2015年12月26日土曜日
マイナンバー制
今年も早1年が過ぎようとしているが、遅ればせながら我が家にも12月初旬に、マイナンバーの書かれた通知カードが届いたが、そのまま手続きは保留にしてある。いわゆる日本に住民票を有する全ての人を対象に、1人に対し1つのマイナンバー(個人番号)が割り振られる制度で、同じ番号が別の人に割り振られることのない国民総背番号制とも呼ばれるものである。
懇意にしている証券会社の営業マンとの世間話のなかでこの話がでて、登録ナンバーを控えていればカード申請は、する必要もないとのことであった。
色々資料を集めてみると、国は事務処理の簡素化と縦割り行政を是正し、各官庁との横の情報の共有化が図れること、すなわち個人情報の共有化が可能になるので行政の効率化を促進する流れが見て取れる。
今回導入されるマイナンバー制は国や地方公共団体が税や社会保障、災害対策などの為のみに使用し、一人一人の番号を管理することによって、国や地方公共団体が個人情報を迅速かつ正確に共有することができ、年金の不正受給や税負担を不等に免れることを阻止することができる。
さらに公平な社会を円滑に構築することが可能であると同時に、マイナンバー制度の導入により、本人照合や確認作業、入力作業が軽減され、取り間違えなどのヒューマンエラーも減少することが期待でき、行政の効率化が図れ、国民の側も書類提出が楽になるという寸法である。
ところが、これにはデメリットもある。個人情報の漏えいなどの問題、たとえば今後「マイナポータル」というウェブサイトで、マイナンバーと紐付けられた「自分自身の情報」の閲覧が可能になり、 閲覧にあたってはマイナンバーカード(ICカード)とパスワードが必要で、その二つさえあれば誰でも閲覧可能になることや、今後の動きとして、改正マイナンバー法によりマイナンバーと銀行口座の紐付けがスタートすることにより銀行口座を政府が把握することが可能になり、貯蓄額も漏えいの危険性が高くなる。すなわち国民のフトコロ具合を国がつかむことになる。我々貧乏人には関係ないが、大金持ちは簡単に脱税できなくなることもあって戦々恐々だ。現在日本で法人の七割以上が赤字に陥り、税金を納めていなことなども、この制度導入の動機にありそうだ。
また個人のみならず事業者も対象に入っているので導入費用が膨大になり、民間企業の事務処理増加、特に中小零細企業は負担がのしかかるため、全国中小業者団体連絡会(全中連)が10月に行った省庁交渉ではマイナンバー(共通番号)制度実施の延期・中止を求めるとともに 「共通番号の記載がなくても提出書類を受け取り、不利益を与えないこと」などを政府に要望したようだ。
全商連の資料によると、その回答は次の通りになる。
【内閣府】
「個人番号カード」の取得は申請によるもので強制ではない。カードを取得しないことで不利益はない。「扶養控除等申告書」「源泉徴収票」などの法定資料や雇用保険、健康保険、厚生年金保険など書類に番号が記載されていなくても書類は受け取る。記載されていないことで従業員、事業者にも不利益はない。従業員から番号の提出を拒否されたときは、その経過を記録する。しかし、記録がないことによる罰則はない。
【国税庁】
確定申告書などに番号未記載でも受理し、罰則・不利益はない。事業者が従業員などの番号を扱わないことに対して国税上の罰則や不利益はない。窓口で番号通知・本人確認ができなくても申告書は受理する。これらのことは個人でも法人でも同じ。
【厚生労働省】
労働保険に関して共通番号の提示が拒否され、雇用保険取得の届け出で番号の記載がない場合でも、事務組合の過度な負担が生じないよう、ハローワークは届け出を従来通り受理する。罰則や不利益はない。労働保険事務組合が番号を扱わないことによる罰則や不利益な扱いはない。番号を記載した書類を提出するとき、提出者本人の番号が確認できない場合でも書類は受理する。
以上のように役所に出す書類に個人番号が記載されていなくても受け付けるし、罰則がないのはもちろん、何の不利益も受けない。公式の席で、各省庁が確認したのだ。
当面、事の成り行きを静観することになりそうだ。
2015年12月18日金曜日
中国の宿命
2007年に日本に帰化して以来評論活動をしているお馴染みの石平氏が、今年書き下ろした著書「死に体」 中国の宿命 歴史が示す習政権の末路 を読んだ。題名からしてえぐいタイトルであるが、今の中国の国の成り立ちと、中国の本質が見て取れる一冊である。
本書によると、中国4000年の歴史と言われているが、その歴史は秦の始皇帝から始まる崩壊と再建の歴史に刻まれている。その始皇帝が戦国時代に並立した6カ国をことごとく滅ぼして中国初の統一王朝、秦を作ったのは紀元前221年のことである。
建国後自身が初めての皇帝と名付けて、国を統治したが、死後わずか15年足らずで崩壊の憂き目にあう。以後歴史は繰り返し、近代清に至るまで一番栄えた唐の時代も含め、崩壊と再建を十数回繰り返し、どの時代も皇帝独裁支配体制のもと、時の権力者はもとより、そこに群がる官僚達の私利私欲に走った構造は、現代の中国の一党独裁政権の腐敗ぶりに連綿とつながっていく。
その構造は、民衆(農民)から絞りとるだけ搾り取り、最後は搾取され収奪されたた農民達が立ち上がり、膨大な数の不満分子の力によって政権が崩壊していく過程が繰り返されていくのである。
通常国家というものは、時代が進むにつれ民主化が進み、政治経済が進展しそれに付随した文化も発展していき、近代国家が形成されていくものであるが、中国は国として体を成した秦からこの方約2200年たった現代でも、王朝が崩壊するたびに国の体制、文化などがリセットされ、前時代の遺物も文化も破壊されるラジカルな国である。それは歴史の進化継続と蓄積とは無縁の断絶の国でもある。
過去において、土地や生活基盤を失った農民がやがて多くの流民(難民)となって時の政権に反乱をおこし、その反乱が大規模に膨れ上がった時に、王朝は崩壊を繰り返す。
近代に入ると、中国初の民主主義革命(辛亥革命)によって中国最後の王朝清朝が崩壊した後、中国初の近代的共和国として中華民国が出来たが、その後、日中戦争のどさくさに旧ソ連の共産党から支援を受けた中国共産党が勢力の拡大を図り、時の政府に反乱をおこし毛沢東のもと中華人民共和国が誕生した。ここでも伝統の独裁専制政治は続き、権力闘争の末、文化大革命なる蛮行を行い自滅の道を歩むことになる。当然そこに展開するのは大規模な粛清と政敵の暗殺である。その犠牲者は1000万人以上とも言われている。
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| 中国元 |
さて共産党政権存立の基盤となる国家経済が今危機に瀕している背景には、政府による過剰な公共事業や民間の異常な不動産投資によるバブル崩壊と、そのために土地を取り上げられた農民や、賃金上昇のため世界の工場としての地位が揺らいだ結果、景気後退で製造業に従事していた農民工たちの失業者が潜在化している。そして本書では、これら流民が2012年の時点で実に2億6千万人の数で表記されている。これら寄る辺ない民衆が、各地で年間20万件以上という暴動を起こしており、今後もその数は増加の一途たどることになる。また都市と農村、富裕層と貧困層の格差が拡大し都市部の潜在的な失業者も1000万人を超え共産党に対する不満は臨界点に達している。
その公安(治安維持費)のための予算があの膨張する軍事予算を上回っている事実は、いかに政権が過去の政権転覆の起爆剤としての民衆を恐れているかが解るというものだ、そしてその導火線となる知識人の弾圧も体制維持のため激しさを増す。また共産党は、国民の不満の目をそらすために対外的な拡張主義に傾き、東シナ海や南シナ海に象徴されるように、世界と摩擦を起こしている。そして国内では、欲の皮の突っ張った拝金主義の民衆が群がった高金利理財商品への出資からなる膨大なシャドーバンクの崩壊も始まっており、これらの不安定要素が増幅され中国の粉飾経済が失速した時、その世界経済に与える影響は多きい。
そのような情勢の中、特権階級の共産党幹部は相変わらず賄賂によって私腹を肥やし、取り締まる側も賄賂にまみれ、腐臭を放ち腐敗が進む死に体になり、収拾がつかない状態が今の中国であり、政権末期を予感している共産党幹部は、我先に海外に莫大な資産を移し、安住の地を求めその視線は、はるか遠くをさまよっている。
政敵をターゲットにした汚職取り締まりも拡大する中、天津で起きた巨大な爆発事件は習近平暗殺を企てた一件と取り沙汰されていることも明らかになっている。人心は離れ、国家への不満が臨界点に達した今、崩壊へのカウントダウンはすでに始まっている!
著者は現在の習近平体制を赤い王朝と呼んでいるがこの王朝も崩壊する宿命を負っており、それはそう遠くない時期にやってくると結論付けている。運命は変えられるが宿命は変えられないものである。
2015年12月5日土曜日
日本の深い闇
戦後70年が経った今、日本を揺るがす大震災による福島第一原子力発電所の崩壊が始まった2011年から今日に至るまで、国のエネルギー政策や国の防衛問題など、釈然としない日本の闇が、1冊の本で霞が晴れてきた。タイトルは「日本はなぜ、基地と原発を止められないのか」矢部 宏治著。
国民も薄々感じているアメリカの影は、戦後GHQから続いている巧みな日本統治による仕組みを明らかにすることで全貌が明らかになってきた。著者はアメリカの公文書の調査をもとに執筆していて、アメリカの機密文書は、国立公文書記録管理局(NARA)で管理されており、25年たてばすべて公文書として発表されされるため、これを引用している。人類の英知と進歩のため、世界の潮流は30年で封印された機密文書は公開されることになっている。
著者によると、憲法を法体系の上位とした「オモテの世界」ではない、「密約法体系」や「安保法体系」といった、「アメリカ」を最上位とした異なる法体系を上位として権力が動いている「ウラの世界」があるようだ。そしてこの日本の権力というのは、結局はそうした「ウラの世界」の権力により、現実には動かされていることが分かってきた。
絶対的な存在「アメリカ」と、その「アメリカ」の作ったシステムの中軸たる法体系、「密約法体系」、「安保法体系」に忠誠を誓う「官僚」という一大権力機構システム。それが「原子力村」ならぬ、それすら含むここ日本という「安保村」の駆動源であると。
「政治」とは、即ち近代憲法に基づく、近代民主主義国家としての議院内閣制による政治形態のことであり、本書で呼んでいる「オモテの世界」のことである。そしてそうした「政治」ではない統治権力が、確かにこの国には根強くはびこっている。「日米地位協定」などアメリカとの条約は、日本国憲法よりも上位にあること、明文化された条約のほかに数多くの「アメリカとの密約」があり、それも憲法より優先されることなどなど。
日米合同委員会
ここで決められたことが、日本国憲法を超えてしまう。在日米軍との委員会なので、外務省や防衛省の官僚が入っているが、特筆するのは、法務省、財務省、農林水産省などの官僚も入っており、米側の代表は、基本的に軍人である。現在でも月に2回、米国担当者と官僚との会合がおこなわれ、密接な意思疎通がはかられていること、そしてそのような状況を形作るにあたり昭和天皇およびその側近が、大きな役割を果たしていることなどなど、驚くべき事実が明らかになっている。
つまりはまともな主権を持った独立国としての体を成してないこと、敗戦後に作られたこの国のあらゆる法体系や社会システムが、所詮はアメリカの意向に従うために設計されていることを知らされる。米軍と官僚組織、さらには司法やメディアまでがすべてつながっていることを。
さらに著者曰く、日米合同委員会は基本的に占領以来続く在日米軍の特権、つまり「米軍は日本の国土全体を自由に使える」という権利を行使するための協議機関なのだが、この組織が60年間続いていくうちに、そこで決まったことには、もう誰も口出しできないという状況になってしまった。
なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということだ。
日本の歴代政権を見てみると、親米派と反米派に分かれる。ここで親方アメリカの意に沿った政権と、意に反した気概のある政治家を擁する政権の末路を見てみよう。
対米従属派である清和会の政治家と違い、国益を重視して米国と一線を画して、近隣アジア諸国などと独自の繋がりを模索しようとした経世会の政治家は、失脚もしくは殺害の末路を迎えている。途中で政権交代した小沢鳩山政権は、年次改革要望書を撤廃させたが、1年たらずで、鳩山首相に至ってはアホ呼ばわれされた末にアメリカにつぶされ、その結果後の菅政権はアメリカ寄りになったが続く野田政権も短命に終わった。驚いたことに、当時の首相だった鳩山由紀夫は、この組織の存在さえ知らなかったと2014年の著者とのインタビューで述べている。
自民党2大派閥『清和会と経世会』
(田中派)田中角栄 逮捕 ロッキード事件(東京地検特捜部)脳梗塞
(経世会)竹下登 失脚 リクルート事件(東京地検特捜部)雲隠れ病死
金丸信 失脚逮捕佐川急便献金・脱税(東京地検特捜部&国税)
中村喜四郎 逮捕 ゼネコン汚職 (東京地検特捜部)
小渕恵三 (急死)脳梗塞と報道されているが自殺とも言われている。
鈴木宗男 逮捕 斡旋収賄 (東京地検特捜部)
橋本龍太郎 議員辞職 日歯連贈賄事件 (東京地検特捜部)
小沢一郎 西松不正献金事件 (東京地検特捜部)
二階俊博 西松不正献金事件 (東京地検特捜部)
●その他政治家の不審死の裏にアメリカの影あり。
梶山静六 橋本龍太郎 松岡利勝 中川一郎 中川昭一
いずれも経世会政治家と反米的政治家の場合、不慮の突然死・事故死・自殺 が偏って多いのが特徴で、いまだ真相は解明されておらず、深い闇のままで ある。
一方(清和会)では 岸信介 福田赳夫 安倍晋太郎 森 喜朗 三塚 博 塩川正十郎 小泉純一郎 尾身幸次 安部晋三 福田康夫 麻生太郎 中川秀直 町村 信孝 などなどで これらはいずれも御 安泰である。
、自民党とCIA(ユダヤ権力)には、癒着の歴史が関係している。清和会は米国に有利な政策を遂行し、その報酬としてCIAからカネをもらい、勢力を伸ばしてきた。大手マスコミは一切報道しないが、岸信介がCIAに雇われたエージェントだったことは、後年になって情報公開された米国務省、米国立公文書記録管理局(NARA)の資料から明らかになっている。
原子力の問題
英米金融資本の頂点に立つロスチャイルドが一元支配しているのが原子力事業の根源ウラン燃料であり、原子力発電を稼働させるために我が国はアメリカからウランを輸入している。だから分かっちゃいるけどやめられない。日米原子力協定があるからだ。
日米原子力協定で決められたことは、原子力発電で出た使用済み燃料(プルトニューム)の再利用を促進するといったプログラム(プルサーマル計画)推進のための協定であるが、使用済み燃料を再処理すれば燃えかすウラン(96%)、高レベル放射性廃棄物(3%)となり、残る、プルトニウムは1%にしかならない。問題は、燃え残りウランは本来高速増殖炉で使われ、プルトニウムに転換して利用されるはずのものであるが、未だ高速増殖炉は実用化されず破綻している。
日本以外の先進国はすべて核燃料サイクルから撤退している。積極的であったフランスもコスト高、各国もトラブル続きで止めている。よって、プルサーマルをやらない国は、使用済み燃料については貯蔵して廃棄物処分している。人類史上稀有の大事故が起きた後も原発の安全性が確保されないまま稼働に踏み切る日本。いつまで日本はウランを買わされるのであろうか?
未だ戦後を引きずっている国、それが日本である。
参考文献 「図解」 世界闇の支配者 ベンジャミン.フルフォード
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| 昭和館 |
地下鉄九段下駅前にある昭和館(厚労省所管の博物館)を訪ねてみた。 昭和館は、九段下の地下鉄の駅からすぐ、武道館に向かう途中にある。戦中戦後の日本人の暮らしぶりが垣間見れるところである。私の生まれた昭和22年前後は、実際どうなっていたのだろうと思って常設展を見に行ってきた。6階7階は常設展示室で戦前戦中戦後と別れており、当時の日本人の暮らしぶりや、社会の動向が数多くの展示品からうかがえる。まるで骨董品の世界である。
| 戦中戦後の暮らしに関する展示品 |
戦争を知らない私は、母から当時神戸で空襲にあって、逃げまどい多くの死者たちを無感動のまま見てきたことや、戦後の食糧事情が悪い時、赤ん坊の私に、ミルクがないので小麦粉を溶いて飲ませた話などを聞いたことを思い出す。
そして5階の映像音響室では20台以上あるPC映像機器を閲覧者が、それぞれ戦中戦後の人々の暮らしぶりを主とした画像や映像音声などが膨大に流れていく機器を操作することができる。戦争を境にした昭和という時間の流れと、戦後日本の焼け野原から立ち上がった日本人の逞しさと、戦後GHQによって、国の体制がリセットされ、やがて我が国の復興が始まり経済発展へとつながる経緯が、走馬灯のように短い時間の中で体感できた。
2015年11月29日日曜日
京都ぶらり旅
| 東福寺 |
入院後はや1年が経ち、無事でいられる有り難さをかみしめ、全快祝いを兼ねて、多忙の中、カミさんと秋の京都を訪れた。過去に娘が京都で大学生活を送っていた関係で、京都には何度か足を運んだが、今回は初めての京都の秋である。今回は京都の北(洛北)にある鷹峯(たかがみね)が旅の出発点となり、まだ行っていない寺巡りをしてみた。
今年は全般的に気温が高かったせいで、紅葉の色合いが例年になく芳しくなく、それでも紅葉で有名な社寺は大勢の人々でむせ返っていた。それでも春、夏、冬とそれぞれの季節が醸し出す京都各地の風情のなかでも、秋ならではの格別なものがあった。
| 東福寺境内 |
当日は10時ごろ京都駅を降り、JR奈良線で一つ目の東福寺を散策。東福寺は京都五山の一つ、境内の通天橋は紅葉の名所でもあり、人気のスポットのため、海外からの観光客も多く、境内は人でごった返していた。紅葉を浴びるほど見て歩き、昼前に京都駅に戻って、12時半の送迎バスで鷹峯のホテルについてからは、チェックインの時間まで近隣の3寺を散策した。
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| 光悦寺山門 |
光悦寺、源光庵、常照寺、と拝観するが、各寺とも京の北の外れもあって人出は緩慢で、境内をゆっくり散策できたことは何よりだった。
光悦寺 京の北、鷹峯三山を見渡すふもとにあるこの寺は、江戸時代に工芸美術で名を馳せた琳派の祖、本阿弥光悦の一族の集落(光悦村)のあった場所に位置し、光悦ゆかりのこの日蓮宗の寺は、あらゆる工芸、書画に影響を与えた当時の芸術家たちの面影を残した佇まいである。
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| 源光庵 悟りの窓と迷いの窓 |
源光庵 こじんまりした庭園を望む本堂には迷いの窓と悟りの窓があり、迷いの窓は矩形をなしており、角形には人間の生涯を象徴し、生老病死の四苦八苦を表す。また悟りの窓は円形をしており,禅と円通の心を表し、円は大宇宙を表現しているそうだ。すべてを丸く収めるといったところか。完全な円というものは仏教では悟りを示すことになるようだ。
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| 常照寺山門 |
常照寺
井原西鶴の「好色一代男」の人情話や歌舞伎に出てきた吉野大夫ゆかりのこの寺には吉野の墓がある。芸妓である吉野大夫における太夫の称号は、江戸時代初期に誕生し、当時は女歌舞伎が盛んで芸 達者の役者が「太夫」と呼ばれたのが始まりだといわれる。写真の山門は吉野大夫が寄進したものである。
二日目
| 銀閣寺 |
銀閣寺は、金閣寺ほどの派手やかさはないが、日本人好みのさびのきいた佇まいは世界遺産にもなっている。起伏に富んだ庭園からは、室町時代の金閣に代表される3代義満時代の華やかな北山文化に対し、8代義政の銀閣に代表されるわび・さびに重きをおいた「東山文化」の発祥の地としての趣がうかがえる。足利幕府の栄華の跡が忍ばれるとともに、当時、正室の日野富子と管領が政治を行う傀儡政権で政治を妻任せにして、隠居の身に身をやつし、文芸に耽る風流将軍の姿が、歴史に思いを馳せると、もの悲しくもある。
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| 哲学の道 |
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| 禅林寺永観堂 |
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| 高台寺の夜景 |
高台寺 秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺で、桃山時代の蒔絵の寺として有名であるが重要文化財の霊屋の中の蒔絵は見られなかった。日が暮れライトアップを待って、夜景に浮かび上がった紅葉を見た後、近くの祇園から先斗町まで足を運び、軽く一杯やってから、地下鉄に乗り、京都駅を発ったのは7時過ぎであった。本日の総歩数は23000歩。荷物を背負っての起伏のある遊歩行は、さすがに疲れて、車内でもう一杯やりながら眠ってしまった。
2015年11月17日火曜日
変化する住宅事情
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| 産経新聞 |
近頃横浜のマンションのくい打ち施工データ改ざんに端を発し、同じ施工会社の担当者のみならず、次から次と改ざんなどの不正行為が見つかっており、業界全体のデータ改ざんが常態化していることが問題になっている。住んでいるマンションが傾いていることが明らかになったのだから、住人にとって穏やかな話ではない。おそらく東日本大震災の揺れで欠陥が現れたのだろう。
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| 問題のマンション |
確かにマンションは居住性に優れ、利便性と経済性の点で私の場合、30代初めころに、県の住宅供給公社の4LDKの分譲マンションを購入し、20年ローンが残りわずかになったとき、あの阪神大震災が起きた。
ニュース映像で見た倒壊マンションの復旧が容易でないことや、数多くの居住者の考えの相違などで、合意形成が難しく、修理、建て替えがスムーズにいかないことを知ることになり、自分たちのマンションは世帯数が大きく管理組合がしっかり機能しているにもかかわらず、その後の耐震性の問題などを鑑みて、ここは終の棲家にはならないと判断し、売却して一戸建てを購入したものの、そこも6年足らずで手放し、親と同居するために2世帯住宅を新たに建て、現在に至っている。
国交省の資料によると、全国の分譲マンションは今や500万戸を越え、うち築30年以上は73万戸で今後毎年10万戸のペースで増えている。日本全体の人口が減少傾向にあるにも関わらず、どんどんマンションが建設されている状況である。
特に築30年を超えるような物件では、住民の高齢化や建物の老朽化、それに伴う空室率上昇や資産価値下落など、問題が山積しているようだ。
集合住宅の場合、個人が所有するのは住戸の内部だけ、建物の外壁や柱、エレベーター、廊下などは共用部分であり、全員の所有となる。それを全員で管理修繕しなければならないため、このマンションの区分所有権が建物の維持を難しくしている。また管理費滞納者の増加や、高齢者の増加によるマンションのスラム化が危惧されている。
日本で建て替えを実現したマンションは、特例を認めた阪神大震災の被災地を除いて全国で40例ほどしかないそうだ。マンションのスラム化は、建物が古くなったから起こるのではなく、人間が住まなくなった時に始まり進んでいく傾向にある。
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| NPO法人空家空地管理センター |
総務省が5年に1度調査する「住宅・土地統計調査」によれば、日本全国の空き家数は2013年時点で820万戸。国内住宅総数6063万戸に対する比率、空き家率は13.5%に及んでいる。
野村総合研究所の調査によれば、地方の高齢化と人口減少により、空き家が急増。2018年には日本の空き家は1000万戸を超え、2023年には空き家数は1396万戸、空き家率は21.0%となり、日本の住宅の5軒に1軒が空き家になりかねないとしている。地方にみられる限界集落という言葉は、今後少子高齢化が進むにつれ、都市部にも広がっていくだろう。
2015年11月9日月曜日
アートな話「芸術と経済」
私の好きな日本の画家に田中一村(本名、田中孝)がいる。生前は、まったくの無名の画家で、明治41年(1908年)仏像彫刻家の父の長男として栃木県に生れ、69歳の1977年に、日本の最南端の奄美大島で画家として認められないまま、孤独の生涯を閉じている。南の島奄美の自然を描いた画風は昭和の若冲とも称され、飽くことなき動植物の写実に徹し、どこか平坦で装飾的な画面から漂う躍動感と静けさは、アンリルソーにも似ていて、また日本のゴーギャンともいわれている。
神童と呼ばれ、若くして水墨画にその才能を発揮した彼は4、7歳の時には児童画展で天皇賞もしくは文部大臣賞を受賞し、10代では、蕪村、木米らを模した水墨画を自由に描いたという。
1926年、18歳にて東京美術学校(現東京芸大)の日本画科に学ぶが、父の病のため中退。同期には東山魁夷がいた。その後、家族を養うため水墨画を描いていたが、従来の水墨画を捨て、日本画にもどってみたものの、画壇からは不評であった。
日本美術展覧会(日展)、日本美術院展(院展)に何度も応募するが落選を繰り返す。名の売れた画家になりたいという夢が強かったと言うが、中央画壇で認められることはなかった。
50歳の時に出品した作品は、自分の絶対的自信作であったが、これも落選。東京美術学校の同期生は、すでに審査員になっているものも多かった。中央画壇に失望した一村は、すべてを捨て、そして、一人、日本の最南端の奄美大島にわたる。そして生計のため大島紬の染色工になるが、無口で、あまり他人と交わることはなかったという。生業以外の余った時間はただ、ひたすら絵を描いていたという。画集の写真からうかがえる貧しい生活も、やせ細った身体も如何にも満足げである。そこにはゴッホのような貧しさの果ての狂気は見いだせない。
奄美大島に来てから描いた花鳥画は、自然を愛し、植物や鳥を鋭い観察眼で、精緻に描いた、いかにも熱帯の日本画、と呼ぶにふさわしい大作が何枚もある。一村のエピソードでは、彼が描いた村人が、亡くなってから家に飾るための遺影として、どの家にも大切に残されているという。貧しかった村では、写真にして遺影を飾ることができなかった。そこで、絵で代用をしたそうだ。
神童と呼ばれ、画家としての将来を期待されながら認められず、外側からだけ見れば、悲運の人の生涯であったようだが、本人にしてみれば好きな絵を描いて、貧しくても幸せで孤高の人生を全うしたのだろう。
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| 奄美パークにある田中一村美術館 |
思えば芸術も、我々に身近な経済も人それぞれの人生を語っている。人間の営みの根底にあるものが経済で、これなくしては個人も国も社会も成り立たない。バブルのころならいざ知らず、今の時代、芸術で飯を食うのは難しい。芸大を出ても二足わらじの人もいれば、芸術とは関係のない仕事をしている人もいる。幸いにして絵で食っていける人でも、世間に迎合すれば芸術家精神の堕落が始まる。
いっそ商業主義に徹したデザインの世界や工芸の世界であれば、その葛藤は少ないだろう。なぜなら消費者あっての生産者(製作者)であることが前提にあるからだ。
一般消費世界では、把握しきれないほど多量なモノや情報が、限られた消費者の関心を奪い合っている。良いモノさえ作れば売れたような時代は終わりつつある。前時代の希少性とマスメディアの情報独占に操作された価値観は、ネットの出現により、知識や情報の源泉が広く分散され、消費者の関心を引きつけるものは、モノに内在するエンターティメント(面白さ)とモノの属性、即ち、デザイン、性能、品質と消費者にとっての有用性であろう。芸術は長く、人生は短し。されど人生の基盤は経済である。
2015年10月29日木曜日
新映像の世紀
NHKスペシャル 新映像の世紀を見た。20世紀に発明されたばかりのムービーカメラが初めて本格的に動員されたのが、第一次世界大戦である。1914年6月、バルカン半島でおきたテロ事件(オーストリア皇太子夫妻暗殺)をきっかけに、戦火は瞬く間に世界中に拡大、毒ガス、戦車、爆撃機などの新兵器が登場、30カ国を超える国家が巻き込まれ、犠牲者は民間人をふくめ3800万人に及んだ。この戦争は、今も世界を覆う不幸の種子を世界にばらまいた。そこに関わった人々の人間ドラマを、最新の映像技術を駆使して描いていくスタンスで番組が始まった。
あのアインシュタインが天才と呼んだ、ドイツの科学者、フリッツ・ハーバー博士。画期的な肥料の研究でノーベル賞まで受賞した博士は、大戦中、人類史上初めての化学兵器・毒ガスを発明した。ドイツのために貢献したユダヤ人の博士の発明が、後世に、これがユダヤ人虐殺に使用されるという歴史の皮肉。そしてロシア革命を成し遂げ、世界で初めての共産主義国家を樹立したレーニンは、恐怖政治の創始者でもあった。
また、昔映画で見た砂漠の英雄・アラビアのロレンスは、史実では新たなエネルギー・石油をねらったイギリスの情報将校としてアラブ社会に食い込み、本国の思惑によりアラブを裏切った結果となった。今にいたる中東紛争のきっかけはロレンスから始まり、イスラエル、パレスチナ問題も、イギリス統治から端を発した。すなわち我々の生きている世界自体が、第一次世界大戦の産物というくだりである。
これら紛争の底流に流れているのは、いつ時代も国家の経済的利権である。各民族の生存がかかっているからこそ、人は命がけで戦う。
どの国の歴史も、どの民族の歴史も血塗られたものである。歴史を学べば誰も自国の犯した罪を正当化する事はできない。罪の大小はあれ、どの国も罪を犯してきた。否が応でも我々が歴史から学ぶ大きな命題は人間の犯してきた罪である。どこかの国のように謝れとか謝らないとかの話ではない。
戦争に正義はない。戦争にあるのは勝敗だけである。勝敗で問題とされるのは、強弱である。強者だけが己の正義を全うできる。 敗者に大義は許されない。戦争で一番被害を被るのは弱者である。それが歴史の真実である。また歴史は勝者によって作られるというのも,非情の真実である。
歴史は、人の犯した愚行や悪行に満ちている。 戦争の惨禍は人間の犯した罪である。第一次世界大戦後、連合国がドイツに課した膨大な国家賠償、すなわちドイツ国GDPの20倍もの賠償金が、ドイツを苦しめ、のちのナチスを生む契機になり、やがて第二次世界大戦へと繋がっていく。
戦争は、生産設備をフル稼働し、多額の経済効果をもたらす。人員も動員される。インフレーションにもなるが、それによって雇用も創出される。つまり、過剰な消費が生じて過大な需要を生み出す。その結果、金回りが良くなるのである。その一方で過去の負債や債務が清算される。又勝てば新たな市場を獲得する。 しかし、戦争は戦争である。一方で莫大な破壊を伴う。金の匂いのするところに国際金融資本は動く。ロシアとシリアの接近はアメリカとロシアの代理戦争になる様相を呈し、南沙諸島をめぐる中国とアメリカの小競り合いなど、世界中が何やらきな臭くなってきた。歴史は繰り返すという教訓は忘れてはならない。
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