2015年3月28日土曜日

根深い沖縄問題

 


米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古沖(同名護市)への移設問題で、政府と沖縄県の溝がさらに深まっている。沖縄防衛局が進めるボーリング調査について、沖縄県の翁長雄志知事が7日以内の停止を指示。これに対して政府は「違法性が重大かつ明白」だとして取り消しを求める申し立てを農水相に行った。

県知事選挙後の12月に行われた総選挙では、現行案推進を掲げた自民党候補は、全ての選挙区で落選した。現行案を拒否する沖縄の民意は、この20年余りの政府側のアプローチにもかかわらず、NOと出た。「基地転がし」状態の「県内移設」に対して、もはや負担は限界だと訴えているのである。日米安保体制のもと本土とアメリカの地政学的な盾としての役割を担ってきた沖縄であるが、現行案を無理に通すことになれば、本土と沖縄の関係悪化は避けられないところだ。それは沖縄列島が大陸に向かって立ちはだかる堤防としての機能を弱体化させるとともに、沖縄に多くを依存する日米安保体制の安定を揺るがす事態を招く恐れがある。今の政治状況は沖縄との対話が少なすぎることも問題となっている。沖縄の二大メディアなどは、この堤防の外側(中国)に県民の目を向けるような記事も散見されるので注意が必要だ。日本に脅威を及ぼし続ける中国を身内とする倒錯感情を育むようなことがあってはならないし、それを助長するような環境を作ってはならないためにも、沖縄(琉球)の歴史を確認してみたい。

●沖縄の歴史     
沖縄列島と交易略図(琉球の歴史より)

沖縄では中国明代初期の1372年に琉球王国が建国されたが、王国は最初から中国の冊封国(属国)で、明の海外貿易の一部を代行して経済利得を得るために沖縄は統一王国になった。
 この間、江戸幕府が日本を統一した直後の1609年には、鹿児島の大名である島津家(薩摩藩)に沖縄を武力侵攻させ、江戸幕府の体制下に組み入れた。琉球王国は奄美大島など沖縄本島より北の島々を薩摩藩に奪われ、沖縄本島とその南の宮古島、八重山諸島は薩摩藩の監督支配下に置かれ、中国と薩摩藩(日本)の両方の属国になる「両属」の状態となった。

もともと島津氏は1441年(嘉吉元)室町幕府の将軍義教から恩賞として琉球国を与えられていたが、実効支配したのは1609年(慶長元)将軍家康の許しを得て、力で琉球を降伏させ、この結果、島津氏は幕府から改めて琉球を領土として受けた。しかし島津氏は奄美諸島だけを直轄領とし、沖縄本島以南は琉球王に下付して、琉球王国は存続することになった。そして中国との貿易で薩摩藩はのちに幕府を脅かすほどの財力を蓄えることになる。
だが、琉球と中国(清朝)との外交関係はそのまま続いたため、中国からみて琉球が属国である状態は変わらなかった。幕府と島津家は、琉球に中国との外交関係を維持させることで、貿易収入の上前をはねる政策をとったのだった。 そして琉球王国は、鎖国政策の例外的な存在として、江戸時代の幕藩体制に組み込まれなかった。
しかし明治維新で日本が開国し、台湾や南洋、中国に向かって支配を広げる意志を持つようになると、明治政府はその第一歩として1879年、沖縄を日本帝国の版図に組み入れるため、琉球王朝を廃止し、代わりに沖縄県を設置する命令を下した。
これは「琉球処分」と呼ばれた。

1609年の薩摩軍による侵略や、「本土防衛」のために沖縄が「捨て石」にされた太平洋戦争末期の沖縄戦など、沖縄だけを本土から切り離し「基地問題」を固定化した戦後のサンフランシスコ条約とともに、「日本(ヤマト)が沖縄に行った数々の仕打ち」の一つに数えられ、沖縄の被害者意識を補強する材料となっている。
歴史上では、「琉球処分」に対して、中国(清国政府)は強く抗議した。琉球王国の遺臣たちの中にも、清国から援軍を得て日本を追い払おうと考える人々がいた。だが、すでに弱体化が始まっていた清国は、その後の日清戦争で日本に負け、沖縄どころかその先の台湾まで日本に奪われ、琉球を助けることはなかった。

 琉球のルーツは中国か日本かと言うことになると、日本説が有力である。沖縄の言葉は古代日本語(やまと語)と近いといわれ、琉球王朝の公文書は、ひらがなと漢字の混合文であった。沖縄の言葉を日本語とは別の「琉球語」と考えれば、世界で唯一の「日本語系」言語ということになる。日本語の方言と考えれば、日本語には「琉球方言」と「本土方言」の2大系統があることになるようだ。「標準語」は実は「本土方言」だということである。

●琉球の歴史
 「琉球王国」のアイデンティティは、中国・明朝によって権威づけられた国際貿易にあった。明朝が「属国にならないか」と持ちかけてくるまで、沖縄は豪族の群雄割拠の時代が続いており、「琉球」という国名を与えられて明の属国となった後に、統一国家となった。 明から属国化を持ちかけられた当初は、沖縄本島の北部、中部、南部の3人の豪族が、強大な明を味方につけてライバルを倒そうと考え、相次いで「属国になります」と申し出て認められた。
その後も割拠時代が約60年間続いた後、尚巴志が1429年に3つに分裂していた琉球を統一し、首里城を首都とする統一王朝ができた。「首里」とは「首都」という意味で、今の県庁所在地である那覇は、首里から山を降りたところにある外港だった。

●沖縄分島事件
    
廃藩置県後、明治政府は、台湾で発生した漂流宮古島民54名殺害事件を契機に台湾出兵を行ない、沖縄が日本領であることを清国に認めさせると同時に、琉球の日本帰属が国際的に承認されるかたちとなった。
 しかし沖縄県の帰属問題は日本政府の一方的な強硬措置によって一応の解決をみたがこれに対し清国政府はしばしば抗議を行ない、日清間は沖縄問題に限り外交上の決着はつかず、沖縄自体も清との関係存続を嘆願、清が琉球の朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。そのような状況の中で、たまたま東洋漫遊中の前アメリカ大統領グランドが両国の調停にたち、明治13年、ここに沖縄分島事件といわれる問題が起きた。グランドの調停案に対し清国側は沖縄を三分して、奄美諸島を日本に、宮古・八島山諸島を中国に譲り、沖縄島を中心に琉球王国をたて、冊封関係は従来通り続けるという三分案であった。
 
日本政府は、当時日本に不利であった日清修好条約の改約を条件に、八重山・宮古は譲ってもよい腹であった。しかし、交渉が長引いている間に、清国は北にロシア、南にフランスと問題が起こり、また日本の関心は日清戦争の火種となった朝鮮問題をめぐる問題に移り、分島問題は立ち消えになり、琉球列島はすべて日本に所属することになった。はしなくも、戦後の沖縄をめぐる本土政府の無関心ないしは国の利益の前に沖縄県を犠牲にしてかえりみないという兆候をこの分島事件で現出する。

● 戦後

1952年(昭和27)4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効し、沖縄の地位が法的に確立した。同月の立法院議会では日本復帰に関する請願を決議したが、復帰の方法論で社大党は「米国施政権放棄」による復帰、人民党は「条約第3条撤廃」による復帰で対立したものの、復帰運動は日増しに高まっていった。ところが沖縄返還は、終戦からほぼ10年の間は、日本外交の場ではほとんど取り上げられず、わずかに1958年(昭和33)6月に訪米してアイゼンハワー大統領と会談した岸首相が返還を強調したが、アメリカ側はこれを拒絶し日本の潜在主権を再確認した上、「脅威と緊張の状態が極東に存在する限り、現在の状態を維持する必要のある」ことを強調した。アイゼンハワー大統領はそれより前の1954年(昭和29)・55年・56年の年頭一般教書や予算教書で「沖縄の無期限占領あるいは確保」を繰り返している。そして昭和47年に安保条約延長を条件に沖縄は日本に返還された。
このように沖縄の歴史は一筋縄ではいかない様相を呈していて、列強に翻弄されてきた島国ではあるが、ルーツをたどれば日本に帰属するのであるから、同じ日本人同士現状では対話が足りないと思う。一方的な政治決着は日本の安全保障上、将来に禍根を残すことになりかねないと危惧するところである。

 

2015年3月14日土曜日

アートな話「みちのくの仏像展」



偶像崇拝とは神のイメージを、形象具現化したもので、ほとんどの宗教が偶像崇拝を禁止している。それぞれの開祖、ユダヤ教モーセ、イスラム教マホメット、キリスト教のイエス。いずれも人間であり、選ばれた預言者でもあるが礼拝の対象にはなっていない。人間を神格化することは神への冒涜とされているが、キリスト教の場合イエスはただの預言者ではなく神の子とされ礼拝の対象になっている。イエスを通して神の姿を見ることができるとされている。すなわち受肉によって今まで見えなかったものが見えるもの(像)を通して認識することができると考えた。仏教の教えはは慈悲であり、キリスト教の教えは愛と言われている。では我が国の仏像はいかなるものか?最近東京国立博物館で開かれている「みちのくの仏像展」を見てきた。



仏の世界にはいろいろの仏がいる。多面性を持った仏の具現化され、人格化表現されたものが各種仏像であるが、おおむね以下のように4つのグループに分けられる。その大本となるのが釈尊(仏陀・ブッダ)の姿であり、釈迦の姿をモデルに取り入れたものが仏像である。

●阿弥陀如来や薬師如来、大日如来という如来のグループ。( 釈迦が悟りを開   いたあとの姿  髪 型渦巻)
●十一面観音菩薩、千手観音菩薩、地蔵菩薩という菩薩のグループ。(  釈迦が  修行中の王子だった頃の姿)
●不動明王、愛染明王という明王のグループ。( 如来が姿を変え(化身)人々を   救済する為に行動している姿
●四天王や十二神将、仁王という天部のグループ。(古代インドの神々が土台に   なっている)

日本に伝来している仏教には、現代まで続く四つの大きな流れがある。奈良仏教(南都六宗)、平安仏教(密教系)、鎌倉仏教(禅宗系)、その他の宗派(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗)で、現在の日本では最後のその他の宗派が檀家的には多い。

その歴史を要約すると、9世紀の平安期になると最澄・空海が唐から密教をもたらし、 最澄が天台宗(比叡山)を、空海が真言宗(高野山)を興し、特に真言宗は性愛の歓びを肯定・賛美する新興宗教として朝廷から支持を得た。 密教は強大な力を誇り、後世の禅宗・浄土宗などのルーツとなる。このほか平安末期から鎌倉時代にかけて法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、日蓮の日蓮宗が興り、次第に巨大勢力へと成長して行くことになる。いずれも民衆の救済を標榜し、民衆に広く浸透を図る点で、それまでの南都六宗や密教系宗派とは全く異質であり、仏像の印象もかなり異なってくる。

時代背景的には、近世までいつ果てるともなく続いてきた、戦乱や疫病と飢饉等々などで疲弊した人々は心の拠り所を必要としたが、仏教が伝来しても、肝心の経典に書かれた文字を読めるのは貴族や高僧など一部の特権階級だけで、大半の民衆には縁遠いものであった。お経が読めない人間でも、ひと目見ただけで御仏の慈悲や有難さが五臓六腑に伝わってくるものを作ろうと視覚に訴えること、すなわちそれが仏像をつくるきっかけだと思うし、仏師の心意気だったのかもしれない。
しかし我々、昭和平成と戦争も知らないまま生きてきた団塊の世代からすれば、取り立てて念ずるに至らない距離感を感じるところでもある。いわゆる仏にすがる切実さは湧いてこないのが実感だろうか。

2015年3月2日月曜日

海洋資源の枯渇

出典:環境保護団体WWFジャパン

魚が自然の回復力を上回る勢いで乱獲されていることは、10年以上前から知られていた。過去50年間の乱獲で、マグロやタラなど10種類の大型の捕食魚は90%も数が減ったというのだ。
世界の人口は、1950年には25億人程度であったものが、2000年には約61億人となり、2050年には90億人以上になると予想されている。統計によると水産物は人類が摂取する動物性タンパク質の約16%で畜肉は45%を担っており、海面漁業の漁獲量が頭打ち状況にある中、海面及び内水面養殖による生産増大が需要に応えている。

魚資源の需要はヘルシー志向の高まりで世界的に増加し、限られた魚資源を各国が奪い合う時代を迎えている。昨今では尖閣諸島沖と黄海で、中国漁船が相次いで海上保安庁の巡視船や韓国海洋警察の警備船に体当たりした事件の背景にも、中国での爆発的な魚需要の増加と中国自体の海洋汚染による沿岸漁業の衰退がある。一方で漁獲と養殖を合計した中国の生産量は世界の全生産量の約3分の1を占めている。
FAO(国際連合食糧農業機関)は、「世界人口の12%の生計が漁業に依存し、世界人口の17%にとって魚介類が主なタンパク源であるため、このままでは世界の漁業は早晩立ち行かなくなる。世界各国は持続可能な漁業への支援と乱獲資源の回復に向けたあらゆる努力をしなくてはならない」と呼びかけている。当面、資源管理が不十分な公海を含めた漁獲量削減が課題となりそうだ。
日本人が世界中の漁獲量の3分の1を消費しているマグロは、去年は2割ほど値下がりしていたが、これは韓国や台湾が対日輸出を急増もあって、韓国は1昨年の2.5倍も日本にマグロを輸出しているが、乱獲で生息数の枯渇につながる30キロ未満の未成魚が97%を占める。

海洋侵略を続ける中国
昨年、魚ではないが海洋法を無視した強欲な泥棒国家中国の大船団が、小笠原諸島の沖合に繰り出し、自然保護の対象になっている日本の赤珊瑚を根こそぎ乱獲した映像が記憶に新しい。 これは密漁の域を超え国家犯罪である。海洋法を無視した南沙諸島の漁業権を我が物顔に近隣のベトナム、フィリピィンの近海まで手を広げ、膨張し続ける中国は、近海だろうが沿岸区域だろうが、大軍団で海洋資源の海産物を根こそぎ取り尽くすアウトローである。経済力、軍事力を蓄え、国力を増大させてきたそんな中国であるが、世界に貢献することは少なく、不信感、警戒感、嫌悪感、脅威を与えるだけの国に成り下がっている。国家の品格を問われれば、下の下である。


さて海釣りではお世話になっている魚であるが、今世界で有数の漁業国日本のお魚事情がが気にかかる。入院中に読んだ本の中で、勝川俊雄著の「 日本の魚は大丈夫か」がある。
本書では日本近海は豊かな魚場に恵まれていて、古来漁業が盛んに行われてきたが、その現在の日本の漁業が資源枯渇と魚値安で衰退の一途を辿っていて、既得権でがんじがらめの「水産ムラ」に今メスを入れなければ漁業者の暮らしは救われず、食卓から国産の魚が消える日が近くなると危惧しており、健全な資源管理と組合経営でその危機は乗り越えられると言及している。
それによると漁業従事者の46パーセントは60歳以上。高齢化がすすみ後継者が不足している。その大きな理由のひとつは赤字経営の常態化である。農水省が公表している全国1,073漁協の損益計算書総括表(2008年度)によれば、事業総利益は1,092億円であるが、事業利益はマイナス232億円で資源状況からこの先好転する気配はない。

私も肉よりは魚の方が種類が多く好きである。食卓には欠かせない魚であるが、昨今のスーパーなどでは、馴染みの魚や新参者の養殖サーモン、根魚など世界各地からの輸入物が増えてきている。世間では魚離れが久しく言われているが、実際日本人一人の魚の消費量はアイスランドについで世界第二位だそうだ。そんなわが国もこのたびの大震災で三陸の漁場で操業している漁業者は船や加工場、インフラなどで壊滅的な打撃を受け、さらに放射能汚染と言った厄介な問題も抱え込むことになったわけだが、復興漁業の再開が進む中で、これら東北の漁業者が古い漁業体質から抜け出て新たな事業として展開していけば、日本の漁業は三陸から明るい展望が開けるのではないかと著者は活動を通して提案している。

本書では、漁業には地付きの縄張りで細々やっている沿岸漁業と大量に乱獲する沖合漁業、さらにEEZ(排他的経済水域)に規定されている各国沿岸から200海里以外で操業する沿岸漁業に分かれるが、いずれも衰退の一途をたどっている。
また日本の場合漁業者から消費者に届くまでに産地卸売市場と消費地卸売市場の業者を通すので、コストが高く着く割には魚価が低いので、各業者は薄利多売を強いられている。その一因となるのが稚魚までも水揚げする漁業者の乱獲による値崩れがある。そこには獲ったもの勝ちの、水産物保護育成の観念の欠如がある。また沿岸漁業においては縄張り意識が強い。

沿岸漁業に関しては、一般漁師の職漁船と我々が乗る遊漁船ではそれぞれのテリトリーが違うようだ。沿岸で細々一人でやっている高齢の漁師などは、平均して年間100万ぐらいしか水揚げがなく、あとは年金で暮らしているありさまである。高い燃料費を考えると、老婆心ながらやっていけるのかと気にかかる。そんな沿岸漁業に見切りをつけ釣り客相手の遊漁船に乗り替わる漁師が跡を絶たず、おおよそ沿岸漁業の80%が遊漁船で占められている。不安定な漁獲を当てにするよりも、釣り客一人小一万で小さな船でも一日船を出せば5~6万になる寸法だ。言葉は悪いが、釣れた釣れないは別として客を遊ばせてやればその日の上がりとなる寸法だ。そんな船頭も色々な人間がいて、客が大釣りすると一緒になって喜ぶ船頭もいれば、南房の特定地域のシマアジを釣らせる船頭は、客が大物をバラすと嬉しそうな顔をして、釣り上げると 渋い顔をするので、米櫃のような限定場所を後生大事にしている様子が伺える。
娘が以前TVの取材でお世話になった横浜のアナゴ漁師などは、震災以降東京湾の海の様子が変わり、アナゴが撮れなくなって、ギャンブルでその場をしのいでいるような話も耳にする今日この頃である。海の様子は潜って見ないとわからないが、我々釣り師も数を競って魚を乱獲することは慎み、小型の幼魚はリリースするなどして、せめて近海の魚だけでも乱獲を避けて限りある海洋資源を大切に見守りたい。

2015年2月8日日曜日

負の連鎖が止まらない



テロリスト2人組の映像
最近起こったフランスのイスラム過激派2人組による風刺専門週間紙「シャルリー・エブド」襲撃事件は世界を震撼させた。この週刊誌は(2013年9月 20日の当ブログ)でも紹介したが 、過激な漫画風刺で知られる。その編集長を含むスタッフ11名が射殺された。発行部数4万部足らずの週刊誌であるがご当地では知名度が高い。ドイツの次にアラブ系の移民が多いフランスでは、階層社会の中ではじき出されたイスラム圏出身者たちには日々鬱憤が溜っている。その数450万人が不発弾を抱えているようなものだ。

さて問題のイスラム原理主義だが、イスラム教では偶像崇拝が禁じられており、預言者ムハンマドの顔を書くこと自体がタブーだが、イスラム教の風刺をエスカレートさせてしまったのがことの発端だ。11名の中には福島を揶揄した漫画家ジャン・カビュもいたそうだ。福島の件では日本政府が抗議したが「フランスでは悲劇をユーモアによって扱うことができるが、日本ではそうではないようだ」と突っぱねた経緯がある。
そこにはフランス人特有の上から目線の鼻持ちならない人種差別意識がある。被害者がユーモアで凌ぐのは魂のカタルシスにはなるが,当事者でない傍観者が、それをやっては被災者の魂の陵辱になる。報道の自由も結構だが、自由の裏には同等の責任というものがあるはずだが、この週刊誌はそれぞれの国家及びそこに帰属する人民の誇りを軽く見すぎた末に、調子に乗りすぎた結果が今回の事件となった。テロは21世紀の脅威であることには違いないが、その根底には抜き差しならない様々な格差が横たわっている。



問題のイスラム国であるが、世界80カ国から外国人義勇兵が15000人、イスラム国に参加している。兵力総数3万数千人が、シリアを中心に領土拡張を狙って、失われたイスラム国家再建をめざしている。単なるテロ集団ではなく、資金的な裏付けが20億ドルと推定されていて、世界の脅威となっている。現在日本ではイスラム圏出身者は10万人いるという。今後政府は激減する労働人口の穴埋めに、移民政策を撮る方向に傾いているが、米軍が駐留している日本が、イスラムの標的になる日が来ないとは言えない。中東を訪問中の安倍首相が、二億ドルの難民援助を表明したのを逆手に取り、拘束中の日本人2名に対して同等の身代金を要求した。その後日本人1人を殺害して、ヨルダンに拘束中のイスラム国のテロリストとの人質交換条件に変えてきて、すでに殺されていたヨルダン人パイロットと日本人捕虜2名が殺害されたニュースは周知のとおりである。



イスラム国のテロリストの映像を見たがナイフを人質に振りかざしているのは、英国人らしい。イスラム教は、キリスト教とならんで超越神として一元論の同一神で、同根の神である。その源流であるユダヤ教は救世主不在のまま超越神を崇め、救世主キリストとして位置付けるキリスト教、方やムハマドが救世主として位置付けられているイスラム教がある。いずれにせよ狂信的な一元論者は、イスラム教の名を語るカルトの構成分子である。そこに集積する世界中の不満分子が、来世のパラダイスを夢見て手厚い待遇の甘い勧誘のもとに行動を共にするのである。

このイスラム国の中核を形成しているのが 、スンニ派反米イラクのフセイン政権の残党である。そしてアメリカによって政権を奪われた連中は反米の先鋭として、豊富な資金力を背景に内戦中のシリアの空白地帯に入り込み勢力を増強してきた。さらにイラクの多数派のマリキ現政権に対し巻き返しを図るべく、古巣イラクに勢力を伸ばして行った。
そして2014年にイスラム国(ISIS)として名乗り出たが、公式にはどの国も承認していない。そのため残忍なテロ行為を繰り返し国際社会にアピールしている。2月に入ってもう一人の日本人ジャーナリスト後藤健二氏 の殺害が報じられ、いよいよ世界を敵に回した格好になった。世界がイスラム国消滅に動き出したので、イスラム国が消滅する日が来るのはそう遠くはないだろう。怨念は怨念を呼び再度歴史は繰り返す。要はアメリカによってゴチャゴチャにされたイラクの なかで、多数派の現政権と少数派の前政権の政権争奪合戦が裏に潜んでいて。その火種はブッシュ政権時代のアメリカということである。


2015年2月7日土曜日

アートな話 「生の根源」



上の絵はゴーギャンの 「我々は何処からきたのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか」である。自己の存在から人類の存在の不思議へと思いを馳せたこの放浪の画家は、異国の楽園タヒチで、長年患った梅毒でこの世を去った。フランスでの娼婦との放蕩生活が祟ったのだろう。その病は共同生活をしていた狂気のゴッホも持っていた。ニーチェを始めボードレール、モーツアルト、ベートーベンなど史上の思想家や芸術家の多くが梅毒にやられている。この病、最後は脳に異常をきたすことで広く知られている。わが国でも16世紀には流行が見られ、江戸時代にはかなり多くの人々に感染した病であり、治療法も見つからないまま、五宝丹などと言った煎じ薬で対処してたようである。江戸の町人たちは病を普通のこととして受け入れていて、一説では江戸の民衆の半分はこれにやられていて、中には粋な病と吹聴する輩も居たようだ。もともとコロンブスがアメリカ大陸からヨーロッパに持ち込み、一気に広がったものであるが、日本では関西から流行りだし、江戸に渡ってくると吉原から一気に広がった。

この孤高の画家ゴーギャンは、株式仲買人(ブローカー)の実業の世界に生き、日曜画家として暮らしていたのだが、やがて日常生活に幻滅した彼は、折からの金融不況のため株式仲買人をやめて女房子どもと別れ、現代社会とは対極にある辺境の島タヒチに画家を目指して旅だった。
フランスでのゴッホとの喧嘩別れの末に、異郷の地タヒチに何を求めて行ったのだろうか。我々が彼の絵を見て感じ取るのは、土着性の強い人々と自然 を鮮烈な色彩で表現した彼の芸術性がタヒチで開花したことであろう。絵のタイトルは作家の創作意図を表した情緒言語であるため、非常に長いタイトルがつけられていて、哲学的な意味が込められている。未開の自然の中で思索を続けた果てに、生と死を見つめた画家の人生がそこにあった。初期のゴーギャンの作品は後期印象派の影響を強く受けたが、彼は次第に印象派を脱却し、単純で強烈な色彩配置やフラットで装飾的な構成を取り入れるようになった。そして島での生活の果てに病魔に苛まれた晩年の代表作がこの絵である。 絵の意味するところは、人間の一生だと言われている。
画面右側の子どもと、寄り添う3人の女達は「人生のはじまり」を、中央の人物たちは「青年期」をそれぞれ意味し、左側の人物たちは「死を迎えることに甘んじ、諦めている老女」であるという。解説を待たずしても我々はこの絵から直感的に人間の一生に思いを馳せるのである。

◎先端技術は芸術に近づく
衝突装置を分離するはやぶさ2のイメージ=JAXA提供

さて昨年打ち上げられた宇宙探索衛星「はやぶさ 2号」のミッションは、地球と火星の間を通る小惑星(1999JU3)から物質を持ち帰ることである。その収集した物質の中に有機物や水が含まれていれば地球誕生の謎が解き明かせることになるのだが、一般的に大きな惑星は地球と同じように進化が40億年の間に進んでしまっているが、その間進化が止まっている小惑星がターゲットになるという推論からこのプロジェクトがはじまり、初回のはやぶさの奇跡の生還から満を持して今回の打ち上げの運びになった。そしてそこから持ち帰った物質を分析検証の末に、我々の住んでいる原初の地球のなりたちが解明されるであろう期待を載せて宇宙を飛んでいる。

自然科学では、地球の歴史はおよそ46億年という定説がある。現在そこには数千万種を超える生物がいると推定されている。そのすべてはたった一つの生命から始まった。それが36億年前頃の海の中ですべてが始まったと推定されている。
このアナロジーの根拠は
1・生命体はかなりの部分水を含んでおり、人間の体も7割が水でできている。
2、生命が生まれた頃は、オゾン層が形成されていなかったので、地表に生物にとって有害な紫外線が地表に降り注いでいたため、安全な水の中で生命体が進化を辿ることになる。
3・生命の体液の組織は海の塩の素性と酷使していて、かいつまんで言えば、生物とは海水に炭素、窒素、リンを加えた成分からなっている。
そして様々な有機物から、原始的なミクロの生命が誕生し、長い進化の中で多種多様な生命体が発生したと推定している。
(海の生き物100不思議ー東京大学海洋研究所編より抜粋)

前回の1号による奇跡の生還は、日本の先端技術の結集が成せる技であり、まさに芸術的な神業と言えるだろう。今回は前回よりパワーアップと技術革新で世界の期待を背負っている。6年後の結果が楽しみである。
それによって我々はゴーギャンではないが、「我々は何処から来たのか、何処かへ行くのか、我々は何者なのかが」少し見えてくるような気がする。言えることは無から有は生まれないという厳粛な事実であろうか。

2015年2月5日木曜日

政局探訪


昨年末に行われた総選挙で、図らずも私は入院中の病院の中で不在者投票をした。その結果は、足並みの乱れた野党を尻目に自民党圧勝の予想通りの結果となった。民主党をはじめとする不甲斐ない野党は分裂離散集合を繰り返し、その成れの果てが今回の選挙結果となったわけだ。小沢一郎しかり維新の会、みんなの党、それぞれ同床異夢の寝言にうなされ、内ゲバの結果くっ付いては離れ、あっけなく散って行く。

選挙後の民主党の中でも同じことが起きている。党首選を戦うご両人は自主再建派の岡田と他党との連合にこだわる細野との一騎打ちであったが、そこに長妻議員も名乗りをあげ、三つ巴の混戦状態となったが、年明けて岡田代表に落ち着いた。
腐っても民主党が野党の中核にならなければ議会制民主主義は廃れてしまうのだが。どうなることやら。過去の失敗を糧にして新しく力強い野党として再生してもらいたいものである。

さて選挙結果で自民党の長期政権が進むことになるが、財政再建、円安によるインフレ対策、経済政策による成長戦略などどこまで実現できるのか、はたまた憲法改正、集団的自衛権の法制化など、日本の国力が試される多くの懸案事項の成立にその実行力が問われるところだ。

今回の選挙結果で、安倍首相の任期は、2018年9月までとなり,米露韓の大統領を上回る任期となったが 、首相の慢心 でアベノミクスがアホノミクスにならないようにしてもらいたいものである。その浮かれ声とは裏腹に、経済格差は広がる一方で、一部上場企業の賃金は上がるものの、雇用の喪失による、非正規雇用やリストラによる中産階級の没落は止めようがない、成長を金科玉条に進んできた資本主義の末期症状を呈している日本がそこにある。確かに日本国民の経済実態は厳しいものがある。GDPこそ世界3位ではあるが、相対的貧困率は16・1%OECD加盟国34カ国中、下から第4位、父子母子家庭世帯のそれは54.6%で1位。2011年度の所得再分配ではジニ係数0・38と過去最大になり、ちなみに中国は0・61と国家暴動が起きても不思議ではない状況だ。

○ジニ係数   http://www.gifu.shotoku.ac.jp/hosoi/books/econdatabases/p100.htm

所得分配の不平等度を示す指標。「ジニ」はイタリアの統計学者の名前。ある国で所得が完全に均等に分配されている場合はジニ係数が0となり1に近づくほど不平等度が高いことを意味する。0.40を超えると暴動が起きるレベル。 
現在では、非正規雇用者が雇用者全体の三割を超え、年収200万未満で働く人が給与所得者の24%を占め、二人以上世帯で金融資産非保有が31%に達している日本の二極化も、資本の自由化が産んだグローバリゼーションの落とし子である。と結論づけている本がある。
集英社新書の最近読んだベストセラー[資本主義の終焉と歴史の危機ー水野和夫著  ]の中でエコノミストらしい緻密な分析で、歴史的に見た資本主義の推移と、低迷する世界経済の推移に共通点があることを導き出した。

それによるとアメリカを例に取り、リーマンショックなどを、利潤を生み出せない実体経済を延命させる手立てとして、バーチャルな電子金融空間を作り、余剰資本が世界を駆け巡り、実物経済の余剰マネー約74兆ドルに対して,電子金融空間での140兆ドルのストックベースの何十倍ものマネーが電子空間を徘徊する事になる。

本書の中で著者は資本主義の限界とは、資本の実物投資の利潤率が低下し、資本の拡大再生産ができなくなってしまうことで、日本のように長きに渡りゼロ金利が続いている状況が、臨界点に達した現象であると言及していて、過去の経済成長をもう一度と躍起になっていることは、過去の世界の経済史から見て最終的には財政破綻につながる道を歩んでいることと警鐘を鳴らしている。
また一方で、先進国の中で大規模なバブルをいち早く体験した日本は 、失われた20年の中で、ゼロ金利が続き経済成長が鈍化する資本主義の末期症状を呈しており、同じ病に陥った先進国のなかで、先を行く日本から、暗中模索の果てに、ほのかな希望として新たな資本主義のステージが生まれるのではないかと最後に著者は締め括っている。


さてアベノミクスだが、1金融緩和  (デフレからの脱却) 2財政政策 (公共投資)は一部ではあるが賃金上昇や株価上昇などの効果があったが、以前なら円安になると貿易黒字に直結して行くところだが、グローバル経済の元では、多くの企業が生産拠点を海外に移している現況では、円高によるあらゆる原材料が高騰し、輸入超過から生じる貿易赤字 の増大がみられる。そんな中での増税は、実質賃金が下がっている現状で消費が上がらず、GDPを0・3%マイナスにしてしまった結果をみれば、消費の冷え込みは想像以上だ。さらに10%の増税も思案のしどころだろう。

財務省がせっついているほど、日本の財政は逼迫していないと多くの経済アナリストは言及していることから、ここで性急に上げる必要はないと思う。そして第三の矢(成長戦略)は過剰な資本ストックを増やすだけで,危ういと感じているエコノミストも多い。財務省は、2013年度末の国のバランスシートをまとめ、2014年3月末時点で資産・負債差額(負債が資産を上回る債務超過額)は490兆円と発表したという報道があった。なぜここでだんまりを決め込んでいた政府が急に発表したのか不思議であるが、この場合の負債は問題になっている1143兆円で、負債の多さに目を奪われていた国民の多くは、国の資産の多さを知り少しは胸をなでおろしたのではないだろうか?

2015年2月4日水曜日

まさかの、、、


東京医科歯科大学附属病院
昨年6月 3 日の当ブログでも書いていた顎の骨の関節症が、その後治療開始から5ヶ月以上経って、下顎骨の癌と診断が下つたのは10月を半ばすぎた頃だった。途中親知らずを抜歯した後に術後の経過観察が続いたが、レントゲンも最初の一回だけで、顎関節症は長引くと言われていたことで漫然と痛み止めを続ける日々が続いた。
こちらの様子を見てようやく二回目のレントゲンを撮ったところ、様相が変わったと、くだんのヘボ医者が顔色を変え、翌日CTを撮ったところ、癌が進行しているとの診断で、急遽市内の専門病院を紹介されたが、それを蹴って日本で一番実績のある東京医科歯科大学病院の口腔外科の原田教授に直接メールでコンタクトを取り、」手術入院の運びとなった。

まさか顎の骨に癌が出来る事など想像だにしてなかったので、漫然と経過観察をしていた総合病院の口腔外科のバツの悪そうなヘボ医者の顔が眼にやきつく。癌のステージを正したところ、口ごもり2と言ったが、明らかにこの医者は嘘を言ってると直感した。

下顎の骨から発生した癌は、症例も少なく珍しいがんの種類に入るそうだが、ステージは4と言われたが幸いにしてリンパ節には転移してなかったのがせめてもの救いであった。顎関節の再構築の手術は17時間の長きに及んだが、術後は切断した顎に自前の肩甲骨の一部と付随した肉を下顎に移植したため、入院生活は非常に辛いものがあった。最後に25回の放射線(50グレイ)を当てた影響で、口内炎がひどくKOされたボクサーのように唇も舌も腫れ上がり、食事は流動食しか取れず、入院は3ヶ月を超え、体重も約八キロ落ちつらい日々だったが、カミさんにも私以上の苦労を掛けてしまった。その間会員の皆様を始め関係各位並びに多くの方々のご厚情を頂き、この紙面を借りて厚く御礼を申し上げます。

今思うと医療に関してはセカンドオピニオンは不可欠ということを実感した次第であるが、現在コンビニの数(全国で27000)より多い歯科医院は、玉石混交で需要と供給の経済原則から、地域人口の減少にともなう供給過多で、腕の悪い医者は消えて行き歯医者の経営も大変らしい。ただ地域の総合病院の口腔外科で設備が揃っているにもかかわらず、ガン発見まで五ヶ月を要したことは、こまめなレントゲン診断を怠ったこともさることながら、担当医師の感度の悪さを思わざるを得ない。

そのことに関連して昨年の四月から五ヶ月の間、ひどい肩こりに悩まされていたが、どうやら漢方では、「病膏こうにいたる(入る)」といって、病気がその位置にくると治りにくいと言われており、そのツボは肩甲骨と背骨の間を、上から指一本分下がったところにあり、私が集中的にマッサージ機でもんだところと左右一致する。文献では肺がんなどもここに頑固なコリがが出るらしいから要注意だ。術後は嘘みたいにコリが消えたが、五ヶ月間同じところを揉んだので、今でもその場所にアザが残っている。今回のことで漢方もバカにできないことが分かった。


医療の崩壊  (貧困大国アメリカの第三弾)


国民皆保険を目指したアメリカのオバマケアーは、海の向こうでは大変なことになっている。「がん治療薬は自己負担、安楽死薬なら保険適用,高齢者は高額手術を避け痛み止めでOK。一粒10万円の薬。自殺率一位は医師で、手厚く治療すると罰金、やらずに死ねば遺族から訴訟。こんなことが1%の超富裕層(国を操るものたち)の手で進行している。その仕上げが、人類の生存と幸福に直結する「 医療」の分野だった。前にご紹介したアメリカに関する堤未果の最新のレポート第三弾「沈みゆく大国アメリカ」。現在TPPを交渉中の日本にとって、これはフィクションではなく明日の日本の姿になるかもしれない。と言及している。

現在医療費削減のため我が国は医療機関に対して、無駄な薬は出さないよう指導しているようで、実際医者にかかつていると医者は患者が要求しても必要以上の薬は出し渋っている。いわゆる高齢化社会に伴う医療財政の逼迫によって国からのお達しがあったのだろう。日本の近未来は様相は違うものの、やがてアメリカのような市場原理に医療現場が押し潰されて行く危機感とその可能性に、本書は警鐘を鳴らしている。

さて本書によると、周知のようにアメリカはクレジット社会で、国は国民に借金を奨励している。クレジットに占める医療費負担の割合が大きいのは、国が高額な医療費や製薬会社の法外な薬価(一粒10万円のすごい薬も出ているようだ)一部独占的な保険業者の高額な保険料などで、無保険者を含め低所得者のみならず、中産階級までが自己破産に向かって悲鳴をあげている。

そんな中でオバマ大統領が打ち出したオバマケアー(患者保護並びに医療費負担適正化法案)は国民皆保険制度を目指して立ち上げたものの,一部抵抗勢力(1%の富裕層、国を操るものたち)によって骨抜きにされている。
特にぼろ儲けの製薬会社に対しては、彼らの既得権である薬価の交渉権を政府は奪取できない状態だ。その内情は今後10年で見積もられる処方薬の総額360兆円のわずか2%(8兆円)の値下げとの引き換えに、
オバマが薬価交渉権という選挙公約を放棄する取引を業界との間で交わしていた事にある。

またオバマケアーは保険業界が既往歴や病気を理由にした保険の加入拒否を違法にしたが、業界は代わりに薬を値段ごとに7つのグループに分け、患者の自己負担率を定額制から一定率負担制に切り替えたから、患者負担は恐ろしく跳ね上がる結果となった
中産階級の没落と共に借金漬けで、7秒に一軒の家が差し押さえられ、労働人口の三人に一人が職につけず、六人に一人が貧困ライン以下の生活をする中、年間150万人の国民が自己破産者となって行く国アメリカ。市場原理が働く社会で、医療や保険の縛りで医師も看護師も過重労働をしいられ、医療という聖域に市場原理を推し進める業界の犠牲者である。


アメリカには65歳以上の高齢者と障害者、末期患者のための(  メディケアー)と最低所得層のための(  メディケイド)という二つの公的医療保険があるが、メディケイドは国からの治療費支払い率が、民間保険の六割と非常に低く、メディケアーは8割と高いため、メディケイド患者を見れば見るほど医師や病院は 赤字に追い込まれるため、これらの患者を見る医者が激減した。その裏には保険業界が牛耳る医療機関に対し、オバマケアー保険加入者を見る指定医療機関リストを大幅に縮小したり保険の支払い率を下げた業界の操作があった。
一方でがんじがらめの保険会社に提出する診療報酬のための膨大な書類提出作業と、高額な訴訟保険の備えで、ワーキンプアーになる医者も多いという。そして驚いたことにこの国の専門職の中で自殺率がトップの職業が医師という本書の報告である。

  またこのオバマケアーは皆保険制度を機能させるために様々なことを義務化する。その一番のハードルが(社員50人以上の全企業は、従業員へオバマケアー条件を満たす健康保険を提供すること。) これが従来の格安の企業保険からオバマケアー保険に送られ、企業側は保険の要件を満たさないと罰金まで食らうことになる。そのため企業側は人件費削減のため
労働者の非正規化を進めることになり、聖職である大学教授も非常勤講師に落とされ、今では全米の大学短大で非常勤講師の占める割合が、7割以上を占めている。国力の基盤である教育が資本の原理で崩壊してゆくことは、国家にとって由々しき問題であろう。


アメリカの医療はビジネスという理念で成り立っている皆保険制度に対して、日本のそれは、憲法25条生存権に元ずく社会保障の一環として成り立っており、そこには歴然とした隔たりがある。問題のTPPもさることながら、今後外資企業が日本の経営不振の医療法人を買収する可能性は十分あるが、命の沙汰も金次第と言ったドライな営利主義に凝り固まった強欲な銭ゲバ連中の動向には注意する必要がある。

今回入院で病院のお世話になって見て、高額医療の場で日本の国民皆保険制度の有難さが分かり、日本に生まれて良かったと実感する次第である。今や高齢化が進む我が国の医療財政が曲がり角にきており、その危機的状況も想像できるが、ここは国政を預かる政治家や官僚が知恵を絞って難局を乗り切ってもらいたい。