも絶品らしいがまだ飲んだことはない。

ショウサイフグとマフグの骨そしてアユとゴリ。
私がよく飲むのはショウサイフグの骨酒で、これも釣り人の特権でふんだんに貯蔵している。3枚におろした後のフグのひれ付きの身のついた骨を、干して乾燥させた後に焼いて保管し、飲むときにもう一度火にあぶり酒に浸す飲み方であるが、これもすこぶる旨い。右の写真はアユとゴリ

日本酒はカロリーがあるし、ビールは痛風に悪いので20年来の焼酎党であるが、焼酎の良いところは、蒸留酒で後くさりの無いところであろうか。以前長野の親戚が裏山でマムシをとってきて焼酎につけた3年物のマムシ酒を頂いたが、ハブ酒と同じでやけに血が騒ぐ酒だったことを思い出す。

そんな焼酎も行きつくところは沖縄の泡盛に落ち着いている。泡盛は米(タイ米)を原料にしているので、芋や麦の臭みがなく飲みやすい。ネットで取り寄せれば何でも手に入るこのご時世に、人気が高く芳醇な白残波の一升瓶を定期的に購入しているが、いろいろ飲み比べた結果値段も手ごろで気に入っている。

泡盛の歴史をみると、琉球国(沖縄)から徳川幕府への献上品として、または薩摩島津家の藩主、藩士たちを通して、江戸の有力者たちへかなりの量が運ばれ、その名も知れ渡っていたようだ。ちなみに、「泡盛」という名称が初めて登場したのは1671年のこと。江戸幕府へ献上された数々のお品書きの中に、その名が初お目見えしている。

泡盛は刀傷の消毒にも欠かせない薬だったという記録もあり、ほかにも痰を切る、回虫を殺す、利尿作用があるなど、さまざまな効能があると、泡盛は薬として珍重されていた。徳川家康は、娘の嫁入り道具に泡盛壷を持たせたという話もある。また泡盛は薬として利用されており、地元沖縄でもちょっと昔までは、切り傷や擦り傷に泡盛、あせもができたときも泡盛、やけどをしたときは泡盛とキダチアロエの葉肉を塗るという民間療法があった。やけどには淫水が効くとは、本土の遊び人が言った戯言ではあるが。地元沖縄では酒と言えば泡盛である。

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