遠近法の矛盾 版画
ここにある奇妙な絵はイギリスの画家ホガースが1754年に描いた「遠近法の矛盾」という版画作品である。画面に赤丸を描いてみたが、正常な認識ではおかしいと感じるところである。画面の上から見てみると、
1.一羽の鳥が大きく描かれている。
2.建物から老婆が男にたばこの火をつけている。
3.看板の旗が木に隠れている。
4.遠くの牛が手前より大きく描かれている。
5.手前の釣り人が奥の釣り人を超えて魚を釣っている。
竿の長さと糸の垂れた位置の違和感など。
我々の視覚には奥行きを認識する知覚がある。それは古来遠近法としてルネッサンス期に透視画法として理論的に確立したものであるが、それは科学的な自然界の観察から出た合理主義的視点であると同時に、三次元空間をいかにして二次元空間へ置換するかという工夫であった。そのためにはどうしても透視図法的な手法が絵画表現に必要であったのだろう。パースペクティブはこれら遠近法、透視画法などを総称した言葉である。
初期の遠近法は、紀元前5世紀頃の古代ギリシャで舞台美術に使われたものだった。舞台の上に奥行きを与えるために、平面パネルを置いてその上に奥行きのある絵を描いたという。さらにレオナルド、ダビンチに至っては、幾何学的な透視図法に「遠くのものは色が変化し、境界がぼやける」という空気遠近法の概念を組み合わせが見られた。彼は遠近法の理解が芸術にとって非常に重要であることを悟り、「遠近法無しではこと絵画に関して期待できるものは何もない」と述べていると同時
に遠近法の限界も指摘している。線遠近法は視点の固定に縛られることと、視点をずらした場合に生じる歪みに気付いたことである。
それ以前の中世キリスト教美術で見られる遠近法は、画面上の上下で上に描くものが遠景、下に描くものが近景として表現した。人物の立体感も殆ど表現されていない。キリスト教美術の絵画はキリスト教の教えを文盲の民衆に教え広める手段であった。だから話の内容がわかればいいのである。現実に客観的に見える形よりも、精神の奥底で感じる形を重視したのである。
写実の原理としてある、奥行きの手掛かりとして使われた技法で、先史時代から現代まで変わらない要素が対象の重なりであり、言うまでもなく平面に描かれた重なりの下にあるものが遠くを現わしており、それは形が欠けた状態で存在する。その次に多い要素は相対的な大きさである。これは近くにあるものは大きく、遠くにあるものが小さく描かれることである。そして近代では、空気遠近法、(遠くの物ほど色を薄く、キメを細かくしたり省略が入ったりする。また線による遠近表現はルネサンスを境に廃れていく。
遠近法の一点透視画法から、時代はセザンヌにはいると、多視点描画(多視点同時把握・多面的同時把握)へと進み、印象派まで続いた具象から、セザンヌの影響を受けたマチスやピカソなどが、具体的なフォルムの崩壊へと進み、やがて抽象へと枝分かれし、絵画を二分する軸となった。
セザンヌの「テーブルの静物」に見られる技法は、現実空間の再現は問題でなく、イメージがイメージを喚起する構造を持っていて、作り手はイメージの内部で制作していく。この絵もよくよく見ると奇妙な絵である。
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