2013年7月24日水曜日

フグの行方

ショウサイふぐの身と白子


5月半ばから6~7月にかけてはショウサイふぐの産卵期に突入するのだが、今年は東京湾のふぐ釣況も漁場である内房大貫沖はあまりよくない。7月に入り試し釣りで久しぶりのボウズ。
日にちを変え神奈川県の下浦沖でようやく白子入りのショウサイふぐが型ぞろいで3匹釣れ、釣友4人と白子入りのふぐしゃぶをいつもの店で堪能した。その後トラフグより味の濃いショウサイふぐの白子を求め、再度釣友の一人と三浦半島鴨居港から下浦沖に出かけたが、7月の後半は予想通りぱっとせず、赤目ふぐが1匹釣れただけの貧果だった。ボウズだった釣友は隣席の釣り客から外道で釣れた大きな黒鯛を譲り受け、翌日の釣りの極道サミットの食材に変わる予定である。この日の釣果は10人の客でトップが2匹と寂しい限りだった。産卵期を終えたふぐは群れがたちまち散ってしまい、その魚影は大海原に消えてしまった。

外房では5~9月までショウサイふぐの禁猟期間であるので、資源保護の効果もあって、毎年ふぐの釣果は60匹までの数量制限をしているほど釣れている。東京湾も少し禁漁期間を単発的にもテストしてみてはいかがなものだろうか?5~6月に白子食いたさに押し寄せる釣り客を振り切ることが難しい船宿のジレンマもあるようだが、1年でも漁場を休ませれば漁獲量は増えると思うのだが。

黄色いタグを付けられたトラフグの稚魚
一方で、毎年、真夏になると東京湾にトラフグの稚魚が、神奈川県水産技術センター主導のもとで放流されているのをご存知だろうか?東京湾一帯を将来、トラフグの漁場に出来ないか、そんな夢溢れるプロジェクトが相模湾でも実施されているようだ。東京湾の場合、放流の舞台は横浜のベイサイドマリーナで、ボートとヨット約1200隻が係留されているマリンスポーツやクルージングの発進基地でもある場所で、そのほか横須賀・安浦漁港でも放流され、12000匹以上の稚魚ががタッグをつけられ、2008年から放流されている。東京湾・相模湾ではタグ付きを含め40cm近くに成長したトラフグの水揚げが年々増えているらしい。
放流されたトラフグは次第に成長しながら東京湾を出て相模湾へ回遊したり、あるいは房総半島を回りこんで外房周辺の海域へも回遊。勿論、大貫沖と並ぶショウサイの釣りポイント、外房・大原沖からも捕獲の報告があったようだ。驚くべきは、外房どころか、さらにはるか北上して茨城・鹿島灘の大洗沖まで“大遠征”した個体もあったという。

ショウサイフグの生態はまだよくわかっていないが、トラフグの成長スピードは、ショウサイをはるかに上回るようで、古いデータを調べてみると、2009年の神奈川新聞の記事によると、長井漁港では以前はトラフグの水揚げが殆ど無かったのに、稚魚の放流が始まってから水揚げが記録され始め、漁獲量は3年前の平成18年が0.5tだったのが、2008年はは1.9tと約4倍にも増大。しかも、放流タグ付きのトラフグが多数混じり、稚魚の放流が右肩上がりの水揚げにつながっていると報じているが、職漁船の場合、トラフグは“延縄漁”で捕獲されているらしい。

 2008年赤いタグ、2009年黄色タグ  青は相模湾など標識タグも様々で、タグ付きトラフグは体長8~9cmだったのが1年半で40cm近くに、重さも1キロほどに成長していたようだ。ただ、トラフグ延縄をこなせる漁師は松輪をはじめとして地元でも数軒止まりで、このため乱獲に至っていないようである。我々釣り師はなかなかトラフグにお目にかかることが出来ないのは、トラフグの生息域が水深の深いところで、浅場をやっているショウサイふぐでは滅多にヒットしないが、地元漁師の話では、たまに水面下30mぐらいのところで太刀魚の外道としてかかってくるようだ、筆者も過去に観音崎沖でタチウオを釣っていた時にトラフグを釣った覚えがあるが、狙って釣れる魚ではない。

2013年7月22日月曜日

自民圧勝民主惨敗



報道によると、安倍政権の信を問う第23回参議院選挙が21日投開票された。自民党は選挙区、比例区ともに順調に議席を伸ばし大勝した。公明党と合わせ全議席の過半数を獲得し、国会で衆参の多数派が異なる「ねじれ」状態は3年ぶりに解消。自民党は1強体制を固めた。安倍晋三首相は今後も経済最優先で政権運営に臨むとともに、憲法改正に向けた環境整備を進め、改憲勢力の結集を図る意向だ。一方、民主党は大敗し、参院第1党から転落し、落日の憂き目にあった。
今思うと、民主党は政権時、唐突に消費税増税やTPP参加を表明したり、尖閣問題や内部分裂のごたごたを起こし、政権与党としての覚悟と政策実行力に疑問があり、政権末期には誰が見ても選挙結果は見えていた。

いまアベノミクスは「踊り場」を迎えている。周知のようにアベノミクスというのは、安倍政権が打ち出した景気回復のための経済政策で、この政策には、3本の矢と呼ばれる3つの分野がある。「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」そして「民間の投資を引き出す成長戦略」である。前の2つは要するに「ミニバブルを起こす」「バラマキ」といったショック療法で、最後の1つは「日本経済の体質改善」と言われている。インフレ目標2%をお題目に、日銀の黒田総裁は張り切っているが大幅な金融緩和は諸刃の剣で、我々国民はそのさじ加減を注視するしかない。たしかにその効果は、ショック療法で、長らく1万円を割っていた株価は安倍政権発足後に上昇し続け、今年5月にはなんと5年4か月ぶりに1万5000円台にまで達した。今は乱高下しているが、円安の恩恵を受けた輸出業界では好調が続いている。反面円安による輸入物価の値上がりがじりじり続いている。
問題は第3の矢「成長戦略」がバブル崩壊後の失われた20年から脱却できるのかどうかである。
参議院選挙も終わり、ねじれ解消のもと、消費税は先送りされるのか、農業や医療の抵抗勢力を押さえ込みTPPを推進していくのか、憲法改憲を実行するのか、選挙前の縛りがなくなり、安倍首相は思い切った政策に進むお膳立ては出来た。
ただ消費増税を実施した場合に、景気の腰折れ、つまり成長率の低下が起こる可能性がある。13年度は財政出動や円安の効果、消費増税前の駆け込み需要などで、そこそこの成長率が実現できるだろう。しかし、消費税率が引き上げられれば、少なくとも成長率は落ちることは過去の経済指標を見ても明らかである。増税によって景気が腰折れすれば、消費税率を上げても、税収が予想通りには伸びず、かえって財政状況が悪化する可能性がある。そのためそれを補填する第3の矢(成長戦略)を実行することが急務であるだろう。

その一つに農業がある。日本の農産物は質も高い。改革さえすれば、日本の農業は、国際競争力を持つ重要な産業に十分になり得る。そのためにも、まず保護一辺倒の現在の農業政策が足カセとなっている。そして、農業への企業法人の参入、農地集約による大規模化をしやすくすることが必要だ。安倍首相も、その必要性は痛いほどわかっているはずなのだが、それができない。農水省、農協の抵抗が強いからだ。この既得権益に守られた農業を改革するのは皮肉にも外部からの圧力(TPP)かもしれない。
そのTPPだが、第18回交渉会合が7月15日から25日の日程で、マレーシアのコタキナバルで開催されているのに、日本が初めて交渉に参加できるのは、米国の承認手続きが終わる23日午後(現地時間)からであり、米通商代表部(USTR)のフローマン代表が18日、オバマ政権の通商政策について下院歳入委員会で証言したなかで、TPP交渉への日本の参加問題をめぐり、「(まとまった交渉文書の)再交渉も、蒸し返すことも日本に認めない」と述べている。つまり、日本が、最終日の25日までの3日間に基本的な立場を説明し、これまでの交渉状況の把握に努めても、先行参加している11か国(ベトナム、ブルネイ、ペルー、チリ、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、米国、カナダ、メキシコ)が、すでに大筋のことを合意しているのであるから、これを覆すのは困難としか言い様がない。
復帰した自民党政権は、安倍晋三首相、麻生太郎副総理らかつて挫折した時と同じ役者が采配を振っている。失敗から学ぶことはあるとしても、急に信条、体質、手法が変わるはずもない。ただ、アベノミクス効果で社会が明るさを取り戻したのは確かで、世間は不安を覚えながらも浮かれ気分が広がっているのが現状だ。野党とのねじれはなくなったものの、今度は自民党内でのねじれが生じ、抵抗勢力をねじ伏せ政策遂行に邁進できるだけの胆力と、内外ともに多忙を極める首相の日常を持ちこたえるタフな体力があるかどうかが多少の不安は残る。前回慢性の下痢で政権を明け渡した過去があるだけに。

2013年7月13日土曜日

猛暑列島


「2013年は、過去最高の暑さになる」とアメリカ航空宇宙局(NASA)がそう警告したのは、今年1月のこと。その後、3月には煙霧、4月には爆弾低気圧が日本を襲い、関東地方の梅雨明けは例年より早く、現在猛暑に突入中。NASAによると2010年が過去最高記録だったらしい。(地球が最も暑かった気温が平均値プラス0.54%上回った。)
NASAの研究者によると、地球がバランスを失い、極端な気象現象がより頻繁に発生するようになったことや、地球温暖化によって増えた熱量が海に蓄えられ、海水温が上昇していることも、気候変動に影響を与えている可能性の指摘など、今後10年間はさらに気温が上がる可能性が高いことなども言及している。複合的な要因はいろいろ取りざたされてはいるものの、確たる定説にいたっていない。


梅雨明け発表の前日、まだ冷房を入れるほどでもなかったので、あすは晴天と油断をして、パソコンの周辺機器を置いてある出窓の窓を少し開けて寝たところ、夜中の3時前から降った土砂降りの雨で目が覚めたのが4時頃で、あわてて窓を閉めたが、接続機器ルーター、無線LAN用のエアーステーションなどが大水をかぶり故障を起こし、機器の交換を余儀なくされた。ここにきて家中のパソコンがようやく繋がったのでブログを更新することにした。今年の梅雨は降水量が少ない予想だったのが、梅雨の末期のゲリラ豪雨に見舞われ、1時間以上気づかないで眠り込み痛い目にあった。

さて翌日梅雨が明けた途端に、日本列島は太平洋高気圧に広く覆われて厳しい暑さになった。日本における猛暑は、ここ数年の間に常態化している感がある。世間には、「地球温暖化のせいで、日本の気候が熱帯に近づいているのでは」といった声もあるが、俗説の信憑性はいまいちよくわからない。そして、原因がよくわからないまま、我々は次の年の夏も、そのまた次の年の夏も猛暑に苦しめられることを覚悟しながら生きている。
ちなみに35度以上の猛暑日となった所は140地点で今年最多。全国で猛暑日が観測されたのは5日から1週間連続となった。30度以上の真夏日は全国観測点の6割の544地点で観測され、7月上旬の北日本(北海道と東北)の平均気温は平年を3.4度上回り、1961年の統計開始以来最高となった。熱中症の患者数はうなぎのぼりになっている。特にお年寄りは要注意だ。

旧軽井沢銀座通り

さて、梅雨明け早々、不通のPCを家に置いたまま、日曜日に親父を連れて軽井沢に行った。環八を通り練馬あたりを走っているとさすがに外気温は38度を超えてきた。そして関越道の埼玉県熊谷近くや群馬県の館林近くでは39度になっていた。パーキングエリアの外気は蒸し暑くカンカン照りの外には、体も慣れてないせいか長くは居れなかった。クルマが軽井沢付近に差し掛かると、ようやく外気温が28度になったが、夏の軽井沢は結構混んでいて、特にアウトレットにつづく道は車の渋滞が続いていた。今回は年寄りを連れていたのであまりウロウロ出来なかったが、カミさんは軽井沢の本通りで、お目当ての店でショッピングが出来きご機嫌だった。
軽井沢はそれでも朝晩の気温は涼しく快適にすごせた。犬も泊まれるコンドミニアムだったが、今回は犬の肝臓の具合が悪いので愛犬は連れて行かず病院に預けた。特に犬は夏場は毛皮を着ているので冷房の効いた部屋でないと体調を崩すので気を遣う。翌朝はカミさんの実家のある長野に立ち寄り母親に会い、94歳どうしで親父と話が弾んでいた。人間も犬もだんだん年老いていくが、お互い健康でいたいものである。

2013年7月1日月曜日

アートな話「富士山」

河口湖から見た富士と三保の松原から見た富士

2013年5月1日にユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が、富士山の『信仰対象として日本人の精神性を形成し、浮世絵等芸術の題材にもなった』という日本側の訴えた文化的価値に対し、『影響は日本をはるかに越えて及んでいる』と高く評価、世界文化遺産への登録を勧告していた。そして2013年の世界遺産会議にて、世界文化遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」としてついに正式登録された。

富士山は、日本のほぼ中央に位置し、古来連山の多い我が国において独立峰の孤高の山でその形態は日本人にとって心のふるさとであり、精神の源泉、文化の母胎でもあった。絵画、文学、詩歌、あるいは演劇の舞台ともなり、現在に至るまで数多くの芸術作品を生み出している。その歴史は、日本文化の歴史そのものであり、日本人のみならず、海外の芸術家たちにも影響を与えてきた。いわば日本そのものでもある。
山梨県と静岡県が富士の世界遺産登録を目指したのは21年前。自然遺産での登録を目指したが、環境省の候補地検討会で2度も落ちてしまったのは、求められる自然の美しさの基準には及ばないだろうと、失格の烙印を押されたからだった。
遠目に見る富士は“霊峰”の名に恥じない美しさであるが、近づくにしたがってエクボならぬ痘痕(あばた)ばかりが目立ったのだろう。あたかも女性を遠目で見るような審美眼で見れば、あらゆる角度から死角がないかとあらを探がしてみても、近視眼的に見ない限りはこの山には死角はない。元来山は遠目に見てこそ山であり、登って瓦礫の山やゴミの山を見て興ざめするのは当たり前の話である。女性がきれいに見える条件を「夜目、遠目、笠の内」という。「上方いろはかるた」にあるそうだが、ようやく世界文化遺産に登録されることになった富士山に、そのまま当てはまる言葉である。ここにきてようやく環境面の問題から自然の景観より歴史的価値や芸術性が重視される文化遺産の登録へと方針転換して、悲願達成となったのは喜ばしいことである。
さて富士山は、れっきとした活火山”である。それも青年期であるため、近々噴火するのではないかと指摘されていて、その可能性は100%だとも言われている。そんな危うさも日本人の美意識に火をつける。

「画家の視点から見る富士山」
http://mohsho.image.coocan.jp/fuji-viewing02.html

 富士山ほど数多くの画家に描かれた山はない。なかでも有名なのが、葛飾北斎と歌川広重ある。「冨嶽三十六景」で知られる北斎は、富士山と人との関わりを豊かな想像力と見事な構図で表現。「三十六景」と銘打ちながらそれだけでは満足せず、「裏不二」十図を加えた計四十六点を世に送り出した。対する広重は「東海道五拾三次」「名所江戸百景」で、様々な場所から見える富士山を描いている。一般的には方位の点で南側(太平洋側の静岡)から見たものを表と見て、北側の山梨県から見たものを裏と見ているようだが、山梨県側は標高が高くなる分、開放的な視界が限られてくる。上の図は浮世絵に出てくる富士山だが、各々作者が描いた富士山の視点の位置がわかるようになっている。


こんな息苦しい登山は?見ているだけで高山病になりそう!
7月1日、今日は富士山の山開きである。私も以前5合目まで物見遊山で車で行ったことがあるが、人が多い印象が残っている。TVで富士山登山の映像をみると、渋滞する行列の中を登っていく人々の姿が見られるが、世界文化遺産登録で、登山者がさらに増えると見込まれる中、落石や転倒などの事故をどう防ぐかが大きな課題となっており、山梨県などは誘導員を去年の2倍にして、安全確保を図る計画らしい。さらに、関係者を悩ませているのが、いわゆる「弾丸登山」というもので、これは山小屋に泊まらず夜通し山に登り、朝、ご来光を見て帰ろうという人たちである。「弾丸登山」は登山者全体の30%ともいわれ、混雑を引き起こす原因になっているいっぽうで、さらに高山病になるリスクも高いとされている。特に高齢者は3000m級の山を甘く見ているとしっぺ返しを食うことになる。