小保方晴子・研究員 |
人間の体というのは60兆から100兆の細胞が寄せ集まった存在である。つねに細胞を分裂させ、古くなった細胞を新しい細胞と入れ替える「新陳代謝」を繰り返しながら、わたしたちは生きている。この「新陳代謝」に重要な役割を果たしているのが、細胞の部品図であり、そして人体の設計図でもある遺伝子だ。そして、その設計図の集合である存在をゲノムという。
細胞のゲノムには受精卵のような性質、つまり各種の機能を担った細胞に分裂分化する「多能性」という能力を発揮するためのシステムは存在している。そしてそのシステムを初期化再起動させる方法を見出した先達(ES細胞のガードン博士、EPS細胞の山中教授)に続いて理化学研究所小保方晴子・研究ユニットリーダーがSTAP細胞というものを先達より簡明な手法で作成した。
今回、共同研究グループは、マウスのリンパ球などの体細胞を用いて、こうした体細胞の分化型を保持している制御メカニズムが、強い細胞ストレス下では解除されることを見いだした。さらに、この解除により、体細胞は「初期化」され多能性細胞へと変化することを発見して世界を驚かせた。
◆解説
ゲノムとは、ある生物の種が正常に生存するのに必要な一揃いの染色体の組をいう。真核生物では、DNAに書き込まれた遺伝情報は核の中にタンパク質と結合して存在しており、塩基性の色素で染まりやすいことから染色体と名付けられた。なお、核構造を持たない原核生物の遺伝子群や、ミトコンドリア、葉緑体の遺伝子群も染色体と呼ぶ。通常の二倍体細胞では、その半数体に含まれる遺伝情報を意味している。
ヒトゲノムのDNAは約30億塩基対。進化の過程でゲノムサイズは大きくなるが、その間にガラクタのDNAも増えるため、進化のある時期には整理縮小化が行われる。そのため、遺伝子数とゲノムサイズは必ずしも比例しない。
ヒトのゲノムの塩基配列が解読され、いろいろな病気の原因となる遺伝子が明らかになり、その知見に基づいて医薬品を開発する「ゲノム創薬」への取り組みが、一層活発に行われている。(農芸化学に学ぶ 参照)
ヒトを含む動物は、受精卵という1つの細胞から出発して、60~100兆個、体内でさまざまな役割をはたす250種類程度の「体細胞」へと分裂・分化していく。そして、いったん分化しきってしまえばそれっきりで、後戻りはできないというのが常識になっていた。それが粘り強い研究の末に覆された。つまりその細胞は、身体の細胞の分化のプログラムを巻き戻し、発生初期の胚だったときのように、どんな細胞にもなり得る「万能性」を持たせることができるもので、その発見は、細胞分化に関する従来の考え方を根本的に変えた。
これについて山中教授は、「小保方さんが協力すれば、細胞が受精卵のような状態に戻る『初期化』の謎について、大発見が できるかもしれない」。 また「iPS細胞ではできない50年~100年後の新しい治療を実現できるかもしれない」と期待している。しかし、この論文はまだ試験管内実験レベルでの成功であって、ハーバード大でサルへの実験が行われ、ある程度成功を収めているというが、ヒトへの応用にはまだまだ時間がかかりそう。科学立国としてのわが国オールジャパンでサポートしていく必要があるだろう。久々の明るいニュースである。
◎ミクロの脅威
さてその細胞レベルの話であるが、ひとたび細胞が放射線にさらされると、細胞内ではふたつの現象が起こる。ひとつは健康商品の宣伝でおなじみの「活性酸素」の量が通常よりも増えてしまうことだ。アンチエイジングの敵としても知られるように、過剰の活性酸素は細胞のさまざまな部分を傷つけてしまうことがあり、細胞膜などが大きく傷つけられれば細胞は死んでしまう。よく見られる老人の顔のシミなどは活性酸素の残骸といわれている。しかし、細胞自体が死んでしまえば、その傷が癒えたあとには大きな影響は残らない。人体にとって深刻なのはもうひとつの現象で、遺伝子やゲノムが大きく損傷を受けてしまう事態が起こることである。
放射線はこの結びつきを切り離してしまう力をもっていて、遺伝子の配列を壊してしまうことがある。細胞をつくる部品図が欠損してしまえば、細胞が分裂するときに必要な、正しい部品をつくることはできない。結果的に不完全な部品がつくりだされ、おかしな細胞が出来上がることになる。これがどんどん増えていった結果が、いわゆる「ガン」である。3.11の 事故後よく報道されているように、自然界の岩石などからは普通に放射線が出ており、1年間に浴びる量は世界の平均で2.4mSv程度であるといわれている。つまり、今回のような事故が起こらなくても、細胞はつねに放射線による影響をうけている。
細胞にある二重の安全装置 DNA修復酵素による修復と細胞のアポトーシスで処理されきれないものががん細胞へと進展していく。DNAの修復とアポトーシスというふたつの安全装置によって、我々の体はがんの脅威から守られているそうだ。だが、あまりにもDNAの損傷箇所が多くなると、DNAの修復システムやアポトーシス(プログラム化された細胞死)システムという安全装置自体にもダメージが生じてしまい、遺伝子が変異した細胞がどんどん蓄積していくことになり細胞のガン化がすすむ。3.11以降問題になっている外部被ばく、内部被ばくもミクロの脅威である。とくに注意をしたいのが内部被ばくで、ぜひ「内部被ばくを考える市民研究会 」と内部被曝の脅威(ちくま新書)を参照されたい。
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