2013年5月20日月曜日

因果な話

   
鎌倉文学館
 
毎年連休の混雑を避け連休中は程ほどに仕事をして、5月の後半に出かけるのであるが、昨日は、鎌倉は長谷にある近代文学館に行った。カミさんがバラを見たいということでお供したのだが、バラ園自体は、広大な敷地の一角にこじんまりと収まっており、狭い敷地にこれでもかと植え込んであったので、個々のバラ同士が喧嘩をしているようで、もう少しスペースを考えて造園すればいいのにと思った。日曜とあって結構人で賑わっており、目的地までの海岸線は相変わらずの車の渋滞が続いていた。

本館は旧前田侯爵家別邸とし明治期に建てられ、、旧加賀百万石・前田家の第16代当主・前田利為(まえだ・としなり 1885-1942)を経て、戦後は佐藤栄作元総理の別荘使用後に鎌倉市に寄贈された経緯を持つ。建物と周りを取り囲む広い敷地と静寂な環境と、三階建ての豪奢な住空間は古き良き時代の雰囲気を醸し出している。


太宰治の晩年の原稿
館内では、文字通り鎌倉にゆかりのある文士たち(この言葉も死語になったが)が300人以上はいるという。その中で際立った鎌倉文士村住人の著書や古い年代を感じさせる手書きの原稿用紙、または故人の愛用品などが展示されていた。今回は太宰治の特別展をやっていたが、芥川龍之介、川端康成などいずれも自殺した作家たちの原稿用紙も拝見した。我々には計り知れない作家たちの心の闇との葛藤が、原稿用紙(、そこにあるシミのついたものや、おそらくは数多くの丸めて葬り去られたもの)に思いを馳せると浮かび上がってくるような気がした。
自分で追い詰めたのか、あるいは創作上の行き詰まりから追い詰められたのかは推し量れないところだが、精神の繊細さや自我の脆弱さも少なからず関係しているのであろう。あのヘミングウエーでさえ自らの命を絶ったのだから、心の闇は他人(ひと)にはわからない。文学(小説)はその深淵な闇を照らす因果で孤独な作業ともいえるだろう。

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