2012年12月1日土曜日

日本海クルマ紀行

Hacoaの工場

昨日かみさんと日本海の旅から帰ってきた。93才の親父の世話に明け暮れるかみさんの日頃の労をねぎらって、たまたま一人暮らしの息子が親父のお守りをしてくれて、かみさんの還暦祝いに旅費まで出してくれた勢いで、福井と京都城崎の2泊3日の旅に出かけた。
初日は京都から福知山線に乗り換え、西舞鶴からレンタカーを借り鯖江市にある越前漆器の漆の里を見学し、紹介された木地師の山口さんの工場を見学した。Hacoaという業界では大手の工場の社長でもある山口さんは、伝統工芸士でもあり、ご多分に漏れず越前漆器の現状は厳しい状況で、大きい品物があまり動かないと話しておられた。それを裏付けるように近代的な設備の大きな工場も機械音が止まっており閑散としていた。しかし業界の若手を中心に時代のニーズにあった小物の商品開発に取り組んでいるのがショールームから伺えた。
もう一件紹介されたところは留守だったので、時間も限られていたので4時半頃鯖江を後にした。
原発銀座 福井

北陸道を通り敦賀インターから原発銀座の若狭湾の海岸線を走り、初日の三方五湖から突き出た常神半島の先端近くの旅館についたのは7時の夕食時間だった。カニ三昧とアオリイカの活き造りや寒ブリの刺身などとても二人では食べきれず、残った越前カニは道中の酒の肴に土産にもらった。


三方五湖
翌日三方五湖を眺望できる展望台に登り、自然豊かな福井のリアス式海岸の雄大な景色を楽しんだが、一方でこの素晴らしい自然が原発銀座に囲まれたど真ん中にあることを思うと福島が頭をよぎり、複雑な思いがこみ上げてきた。まさに日本の核エネルギーは綱渡りである
地図上の赤マルが我々のいた三方五湖の位置で、黒丸はもんじゅ、敦賀、美浜,大飯、高浜の各原発の位置。そして今、敦賀原発は地下を通る活断層の調査結果次第ではその存続が危ぶまれている。

福井を通って近隣の町や農村風景を見たところ、過疎化に残されたこれらの土地は、京阪神地域からの工場誘致もままならないまま、これといった産業も育たない中で、原発誘致で町おこし村おこしをやってきたのだろうが、ここに来て地域の大きな雇用の受け皿としての他府県にはない多くの原発も、岐路に立たされている。実際問題、多くの原発が止まっている状況下で、従来の火力発電はコストの面で多少は高くはなっているものの、電力側が誇大宣伝しているほど電力の供給は逼迫していないのである。枝野経済産業相は30日の閣議後記者会見で、関西電力や九州電力の電気料金値上げ申請に関連し、「元々、(電気料金は)おかしなくらい安すぎた」との見解を示したが、世界一高い電気料金を棚に上げよく言えたものである。まるで原子力でないとどんどん値上げをするぞとばかりに。

このようにたとえ多くの既得権益側の原子力村や、官僚、政治家などの抵抗が強く働いたとしても、国民の総意としてこの豊かな自然の日本を守るためにも、日本人の知恵で代替えエネルギーの開発に、総力を挙げてもらいたいものである。

城崎温泉

福井を後に次の目的地城崎温泉は、かみさんが独身の頃読んだ志賀直哉の小説の城崎温泉に憧れていて、是非とも行ってみたいと言われていたのでお供した。天橋立を通り、京丹後を抜け、城崎のホテルに着いたのは3時を過ぎた頃で、それから温泉街に繰り出し、外湯を5軒ほど廻り、湯あたり寸前で終わりにした。その後は温泉街の酒処を2軒まわり、その日はホテルで昨日のカニで一杯やって朝までぐっすり寝こんでしまった。
川のある街は風情があっていいものだ。城崎温泉も大小の川に挟まれてたたずんでいて、温泉街を流れる川は水がきれいで、川に沿って一面柳の木が生い茂っている。
9時にホテルを後にし福知山のトヨタに車を返したのは11時頃で、走行距離は交代で運転しても511km走っていたことになる。そろそろ旅の疲れが出てきたので筆を置くことにする。

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