2013年5月25日土曜日

諸刃の剣

マイナンバー法成立

今月国民一人ひとりに番号を振るマイナンバー法が衆議院を通過し,5月24日、参議院で可決、成立した。2016年から、国民一人ひとりに住民基本台帳に基づく番号を割り振って、年金、医療、介護保険、福祉、労働保険、税務の6分野での活用によって、番号制度が始まる。このマイナンバー制度が導入されると、全国民にマイナンバーは付き、中長期在留の外国人や法人にも番号が付けられることになる。そして、この番号をキーにして、おもに納税額や年金・介護の保険料納付状況などの個人データを引き出し照合するのが共通番号制の仕組みで、政府はこのマイナンバー制度について、各個人の所得水準や年金、医療などの受給実態を正確に把握し、効率的な社会保障給付を実現することを目的とするとしており、行政事務の簡素化、効率化や、生活保護の不正受給や脱税の防止効果が期待されるとしている。

東洋経済
個人個人に生涯変わらない番号が交付され、それを活用することにより、本人の申請を前提にしたこれまでの行政サービスの在り方をかえ、国民に利便性の高いサービスを構築することができるようになると、表のような結構尽くめの説明をしているが、国による個人情報全般のコントロールと運用するIT世界のセキュリティーの問題による個人情報の流出漏洩や詐欺などに悪用される懸念も払拭できない。情報の利用範囲を見極めるのが、情報の垂れ流しを防ぐひとつの方法であるならば、国も厳格な指針を示さなければならないだろうし、国民の大多数はその仔細な中身は理解していない。

まず基本的人権であるプライバシー権の核心は、情報主体の「事前の同意」による自己情報の確認と、個人個人が自己情報の利用について認識し、それを受け入れていることが前提にある。
 確かに番号制が導入されれば、税や社会保障分野での行政手続きが簡便になり、業務も正確になる。縦割りの行政組織に横の連携がつながり、事務効率が格段にあがるだろう、その一方、本人確認のしやすさとか、行政の効率性向上とか、管理する側の理屈ばかりが先走り、肝心の国民の受益がはっきりしないとの懸念の声もある。
日本では、現在、基礎年金番号、健康保険被保険者番号、パスポートの番号、納税者番号、運転免許証番号、住民基本台帳カード、雇用保険被保険者番号など各行政機関が個別に番号をつけているため、国民の個人情報管理に関して縦割り行政で非効率で、あらゆる行政サービスを包括する身分証明書は現在のところ存在せず、これは先進国としては珍しいようだ。 世界ではIDの名称は変わるものの、多くの国が導入している。

すでに早くからソーシャルセキュリティーナンバー(社会保障番号)制度を導入している「マイナンバー先進国」のアメリカでは、不法移民が職を得るために盗んだり、死んだ家族に成り済ましてナンバーを使い続け、年金を受け取るなど、いわゆるID詐欺も多く起きていて、全米で年間1,000万人が被害に遭い、過去5年間、全米で最も多い犯罪はID詐欺となっているようで、利便性の影に失うものも多くある。
わが国政府は番号の当初の利用範囲は社会保障と税、災害対策に限定するとしながらも、施行から3年後をめどに範囲拡大を検討しているようだ。そうなれば情報流出などのリスクもさらに高まり、広い意味での国家安全保障のためにも、リスクとしての個人情報は分散しておくべきで、行政への情報一元化は、情報漏洩や制度悪用に行政側が万全を期さないかぎり諸刃の剣になる。

2013年5月20日月曜日

因果な話

   
鎌倉文学館
 
毎年連休の混雑を避け連休中は程ほどに仕事をして、5月の後半に出かけるのであるが、昨日は、鎌倉は長谷にある近代文学館に行った。カミさんがバラを見たいということでお供したのだが、バラ園自体は、広大な敷地の一角にこじんまりと収まっており、狭い敷地にこれでもかと植え込んであったので、個々のバラ同士が喧嘩をしているようで、もう少しスペースを考えて造園すればいいのにと思った。日曜とあって結構人で賑わっており、目的地までの海岸線は相変わらずの車の渋滞が続いていた。

本館は旧前田侯爵家別邸とし明治期に建てられ、、旧加賀百万石・前田家の第16代当主・前田利為(まえだ・としなり 1885-1942)を経て、戦後は佐藤栄作元総理の別荘使用後に鎌倉市に寄贈された経緯を持つ。建物と周りを取り囲む広い敷地と静寂な環境と、三階建ての豪奢な住空間は古き良き時代の雰囲気を醸し出している。


太宰治の晩年の原稿
館内では、文字通り鎌倉にゆかりのある文士たち(この言葉も死語になったが)が300人以上はいるという。その中で際立った鎌倉文士村住人の著書や古い年代を感じさせる手書きの原稿用紙、または故人の愛用品などが展示されていた。今回は太宰治の特別展をやっていたが、芥川龍之介、川端康成などいずれも自殺した作家たちの原稿用紙も拝見した。我々には計り知れない作家たちの心の闇との葛藤が、原稿用紙(、そこにあるシミのついたものや、おそらくは数多くの丸めて葬り去られたもの)に思いを馳せると浮かび上がってくるような気がした。
自分で追い詰めたのか、あるいは創作上の行き詰まりから追い詰められたのかは推し量れないところだが、精神の繊細さや自我の脆弱さも少なからず関係しているのであろう。あのヘミングウエーでさえ自らの命を絶ったのだから、心の闇は他人(ひと)にはわからない。文学(小説)はその深淵な闇を照らす因果で孤独な作業ともいえるだろう。

2013年5月14日火曜日

生き様死に様

星の誕生と死(NASA提供)

人間も世界も小宇宙である。その源である大宇宙では時空を超えて多くの星が生まれては消えていく。進化した星は星の死(爆発)という手段で新しい元素を宇宙空間に作り出す。
150億年といわれる宇宙の歴史は星の誕生と死の繰り返しでもある。生命体としての人類の歴史の長さとは隔たりはあるものの 、両者の存在と無を繰り返す営みはどこか人間と似てないだろうか?人間の体の細胞も無数(60兆)の集合体である。 その個々の細胞にも、主人である人間と同じように、死の時がやってくる。

              アポトーシス                                    ネフローシス


細胞の死には、二種類の死に方があると言われており、ひとつは、細胞自身が外的な環境の変化によって、仕方なく死を迎えてしまうネフローシス(受動的な死)という死に方と、もう一つは、アポトーシス(能動的な死=プログラムされた死)と呼ばれる死に方である。 画像左はアポトーシスを起こした瞬間の細胞、右は毒蛇に噛まれて壊死したネフローシスを起こした少年の足。

アポトーシスとは、細胞が、新しい細胞や主人である生命そのものの成長のために、自ら積極的に死を選ぶような現象である。その時、細胞は、自分自身で自らを殺すための遺伝子にスイッチを入れるらしい。例えば、胎児の手は、丸い肉のかたまりとして成長し、その中の細胞が死んで脱落することによって手の形ができてくる。しかも脱落した細胞は、マクロファージという食細胞によって食べられて、跡形もなく無くなってしまう。これがアポトーシスの完璧な死の姿である。自分が死ぬことで、全体の成長を助けているのだ。
生体は生まれてから成長する過程で、不要になった細胞や害になった細胞を取り除く機構を持っている。また、成長した後も、生体を維持する上で老化した細胞やウイルスに感染したり、がん化した細胞を取り除く機構を備えていて、不要となった細胞を取り除く機構は、「アポトーシス(プログラム細胞死)」と呼ばれている。

生物の発生から進化そして老化から死に至るまで関わりを持つアポトーシス。オタマジャクシの発生に伴う尾の消失、手指形成過程における指と指の間の「水かき」の消失、などのように進化の過程に大きく関与しているということである。太古の微生物の中でアポトーシスという細胞制御機能をもったものが現れ、そして微生物はこのテクノロジーを用いて、よりレベルの高い多細胞生物への進化において、発生や変態という重要なプロセスをらくらくと制御することができるようになった。そしてそのことはとりもなおさず、より適応のレベルをあげる進化に役立ってきた。

人間の場合、新生児や胎児の卵巣には約50万個の卵母細胞があり、思春期までには約16万個ほどまでに減少する。そしてその後、1月経ごとにたった1個のみが成熟して排卵される仕組みになっているらしい。1回1個の細胞を多数の中から選んで大切に使っていく。まさに適応戦略の姿にほかならない。そして残りの卵母細胞は、やがて、アポトーシスを起こして死んでいくというのだ。



ゴドーを待ちながら S.ベケット
我々、今を生きている人間は、地球上で我々がこの世に生まれ出るために、無数の祖先たちのアポトーシス的な死があった。人間の営みは、ちょうど生というタスキをつないでいく駅伝リレーに似ている。つまり我々は、過去の人々から引き継いだ命のタスキを次の世代に、引き継いでいく使命を負っている。自分のルーツを探るとき、ただ戸籍制度が成立していない時代の確認は調査にも時間を要し、江戸時代より遡れば、寺の過去帳をよりどころにするのが実情のようだ。ただ言えることは親から貰った自分のかけがえのない命を、「一日たりとも無駄に過ごすべきでない」ということは自分らしい生き様、死に様を考える場合のキーワードになるだろう。なぜなら皆一様に死に向かって歩を進めて行くのだから、ゴドーを待ちながら,,,,,,,。


2013年5月3日金曜日

アジアの火種

ジョルジュ ビゴー(釣りの勝負)1887

右は日本と中国(清)が互いに釣って捕らえようとしている魚(朝鮮)をロシアも狙っている明治時代のフランス人画家の描いた風刺画。

報道によると今月2日、韓日議員連盟会長代行の金泰煥(キム・テファン)国会議員(与党セヌリ党)は、日本の政治家の誤った歴史認識に抗議する書簡を手渡すため日本を訪問する方針を明らかにした。

韓国人の言う歴史認識は自分たちの都合のいい誇張に満ちた歴史話で、もともと主権国家としての体をなしていなかった朝鮮半島最後の皇帝政権である李朝において、朝鮮の原型が垣間見れる。中国清の属国としての成り立ちから今日に至るまでの歴史を概観してみると、
我が国がかつて日清戦争(1894~95)を起こしたのは、朝鮮半島の内紛絡みで中国との一戦を交えたその結果、清は破れ日本は戦勝国として下関条約により朝鮮半島の独立を成し遂げた。その後の日露戦争(1904~5)も朝鮮内部で親日派と親露派の対立の中で、南下するロシアに日本海側の港を売ったことなどに端を発して、日本の国防上のロシアに対する脅威から日露戦争に至った経緯など、不安定な朝鮮半島の政権絡みの構図が見えてくる。

日韓併合前後のソウル
当時のロシアは不凍港を求めて南下政策を繰り返していたが、1853年のクリミア戦争に敗れた後に、アジア方面で南下を始めた。大韓帝国(当時の朝鮮)は親露派が権力を握っていて、日本にとっては非常に大きな脅威であり、朝鮮にとってはロシアの植民地にされる可能性がとても大きかった。そこで1904年に日露戦争で日本はロシアに勝利し、朝鮮を保護国とすることに国際的に認められるようになった。1905年に第二次日韓協約で外交権を奪い事実上の保護国とした。そして、1906年に朝鮮統監府を置き伊藤博文が初代統監になり朝鮮の近代化を推し進めていった。ときの最後の皇帝純宗が日韓併合を我が国に依頼し、そして1910年に日韓併合が行われた。


(参照)日清日露戦争【地政学的に見た朝鮮半島と世界の動向がよくわかる】

そのような歴史の流れから日本の統治の元、日本の資本による朝鮮の近代化が進み政治経済も安定し、国家としての体を成してきた。欧米の収奪するだけの植民地政策とは違い日本の場合、相手国を保護育成する政策の下、今日の韓国の基盤を作ったことも韓国人は忘れてはならず、今日見られるように中国についたり米国についたり腰の定まらない日和見的な国民性は、被害者意識だけ増大させ乞食外交の口実に、慰安婦問題、靖国問題、強制連行などと事あるごとに騒ぎ立てている。

1910年の日韓併合から1945年の終戦までに我が国に来た朝鮮人は、265万5千人でそのうちの200万人は自由渡航の出稼ぎ労働者である。その後帰国した朝鮮人の数も多く、現在我が国には在日韓国人として約52万人があらゆる日本社会に巣食っている。それも在日特権というものを日本から搾り取り、参政権まで要求する厚顔無恥には、我々日本人として容認できるものではない。

今日「韓国」は政治的軍事的にはアメリカの支配下にあり、経済面では日本資本をつかって資本主義経済を発展させてきた経緯がある。植民地支配への賠償として日本資金が投入され、鉄鋼、造船などの基幹産業が発展し、財閥を中心にした企業グループが形成された。ところが1997年におこったアジア通貨危機で「韓国」経済は破たんし、IMF(国際通貨基金)の管理下で経済の大再編がおこなわれたが、この過程でアメリカを先頭とする海外の資本がいっきに浸透した。そうして作られた財閥企業(サムスンや現代自動車)の半分近くもの株式が外国資本に乗っ取られ、銀行なども凄まじい外国人資本比率となっている。主要銀行はほぼ全て米銀傘下に組み込まれ、首根っこを掴まれている。
竹島に上陸した李明博

08年のリーマンショックと2011年EU危機の折、現実に海外資本は逃げ出し、資金不足に陥った。その時、米国の圧力もあったわけだが、日本が日韓スワップ協定で助けた結果、韓国経済は奇跡のV字回復をしたとされる。確かにGDPは伸びたが、その内訳は76.5%を10大財閥が占める。好調なのは大企業のみで貧富の差が拡大し利益の多くは輸出でもたらされた。韓国にとって円高は3割から5割引きセールを世界市場で展開しているようなもので、「ウォン安円高」は韓国の株価を引き上げ、日本の株価を下げるという流れになった。
韓国政府の一貫した輸出偏重政策は、輸出依存度をどんどん上昇させ、実質GDPに占める割合は52%にまで至った。同じ輸出立国の日本が15・6%だからその異常さがうかがえる。上げ潮に乗った中で、身辺が不穏になってきた先の李明博は、経済大統領のはずが格差拡大や生活難、就職難を招いた無能売国奴扱いで極めて評判が悪い。退任と同時に逮捕は免れないとの噂があり、最後に日本の反動派もたまげた「竹島訪問」をやり「天皇訪韓」発言をおこない日本人の心を逆なでした。

韓国経済は過去20年間日本製品をコピーした家電、自動車などの輸出に支えられ急成長してきたが、おしなべて韓国企業は、わが国などからの生産財や主要部品の輸入に依存している側面が大きく、独自の技術で高付加価値を創造できるところまでは至っていない。08年のリーマンショック後は日本の円高に支えられ、とりわけ民主党政権と白川日銀総裁のなすすべを知らない超円高放置策で潤い続けて来た。
ところが現在アベノミクスが、この韓国経済を直撃したため、輸出産業が一番恐れていたウォン高に至ったのだ。対ウォン相場が30%も円安となって、日本側は家電も自動車も一挙に息を吹き返す流れとなった。韓国内では「30年代の世界恐慌並みの事態が到来」とメディアが報ずるに至っている。今やその輸出自体が円安ウォン高がきき始めかなり落ち込み、日本のデフレ脱却政策に文句たらたらである。

また北朝鮮との関係も険悪で、南北共同の事業も頓挫し、朝鮮半島のゴタゴタはいつの世にも世界を巻き込む戦争という危機をはらんでいるアジアの火種である。
先にあの世に旅立たれた北の将軍様(故・金正日総書記)は次のような言葉を残している。「『人間はその日の米がなくても死なないが、兵器がなければ即死する』。

2013年4月20日土曜日

どうなってんの この地球?


花見の東京と吹雪の北海道

暑さ寒さも彼岸までとは言うものの、今年の天候はいつもと違うようだ。3月に入って観測史上最も早い桜の開花となった東京を始め、関東以南では夏日の気温を記録する一方で、北海道は相変わらず冬の寒さと交通に支障が出るほどの降雪と吹雪の日が続き、いつまでたっても積もった雪の山は消えない。
わずかな緯度の違いで、冬と夏の気候が平行し、また同じ1日でも極端な寒暖の差が生じている。東京では3月10日は、日中の最高気温が25.3となったあと、 翌朝には3.8度まで冷え込みその差が何と21.5度に達している。異常気象を裏付けるなんとも凄まじい温度差である。

富士山林道の亀裂と渇水した河口湖

4月に入っても寒暖の差は大きく、また今年は漁師泣かせの荒天の日が多い。今年に入って相模湾の定置網はどこも近年にない不漁続きで、地元の漁師は頭を抱えているようだ。瀬戸内に春を告げる鰆(サワラ)漁も、今年の漁獲高は不漁だった昨年の1、2割程度という。反面日本海側の各地の漁港は、軒並みマイワシの異常なほどの大漁が続いている。イワシの豊漁期には、マグニチュード6以上の地震が不漁期の2~3倍も多く発生するという定説もあるようで、ここのところの日本列島の群発地震や、富士山周辺の地割れや渇水など何やら不気味である。

目を世界に転じれば、今年に入って世界が異常気象に襲われている。3月中旬には130年ぶりの大雪に見舞われているモスクワでは、3日間で1ヶ月分の雪が降り積もり、ロシア全土では相当数の凍死者が出ている模様だ。オーストラリアでは40度以上の記録的な熱波で山火事が収まらず、アメリカ中西部でも猛暑による大規模な森林火災が起き、ブラジルでは熱波と干ばつに襲われた。中国の南部・雲南省では昨年の10月から135日間、4ヶ月半にわたってまったく雨の降らない日が続いており、大規模な干ばつが広がっている。
蛇行する偏西風

気候変動の厄介な兆候はほかにもある。北極海を覆う氷の面積が、2012年の後半から、過去最小のレベルにまで縮小しているのだ。アメリカ国立雪氷データセンター(NSICD)によると、昨年9月半ばには、北極海の半分近くの海面から氷が消えた。北極海の海水温が上がると北極圏上空のジェット気流のパターンが変化し、低緯度地方でも異常気象の可能性が高まるという説を唱える科学者もいる。ジェット気流の蛇行は一般的に言われているが、そのメカニズムはまだ推測の域を脱していない。
いずれにしても異常気象は年々世界に広がっていることは、単純に地球温暖化だけで解明できる問題ではなさそうだ。3.11で知らされた大自然の脅威を目の当たりにし、為すすべもなく恐れおののく我々日本人を尻目に大宇宙の摂理のもと刻々と地球は日々変動していく。天災を前にしての我々人間の可能な限りの防災はなんとささやかなものであろうか。

2013年4月14日日曜日

漂流する毒


中国発、H7N9型鳥インフルエンザが広がりを見せている。現段階で感染者は北京、上海、江蘇、浙江、安徽の2市3省の49人(うち11人死亡)に拡大。感染がさらに広い地域に及ぶ懸念が強まっている。どうやら今年3月から中国各地の河川に、大量の豚やアヒルの死骸が大量に不法投棄されたことと無縁ではないだろう。一部では異常気象の寒暖差の激しさにやられたと言っているが、定かではない。
上海市の黄浦江では約1万6千頭の豚の死骸が回収された。3月中旬には、四川省眉山市の川で千羽余りのアヒル、4月初めには、江蘇省常州市の黄河の河川敷で百頭あまりの豚、および四川省西昌市の川でも約百頭の豚など、各地で家畜や家禽の屍骸が大量に捨てられる事態が続いている。
近年まで死亡した豚の一部の豚肉が市場に出回っていたというが、元々、「死んだ豚を買い取って食用に回す闇ルート」というのが存在し、それが摘発されたために死んだ豚を処理しようがなくなって川に流した、というのが真相らしい。去年の11月に、闇屋が摘発され数名が無期懲役になったため、それ以降死んだ豚が食用に回らなくなり、そのため死んだ豚が産地で積み上がり始末に困って川に流した、というわけだ。過去にも河川上流の新疆ウイグル地区から流れてきたインフルがらみの死に豚騒動など、毎度の話である。
 

このような家禽が広範囲にわたって大量投棄されている現状について、当局は、まだ大規模感染症の発生を認めていないが、、大紀元によると中国の一部の地域では、すでに昨年12月から家畜間の鳥インフルエンザが大規模に発生していた。今はそれが、中国の東部から西部に拡大している。中国の獣医師が警告しているのは、「中国国内では、鳥インフルエンザが毎年発生していて、H7N9型ウイルスは長年の遺伝子変異の結果だ。そして今回、ついにヒトへの感染に発展した」と述べている。
同氏の情報では、昨年4月から5月にかけて、河北省石家荘市で発生した鳥インフルエンザは最も深刻で、家畜の死亡率は80%に達したという。
また、昨年12月頃から、河南省や、山西省、陝西省などの各地で、ニワトリの鳥インフルエンザが大規模に発生し、陝西省では約50%が病死または殺処分された。
「ヒトへの感染を隠しきれなくなったため、当局は公表し始めた。しかし、そのデータは大きく改ざんされている」とも述べている。
今までの感染例がすべて長江デルタ地域で確認されたことから、3月に長江の支流となる黄浦江などで見つかった大量の豚の死骸との関係も囁かされている。また、3月末に四川省の川で見つかった千羽あまりのアヒルの死骸も懸念を深めた。一方、上海市動物疾病対策センターは1日、豚の死骸を調べた結果、鳥インフルエンザのウイルスは検出されなかったと発表したが、誰も信用していない。政府当局の隠蔽工作から今回の鳥インフルエンザがパンデミック(世界流行)になる可能性も捨てきれない。

一方で豚の品質管理にも問題は多く、病気のないブタにも抗生物質を、病気のブタにはさらに多種の抗生物質を投与したり、ブタの色艶をよくするため、毒性の強いヒ素を投与する養豚業者も少なくないことが判明している。我が国にも何らかの形で輸入されている。例えばソーセージ(豚肉加工食品)。日本の法律では、加熱した豚であれば輸入が可能となっているため、病気で死んだ豚を使っている悪質な業者もいる。亜硝酸塩などの有害物質も使われており、安易に中国産の豚肉に手を出すのは禁物。
  鶏肉も<中国では養鶏場のダニを殺すため、有機リン系の殺虫剤を撒いて鶏肉が汚染される。今年、中国KFC(ケンタッキー)は山東省の業者から成長促進剤を投与した『速成鶏』を仕入れたことが発覚。日本のファーストフードも中国産の鶏を使用しており、要注意だ。

  
また南京市のレストランが鍋料理に旨みを加えて固定客をつかもうと、アヘンの原料となるケシを入れていることが、当局の捜査で判明した。取材を受けた別の店のオーナーは、「これを入れると料理が驚くほど美味しくなる。(中略)ほとんどの店はやっている。そうでもしないと固定客をつかめない」と罪悪感のかけらもない。ケシは鍋料理のほか、串焼きの肉料理にも使われているというから驚きだ。昔から中国人はなんでも食うことで有名だが、さすがに昨今の食環境の悪化から、自虐的な書き込みが目立つ。笑えないギャグがRecord Chinaに出ていたのでご紹介しよう。


■朝起きて、下水油で揚げた揚げパンを食べる(※下水油=使用済みの食用油を下水から回収してろ過したもの)。スーダンレッド(=違法な合成着色料)で染めた塩漬け卵と、メラミンで汚染されたホルモン牛乳を飲む。
 昼は赤身肉に偽装した豚肉と農薬たっぷりのニラを炒めて、人造鶏卵でつくった煮卵を添える。
夕方に退勤したら、避妊薬に汚染された魚と硫黄の混入した蒸しパン、メタノールにすり替えられた酒を飲み、夜食には塩素入りのコカコーラと、革靴ヨーグルト(=革靴から抽出した工業用ゼラチンを用いている)。
 もし気分が悪くなったら皮革カプセル(=廃棄皮革からつくられたカプセル)を飲めばいい。これが中国人の1日。生きているのが不思議なくらいだ!
■猛毒のヘビがいる穴に落ちてしまったアメリカ人と日本人と中国人。アメリカ人は噛まれて神のもとへ召された。日本人は恐怖のあまりショック死した。中国人は(体内に蓄積した毒で)ヘビを逆に中毒死させた。

■人気番組の司会者・周立波のコメント:経済はまやかしで、食品は毒まみれ、欲深い官僚に落ちぶれた文化、外交は最弱で軍隊は脆弱、住宅や医療費はバカ高くて、教育は最悪、就職口はない、犯罪は凶悪で市場にはコピー製品ばかり、環境汚染は悲惨な状態で、労働者が最も苦しく農民が最も貧しい。給与は安くて物価は高い、主義主張はうそっぱちでロジックは貧弱、口はでかいが中身は空っぽ―これこそが中国というものだ。

週刊文春2013.4.4「中国猛毒食品」の特集ではおびただしい数の中国の猛毒食品が我が国に輸入されていることがリストで公表されている。また特集2弾では上海の約100キロ上流にある浙江省嘉興市周辺の農家が、豚の死骸を大量に川に投棄していたことが「週刊文春」編集部の取材で明らかになった。
それによると、豚が死んだら死骸処理のための補助金が貰えるはずが、地方政府の役人がそのカネを全部ポケットに入れてしまうので、捨てる穴を掘ろうにも自分の家の敷地内にはもう埋める場所もないため、やむなく死骸を川に捨てたという例もある。

2013年4月2日火曜日

アートな話「見立て」

ルネマグリット 白紙委任状

ルネ・マグリッド(1898~1967)は、私の好きなベルギーの画家でシュール・レアリスムを代表する画家でもある。
マグリッドの絵は、筆の跡をほとんど残さない古典的ともいえる描き方で丁寧に描かれているが、絵に表現されているのは、「空中に浮かぶ岩」・「鳥の形に切り抜かれた空」など現実では考えられない不思議なイメージで、本人の言葉によれば表現とは「目に見える思考」だそうだ。
「言葉とイメージ」を追求したマグリットの作品は、その後20世紀の商業広告やグラフィックアートの世界にも大きな影響を与え、そのエスプリは現代に生きている。

彼の制作手法は、日本文化の見立て(みたて)に通じるところがある。それはある物の様子から、それとは別のものの様子を見て取ることで、その別の物で対象物を表現する便法である。
「見立て」は絵や彫刻をはじめ、和歌、歌舞伎、茶の湯、活花、造園など、我国において芸術創作の重要な要素になっている。、定義においては「見立て」は「模造再現」のカテゴリーに入るのであろう。
利休 釣瓶水指

見立て」という言葉は、「物を本来のあるべき姿ではなく、別の物として見る」という物の見方で、本来茶の湯の道具でなかった品々を茶の湯の道具として「見立て」て、茶の湯の世界に取り込む工夫をしたのが利休であった。
利休は、この文芸の精神であった「見立て」の心を大いに生かして、日常の生活用品を茶道具に採り入れた。たとえば、水筒として使われていた瓢箪を切り、花入として用いたり、井戸の釣瓶を水差しにしたり、船に乗るために出入りする潜り口を茶室のにじり口に採り入れたりした。

話は変わるが、この見立てが単なるイマジネーションに終わっていないのが、人類の発明した紙幣である。ユダヤ人の発明した紙幣を絶対的な価値のある金(きん)に見立て今日の世界に普遍させたのが最大の見立てである。この現実世界で寄る辺ないひと握りの人種(ユダヤ人)が、長い歴史の中で築き上げた金融システムも見立ての舞台で世界を縦横無尽に支配している。


ソフトバンクCM

一方で、見立ては一種の言葉遊びとしてもよく見られ、比喩遊びとも言う。比喩は直喩(ちょくゆ)暗喩(あんゆ)擬人法の三つがある。日本では文人の遊びとして、ひとつの流れを作っており、芸術表現としても和歌、俳諧、戯作、歌舞伎などで広く見られる。
 芭蕉の句、奥の細道の「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」これなどは暗喩である。身近なたとえで言うと、母は太陽のように明るい。などは直喩になる。また擬人法になるとTVのCMでお馴染みの、ソフトバンクの犬(我が家の主)などがある。ソフトバンクの監督だった,ワンちゃんと言われた王を使わず、本物の犬を使ったところに、ソフトバンクのこだわりがあったのではないかと想像を巡らしてみたりする。


柳家小さん 時蕎麦
日本文化の落語においては、特殊な道具を使わず、限られた決まり切った道具として扇子や手拭いだけを用いて様々な情景を表すが、これも一種の見立てある。たとえば扇子を閉じた状態で、ある時はこれを煙管に見立て、煙管として使ってみせたり、又あるときはこれを箸に見立て、蕎麦をすすってうまそうに食ってみせる名人芸もある。小さんの「時蕎麦」は食べる仕草と音で蕎麦の細いのと太いものの差を感じさせたし、そばの温度の変化も仕草で演じ分けた。




寅さん

一方で「地口」(じぐち)と言って、江戸時代の言葉遊びでは「恐れ入谷の鬼子母神」 「驚き桃の木山椒(さんしょ)の木 」など、我々が聞き覚えのあるフレーズがある。最近では、もっとも有名なのが映画の寅さんで日本中が知り得ることとなった。この下衆(げす)な口上。「結構毛だらけ猫灰だらけ ケツの周りはクソだらけ」などは、サブカルチャー的なものとしておなじみであるが、昔、新橋駅前で見た十徳ナイフの 叩き売りをやっていた露天商の口上も負けてはいなかった。疑り深い客に向かって「嘘は泥棒の始まり、屁はクソの始まり」と言ってのけた具合だ。
モノマネ、形態模写、声真似、顔真似など、真似モノ。ピン芸なんていわれて、いまひとつ知的な高評価を受けていない気がするが、これらも広い意味での見立てになるだろう。