2013年11月15日金曜日

他力本願の国

朝日新聞デジタル

この秋に採決されようとしている「特定秘密保護法案」は、所管する内閣官房が、保存期間満了後の文書の取扱規定を盛り込まない方針で、都合の悪いことは秘密にしたまま担当省庁の判断で廃棄される可能性がある。識者からは「国の秘密になるほど重要な情報は歴史に残し、後世の検証の対象にするのは当然」と批判が上がっている。他国に先駆けて情報公開法を制定した米国では、例外はあるものの10年未満、10年、25年と優先順位をつけての自動機密解除が潮流となっているのだが。

2001年にようやく施行された情報公開法は「国民主権の理念にのっとり、情報の一層の公開を図る」ことを目的とし、続いて2009年に出来た公文書管理法は、国の諸活動や歴史的事実の記録であり、公文書は、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源とうたっている。政府は国民からの信託に基づいて行政を行っているのであるから、国民に対して情報を提供、共有することは当然の責務である。
先進国としての、我が国の情報公開の遅さは、日本の為政者に、国民に自分たちの為政の情報を与える文化がまったくなかったことを示している。いわゆる由らしむべし知らしむべからずの伝統的な政治である。情報公開法は出来ても、少しでも為政者に都合の悪い情報は公開されていない。ほとんど情報公開法の意味がないような、ほぼ全面にわたって墨で消された「公開情報」を我々は様々な場面で目にする。

公文書管理法は、行政機関等の公文書を対象としており、司法・立法の公文書は含まれていない。また、地方公共団体の公文書は努力規定となっている。消えた年金や、小沢一郎裁判で明らかになった司法の闇などは、すべて情報公開と公文書管理文化の立ち遅れを物語るものである。例えば、3.11以降、原発関係の重要事項を決めてきた「原子力災害対策本部」の議事録も作成されていなかった。これは原発事故以降の最大の隠蔽工作であると言われている。福一の事故のあと、東電や国の隠蔽工作は時間を追って次々にあぶりだされたことは記憶に新しい。

古くは1972年の沖縄返還に伴う密約問題で、政府の「隠蔽体質」が如実に現れた。日本が米国に財政負担することを両政府が合意した密約について日本政府は一貫して否定し続け、2000年以降に米国立公文書館で密約を裏付ける文書が見つかった後も、その姿勢を変えていない。
国民的議論も不十分なまま進められていく昨今の消費税増税・原発輸出・ TPP参加・「特定秘密保護法案」・NSC法案・解釈改憲・新ガイドライン。これらはすべて危機による国民のパニックを利用して、平時なら不可能な改革を実施するフリードマンの経済ショック療法のやりかたを踏襲している。

ところで、この秋にも採決されようとしている「特定秘密保護法案」のルーツは、日米政府が締結したGSOMIA(ジーソミア)にある。これは、2007年5月1日に、日本と米国が「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)で協定締結に合意し、2007年8月10日に、GSOMIA(General Security of Military Information Agreement、ジーソミア)として締結されたものである。
同盟など親しい関係にある2国あるいは複数国間で、秘密軍事情報を提供し合う際に、第三国への漏洩を防ぐ協定である。日本は米国やNATO、フランスと、この協定を締結している。この締結の際に、米国から日本での法案化が要請されており、それが「特定秘密保護法案」として現在の臨時国会に提出されようとしている。
つまり日本での過剰なまでの情報統制や国民監視の法案提出には、背後に常に米国の要請や指示があるという筋書きになっている。ほとんどの国家ではスパイ防止法や機密保護法を制定し国益を守る防御策が講じられているが、スパイ天国日本の現状を見て、スノーデンに3万点に及ぶ機密文書を盗まれた米国が要請してきたのは想定されるところだ。



その「「特定秘密保護法案」は、米国の要請を元に官僚主導で法案化が進んでいる。その法案概要では、次の4分野に分けられている。
( 1 )防衛( 2 )外交( 3 )外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動(スパイ活動)の防止」( 4 )テロ活動防止。
この4分野のうち、国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあり、秘匿の必要性が特に高いと考えた情報を、行政機関の長が「特定秘密」に恣意的に指定できる。
しかし国民の「知る権利」「取材の自由」は守られる、と言いながらも、その規定がどうにも曖昧で、その定義は解釈によってどうにでもなる。報道に網がかけられた次は、やがてネットで好き勝手なことを言わせないネット規制も始まるかもしれない。

個人にプライバシー権があるように、国家にも「国家機密情報を保護する情報のコントロール権」がある。中国や北朝鮮の工作員や米国やロシア等主要国の諜報員多数が我が国で国家機密情報の収集に注力している状況下で、他国の場合はスパイ活動を発見すれば逮捕又は国外追放処分に付すが、我が国にはスパイ活動を取締まる法律がないためスパイ天国となっていて、最近の中国書記官のスパイに逃げられた事件など、数え上げたらきりがない。

外圧によって重い腰を上げる日本政府は、今回の特定秘密保護法案や、TPP、そして集団的自衛権においても他力本願の政治姿勢は変わらない。我々は民主党政権時代、脱原発を閣議決定する矢先に米国の横槍で頓挫したことを見てきた。今、小泉元首相が即脱原発と声高に叫んでいるが、弟子の安倍首相が米国の圧力をはねのけて閣議決定するのは容易なことではないだろう。 

2013年11月13日水曜日

沖縄駆け足紀行


琉球王朝時代の王宮  首里城

普天間の基地問題で揺れている沖縄に行ってきた。35~6年前に新婚旅行に行った地であるが、沖縄は悲劇の島である。今回は短い期間だったが、たまたま行く機会があったので便乗してカミさんと行ったわけである。沖縄は14世紀頃、琉球王国として栄えていたが、16世紀に薩摩藩に侵略され、明治維新後は日本のものとなった。琉球王国は元来武器を持たない民族で、政治・外交は交易などを通じて中国、日本、東南アジアの国々と平和裏に交流してきたという。首里城に“守礼の門”があるが、これは徳礼を用いて政事を行うという意思表示だそうだ。当時薩摩藩は武器を持ってやって来たので一日で占領された。漆器、陶器、染め織物など文化財を持って行かれた。沖縄人の薩摩に対する敵意はいまだに残っているということらしい。

普天間基地         嘉手納基地


 日本の領土となっても悲劇は続く。太平洋戦争末期の1945年6月、米軍の猛烈な艦砲射撃の後、米軍が上陸、本土防衛の盾になり、日本で唯一地上戦が行われ日本兵・民間人約20万人の犠牲者を出した。米国の占領が続き、1972年に日本復帰を果たしたにも拘らず、米国に基地を提供しなければならなかった。 日本の0.8パーセントしか占めない沖縄の地に、日本にある米軍基地の75パーセントが押しつけられているという。


今回は1泊2日の強行軍だったのでレンタカーを借りてもそう多くは回れなかった。
早朝に家を出て、沖縄に到着したのは11時を過ぎたころだった。1日目は空港から島の西側を回り、宜野湾市にある嘉数高台公園から普天間基地を見て、北に進み「道の駅 かでな」の建物の上の階に嘉手納基地展望スペースがあり手軽に基地を展望することができた。どちらも我々が目にする厚木基地と概観がよく似ていた。ただ写真のように普天間基地は民家の密集地に隣接しており、その喧騒は想像以上だ。日本の防衛の最前線の責務を背負って立っている感じがした。

琉球村        美らうみ水族館

さらに北上し、琉球村や美らうみ水族館を回り、海中道路のある古宇利島に渡り、帰りは沖縄自動車道をひた走り那覇のホテルについたのは7時半を過ぎた頃でハードドライブだった。途中3件の交通事故を見たのも珍しい光景で内地ではあまり見たこともないことだった。確かに沖縄の人々の運転は荒っぽい、普通の車間距離で走っていても左から追い越しをかけてくる。交通手段が限られているのでクルマの数が多いので主要道路の渋滞箇所も多くなる。

国際通りの公設市場         古宇利島


翌朝は島の南から東を周り、10時頃には国際通りで買い物をして公設市場の2階で1階で買った魚介類を料理してもらい昼食を済ませた。ここ沖縄は11月いっぱいまで半袖で過ごせるぐらい暑く、日差しは強くカミさんが日傘を買うほどであった。1時頃にはそこを出発して首里城を見て、一路那覇空港に向かい、定刻より30分ほど遅れて空港を飛び立ち、家についたのは0時近かった。とにかく忙しい旅であった。沖縄のオススメ料理はあまりなかったが、青い海が唯一のご馳走だった。

2013年11月3日日曜日

数字のマジック

あべチャン頼むよ!

2014年4月から消費税は8%に引き上がり、2015年以降に法人税減税が待っている。
アベノミクスの影響で、2013年10月から我々の生活と密接な関係にある保険料や食品価格その他も大きく変わってきた。例えば、年金は10月分から1%の減額、厚生年金保険料は17.12%に引き上げ、食品価格は小麦や乳製品などで1~4%の値上げとなり、年金減額に連動し、児童扶養手当も0.7%に引き下げ。他にも自動車保険料の一部値上げなどが続く。

勤労者の所得が減っていて消費が冷え込んでいるところに消費税アップだ。首相は消費税増税に伴う家計への8・1兆円の負担増からくる消費需要の減退とデフレ圧力の高まりを懸念し、5兆円の経済対策を打ち出した。経済対策の目玉にあの復興特別法人税の来年度廃止など法人関連の減税を餌にして企業の賃上げを誘い、内需の拡大につなぐシナリオを描いているが、イメージどおりことが進めば誰も苦労はしない。
国税庁『会社標本調査』(2011年度分)によれば、72.3%の法人が欠損法人、つまり赤字となっている。法人税の減税と言っても7割以上の企業は法人税を払っていない赤字企業である。経営の苦しい中小企業にとっては何のメリットもない。恩恵を受けるのは一部の黒字企業だけだ。
もとより、中小企業は日本経済を支え、全企業421万社の99・7%、全従業員数4297万人の66%を占めている(21年時点、総務省)。法人税を払っている企業 30% 残りの70%は赤字決算でまぬがれているこの現状。 法人税の減額は海外からの投資を招くというが、大半は金融投資であり、工場や支店を出すことにつながらない。法人税の減税分は企業の内部留保に回す。企業は利益を出しているのだが、それを内部留保という形で貯め込んでしまい、設備投資にも回さないし、賃金にも回さない。利益が設備投資や賃金に回れば、経済の好循環が始まるというものだ。全雇用の3分の2を占める中小企業による賃上げのための経済環境は悪化し、法人関連税の減税で挽回できるはずがない。





菊池英博著「消費税は0%にできる」(ダイヤモンド社刊)によると、主要国の国税収入に占める消費税の割合 は以下のとおり。

国 名   国税の標準税率      国税にしめる消費税の割合  
イギリス      17.5%                 22.5%     
ドイツ       18.0%                  27.0%       
イタリア     20.0% 27.5%             同上
スウェーデン 25.0% 22.1%              同上
日本      4%(5%の内1%は地方税)    22.1%      
アメリカ    消費税は州税で州により違い、国税は法人税と所得税

自公政府とマスコミ、御用学者は国民に次のように宣伝する。
「日本の消費税は5%で主要国と比較して非常に低い。これでは社会保障の財源が出ない。少なくとも10%以上に引き上げなくてはならない。」日本の消費税は主要国の1/4~1/5の税率なのに、国税収入全体に占める割合は既にイギリス、スウェーデン並みの22%になっている。その理由は次のとおり。

日本では消費税の非課税項目がきわめて少なく、税率が低くとも税収金額が多いこと。主要国の消費税(付加価値税)は、教育、医療、住宅取得と関連金融および不動産で非課税であり、また、生活必需品(食料品、医薬品、新聞、書籍の一部)も軽減税率または非課税であり、アメリカでもこの傾向があり、生活必需品はほとんど非課税である。
この点公明党が食品などの生活必需品の軽減税率を主張していることは理解できる。

日本の場合は法人税と所得税の比率が低すぎること。特に1990年度から2006年度までに構造改革で法人税は40%から30%に下がり、所得税は累進税率を緩和し最高税率が07年度には40%までに引き下げられた。そのために、法人税と金持ちの所得税が大幅に減税され、その結果として消費税が国税に占める割合が高くなった。
 このために、日本は低額所得者の税金が主要国で一番高い国になっており、貧乏人は悲惨な状況である。高額所得者に減税する一方で低額所得者に増税し、消費税が3%から5%に増額され、1999年に導入された定率減税も廃止され、2002年度には課税最低限度額が360万円から325万に引き上げられた。

消費税をなくせとは言わないまでも、我々納税者は数字のマジックを理解したほうがよさそうだ。

2013年10月18日金曜日

日本の使命



小泉純一郎元首相が10月16日、千葉県木更津市内で講演。「日本は原発ゼロで十分に経済成長できる」と強調した。10月1日の名古屋での講演に続いて、日本が脱原発の方向に進むべきだと強調したことが波紋を読んでいる。
未だ国民的人気の持ち主であることによって、この発言の大きさは多くの国民に眠っていた脱原発の意識が蘇ってきた。小泉氏がフィンランド視察後に、脱原発に積極的になった理由は、ドイツやフィンランドの「オンカロ」という最終処分場を視察した結果、日本の核のゴミの最終処分法に打つ手なしとの結論に達し、「核のゴミを処分する場所の当てもないのに原発を進めていくのは、無責任ではないか」という発言に政府も原子力村も当惑している。

安倍政権の原発政策は、基本的には民主党政権の「何となく再稼働」路線を踏襲してきた。民主党政権は、脱原発を唱えながら再稼働を容認するという邪道を選んだが、この前政権の道を安倍政権は当然のように進みながら、次第に原発事故以前の路線に戻りつつあるように見える。 小泉元首相の弟子のような安倍首相にとって耳の痛いところであろう。この発言を無視したり、軽視したりして済む立場ではないことは二枚舌の安倍首相も分かっていることだろう。
今回の小泉発言は、この「何となく再稼働」路線に大きな転換を迫るものである。既に廃炉に向けての膨大な費用と損害賠償で東電は企業としてはすでに死に体であるにもかかわらず、安倍首相は、17日の衆議院本会議で東電を法的に破綻処理することに否定的な考えを示した。「東電は引き続き民間企業として損害賠償、廃炉、汚染水対策、電力安定供給などを確実に実施していくべきだ」と述べた。

 折から東京オリンピックの開催決定によって、日本の原発政策は今まで以上に国際的関心事となり、少なくとも開催までの7年間は、世界が常に日本の原発の動向を監視することになった。言わば、日本の原発政策は特別厳しい国際監視の対象となったのである。日本の既定の原発政策はこの監視に耐えられるのだろうか。


電気事業連合会などによると、国内にある使用済み燃料は2012年九月末時点で、少なくとも1万7千トン以上。電力会社は各原発の原子炉建屋内にある燃料プールでほとんどを貯蔵しているが、東京電力の福島第一、第二、柏崎刈羽、九州電力玄海、日本原子力発電東海第二でいずれも占有率が80%以上を占め、限界に近づいている。
  
 青森県六ケ所村にある日本原燃の使用済み核燃料再処理工場(再処理工場)にも容量3千トンの一時保管スペースがあるが、再処理事業の遅れで各原発から持ち込まれる使用済み燃料がたまる一方。今年9月の時点で貯蔵量は2,945トンに達し、占有率は98%に達した。 原発の燃料プールと六ケ所村の保管スペースを合計した貯蔵容量の73%が埋まり、原発が順次再稼働した場合、数年後には満杯になる計算だ。
  
 日本は、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを高速増殖炉で燃やす核燃料サイクルを原子力政策の要としているが、再処理は技術的なトラブルが相次ぎ、いまだに事業を開始していない。高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)も1995年のナトリウム漏れ事故後ほとんど動いていない。高レベル放射性廃棄物の最終処分では場所すら決まっておらず、使用済み核燃料が国内の貯蔵能力を上回れば、事実上、原発の運転が不可能になる。


  京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子力工学)は「再稼働すれば行き先のない核のごみは増え続けるばかりだ。全体のグランドデザインをしっかり考える人がいなかったのではないか。これ以上、原発を再稼働させるべきではない」と、核のごみを放置し、原発を増やし続けた国や電力会社の姿勢を批判している。


過去に「産業革命」と言える構造転換は、およそ100年周期で3度存在した。いずれも、その時代を牽引する新しい"エンジン"が社会のパラダイムを大きく変えてきた。すなわちジェームズ・ワットが1769年に開発した「蒸気機関」によって石炭の大量消費が始まり、紡績、船舶、鉄道を中心とした一番はじめの「動力革命」。
続いて2番手は1885年にダイムラーが開発した内燃機関によって、鉄鋼や自動車を中心とした「重化学工業革命」が起こり社会インフラが飛躍的に発展した。
20世紀後半に入ると、第3の革命(情報革命)がはじまる。1971年にインテルが発表した世界初の「情報機関(エンジン)」であるマイクロプロセッサーの登場、さらには1990年代初頭に起きたインターネットの劇的な発展によって、デジタル技術による「情報革命」が起こった。この結果eコマースをはじめネットワークを利用する様々な新サービスが産声を上げ、情報産業は瞬く間に超巨大産業へと変貌をとげた。

そして21世紀の第4の革命が環境エネルギー革命である。福島の悲劇を目の当たりにした世界は原子力に変わる次世代エネルギー開発にしのぎを削り、加速度的にその実現のためのプロジェクトを立ち上げている。そのトップランナーとしての宿命を負わされた我が国は、科学者の持てる英知をフル稼働して革命的なイノベーションを産み出し、未来につないでもらいたい。


2013年10月16日水曜日

米国のチキンレース


民主党のオバマ大統領と共和党ベイナー下院議長

先に当ブログ(2013年3月◆錬金術は止まらない)で書いたアメリカの財政問題が再び取り沙汰されている。米国では政府債務の上限(政府が借金できる金額)があらかじめ決められており、これをオーバーすることは許されないことになっている。借金が上限に達した場合には、そのたびに議会の承認を受けて国債を追加発行しなければならないのである。
今年も後半になった現在の債務上限額は約16兆7000億ドル(1630兆円)であるから、またまたこの問題が浮上してきて、上院下院共々腹の探り合いをやっている。経済は年々拡大していくので債務を歳出の一定割合にとどめていても、金額の絶対値は自然に増えていくので、債務の上限は割合ではなく金額の絶対値で規定されているから、米国では毎年のように上限の改訂をしなければならないことになっている。現在の仕組みがスタートした1940年以降、すでに90回以上も債務上限を改定していて、いわば年中行事である。

ルー米財務長官は先月25日、現在16兆7000億ドルとなっている連邦政府の債務上限を引き上げなければ、10月17日に米政府の手元資金がほぼ底をつくという見通しを明らかにした。同長官はベイナー下院議長はじめ議会指導者に、債務上限引き上げを無条件で即時承認するよう要請した。共和党は歳出拡大に強く反対する立場から、債務上限の引き上げ幅と同じ額の歳出カットや医療保険改革の修正を求めている。
 現在議会の与野党対立で17日の期限までに債務上限引き上げが実施されないと、米国債の利払いなど「支払い義務を履行するのは不可能」になり、債務不履行(デフォルト)に陥る危険性が指摘されている。このことは米国債の信用失墜、金利高騰、ドル価下落、金融市場の凍結、株式市場大暴落などが懸念されているので、G20各国も米国に事態の修復に関して11日、20カ国・地域(G20)声明に、米財政問題に関する文章が盛り込まれることを明らかにした。

現在米下院共和党の強硬派はあれこれ屁理屈並べて責めてはいるものの、狙いはただ一点。オバマ民主党政権が打ち出した「米国民医療皆保険制度」、オバマケアの実施つぶしのようだ。この制度は2008年大統領選挙でのオバマが打ち出した主要な公約の一つであった。2010年に成立。その後上下院の勢力が捻じれ状態となり下院で多数を占めた共和党、特に右派が中心になって強引にその実施を阻止し始めた。与野党のしのぎ合いが続き、17年ぶりとなる政府機関の一部閉鎖を開始。最大100万人の連邦政府職員が無給休暇となるほか、国立公園の営業停止も続いている。
国全体の医療費を減らし、医療をめぐる格差の実態を少しでも改善しようと打ち出したのが皆保険、オバマケアだった。だが新大陸入植時の名家名門を筆頭とする支配層。建国以来築き上げてきた軍産複合体、医療保険業界などが厳然とバックに存在する。余談になるが米国の自己破産者の4割は医療費が払えなくての破産だそうだ。カードで借金漬けの多くの国民は稼いでもその返済に追われるため、全体の消費が上向かない。

借金大国アメリカの米国債の発行残高は16兆ドル越え(約1500兆円)である。それと比較すると、日本の国民が保有する現金と有価証券総額は(約1、500兆円)で、日本の国債発行残高は、1000兆円。日本国債の95%は国内で消化されているのに比べ、他国からの借金漬けのアメリカでは、歳出削減や増税をしなくては国債発行限度額を引き上げられないアメリカの危うい現状が見えてくる。2008年にFRB(米連邦準備制度理事会)のひとつであるセントルイス銀行のエコノミストが試算では、海外でばらまいている米国債やドルなどを試算すると、153~160兆ドルにもなるそうである。この数字は米GDP(14兆ドル)の10倍以上で、もはや国家として倒産していると結論づけていた。

日本の米国債保有額は約110兆円と、中国に次ぐ世界2位の規模。民間では三菱東京UFJ銀行など3メガバンクだけでも計8兆円程度の米国債を保有しているもようだ。
米国がデフォルトし基軸通貨ドルが崩壊すれば、米国債はただの紙切れになる。こんな悪夢は見たくはないが、そう遠くない未来にはドルもユーロも基軸通貨の座から転がり落ちる可能性は否定できない。そうなると決済通貨の多極化がおこり混沌とした世界経済がひろがっていくだろう。

ただ我々が意を強くするのは、国の借金がGDPの倍だと言われながらも、平成24年末の対外資産負債残高によると日本の企業や政府、個人投資家が海外に持つ資産から負債を差し引いた対外純資産は296兆3150億円あることだ。国際通貨基金(IMF)などの統計では、主要国の24年末の対外純資産は2位の中国は150兆2875億円、3位のドイツが121兆8960億円。このため、日本は平成3年以降22年連続で「ダントツの世界一の債権国」であることには変わりはないのである。それにくらべると、米国に至っては、約406兆円にも上る対外純負債国となっている。
果たして米国の終わりのないチキンレースはいつまで続くのか?.......


2013年10月6日日曜日

アートな話「木の文化」

天照坐皇大御神

2日夜、TVで20年に1度の伊勢神宮の式年遷宮が行われた。遷宮とは、新しい社殿にご神体を移すことで、式年とは、定められた年という意味で、伊勢神宮では、20年に一度行われる一大行事である。20年という期間は、木造建築の耐久年限にかかわり、人間の1世代に相当し、大神の新たな生まれ変わりを意味しているのだそうだ。
伊勢神宮には、太陽を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、いずれも女性の神である。一般に皇大神宮は内宮(ないくう)、豊受大神宮は外宮(げくう)と呼ばれる。第1回の式年遷宮が内宮で行われたのは、持統天皇の4年(690年)のことで、それから1300年以上にわたり続けられていて、戦国時代の一時期には中断したこともあったが今年で62回目という気の遠くなるような歴史である。世界を見渡してもこんなに長く伝承された諸祭・行事は存在しない。(ウィキペディア)
神話の世界では中国の最高神「天帝」や朝鮮の檀君(だんくん)神話の至上神をはじめ、ギリシャ神話の「ゼウス」、ローマ神話の「ユピテル」など、世界神話の最高神は皆男性である。日本の最高神「天照大御神」は女性で、世界で最高神が女性である唯一の和の国が日本である。

新旧の神殿

私も40代の頃、近所のバス旅行で一度伊勢神宮を訪れているので、ひさしぶりにTVで見た内宮、外宮を思い出した。また当時建築に使われていた見事な無垢のヒノキも印象に残っている。
この式年遷宮には、65の社殿などを造り替えるだけではなく、約1600点にも及ぶ御装束神宝も新調されるそうな。この社殿を新しく建て替える技術の伝承だけではなく、神の衣装や正殿を飾る装飾や器物等の製作とその人々の伝承によって、日本固有の文化の継続と伝承が成り立っている。
その準備に8年もかけ、費用も約550億円かかるそうで、全てが神宮の資金や寄付などで賄われるようだ。この行事、20年ごとに一新することで、神様の瑞々しさを保つ「常若」の精神があり、これによって国の繁栄と国民の幸せを永続的に願っているという意味があるらしい。
この遷宮で必要なヒノキは、本数にすれば1万2千本という莫大な量を確保することで、そのためにも、毎年伐採した量に匹敵する苗を植え、200年先を見通した植林を行っている。古くなった材木は、宇治橋や全国の神社に寄贈され、今年は、東日本の被災地で神社の再建を考えているところに優先的に送られるそうだ。ヒノキは湿気などからくる腐りに非常に強く、強度も長年落ちないし、加工しやすく材の狂いも非常に少なく殺菌、駆殺虫の作用があり、彫刻材としても知られている。 国土の3分の2は森林(森林率67パーセント)である我が国は、理想的な樹木の育生条件の整った国である。温帯から亜熱帯まで多様な樹木が生育し、日本独特の 文化の基本となっているスギ、ヒノキ、ヒバ、がある、また我々が使っている広葉樹のカツラも特産である。

神社仏閣多重の塔など木造建築は日本特有のものが多い。昔大陸などから流入してきたものが日本で独自の発達が なされたものである。それらの建造物は日本に優れた木が豊富であったことが発達の理由に挙げられる。棺にはコウヤマキ、スギ、クスノキは住居、船材に、 ヒノキは建築用材と神代の時代から決まっていたことが古事記、日本書紀などにも記載されている。
歴史を遡ると、鎌倉時代には寺社の木彫刻が盛んに行われ運慶、湛慶など優れた彫刻家 が現われて仏像や仁王像など傑作を残しているが、材はカツラ、クス、ヒノキ、スギ、ケヤキなどが使用された。生地、乾漆像、漆塗、金箔なども盛んに使用 され名工たちが技術を競った。飛鳥、天平の金銅鋳造美術から木彫刻に移行したのは日本民族の木と関わりの深い生活と環境に影響されているように思われる。
太古の日本人というのは、自然の中に叡智があって、人間はその叡智をくみとって生かされていると考えていた。神様というのは伽藍の中にあるものではなく、ふらふらと自然の中にあって、雲の上を飛んでいたり、稲のそばにしゃがんでいたり、海の中に沈んでいたり、いろいろなところにいると考えられていた、いわば八百万の神様である。
自然との共生を魂に秘め、森林を守ってきた日本民族は、無節操に森林を伐採して行き、やがて国土の荒廃から文明が滅亡していく歴史上の世界の数々の国を尻目に、我が国独特の文化と精神を育んできた。木というものはその象徴でもある。

2013年9月20日金曜日

粋と野暮


11日付の仏週刊紙カナール・アンシェネは、2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催と東京電力福島第一原発の汚染水問題の影響を報じた記事と共に、手や足が3本ある力士の風刺画を掲載した。風刺画は3本の手がある力士と3本の足がある力士が土俵上で向き合い、防護服姿のリポーターが「すばらしい。フクシマのおかげで相撲が五輪競技になった」と中継する内容。また、別の風刺画では、防護服姿の2人が放射線測定器と思われる機器を手にプールサイドに立つ姿を描き、「五輪プールはフクシマに建設済み。おそらく(防護用の)ジャンプスーツ着用が水泳選手に許可されるだろう」との説明を付けた。同紙は政治風刺で知られる。これにたいして日本政府が不適切だと抗議をしていた。

同紙のルイマリ・オロ編集長は12日、ラジオ局のインタビューで「謝罪するつもりはない」と述べた。同日午前には、在フランス日本大使館の藤原聖也臨時代理大使がオロ氏に電話で「東日本大震災の被災者の心情を傷つけるものであり不適切で遺憾」と抗議。大使館によると、オロ氏は「そういう意図はなかった」などと釈明したという。大使館は同様の内容の書簡も近く送達する。しかし、オロ氏はインタビューで「(風刺画は)誰かを傷つけるものではない」と明言。日本も一介の週刊誌に舐められたものである。これに関連して筆者は、昨年10月にフランスの国営TV 「フランス2」に出た福島原発の影響から腕が4つある日本のゴールキーパー川島の合成写真を思い出したが、日本大使館の抗議を受けて、当時国営TVは謝罪している。いずれの風刺画も同じ発想をしていて、後発の週刊誌はTVの二番煎じの画像だ。
 
フランスのエスプリの中にCE N'EST PAS MA FALTE(IT'S NOT MY FAULT)の精神というものがあるが、自分の中には責任が不在であることをはっきりさせ、その問題からさらりと身を翻すことが出来るエスプリ。もともと小粋な精神性を意味する言葉であるが、今回はこれにやられた。挙げ句の果てに日本人はジョークがわからないなどと独りよがりの論評を加えた。
ジョークというものはどこの国にも存在する。しかしながらそれは国、そしてその言語をかなり反映するものであって、例えばイギリス人がアイルランド人をネタにし、ユダヤ人が商売をネタにし、アメリカ人が弁護士をネタにするように、ジョークというとても俗なものは、その土地の文化と深く結びついているものである。ジョークをいう人はもちろん、笑う人にもその言葉の洗練された感覚やある程度の予備知識、頭の柔らかさが必要であることは言うまでもない。
他国に対してのジョークは民族性ジョークとも言われるエスニックジョークである。このジョークは、ある民族もしくはある国の国民が一般的に持っていると思われている典型的な性格や行動様式などに着目し、その特徴を端的に表現したり、揶揄するようなエピソードを紹介することで笑いを誘うものである。このため、ある民族、国民が一般的に持っていると思われている特徴、例えば「日本人は集団主義者である」、「ドイツ人は合理的である」というような特徴が共通理解となっていて初めて成立するジョークである。自国の悲劇をユーモアで笑い飛ばすのは勝手であるが、他国の悲劇をユーモアで馬鹿にすれば当然軋轢が生まれる。そんな簡単なことも想像出来ないのかフランスのエスプリとやらは。
バカ丸出しの韓国


日本にもエスプリがある。九鬼周造は、著書「いき」の構造のなかで いき」の内包的構造として「いき」の第一の徴表は異性に対する「媚態」 第二の徴表は「意気」すなわち「意気地」気概とでも言おうか、第三の徴表は「諦め」で、執着を離脱した時に見える心境とでも言おうか。また「いき」の外延的構造として(一) 上品―下品 (二) 派手―地味 (三) 意気―野暮(四) 渋味―甘味と対立概念を列記しているが、この中の野暮は粋全体の対立語として我々日本人は認識している。すなわち野暮とは、 世態人情の機微に通じず,言動がすべてにわたって洗練されていない、精神性の薄いことをさす。
同じ日本を揶揄した野暮の極め付きは韓国のサポーターのこのアホな画像で、韓国という国の国民性がよく出ている。