2014年4月1日火曜日

アートな話「世紀の日本画展」



3月も終わりになって、上野の東京都美術館で開かれている日本美術院再興100年 特別展『世紀の日本画』を見に行った。3月の終わりでいつもなら花見客で賑わう公園内であるが、さすがに荒天の雨の中では花見の宴席はガラガラで、傘をさして一杯やっている小人数の団体が2組いただけで、あとは雨の花見客が大勢そぞろ歩きをしていた。

いわゆる院展は日本画の展覧会で、前半後半の2部に分かれ、今回は後半の展示を見にカミさんと雨の中出かけた次第である。会場はテーマ別にコーナーが設けられ、歴史や花に鳥、また風景や幻想などを1章から7章まで展示されていた。会場の多くは再興院展の馴染みの画家の作品が並んでいて、いまだ存命の作家の作品も展示され、時系列での展開ではないが、作品を通して院展100年の歴史が概観できるようになっていた。主に国公立の博物館や美術館から集められた日本画。見慣れた作品も少なくなかったが総じて大作揃いで、一定の見応えはあった。心に残った作品を2点あげると,

 小野田尚之 くつおと 1996年

 私は具象と抽象のはざまに位置するこのような作品が好きで、(第5章の風景の中で)の会場にあった小野田尚之 くつおと が院展の中でも斬新さを感じさせた。この絵は、今は使われていない京成線「博物館動物園」駅を描いた絵で、1997年まで営業していたという地下駅で、私も大学時代下宿していた京成お花茶屋にいたころ何度か利用した記憶がある。この駅は老朽化や乗降客数の減少に伴い、1997年(平成9年)に営業休止、2004年(平成16年)に廃止になったそうだ。廃止後も駅舎やホームは現存するらしいが見たこともなく、遠い記憶の中に閉じこもったままである。
駅の正面をとらえたこの絵は、ただ過去の情景を思いだすというだけでなく、今の時間も広がってくる仮想空間が、博物館という駅名の入り口とも出口ともいえないところから亡霊のように浮かび上がってくる心象風景。ありふれたなつかしさに流されてしまうなかで、画面中央の下階から上がってくる二人の人物ととすれ違いそうな錯覚を感じ、過去から湧き上がってくるような幻想的な空気感に包まれ。得体のしれない駅がぽっかり口を開けて待っている画面はシュールな感じが立ち込める。
美術館を出た後日本橋に向かうため、過去の淡い記憶を頼りに地下鉄を探し、確かこの辺にあったと思いつつ、芸大の前あたりをうろついていたら地下鉄と京成線の地下駅を混同していたことに気づいたのはシャッターの降りた今は面影もない駅の入り口で、まるで迷路に迷ったようにあたりを徘徊し、JR上野駅まで歩き、ようやく地下鉄に乗れた次第である。


平櫛田中 •禾山笑
•1914年(大正3年)


 愛媛県にある 江西山大法寺18代和尚 臨済宗師家臨済宗での最高峰にある老師として日本中に鳴り響いていた禅師西山禾山老師(1837~1917)を彫った木像作品で、芸大所蔵の木彫であり、これを型どりしたブロンズ像が、田中美術館(岡山県)に所蔵されているそうだ。
いすに腰かけ両ひじをはって後ろにのけぞりながら、大口を開けて大笑するポーズで、和尚の豪放らいらくな風格がしのばれる面白い作品であった。作者の平櫛田中は107歳まで生きた彫刻家で満百歳の誕生日を前に、30年分の材料を買い込んだと言われる。「六十・七十は鼻たれ小僧。男ざかりは百から百から。わしもこれからこれから」とは本人の弁。これを聞いた横溝正史は「田中さんには及びもないが、せめてなりたやクリスティ」と詠んだ。という逸話の持ち主である。

会期 4月1日まで 東京都美術館

2014年3月27日木曜日

アベノミクスの行く末

目の保養 

かつて自国通貨が上がって衰退した国はないが、下がって衰退した国は多い。自国の通貨が強くなって滅びた国は歴史上、存在しないのだ。今となっては円高が懐かしいが、一国の経済は、通貨の価値により大きく左右される。有事の際は、その国の通貨が暴落し、価値が限りなく下がった。実際、ロシアやアルゼンチンなどは国家破産により自国通貨は暴落した。

我が国の貿易統計によると、2013年の貿易収支は11兆4745億円の赤字となり、比較できる1979年以降で最大となった。さらに赤字額が大きいだけでなく、11年以降3年間この状態が継続している。リーマンショック前には、日本の貿易収支は、年間10兆円ないしはそれ以上の黒字だった。それがほぼ同額の赤字に転じたわけだ。日本の輸出立国モデル、貿易立国モデルは、すでに生産拠点を海外に移転した多くの輸出産業を見るまでもなく崩壊している。アベノミクスの金融緩和策で進行した円安は、貿易黒字の拡大どころか,輸入原価の高騰と輸入額の増加による悪影響が出てきた。

これまで南米やアジア通貨危機の頃の東南アジア諸国のように、賃金がぜんぜん上がっていないのに、強烈なインフレに見舞われた国の例は、掃いて捨てるほどあるが、それらの国の場合、インフレのきっかけになったのは自国の通貨安である。自国通貨が急落すると、輸入品の値段が急騰し、それがインフレの原因になる。実際、新興国に限って言えば、インフレの原因の90%くらいは、これである。特に原油など好・不況にかかわらず常に輸入に頼らなければいけない貿易品目がある我が国は公共料金を中心に値上がりが続いている。


東日本大震災の後、企業はさまざまな理由で生産拠点を海外へ移転していった。電力を確保し、停電を回避するため、またサプライチェーンを多様化するため、そして安い労働力を利用するためにこの流れは止まらない。貿易統計をみると、かつて日本が強かった分野である精密機械をはじめ、さまざまな製品が海外で生産され、今、日本はそれらを輸入している。
1970年代のオイルショックでは、日本の製造業は省エネ技術の開発に励み、自動車や家電、情報機器など高品質な製品を作り、それを国内外に販売して利益を上げた。それから40年たち、石油は1バレル20ドルだったものが今や100ドルにもなっている。今や過去の経済モデルは崩れ、ソニーやパナソニックなど弱電の雄も落陽のはざまを漂っている。かろうじてこの春闘で電力大手6社は賃上げを果たしたが、賃上げ率はインフレターゲット2%を追い越せない。トヨタ日産も果たしたものの、世界のトヨタさえ、賃金上昇率は2.87%にとどまる。このように一部の企業を除いて大半の企業は賃上げどころではなく、高度成長期のような物価と賃金の相乗パターンは望めない。



殺到する買い物客
4月からは値上がり物価に3%の消費税が上乗せされるので、いたるところで消費者の買いだめが見られる。庶民のささやかな生活防衛の姿だ。
安倍政権は、デフレ脱却と過度な円高を是正していくことによって、基本方針として「成長による富の創出」という政策目標を実現しようとしている。この政策目標を実現するために、3本の矢すなわち「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の経済政策を実施していくとしている。アベノミクスは曇り空で進行中だが、この暮らしにくい世の中で我々庶民は暗雲が立ち込めないことを願って成り行きを注視している。


2014年3月13日木曜日

虚と実三様


ビットコイン

古来、虚と実の世界は至る所にある。言い換えれば、実とは存在であり虚とは無のようなものだ。また虚は無の予兆でもある。目で見える世界や現実にあるから実の世界だと我々は思っているが、最近の社会事象を見ていると虚と実の距離感が短くなった感がする。それはデジタルメディアによる現実を構成する核となる「仮想」空間が蔓延している現代の風潮に現れている。

PCを手に入れた者達はバーチャルな世界を作り出す。デジタルネットワークは今や単なるコミュニケーション手段ではなく、生活の場そのものである。彼らは1日のかなりの時間をネットワークでの生活に費やし、ショッピングもエンターティメントも学習も、社会活動もデジタルネットワークの上で行う。まさに情報世界という本来虚の世界が実に転換していることは、皮肉にも虚のもたらす虚構性こそが実世界を豊かにする糧にもなっている。虚という概念は人間のメンタルな活動を中心にしたイマジネーション(想像)に通じるものがある。


マウントゴックスの記者会見

その虚構性が大きく取りざたされた事件が起きた。インターネット上の仮想通貨ビットコインの取引所「マウントゴックス」を運営するMTGOX(東京・渋谷)が28日、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、同日受理されたと発表した。債務が資産を上回る債務超過に陥っていた。顧客が保有する75万ビットコインのほか、購入用の預かり金も最大28億円程度消失していたことが判明した。
消失したのは顧客分75万ビットコインと自社保有分10万ビットコイン。金額にして「114億円程度」としているが、他の取引所の直近の取引価格(1ビットコイン=550ドル前後)で計算すると、470億円前後になるらしい。

ウイッキペディアによるとインターネット上で流通している電子マネー。通貨の単位はBTC。紙幣・硬貨は発行されていないため、「仮想通貨」「デジタル通貨」などとも呼ばれる。流通を管理する事業主体や国家もなく、中央銀行のようなものも存在しない。米ドルや円など現実通貨との交換は、ウェブ上の「取引所」を通して行われるが、決済は金融機関を通さないため、諸経費や手数料などが発生しない。そのため、小口の売買やP2P(個人同士)の取り引き、とりわけ国境を越えた送金・決済に利用されている。
現実通貨との交換レートは、需給関係や経済状況に左右され、投機の影響も受けやすいため、乱高下を繰り返している。こうした為替リスクに加え、資金洗浄など不正な取り引きや、薬物取引などのやばいカネの移動手段の温床になっているという批判もある。しかし、手軽さや海外との取引の利便性の高さが人気で、開発からわずか4年の2013年4月には流通量10億ドルを超えるまでに成長した。
日本においては、ビットコインは電磁的記録として扱われ、通貨として認められておらず、電子マネーとは異なり資金決済に関する法律の対象とはならない。また、有体物でも知的財産でもないデジタルデータは、「物」や「財物」や民法上の「動産」の範囲外と見なされる可能性があり、物権や窃盗罪などの法律の対象とならない可能性がある。現在マウントゴックスMTGの登録者数は現在、世界で57万人。米国人が36%を占め、次いで英国人7%、中国人5%、日本人は約1650人と1%にも満たない。価値を裏付けるものがないため、もともと本質的に不安定な仮想通貨ビットコイン、それを取り巻くこのバーチャル空間の整合性について今検証が始まっている。


STAP細胞

新しい万能細胞として注目されていた理化学研究所のSTAP細胞の論文に疑念が強まり、共同執筆者の山梨大学・若山照彦教授が「研究の根幹に関わるところで信じ続ける事が難しい状況になってきた」と、論文の共同執筆者(2本の論文で計14人)にメールで論文の撤回を呼びかけた。
若山教授は1月29日(2014年)に小保方晴子ユニットリーダーと一緒にSTAP細胞の成果を発表したキーマンの一人だ。その若山教授は「信じられないほどいろいろなデータの間違いが見つかっている。信じ続けるのが難しい状況になっている。いったん論文を取り下げて、間違いのない正しいデータを使って誰からも非難されない論文として発表したほうがこの論文の成果を高めるには大事だろう」と語っている。
浮上した疑惑はいずれも他者の研究からの画像の転用で、要するに研究成果が出なかったのででっちあげたのではないかと各専門家から指摘されている。実験で出た結果ではなく、PC上で作り上げたデータならばこれは大問題。現在、海外のサイトでも大いに議論になっている。

また小保方研究員の早稲田大学在学中の博士論文は、他からの盗用も指摘され、英文で約900字、10行ほどの論文が、ドイツの研究者J・Guoらが05年に国際的な科学誌に発表した 「マウス胎児性幹細胞のマルチカラー核型分析」の論文の一部の「丸写しではないか」と指摘された。一連の疑惑が解明されるまでは時間がかかりそうだが、一度多方面から疑惑をかけられたら、これを晴らすには第三者の実験成功と、使いまわし画像のない精緻な論文を再提出することが求められるだろう、この世紀の発見が虚にならないことを願うが、ご本人の対応も鈍くどういった説明がなされるのか世界が注目している。日本の学会の信用問題にもかかわるので責任は重大である。


ベートーベンのなれの果て

全聾の作曲家にして“現代のベートーベン”と謳われた佐村河内守氏と新垣隆氏のゴースト問題が世間を騒がしている。 2011年に発売された佐村河内氏の作品『交響組曲第一番HIROSHIMA』はクラシック界では異例の18万枚を売り上げ、昨年発売の『鎮魂のソナタ』も10万枚のセールスを記録した。また、佐村河内氏は、ソチ五輪で、高橋大輔選手が男子フィギュアのショートプログラムで滑る『ヴァイオリンのためのソナチネ』の作曲者でもある。
という触れこみだったのだが、それが全部嘘だった。被爆二世として佐村河内氏は広島市に生まれる。4歳のときから母親にピアノを習い、10歳のときにはバッハもモーツァルトも弾きこなし、将来は交響曲をつくる作曲家になることを意識した、と2007年発売の自伝『交響曲第一番』にある。が、その経歴は新垣氏のものだった。
二人の腐れ縁は、佐村河内氏が33歳。新垣氏は25歳で、母校の桐朋学園大学作曲専攻の非常勤講師になったばかりのころから続いていたらしい。
新垣氏は、佐村河内氏が楽譜を全く書けないこと、正式なクラシックの勉強をした形跡もなく、ピアノの腕前も新垣氏の常識では“弾けない”レベルにあること等に気づくが、なあなあの関係が18年も続き、最近の自責の念に駆られての記者会見となった。

ある精神科医によると、佐村河内の人格について『演技性人格障害』の可能性があることを指摘されている。佐村河内氏には、2002年に両耳全聾で2級の障害者手帳が交付されている。これにより、公共料金の割引や、市・県民税の非課税、所得税の控除といったサービスを受けることができる。また、もし受給要件を満たしていれば、障害年金が給付された可能性もある。
だが、全聾が嘘だった場合(詐聴と言うらしい)、佐村河内氏はそれらの手当を不正受給したことになる。その額はおよそ940万相当と計算されているが、これは、詐欺罪にあたるようだ。
新垣隆は全ろうは18年間嘘であると『週刊文春』に掲載された独占手記でも主張した。横浜市による再検査では中度の感音性難聴と診断され、聴覚障害者ではあるが、障害者手帳の交付の対象となるレベルではなかったとし、身体障害者福祉法での「聴覚障害者」には該当しない)との結論に至った。謝罪会見に現れた姿は髪をバッサリ切り髭もサングラスも取っ払ったただのおっさんに戻ったベートーベンの姿であり、そこには謝罪というより自己弁明に終始した姿があった。

2014年3月1日土曜日

暴走する韓国


菅義偉官房長官は2月28日午前の衆院予算委員会で、従軍慰安婦制度への旧日本軍の関与を認めた「河野洋平官房長官談話」に関して、「検討チームをつくり、掌握したい」と述べた。談話作成の根拠となった元慰安婦への聞き取り調査などを再検討する検証チームを政府内に作る方針だという。

つい最近まで日本人の多くが、日本が植民地時代に悪いことをしたので韓国人が怒り続けるのも無理はないと思っていたふしがあり、左派メディアもこの基本線で報道をしていた。どうも違うようだ、とようやく気づき始めたのが今の日本国民である。
16人の慰安婦(名前も年齢もでたらめの者が半数))の証言をもとにまともな裏付け検証もせずに、韓国の要求を呑み火消しに走った時の政府の解決策が、戦後67年たった今、火をつけられ煙を出し続けている。

最近、村山元首相もわざわざ韓国に出向き、コメツキバッタのように謝罪を繰り返しているアホな画像が報道されている。歴史問題において、謝罪すればするほど、その謝罪している相手に精神を侵略されているのが分からないのだろうか、このご老体は?アジア女性基金をつくって償ったり、先の大戦を心から反省し、戦後50年の節目に「村山談話」を発表、過去の「植民地支配と侵略」を認めて謝罪した。アジアの独立のために一緒に戦ったインドネシア、インド、ビルマからも非難号号の村山談話である。残念ながら基金も談話もいまなお、日本の国益を大いに損なっている。韓国は基金に感謝するどころか、元慰安婦をダシにした反日運動は、いまや米国に慰安婦像をつくるほど増長した。思い込みによる村山談話も中韓が、日本攻撃の材料とともにゆすりたかりのネタに使っているのはご存じの通り。あまりの反日攻勢に反発し米国在住の日系人から反韓運動が起きている。

◆ 追記 3月5日
問題の慰安婦問題をこじらせている村山談話と、当時の朝日新聞の偏重ぶりを検証し暴いたジャーナリスト櫻井よしこ氏の論評を参照されたい。産経ニュース【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】2014.3.3 03:13

<前略>
朝日は、メディアの役割として「不偏不党」「真実の公正敏速な報道」をうたう。にもかかわらずその報道は往々にして事実に基づいていない。むしろ真実をゆがめ、結果として中国や韓国の利益を代表するかのような報道があふれている。
中国では「抗日戦争勝利記念日」と「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」がおのおの9月3日と12月13日に定められ、習近平政権の歴史問題での対日強硬路線がより強化されつつある。日本企業を相手どった訴訟は、中韓両国で連発されると考えられる。中国の得意とする3戦、世論戦、法律戦、心理戦の内、少なくとも前2者の戦いが日本相手に全面展開中である。こうした時こそ、事実の確認が重要である。だが、朝日の報道は無責任にも逆方向に向かっている。3月1日の朝日朝刊4面の「河野談話 先見えぬ検証」の記事である。菅義偉官房長官が河野官房長官談話の作成過程を検証する考えを表明したことを伝える同記事の隣に「河野洋平氏・政権にクギ」という囲み記事を朝日は並べた。
河野氏が「前のめりの方々、昔の人たちの経験談をよく聞き、間違いのない政治をやってほしいと」と語ったことを紹介し、これを安倍政権へのクギと解説したのだ。が、前のめりで慰安婦談話を出したのが河野氏であり、捏造(ねつぞう)記事でお先棒を担いだのが朝日だったのではないか。この記事はそんな自分たちの過ちに口を拭うものだ。

91年8月11日、大阪朝日の社会面一面で、植村隆氏が「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」を報じた。この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている。植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じず、慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである。
この延長線上に93年の河野談話がある。

談話は元慰安婦16人に聞き取りを行った上で出されたが、その1人が金学順氏だ。なぜ、継父に売られた彼女が日本政府や軍による慰安婦の強制連行の証人なのか。そのことの検証もなしに誰よりも「前のめり」になったのが河野氏だ。日本国内における談話作成のプロセスの検証を、朴槿恵大統領は「3・1独立運動」の記念式典で強く牽制した。朝日は3月2日、早速、「河野談話再検証の動きなどがこのまま続けば、関係改善の糸口を見つけるのはさらに困難」になると報じた。
同じ4面に前田直人編集委員が集団的自衛権に関して「安倍さん、イケイケドンドンですか」「民主主義は手続きが大事だ」と強調するコラムを書いた。なんとも嫌みな紙面構成である。だが、言っていることは正しい。手続きは大事なのだ。そこで朝日に問いたい。河野談話作成の手続きだけでなく村山談話国会決議の手続きの不透明さをなぜ、追及しないのかと。

村山富市氏は首相就任当初から、日本国政府の歴史に関する謝罪決議採択を目指した。反対論が強く、決議案否決の読みが確定したとき、村山氏らは驚く一手を使った。西村眞悟衆議院議員が05年7月号の『諸君!』に詳述したが、6月9日、金曜日夕刻、衆議院内に「本日は本会議は開会されない、各議員は選挙区に戻られたし」という通知が配られたそうだ。騙(だま)し討ちが計画されているとは露(つゆ)ほども知らない、決議反対派の議員の多くが永田町を後にした午後7時53分、突然、土井たか子衆議院議長が本会議開催のベルを押した。出席議員は230名、欠席議員は265名だった。官報によると、本会議は午後7時53分開会、7時59分散会となっている。電光石火の6分間の勝負だった。これが選良たちの行動か。とまれ、同決議をもとに、極秘に作業が進めら
れ、約2カ月後の8月15日、村山談話は突然閣議決定された。
世紀の企(たくら)みのご当人はいま、河野談話策定過程の検証について「事実がなかったとあげつらって何の意味があるのか」、村山談話は「日本の国是」と語る。こうした恥ずべき言動は殆(ほとん)ど検証せず、朝日は安倍政権叩(たた)きを続ける。そこに、毎日新聞、東京中日、共同通信、米国のリベラル系人脈が加わり、中韓両国に吸い寄せられたような論調が築かれていくのはどうしたことか。
メディアは何よりもいま、事実関係の特定に力を注ぐべきではないのか。朝日の綱領は単なるスローガンか。こうしたメディアの無責任を放置すれば、日本は中韓の仕掛ける世論戦、法律戦の戦いに敗れかねないだろう。         以上転載。



韓国の反日は、日本が何をしようがしまいが激化していく。領土問題では奪われた方が騒ぐのが普通だが、奪った方が大騒ぎしているのが現状だ。李明博前大統領は「聖地」に降り立ち、日本を侮辱する大見得を切った。いくら謝罪しても無駄なことは、朴槿恵大統領が「被害者と加害者の関係は千年変わらない」と宣言し明らかになった。告げ口外交がどれほど非常識で破廉恥なものかを理解できないこのクネの異常さは際立っている。
条約破りの高裁判決、慰安婦像設置など米国での反日活動、靖国神社に対する狼藉(ろうぜき)と放火未遂、「原爆は神の罰」の新聞報道、クネの米国反日行脚、東京五輪開催決定間際の汚染水問題に伴う日本水産物禁輸処置と、挙げればきりがない。全国民が集団催眠にかかったように反日にいそしむ姿は異常を超えて戯画的ですらある。日本は断固とした態度をとらないと、未来永劫韓国に国家の尊厳を傷つけ続けられるだろう。




問題の歴史認識について筑波大学大学院教授・古田博司氏は次のように述べている要約しよう。


棚ぼた式独立」の傷うずく韓国 

≪「戦争勝利」抜きの劣等感
「問題の核心はどこにあるのか。日本の贖罪や償いとは一切関係ない。それはひとえに韓国が独立戦争で勝ち取った国でないという韓国人自らの「脛(すね)の大傷」にある。米軍進駐により棚ぼた式に独立を得た韓国には、そもそも国家の正当性というものがないのである。その正当性をひねり出し、脛の傷に絆創膏(ばんそうこう)を貼る必要があった。韓国の歴史認識という「正しさ」の捏造(ねつぞう)である。韓国のいわゆる民族主義観は次の4点から成る。
 

(1)高度な文明国だった朝鮮が野蛮人とみなされていた日本人に侵略され侮辱された(2)朝鮮統治における「改善」は、朝鮮人を効率的に搾取し支配し同化するため日本が朝鮮近代化を必要としたにすぎない(3)統治時代、朝鮮人民による解放闘争が継続的に行われた(4)日本人が朝鮮人に対する非人道的方策を推し進め一方的かつ高圧的に臨んだため、抵抗運動は活発化し同化政策は失敗したのである。
 

外では崩れた民族主義史観
今日では、韓国の経済史学者、修正主義史観の米学者、日本の地道な少数の学者たちの努力によって、韓国の民族主義史観は韓国以外の地ではすでに崩れている。まず李氏朝鮮に高度な文明などなかった。李朝五百年は中国から学んだ朱子学の儒礼の実践、消化に費やされ、経世済民を思わぬ李朝政権により朝鮮は貧窮に閉ざされていた。日韓の保護条約は高宗王が大臣5人に丸投げして生まれた。「そちたち良きにはからえ」と王が言った史料が3カ所から出ている。よって不法ではない。不法なら時の列強がそれを盾にたちまち襲いかかったことだろう。収奪史観は日本のマルクス主義者たちが教えた方法であるが、貧窮の朝鮮には収奪するものがそもそもなかった。インカ帝国のように金でも採れれば収奪しようもあったろうが、何もなかったので他の植民地支配のように過酷にはなり得なかった。労働を知らない彼らにその価値や意義から教えなければならなかったことが日本による「改善」其(そ)の一であった。



別に私は韓国が憎くて書いているのではない。このままでは日本の植民地統治が世界一残酷だったと教えられ、テロリストや爆弾魔を解放運動の雄だと刷り込まれた韓国の若者が、海を渡り過激な行動に走る危険性があると指摘せざるを得ないから書くのである。植民地統治は一応の成功を収めた。巨額の投資が行われ、朝鮮は年々経済成長し、近代教育は一般化し、1945年以降の教育制度の前提を成した。コメを収奪する必要もさらさらなかった。年々豊かにとれるコメは、民法で保証された農民の土地で収穫され、経済原理により日本に輸出された。

軍が直接、暴力的に農村から女性を連行した事実を裏づける公文書は発見されていない。都市では戦後の企業を立ち上げる有能な経営者が総督府や銀行と協力し、民族資本家として育っていった。だが、これらが実証されたからといって韓国の民族主義史観が放棄される兆しは残念ながらない。それを認めれば、国家の正当性が崩れてしまうからである。したがって韓国人の考えは変わらない。それどころか、目や耳をふさぐ集団催眠状態が続いて、日本人が怒っていることにも気づくまい。加えて、韓国人は日本は地震・津波・原発事故でもう落ち目だと信じ、代わりに中国が助けてくれると思い込んでいる。戦後約70年間、38度線で韓国が島化し、中国に直接国境で触れることがなかった幸いに思い至らないからだ。」


韓国の負の遺産
(世界あるいは日本と比較した国民性)中央日報、朝鮮日報、東亜日報などの抽出統計による)

犯罪大国
  
2010年基準で韓国の人口10万人当たりの暴力発生件数は609.2件で、米国の252.3件の2倍、日本の50.4件の12倍以上多い。
偽証罪で起訴された人は日本の66倍、誣告(ぶこく、JOG注:人を陥れるために、虚偽の告訴・申告をすること)事件は日本の305倍、詐欺事件は13.6倍だ。韓国人は、普段は法をよく守らないのに、争い事が起きると、「法による解決」を叫んだりする。検察に受理された告訴件数だけでも04年約47万件日本の約150倍に当たる。韓国の暴力、偽証・誣告、告訴は人口比で日本の10数倍から数百倍、という状況のようだ。まさに犯罪大国である。

2.汚職大国
第一線の警察官ばかりか、警察のトップから汚職を取り締まるべき監査室まで、汚職まみれになっているのである。
きわめつけは大統領の汚職だ。竹島に上陸した時点で、李明博・前大統領の実兄をはじめ親族・側近20人がお縄になっていた。その前の盧武鉉氏は、収賄や不正献金で側近や親族の逮捕が相次ぐなか、本人が自殺。
3代前の金大中氏、4代前の金永三氏はそれぞれの息子たちが金銭授受容疑で逮捕されているが、両人は病死。5代前の盧泰愚氏は退任後の不正蓄財で逮捕され、無期懲役となったが、特赦で釈放された。要は最近の5代の大統領で、晩節を全うした人間は一人もいないという異常さである。
  
3.売春大国
8月30日の当ブログにも記載したが、韓国の売春は伝統産業でもある。朝鮮日報によると、韓国内の性風俗業界の女性従事者は約190万人おり、GDPの5%(7600億円)を稼いでいる2004年に内外の批判をかわすために売春禁止法を成立させたが、海外進出も激しくアメリカでは10万人、日本では5万人の売春婦が外貨を稼いでいる。つまりは韓国が貧しく喰うや喰わずだった時代に伝統産業であった事の名残り、妓生文化の影響が色濃く残り、在韓米軍の慰安所を国が運営していたことは、植民地時代日本が民間の慰安所を設けたのとは次元が違う。


韓国の暴走は目に余るものがあるが、北朝鮮も 政権のナンバー2として権勢を振るってきた親中派の首領張成沢が、国賊の汚名を着せられて粛清・処刑された。目下、張成沢一派に対する粛清と処刑が進行中で金正恩政権は反対勢力を一掃し政権安定に向かって暴走中で、朝鮮半島は北の暴れ坊ちゃまと南の事大主義のオバタリアンの二頭立ての暴走が続き予断を許さない状況にある。

2014年2月15日土曜日

寒波襲来



2月も半ば今月に入って低気圧の接近に伴う2度目の大雪が降った。昨晩から降り続いた雪で、書斎から見た風景はまるで雪国である。
ここ数日我が国でも厳しい寒波に襲われているが、米国中西部や北東部を襲っている寒波と大雪やイギリス・アイルランド、フランスを襲っている大雨と暴風雨は、その規模が桁違いである。


水没するロンドンと氷結したシカゴ.ミシガン湖

中でもイギリスでは、昨年の10月末とクリスマスシーズンに襲った暴風雨は風速が40メートルに達し、20人近い死者を出ている。その傾向は今年に入っても依然として続いており、その被害状況は過去250年間で最悪と言われている。
一方、米国では東西に分かれて二つの異常気象に襲われている。中西部から東海岸にかけては寒波と大雪と嵐である。上の画像はテムズ川の氾濫で水没したロンドンの中心部とシカゴのミシガン湖の極寒の風景である

世界中の学者が指摘していることは、昨今の世界的な大寒波の現象は、太陽の活動が劇的に低下していく傾向の始まりであり、世界はこれから17世紀後半に起きたような「小氷河期」になる可能性が高まっているという。太陽の黒点などの活動は、11年周期のピークにあり、ピークの高さが異様に低く、これから太陽の活動が低下していくと、マスコミや政府が喧伝する「地球温暖化」とは逆の「地球寒冷化」「小氷河期」が起こるという分析が出ている。
それによると太陽の周期的な活動に異変が起き、「冬眠状態」に入り、地球にミニ氷河期(小氷期)が到来する可能性があることがわかった。


 これは国立天文台や理化学研究所などが太陽観測衛星「ひので」の観測に基づき、発表したもので、磁石のS極とN極がひっくり返るような磁場の反転が太陽の北極で起きつつあるそうだ。
通常は北極の磁場と同時に反転するはずの南極の磁場が、まったく変化する様子がなく、このような現象は、過去に地球が寒冷化した時期の太陽の状況と似ているそうだ。
また、太陽の黒点の様子にも、過去に地球の気温が下がった時期と同様の変化が見られるそうである。

にもかかわらず、米政府は、この冬に米国などを繰り返し襲っている、北極の気流のうず(極渦)が引き起こす大寒波について「地球温暖化のせいで起きているようだ」と発表している。「地球が温暖化すると、地球は寒冷化する」という学説を大まじめで主張する学者もいるが、オバマ政権が、地球温暖化懐疑派が多い連邦議会を回避しつつ炭素税を導入したがっていることから考えて、米政府のコメントは、背後にうごめく利権団体(二酸化炭素を減らすために炭素税や環境税という税金を導入できる上に、「地球温暖化を防ごう」という理由で原発などの推進もすることが出来るといった政府や、核エネルギー支持団体)の思惑が見て取れる。

世界中の政治家や利権団体が結託して、今まで「地球温暖化で危ない」「CO2を減らそう」などとあやしげな情報をドンドン流していたが、2009年、気象研究で有名な英イーストアングリア大学のコンピューターから電子メールなどが盗み出され、そこにあるわざと気温の低下を隠したかのようなやりとりが暴露された。温暖化に懐疑的な人たちが、ここぞとばかりに批判し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)への信頼性も大きく揺らいだ。英米メディアはウォーターゲート事件をまねてこの事件を「クライメート(気候)ゲート事件」と呼んだ。我が国のマスコミであまり取り上げられなかったが、『地球温暖化問題の研究機関(CRU)がハッキングされて、研究者たちの重要な文書が大量流出した事件』である。
これを機にその科学的報告書には途方もないミスがあったことが判明、IPCC当局者もその非を認めるに至った。その結果、地球温暖化論への懐疑や批判が米国の議会や経済界で広がったのだ。これらの誤りは地球温暖化論のバイブルともされた国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書に厳然と記されていた。07年にIPCCが公表した3千ページもの報告書は温暖化の主犯を人為的な温室効果ガスだと断じていた。その「実績」のために、IPCCは同年、同じ趣旨を自書『不都合な真実』などで説いたアル・ゴア元副大統領と並んでノーベル平和賞を受けた。
 ところが、このクライメイトゲート事件で流失した文章には、地球温暖化に見せるために意図的に原データを改ざんした証拠などが書かれていたのだ。
つまり、実際に測定したデータが地球温暖化を示すものでは無かったため、意図的に地球温暖化を示すデータに変えてしまった証拠が流失したということなのである。国連報告書のミスとクライメイトゲート事件。この2つだけを見ても、地球温暖化が作られた嘘であることがわかった。

地球環境は人間の都合で動いているわけではないので、ここに来て地球の平均気温が急激に低下しており、今年の春には今まで無かったような記録的な積雪や最低気温を世界中で観測している。ロシアの学者らは、グローバルな地球の温暖化に異を唱え、逆に、今後数年のうちに寒冷化が始まると予想している。
「ガスプロムVNIIGAZ」研究所で活動するウラジーミル・バシイン、ラウフ・ガリウリン両博士は、発表した学術論文の中で「地球温暖化問題は、欧米で執拗に誇張されている」と指摘し、次のように続けた。
「誇張の目的は、伝統的なタイプの燃料である石油や石炭、天然ガスの消費量を減らすべきだと訴えるためで、そうすればエネルギー原料価格は、今よりもっと低くなるからだ。現状は、温暖化とは反対に向かっており、太陽光線の力が急激に低下している事から、世界規模での寒冷化プロセスが生じつつある。『小氷河期』はすでに来年、2014年にも始まり、今世紀半ばに温度低下はピークに達する。寒冷化のスピードは初めは大変ゆっくりだが、10年後には早まるだろう。」と述べている。

2000年前半までは平均気温がやや上昇していたが、その後は気温が低下傾向に転じ、昨年に発生した太陽活動の急激な変化により、今の地球環境は非常に不安定化しており、早ければロシアの予測通り来年。遅くとも数年後には本格的な寒冷化に突入することになると予測されている。
政府やマスコミ、学界が喧伝する「地球温暖化人為説」は、恣意性の高いコンピュータモデルしか根拠がなく、科学的に正しい可能性がかなり低い。予測されている寒冷化と関係あるとは言い切れないが、地球の平均気温は、すでに1997年から横ばい状態が続き、それまでの上昇傾向が止まっている。
温暖化人為説を唱える国連のIPCC(国連気候変動パネル)はようやく昨年からその傾向について認め始めた。しかし、その一方でIPCCは、97年以前の温暖化傾向の原因が、人為に基づく二酸化炭素の増加である可能性が95%だと発表した。IPCは「今は温暖化の傾向が止まっているが、今後再びひどい温暖化が起きるのは確実だから、二酸化炭素の削減が必須だ」と主張し続けている。

ドイツの学者は、太陽活動の循環説に立ち、今後の寒冷化を予測している。「気候変動の主因は人為でなく、太陽を含む自然活動の変化であり、その中には循環的なものが多い。そう考えるのが妥当だ。人類が出す二酸化炭素が地球を破滅的に温暖化するという理論は極論だ。極論を真実のように扱った学者が国際的に権威を持ち、それに対して科学的に反論しようとする学者が冷遇される時代が続いている。」と嘆く。

2014年2月11日火曜日

ミクロな話     


小保方晴子・研究員

人間の体というのは60兆から100兆の細胞が寄せ集まった存在である。つねに細胞を分裂させ、古くなった細胞を新しい細胞と入れ替える「新陳代謝」を繰り返しながら、わたしたちは生きている。この「新陳代謝」に重要な役割を果たしているのが、細胞の部品図であり、そして人体の設計図でもある遺伝子だ。そして、その設計図の集合である存在をゲノムという。

細胞のゲノムには受精卵のような性質、つまり各種の機能を担った細胞に分裂分化する「多能性」という能力を発揮するためのシステムは存在している。そしてそのシステムを初期化再起動させる方法を見出した先達(ES細胞のガードン博士、EPS細胞の山中教授)に続いて理化学研究所小保方晴子・研究ユニットリーダーがSTAP細胞というものを先達より簡明な手法で作成した。
今回、共同研究グループは、マウスのリンパ球などの体細胞を用いて、こうした体細胞の分化型を保持している制御メカニズムが、強い細胞ストレス下では解除されることを見いだした。さらに、この解除により、体細胞は「初期化」され多能性細胞へと変化することを発見して世界を驚かせた。


解説
  ゲノムとは、ある生物の種が正常に生存するのに必要な一揃いの染色体の組をいう。真核生物では、DNAに書き込まれた遺伝情報は核の中にタンパク質と結合して存在しており、塩基性の色素で染まりやすいことから染色体と名付けられた。なお、核構造を持たない原核生物の遺伝子群や、ミトコンドリア、葉緑体の遺伝子群も染色体と呼ぶ。通常の二倍体細胞では、その半数体に含まれる遺伝情報を意味している。
  ヒトゲノムのDNAは約30億塩基対。進化の過程でゲノムサイズは大きくなるが、その間にガラクタのDNAも増えるため、進化のある時期には整理縮小化が行われる。そのため、遺伝子数とゲノムサイズは必ずしも比例しない。
  ヒトのゲノムの塩基配列が解読され、いろいろな病気の原因となる遺伝子が明らかになり、その知見に基づいて医薬品を開発する「ゲノム創薬」への取り組みが、一層活発に行われている。(農芸化学に学ぶ 参照)

ヒトを含む動物は、受精卵という1つの細胞から出発して、60~100兆個、体内でさまざまな役割をはたす250種類程度の「体細胞」へと分裂・分化していく。そして、いったん分化しきってしまえばそれっきりで、後戻りはできないというのが常識になっていた。それが粘り強い研究の末に覆された。つまりその細胞は、身体の細胞の分化のプログラムを巻き戻し、発生初期の胚だったときのように、どんな細胞にもなり得る「万能性」を持たせることができるもので、その発見は、細胞分化に関する従来の考え方を根本的に変えた。

これについて山中教授は、「小保方さんが協力すれば、細胞が受精卵のような状態に戻る『初期化』の謎について、大発見が できるかもしれない」。 また「iPS細胞ではできない50年~100年後の新しい治療を実現できるかもしれない」と期待している。しかし、この論文はまだ試験管内実験レベルでの成功であって、ハーバード大でサルへの実験が行われ、ある程度成功を収めているというが、ヒトへの応用にはまだまだ時間がかかりそう。科学立国としてのわが国オールジャパンでサポートしていく必要があるだろう。久々の明るいニュースである。


 ◎ミクロの脅威
さてその細胞レベルの話であるが、ひとたび細胞が放射線にさらされると、細胞内ではふたつの現象が起こる。ひとつは健康商品の宣伝でおなじみの「活性酸素」の量が通常よりも増えてしまうことだ。アンチエイジングの敵としても知られるように、過剰の活性酸素は細胞のさまざまな部分を傷つけてしまうことがあり、細胞膜などが大きく傷つけられれば細胞は死んでしまう。よく見られる老人の顔のシミなどは活性酸素の残骸といわれている。しかし、細胞自体が死んでしまえば、その傷が癒えたあとには大きな影響は残らない。人体にとって深刻なのはもうひとつの現象で、遺伝子やゲノムが大きく損傷を受けてしまう事態が起こることである。

放射線はこの結びつきを切り離してしまう力をもっていて、遺伝子の配列を壊してしまうことがある。細胞をつくる部品図が欠損してしまえば、細胞が分裂するときに必要な、正しい部品をつくることはできない。結果的に不完全な部品がつくりだされ、おかしな細胞が出来上がることになる。これがどんどん増えていった結果が、いわゆる「ガン」である。3.11の 事故後よく報道されているように、自然界の岩石などからは普通に放射線が出ており、1年間に浴びる量は世界の平均で2.4mSv程度であるといわれている。つまり、今回のような事故が起こらなくても、細胞はつねに放射線による影響をうけている。

細胞にある二重の安全装置 DNA修復酵素による修復と細胞のアポトーシスで処理されきれないものががん細胞へと進展していく。DNAの修復とアポトーシスというふたつの安全装置によって、我々の体はがんの脅威から守られているそうだ。だが、あまりにもDNAの損傷箇所が多くなると、DNAの修復システムやアポトーシス(プログラム化された細胞死)システムという安全装置自体にもダメージが生じてしまい、遺伝子が変異した細胞がどんどん蓄積していくことになり細胞のガン化がすすむ。3.11以降問題になっている外部被ばく、内部被ばくもミクロの脅威である。とくに注意をしたいのが内部被ばくで、ぜひ「内部被ばくを考える市民研究会 」と内部被曝の脅威(ちくま新書)を参照されたい。

2014年2月3日月曜日

アートな話「芸術とエロス2」


黒田清輝 湖畔

前回は欧米絵画を中心に芸術とエロスについて歴史的に考察してみたが、今回は日本における絵画のエロスについて浮世絵が展開する江戸時代から現代に至る諸相を俯瞰してみようと思う。
明治以前の日本画は儒教に基づいた中国の水墨画や唐絵の影響を受けていたため、裸体を意識した作品が描かれることはなかった。明治に入ると、洋画の方では西洋で学んだ画家たちが、西洋的なヌードを発表し始めていたが、黒田清輝の「裸体画論争」に象徴されるように、裸体は生活様式の欧米化を背景に否定され、裸体画を大体的に発表することは禁じられた。流派を重んじる日本画においても裸体画は厳しく取り締まられ、洋画での裸婦モデルという存在が一般的になっても直接的な裸体表現は退けられ、西洋の美意識を取り入れたうえで、モデルや被写体の直接的な描写ではなく、独自のイメージや美意識で「再構成」することに画家たちは心血を注いだ。

俵屋宗達 風神雷神屏風図

さて絵画史上で、時の権力者から一般庶民に芸術が開放され、豪華絢爛に花開いたのが江戸時代である。18世紀初頭には人口が100万人を超え、世界有数の大都市へと発展を遂げた“大江戸八百八町”265年に及ぶ天下泰平の世のもと、町人文化が栄え浮世絵版画の誕生とともに、それまで上方(現在の大阪・京都を中心とする地域)に先行されていた江戸の出版界も独自の展開をみせることとなる。
 経済と流通システムが発展した江戸時代は、当然上方の町人社会も潤し、江戸時代初期には、京都において琳派の創始者である本阿弥光悦が隆盛を極める。光悦は京都の有力な町衆(富裕な町人)であり、彼に追随する俵屋宗達も扇や団扇に絵付けする工房を営んでいた。
 室町時代から時の権力者の庇護の元で続いてきた画派である狩野派が、武家の好みに応じて作品をつくったのに対して、光悦は自分の好みで作品をつくっていた。狩野派は武家文化であるが琳派はいわば裕福な町人文化である。本阿弥光悦・俵屋宗達に影響を受けた尾形光琳、さらに尾形光琳に影響をうけた酒井抱一などを「琳派」と呼んでいるが、宗達と光琳、光琳と抱一はそれぞれおよそ100年ずつ活動時期がずれていて、当然たがいに面識もなく、師弟関係もない。つまり、「琳派」は狩野派のような派閥や組織ではなく、純粋に様式を指している。その様式は、漢画の技法を基礎におきつつも、大和絵の要素もふんだんにとりこんで、独自の華やかでデザイン感覚に富んだ世界を生み出したということになる。

喜多川歌麿

浮世絵
浮世絵は、封建制度の中で文化の主導権を握った町人の絶大な欲望と、強力な支持によつて発生し、時の幕府の圧迫にも耐えながら発展した絵画である。その源は遠く平安期に発した大和絵が、町人階級の芸術として新しい生命によってよみがえったと考えられる。しかし、それはいたずらに高雅を標榜する狩野派や宮廷貴族、公家たちの長い伝統に寄りかかる土佐派の絵画とも違う。新たな政治の中心となった江戸という地方色豊かな土地に育まれ開拓された新様式の絵画である。
浮世絵の主題は、過去や未来よりも、今(現世)を描くことにある。そのため、浮世絵師たちは題材に時代の最先端をいく風俗や話題を追い求め、常に趣向を凝らした描写で人々を喜ばせた。江戸時代の庶民の楽しみといえば「遊び」と「芝居」。これが、浮世絵の中で「美人画」と「役者絵」として描かれ、いわば流行ファッション誌、歌舞伎役者のポスターやブロマイドの代わりとして、浮世絵は瞬く間に庶民に浸透していった。
江戸中期になると「版」による彩色がはじまる。色版を摺る際に色がずれないよう、版木に目印となる「見当」をつける工夫がなされ、これによりカラフルな多色摺の版画が量産できるようになった。10色以上もの色版木を重ねた豪華な多色摺版画も登場し、絹織物の「錦」に匹敵するほどの美しさを誇ったことから東錦絵(あずまにしきえ)と呼ばれ、江戸の新名物になった。また裏本として春画なども数多く出回った。ギリシャ芸術では裸体の身体美が崇められたが、春画では衣服の美しさが強調されている。生の肌は、むしろ道ばたや風呂場などで見られるもので、日本の美が「衣服の下に隠された非日常の<みだら>に通じる情念の世界を描き出す。
これらを作ったのは、新秩序としての徳川の身分制度の枠にもはまり込めず、巧みに処世上の保護者をつかむこともできなかった画人たちであった。彼らは版元に仕切られ、その多くは安い画料で描き続けたが、いわゆる町絵師と呼ばれたこうした画人たちこそ、この新しい絵画芸術の生みの親だったのである。版元は彫師、刷師なども抱え込むプロデューサーのようなものだった。
浮世絵には、肉筆と版画があり、江戸時代中期以降の封建制が最も完成し、またすでに崩壊を来し始めていた時代は刹那と歓楽に耽溺し、遊里と歌舞伎がテ-マになり、また閨中秘画にも傑作が描かれた。この時代、初期の遊里の風俗画としての浮世絵に始まり、絢爛たる錦絵の誕生、寛政期の美人画あふれる黄金時代、役者絵、末期の浮世絵期に現れた風景作家、写楽、北斎や広重などそうそうたる面々が現れた。  

日本が版画大国として外国から高く評されるのも浮世絵を通じての評価であったし、ヨーロッパの近代絵画に与えた影響も大きい。浮世絵は、明治末期にその生涯を閉じたと言われている。開国したことによって海外から新たな版画、新たな印刷技術、新たな印刷機器が輸入され、日露戦争の報道画を最後に、新版の浮世絵は姿を消してゆく。
池田満寿夫 愛の瞬間

現代絵画のエロス   
現代絵画においてエロスを感じさせる作家で思い出すのは池田満寿夫だろう。「エロスの画家」と呼ばれた彼は、あるインタビューで「エロスとはイマジネーションだ」という発言をしていた。「写真やコラージュではあまりにもモロになってしまうが、版画というフィルターがかかっているために、エロチックではあっても成功した」というようなことをコメントしていたのが印象に残る。浮世絵にも造詣の深い池田は、女、愛、エロスというテーマで作品を作り続け、女性の根源的な美しさ、彼女たちが発するものすべてに魅力を感じ、創作意欲を湧き立たせた。ピカソが晩年に発表したエロスをテーマとした版画集に強く影響され、喜多川歌麿の浮世絵春画にも興味を持っていた池田は、急逝する少し前にも、アトリエの机上にそれらの画集が広げてあったと言われている。確かに版画に描かれた線描は、浮世絵に通じる痕跡を見て取れる。浮世絵の深淵を覗いた満寿夫のリトグラフやエッチングの作品には、浮世絵のエッセンスがにじみだすように、その繊細な線描のヌ-ドのタッチは、エロティシズムにあふれ、まるで陰毛そのものを見るようだと批評されたと本人も述べていた。彼もまた、浮世絵に見入られ、そこから何かをつかみ、それを現代の作品に生かした日本の画家として、その精神を伝承する稀有な画家の一人であろう。晩年のピカソのように数々の女性遍歴の末にたどり着いた帰結「人生はxxxxだ。」 は画面から饒舌に我々に語っている。