2009年7月24日金曜日

魚の旬


7月も後半になりいつもの寿司屋(鮨好)の親父から「新子が入ったよ。」と連絡が入った。もちろん九州ものである。今年はいつもの年より電話が入るのが遅いと思ったら,走りの新子は高くて手が出ないので少し日にちがたったところで仕入れたらしい。ちなみに今年の新子の初値はキロ7万円したそうだ。

新子とはコハダの稚魚でこの極小の魚体を3枚におろし酢でしめてシャリの上にまとめて載せたものである。こいつを食べると日本人に生まれてよかったとつくづく思う。写真の新子は柳刃でうろこを引き、各ヒレを取り去り5cmほどに3枚下ろししたもので、ほんのりと甘く切ない味がゆずの香りに乗って口の中にふわっとした歯ごたえで広がっていく。まさに職人技と親父の心意気を感じる一品である。


江戸前すしの元祖と言われるコハダは、出世魚としてシンコ・コハダ・ナカズミ・コノシロと4回も名前を替えて成長して行く。江戸前すしの世界では今でも最も大切な魚として扱われている。通常は1尾で2貫に付けるくらいの大きさのコハダを美味とし、ナカズミ・コノシロの大きさに成長したものは高級店では使用されないことになる。皮目が硬くなり、見た目の美しさも悪くなり、旨さも大味になるために敬遠されるのだ。

シンコはコハダの幼魚で、生後3ヶ月から4ヶ月ほどの大きさのものを言う。晩秋から冬場にかけての“旨さの旬”としての旨さとは全く一線を画した世界を持っている。私は江戸っ子ではないが、江戸っ子特有の初ものに対する好奇心と憬れは、季節の先取りである“走りの旬”としてのシンコを異常な程、殊更に愛でることになる。まだ数キロにしか満たない極少の漁獲量の初ものは、高級すし店と、熟達の腕を持つ一流の職人達と、お客さん達との見栄と意地と誇りの心意気を賭けての争奪戦となり、異常な相場の狂騰となる。江戸時代の、初鰹の世界で語られた“女房を質に入れても…”と言うほどの江戸っ子の熱い思い入れが、このシンコの世界には今でもまだしっかりと伝えられて来ている。
コノシロになると東京湾八景沖でも釣った記憶があるが、味は旨くなかった。コノシロは古来、武士階級は食べることを禁じられていた。「この城を食べる」事に通ずるとして、下克上すなわち謀反の思惑を抱いていると考えられたからで。しかし、このコノシロに自分の転機を見て取った武士が居た。それが江戸城を最初に開いた大田道灌である。道灌は、江ノ島の弁財天に御参りに行った帰り道で乗っていた船にコノシロが飛び込んでくるのを見て、これを道灌は「この城が手に入るという吉兆である」と捉え、江戸城を開いたそうだ。


一般的に、魚は寒い時期の方が脂が乗っていて美味いものが多いが、この時期うまい魚に東京湾のアナゴ、タコ、シャコ、マゴチ、黄アジがある。特にシャコは抱卵していて美味い。親父曰く「魚と女は子持ちが美味い」と. 近年水揚げが落ちているシャコも同じ網で捕れるシリヤケが漁を支えているらしい。シリヤケとはスミイカの仲間でスミイカよりも体色が薄く、少し味は落ちる。アナゴに関しては専門の仲買と契約しており、店で海水で4~5日泥はかせたアナゴの中から型のいいものを仕入れてくる。意外なことに冬場のアナゴの方が脂が乗っていて美味いと言う。いずれも羽田沖のモノが最高と親父は言う。
東京湾のタコは文句なしに美味い、甘みと切れのいい歯ごたえと風味は一級品である。昨年はタコの当たり年で、私も8杯釣った年でこれから8月が釣りの盛期を迎える。また東京湾走水のアジもサバも格別で、味を比べてみたが関アジ関サバより味は上と確信している。最近は昔のように大型は少なくなったが、30cm前後のものは味もよく1年を通してよく釣れており人気の釣りの一つでもある。

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