2013年6月2日日曜日

格差社会

大前研一 「ロウアーミドルの衝撃」より

私がサラリーマンをやっていた頃は、高度経済成長期の良き時代で、学校を出て就職をすれば、終身雇用、年功序列といった今では考えられないある意味豊かな時代であった。
1985年から始まった円高により、多くの企業が行った省力化・コスト削減が進み、日本企業は中国の安い労働力を追い求めて大挙して中国に進出した。円高が進み、国内需要も低迷する中で、多くの日本企業は中国に工場を移転し、中国で生産した製品を欧米諸国へ輸出する新たな戦略を展開した。日本企業は中国に進出することによってコスト競争力を維持することができた。
そうした経済のグローバル化の潮流の中で、世界の工場としての中国の台頭に続く国内生産業の空洞化や産業構造の変容に対して、国際競争力の消失を防ぐために始まった雇用調整があらゆる業種に及び、非正規雇用の増大による派遣労働者の急増や、年収200万円以下のワーキングプアーの広がりが社会現象となっている。

また一方ではリストラの嵐が吹き荒れ、会社が安住の地ではなくなった。己の自由を会社に捧げ、一生を保証されていたあの頃は戻らない。今はそのささやかな自由も経営の合理化の前では消え失せ、過酷な労働条件に打ちひしがれる勤め人が巷に溢れていく。もはや日本は昔のような包摂性のある時代ではなくなった。その憂き目にあっているのが我々の子供の世代を含む前後の年代層である。最近では狭い日本列島で弁護士が過剰になりすぎ、年収100万円近辺の食えない弁護士が増えていると報道で見たこともあるが、これも時代の趨勢か?格差社会は否応なしに進んできている感がする。

● 格差に拍車をかけるTPP

時代の流れとしてTPP(環太平洋連携協定)参加に大きく舵を切った日本では、弱肉強食の市場原理主義に誘導されたアメリカの経済植民地化が今後ますます広がっていくだろう。そもそも、いままでにない例外なき関税撤廃、規制緩和の徹底をめざすTPPでは、「すべての関税は撤廃するが、7~10年程度の猶予期間は認める」との方針が合意されている。しかし、米国は乳製品と砂糖について、オーストラリア、ニュージーランドに対してだけ難癖をつけて例外扱いにしようとごり押ししていたが、両国の反発にあい、そんな例外を認めるのであればTPPに署名しないといっているくらいで、圧倒的な交渉力を持つ米国でさえ例外が認められそうにないのに、日本がどうやって例外を確保できるのだろうか?「国民皆保険制度を守る」「食の安全基準を守る」「国の主権を損なうようなISD(投資家対国家紛争)条項は合意しない」という公約も守られる保証は何もないまま、課題山積のまま安倍政権は見切り発車した。
徹底的な規制緩和を断行し、市場に委ねれば、ルールなき競争の結果、ひと握りの人々が巨額の富を得て、大多数が食料も医療も十分に受けられないような生活に陥る格差社会がひろがる。それでも、世界全体の富が増えているならいいではないかと、ゴリ押しを続けるアメリカ主導のグローバルスタンダード。逆に平等を強調しすぎると、人々の意欲(インセンティブ)が削がれ、社会が活力を失うといったジレンマも背中合わせにある。世界の覇権国家アメリカは中国のように露骨ではないにしろ、巧妙に属国をコントロールしている。


中国には透支という言葉がある。原語は金融用語で借越という意味であるが、一党専制という恐怖統治下に生きる中国人の心理状態、生態、行動パターンなど様々におこる現象を指している。例えば毛沢東時代に「貧乏になれ!それが栄誉」だと号令されると,10億の国民全体がそれに従い貧乏のどん底に陥り、時代が変わりトウ小平時代になり、「先に金持ちになった者が勝ちだ!」と号令されると、13億の国民が拝金主義者に変貌を遂げ、金のためならなんでもありの統制の取れない銭ゲバ国家に成り下がる。人心の汚染から始まった食品汚染、やあらゆる地域での領有権を主張し、人の迷惑も顧みず、その場しのぎの嘘と金儲けで世界中から顰蹙を買っている。
日本のように少しでも包摂性のある国家とは違い,強権がもたらす不安と恐怖から、国も社会も個人さえも信じない相互不信による倫理観の欠落からとんでもないモンスター国家が誕生した。当ブログでも紹介しているように中国の格差社会は日本の比ではないほど凄まじい。

日本には、他人が汗水たらして働いている横で、のうのうと美味い汁を吸って暮らしているような階級階層は基本的には存在しない。労働者は言うに及ばず、農家だろうが、管理職や経営者だろうが、金利生活者や地主だろうが、それぞれの分野で同じような経済規模の外国の同類に比べると,つつましい生活を送っている、この中庸の生活姿勢が戦後の経済発展の原動力となって我が国の経済を支えてきたのだ。
中庸の社会日本、バランスのとれた国民性は、格差社会が肥大化する世界のトレンドのなかで異彩を放つ。かつてのように中産階級が息を吹き返さないと、本当の経済再生はやってこない。

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