2013年12月9日月曜日

世界のブラックホール

堤 未果 (株)貧困大国アメリカ
資本主義経済の権化であるアメリカ経済が、すさまじい勢いで人類史のしくみを動かしている。前著の『ルポ貧困大国アメリカ』(2008年)で描いたブッシュ政権の政策は、市場こそが経済を繁栄させるというフリードマン理論がベースになっていた。政府機能は小さければ小さいほどいいとして規制緩和を進め、教育や災害、軍隊や諜報活動など、あらゆる国家機能を次々に市場化してゆくやり方である。
だが、イラク戦争や企業減税などの政策により、国内の格差が一気に拡大、さらに世界中を巻き込んだアメリカ発金融危機に、レーガン政権以降の新自由主義万能説への批判が高まった。不信感は2008年の政権交代につながり、「チェンジ」を掲げるオバマ政権下では、経済政策の軸を市場に委ねる「小さな政府」から、政府主導で経済再建を目指す「大きな政府」へと移ってゆく。
 そして『ルポ貧困大国アメリカⅡ』では(2010年)のオバマ政権下で、国民を監視する政府権限が真っ先に強化された。巨額の税金が大企業やウォール街に流れる一方で、公務員の行動は管理され、SNAP(フードスタンプ=生活保護)人口は拡大し、無保険者に民間医療保険加入を義務づける法律が成立した。
人々は今、首をかしげている。オバマ政権が大きな政府であれば、なぜ二極化はますます加速しているのだろう。株価や雇用は回復したはずなのに貧困は拡大を続け、医療、教育、年金、食の安全、社会保障など、かつて国家が提供していた最低限の基本サービスが、手の届かない「ぜいたく品」になってしまった理由について。かつて「善きアメリカ」を支えていた中産階層や、努力すれば報われるといった「アメリカン・ドリーム」はいったいどこへ消えたのか。

現象は本質に先行するとはサルトルの言葉だが、いま世界で起きている事象の縮図が、アメリカの実体経済と重なってくる。その根幹を探っていくと、1% vs 99%の構図が世界に広がる中、人々の食卓、街、政治、司法、メディア、人々の暮らしを音もなくじわじわと蝕んでゆく。ブラックホールのような巨大企業に飲み込まれ、株式会社化が加速する世界、民営化(あらゆるものを商品化)、労働者の非正規化、関税撤廃、規制緩和、社会支出の大幅削減…。 エスタブリッシュメント(既得権益者集団)たちはさらにロビー活動や工作、買収を繰り返し法を変え、世界を凄まじい勢いで取り込もうとしている。多国籍化した顔のない「1%」と「99%」という二極化が世界に拡がりつつある。果たして国民は主権を取り戻せるのか!? 日本の近未来を予言する完結編というわけで、前作よりも読み応えがあった。

本書は5章からなっているので概要を手短に解説してみよう。
第1章 株式会社奴隷農場
第2章 巨大な食品ピラミッド
第3章 GM種子で世界を支配する
第4章 切り売りされる公共サービス
第5章 「政治とマスコミも買ってしまえ」
エピローグ グローバル企業から主権を取り戻す

1.株式会社奴隷農場

養鶏業や養豚業を例に取り、生産、と畜、加工、流通を傘下に入れた総合事業体(インテグレーター)が中小の生産農家においしい話で契約させて、設備投資に借金をさせ、低コスト、短期大量生産のシステムに組み込まれ、親会社の下請けの労働者になり、初期投資の借金地獄と低収入から抜け出せなくなる仕組みが常態化している。
このような工業的考えから作られる農場は、安全や健康という視点は置き去りにされ、それを監視するための法律ですらこの業界からのロビー活動により年々骨抜きになってゆく。限られた飼育面積の中に詰め込まれた家畜は、自然の摂理に反して成長剤による肥大化と、ストレスによる病気発生を防ぐために大量の抗生物質を与えられる、その結果アメリカの抗生物質の7割は家畜に使用されている。このようにコストと生産性を追求する企業は、さらなるコスト削減を目指して、新たに囚人といった極め付きの労働力を手に入れ、この30年で全米30万件の家畜農家が消滅していった。



遺伝子組み換え(GM)作物  
アメリカでは1996年からこのGM技術を使った種子の発売が始まり、国内で販売されている食品や加工品の9割はGM作物が原料となっている。しかしGMは新しい技術のため長期にわたる環境や人体への影響を検証した実験結果が確立されていない。そのため安全性については今も議論が続いており、世界では35カ国がGM作物の輸入を規制または全面禁止措置中である。すでにフランスにおいてラットなどの動物実験では発がん性が認められている。

2.巨大な食品ピラミッド            
決められた時間に並ぶSNAP受給者の列


レーガン政権下の独占禁止法規制緩和によって、寡占化が進み小売業の頂点に躍り出たウォルマートやコストコは巨大化するに連れて食品業界を支配下に置くことになる。とくにウォルマートは全米に4740店舗を展開し世界一の小売業者となった。またこれらの企業はSNAPで大きな利益を得ている。SNAPとはアメリカ政府が低所得層や高齢者、障害者や失業者などに提供する食料支援プログラムだ。以前は「フードスタンプ」と呼ばれていたが、2008年にSNAPと名称を変えている。クレジットカードのような形のカードをSNAP提携店のレジで専用機械に通すと、その分が政府から支払われるしくみだ。
「SNAP」とは補助的栄養支援プログラムのことで、貧困家庭に支給する「フードスタンプ」と呼ばれるカードで食料品を購入する仕組みである。SNAP受給者は年々増加。2012年8月31日のUSDA(農務省)発表では、約4667万373人と過去最高に達した。1970年には国民の50人に1人だったのが、今では7人に1人がSNAPに依存していることになる。
要するに「まともな待遇の雇用を確保するよりも、低賃金の単純労働+SNAPでとりあえずなんとか食べられるくらいの保障はして生き延びさせ、その食費も大企業に吸収される」ようになっている。

3.GM種子で世界を支配する

反モンサントキャンペーン
モンサント社は世界の50以上の種子会社を買収し、害虫、雑草を駆除する毒性の強い農薬とセットでGM種子をあらゆる国に売りつけ、その統合的なシステムから抜け出せない巧妙な手口で、戦後イラクの農作物、やインドの綿花の工業化を推し進め、世界の穀物倉である農業大国のアルゼンチンも世界2位のGM作物輸出国に変貌させた。その裏ではそれらの国々の大量の農業失業者と地場農業の崩壊や自殺者を産み出し、自国のみならず世界各地の農業生産者を踏み台にして、モンサントをはじめとする多国籍企業体は肥大と膨張を続けるモンスターである。
2013年3月にオバマ大統領はGM種子を野放しにする(モンサント保護法)を成立させ、国民は後に25万人の署名による撤回を求めた。しかしモンサントを頂点とするバイオテクノロジー企業から政治献金をたっぷりもらっているオバマはこれを撤回できない。農業も大規模工業化の流れは止まらない。生産効率と利益拡大を旗印に生産農家も末端の労働者になりつつある。モンサントはGM種子と農薬肥料で巨大化していく。遺伝子組み換え作物で消費者の健康や環境に被害が出ても、因果関係が証明されない限り、司法が種子の販売や植栽停止をさせることは不可とするもので、日本でもかつて様々な公害が発生し、その教訓をもとに法整備がされているのに、現代のアメリカではそれに逆行する法案が成立している。
廃墟の街デトロイト


4.切り売りされる公共サービス

アメリカで、現在世界を覆う多国籍企業による国家を呑みこんだ寡占化は徹底している。利潤追求のため、あらゆるジャンルを市場の原理に置き換え、私たちの食、医療、教育や警察、消防の自治体サービスなどセーフィティネットを次々に効率が悪いと梯子を外してゆく。それが顕在化したのが、つい先日のデトロイト市の破産宣告。このままでは全米の自治体の9割が5年以内に破綻するといわれている。それは既得権益を排除するという例の威勢のいい掛け声に乗って、規制緩和、民営化という手順を踏んで進められる。財政削減のみ旗のもと多くの公共サービスが削減され従事していた労働者の失業は増え続ける。
筆者は鋭く問いかけている。「教育」、「いのち」、「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が徹底して民営化された時、はたしてそれは国家と呼べるのだろうかと。
自由貿易という発想そのものが、多国籍企業と法治国家の力関係を逆転させる性質を持っている。多国籍企業の目的は株主利益であって、それを生み出す地域やそこに住む人々に対しての責任はない。そのため多くの場合、勝ち組は多国籍企業、労働者は負け組になる。
そして今進んでいるのがTPPである。これは、NAFTAや米韓FTAとは比べ物にならない規模での多国間自由貿易協定で、日本も渦中にあるが、これが成立すれば「自由貿易」というお題目の元、農業や食肉など「安心・安全」が大切な部門であっても、利益と効率だけを目指した企業と戦わなくてはならなくなる。どちらが勝つのだろうか。
この格差社会の果てに何が待ち受けているかを見るなら、それはアメリカ社会を見ればわかる。新自由主義の成れの果てがどうなるかということがリアルに書かれている。これを読むと日本の構造改革が何を目指しているのか、如実に見えてくる。アメリカの超格差社会は明日の日本の姿である。

5.政治とマスコミも買ってしまえ

今、世界で進行している出来事は、単なる新自由主義や社会主義を超えたポスト資本主義の新しい枠組み、「コーポラティズム(政治と企業の癒着主義)」に他ならないと著者はいう。
コーポラティズムの最大の特徴は、国民の主権が軍事力や暴力ではなく、適切な形で政治と癒着した企業群によって、合法的に奪われることだ。巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、
国民の税金である公的予算を民間企業に移譲する新しい形態へと進化した。ロビイスト集団がクライアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、、刑産複合体(刑務所民営化によるタダ同然の労働力提供システム)、教産複合体、石油、メディア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引き換えに企業寄りの法改正で「障害」を取り除いてゆく。

自由貿易という歴史があって、今までそれがアメリカ型のグローバリゼーションをアフリカやアジアや南米に押し付けてきた経緯があり、その集大成がTPPである。TPPでアメリカが日本にやろうとしていることを、アメリカはこの10年で自国民に対して行ってきた。
グローバリゼーションと技術革命によって、世界中の企業は国境を越えて拡大するようになった。価格競争の中で効率化が進み、株主、経営者、仕入れ先、生産者、販売先、労働力、特許、など、あらゆるものが多国籍化されてゆく。多国籍企業は、かつてのように武力で直接略奪するのではなく、彼らは富が自動的に流れ込んでくる仕組みを合法的に手に入れる。彼らにとっては国境はないのだ。メキシコやカナダ、イラクや南米、アフリカや韓国の例を見ればわかるように、アメリカ発のこの略奪型ビジネスモデルは世界各地で非常に効率よく結果を出している。どこの国でも大半の国民は、重要なキーである「法律」の動きに無関心だからだ。TPPやACTA、FTAなどの自由貿易をアメリカ国内で率先して推進する多国籍企業は、こうした国際法に国内法改正と同じくらい情熱をもって取り組んでいる。 経済界に後押しされたアメリカ政府が自国民にしていることは、TPPなどの国際条約を通して、次は日本や世界各国にやってくるだろう。

アメリカ国内はもちろんカナダ、メキシコ、アルゼンチン、インドそして戦争が終結して復興の進むイラクのおける穀物メジャーによる支配の手口は、最初に生産高を倍増させるという触れ込みの遺伝子組み換え種子とセットになった農薬を無料提供し、在来種の種子を2度と使えなくさせた上で、遺伝子組み換え種子と農薬を永遠に使い続けるライセンス契約(知的財産権保護)を結ばされる。それも国家の中枢を潤沢な資金による政治献金やロビー活動で巻き込み、二重三重にその国の農業と食物の自給を支配するシステムを築き上げる。この本の読後感では、このままTPP交渉に参加にすると、日本の農業と食の自給(地産地消)は破綻して行く気がする。そこに見えるのはアングロサクソンが通り抜けた広大な荒地が広がっていく風景だ。

最後に上記に関連して以前読んだビル.トッテン「アングロサクソンは人間を不幸にする」を紹介して結びにしたい。

2003年に出版されたビルトッテンの著書「アングロサクソンは人間を不幸にする。」といった支配と収奪の歴史が蘇る。その中で著者はアメリカ金権主義の原型を、グスタバス・マイヤーズが書いた『History of American Fortunes』(初版1907年)をもとに解説している。この本は初版以来アメリカ史を記録した文書として広く認められてきた。
マイヤーズは序文で次のように述べている。
「アメリカの巨額の富は、その制度がもたらした自然な不可避の成果であり、その当然の結果として一握りの人間の利益のために、その他大勢の人間が徹底的な搾取を受けることになった。こうして生まれたアメリカの富裕階級は、当然の結果を否応なしにつくり出すプロセスから生まれた、必然的なものの一つにすぎない。その結果として、巨額の富の加速度的集中化と並んで、財産を奪われ搾取された多数の無産階級が生まれた。
 富裕と貧困は本質的に同じ原因から生じる。どちらも一方的に非難されるべきではなく、重要なことは、なぜ富裕と貧困が存在するのか、そしてどうすればそうした不条理な差をなくすことができるのかを見定めることである」としていて、ここには現在のアメリカを支配する金権主義の原型が表現されている。」
このような事実は、建国の未成熟期にのみ起こった不幸な出来事ではない。土地や金融を握った資本家たちがますます肥え太り、実際に富の生産に携わっている多くの労働者が不当な抑圧に苦しんでいる現実は、巧妙に形を変えていまなお続いているのである。

カネがすべてを支配する社会 <ビル.トッテン>
 

「貧富の差の拡大は、自然現象によるものではなく、20年以上にわたり賃金労働者を犠牲にして資産所有者を富ませてきた公的政策や民間企業の行動が生んだ結果である。そこには、資本の勝利と労働への裏切りがあった。経済的勝者は家や車、貯蓄のみならず、それ以外にも莫大な資産を持つ人々であり、一方の経済的敗者の身を守るものは、給与や政府の社会保障しかない。
 税制、貿易政策、政府の歳出や規制すべてが、富裕層を優遇する方向に傾いている。他の国も技術革新や世界的競争を経験しているが、貧富の差の劇的な拡大は起こっていない。アメリカでは富と政治的影響が緊密に絡み合って、最上位の富裕者を優遇する政策がつくり上げられてきたのだ。
 富は政治的権力に直接つながる傾向が強い。富を持つ人々は選挙資金やロビー活動を通じて、政策が自分たちに有利になるよう影響を与えるだけではなく、政策そのものの策定を行なう。事実、アメリカの上院議員の三分の一以上が億万長者である。
 資本が利潤を生み、たくさんの資本を持つところに集まっていく。額に汗し、自らの体と頭を使って働く人々はその正当な分け前にありつくことができず、カネを右から左に動かす人々がほとんどすべてのものを吸い上げている。アメリカは資本主義を高度に発達させた。そこにでき上がったのは、カネがものをいう世界である。カネを持つ者がすべてを決定し、カネを持つ者がさらなるカネを得る権利を持つのだ。そんな世界を模範にしようとしている国がたくさんある。私には、まったく馬鹿げたこととしか思えない。それは、多くの人々を幸せにするものではなく、ほんの一部の限られた人間にカネと権力を与える偏ったものだからだ。」

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