2011年12月17日土曜日

病んだ中国


最近の中国黄海、渤海沿岸部衛星写真を見ると、沿岸部付近の水質汚染と砂漠化が進んでいることが確認できる。水質汚染は、海だけではなく河川でも進んでおり、漁民でさえ、「捕った魚を食べる勇気はない」と敬遠するほどのようだ。敬遠すると言うとまだ聞こえが良いのだが、工場の汚水の影響を受けた魚を食べると医者に「重金属や鉛などに汚染された魚はガンを引き起こす。決して食べてはいけない」と警告されるような危険なレベルなのである。写真の黄色いポイントは原油流出事故のあったところで、赤いポイントは今回韓国との間で事件を起こした韓国仙川沖海域である。

中国漁民と韓国海上警察の戦い
中国は内陸部河川の汚染と沿岸部の汚染や、乱獲による水産資源の枯渇に対する政策などはみじんもみられないため、漁獲量が激減し、このことが韓国側の規制水域での違法操業に走らせた。
過去に何回もいざこざがあり、06年以来中国漁船2600隻が韓国の排他的経済水域(EEZ)内で越境操業し、数百人が逮捕されたとしているが殺人事件になったのはこれで2件目らしい。飢えた中国はますます凶暴化していき、餓鬼道まっしぐらである。資源という資源を漁る中国は無法者国家であり、暴徒化した漁民を制御できないことや、環境汚染に対する責任感の希薄な国が、どうして覇権国家になれようか。


今後、想像もつかないほどの悲劇が中国で起こるだろう。汚染された自然はすぐに元通りにはならない。日本の高度経済成長期に起きた汚染事故とは比にならないほどの悲劇が生み出される。写真右下の雲南省の湖「陽宗海」が、工業排水によりヒ素などの化学物質で汚染されていることや、写真右上の品質の悪い石炭でもうもうと煙をあげ操業する中国の工場を見ると、空恐ろしい。現在の中国は、35~50年前、日本が高度成長期だった頃の公害問題をそのまま引きずっているような状況で500万人ともいわれている公害病患者もウナギのぼりだ。海洋汚染と大気汚染は否応なく海流や偏西風に乗って我国にも影響を及ぼす。

中国の工業地域などで発生する「すす」の量が急増し、北半球の大気汚染を悪化させていることが、米航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙研究所の分析で明らかになった。早急に排出量の低減を図らない限り、世界全体の気候に悪影響を及ぼす恐れがあるという。
すすは、工場や火力発電所のばい煙、家庭でまきを燃やした煙などに含まれる。同研究所は、衛星観測のデータやコンピューターを使った計算で、地球表面に広がるすすの排出源を調べた。その結果、世界全体のすすの3分の2は工業活動が原因で、その半分が、中国を中心とする東アジア地域で発生していることを突き止めた。

現在中国が生産する野菜類の約50%に危険な残留農薬が残存しているというデータがあるが、中国はとりわけこの危険性の高いものを主に日本へ向けて輸出している。さらに中国ではそのほぼ全ての河や湖が工場から流された鉛や水銀入りの排水で汚染されており、中国産の野菜は全てこの水で育てられてもいる。EUなどは残留農薬や有害物質が検出されると即座に全面禁輸措置を取るが、日本は中国に遠慮してなかなか禁輸に踏み切らないのだ。
この残留農薬には、きわめて発ガン性が高く20年以上前に国際的に使用禁止されたエンドリンやディルドリン、そしてシロアリ駆除薬なども検出されており中国産の野菜を食べることはまさに自殺行為なのだが、日本政府が全面禁輸に踏み切れないことを良いことに、中国は今も大量の汚染野菜や汚染食品を日本に輸出している。中国では工業化による環境汚染と健康被害の関連性を調査することさえも許可されておらず、英インデペンデント紙は中国でガン発生率が異常に上昇していることを指摘して、「(日本に対して)有毒排水で育てた野菜が大量に輸出されており、日本人のガン発生率も上昇していくであろう」と報じているものだ。

日本では一時期大量の中国野菜が安価で輸入されたが、野菜類の47.5%から猛毒で発がん性もある有機リン系殺虫剤メタミドホスなどの高濃度の残留農薬が発見されるなどして2001年ごろからから輸入禁止が相次ぎ、大手のスーパーではあまり見かけなくなったが、どっこい、「加工」「業務用冷凍」にされて日本に輸入されており、外食産業、インスタント食品の具材、冷凍食品などとして流通している。
 食糧自給率の低い我が国は世界中から食材を輸入しているが、中国からの輸入は年々増加の一途をたどっている現況では、今一度国に真剣に食の安全と、自給率向上に取り組む政策を考えてもらいたいものだ。

2011年12月6日火曜日

アートな話 「コラボレーション」

コラボレーション(英: collaboration)は、共に働く、協力するの意味で、共演、合作、共同 制作などと言われているが、アートの世界では違う要素、素材などの組み合わせなどの意味にも使われる。
ここ2~3年私が作品制作で手がけていることは、違った素材の組み合わせで、漆器を見直してみようという試みである。

言うまでもなく鎌倉彫は素材の木地に彫刻を施し漆を塗って仕上げたものであるが、そこに何か違った素材を組み入れて鎌倉彫を見直してみようという試みである。素材としては、紙、ガラス、陶器、竹など素材ごとに順を追って解説してみよう。

           紙 <スタンド>


木漏れ日

                                           
紙は加工次第で強靭になる。特に照明器具に使われる紙は耐熱性にすぐれ、あらゆる和風照明に使われているが、左は卓上スタンドで紙は硬質の素材でカーブに沿って竹に木ネジで留めてある。彫りはトリマーで荒取りして彫刻刀を使用し、洋風に仕上げた。(13x27x24cm)

いにしえ

           
右は市販されているスタンドの上部紙部分に銀のアクリル絵の具で絵を描き,木枠を組んで積分していく手法で、彫りは丸刀だけで、縄文に思いを馳せながら彫上げ、塗りは暗いところから明るいところまでの階調をグラデーションで表現し和風に仕上がった。微妙な歪みやゆがみを出してみた。来年鎌倉彫教授会創立50周年記念展に出品する作品。(18x18x70cm)








         陶器 銅器 ガラス <花器>

風穴 Ⅰ 40x14x20cm  風穴 Ⅱ 40x18cm

風穴1,2は同じ板から3枚S.字上に引いてもらった木地で、ひとつは卓上、もう一方は壁掛けにした。もともと中にある黒い陶器の花瓶に合わせて作ったものであるが、風のイメージに無機質な穴を両面に6個開けてみた。壁掛けはガラスの一輪挿しを風穴からのぞかせた。塗りは練り込みという手法を使い鎌倉彫の塗りとは異なる焼き物のような質感を表現してみた。

風舞い

風舞いは文字通り風に舞い散った椿の花が水面に浮かんでいるさまを現している。たまたま木地を作った時に出た直経35cmほどの木の輪っかを手に入れ、これを半円に切断し、中央に穴を開け銅の一輪挿しを添えてみた。はめ込み式になっており花の取替は自由にできるようになっている。
 

  サイズ 37x9x20cm(h)


波濤


波濤は半円をくり抜いた木地を2つ並べて波を彫り、土台に取り付け、陶器の一輪挿しを置いてみた。

    サイズ 30x11x15cm(h)



左の屈輪文花器はクリスタルの一輪挿しがあったので、同じく一輪挿しの木地を4等分してそこに屈輪文を彫り込みベースに固定した。
黒とメタリックな錫の塗り分けで、クールな感じを出してみた。


    サイズ 11x11x18cm (h)



           竹 <菓子器 酒器 >

菓子器 柘榴  片口 竹


左は今年の鎌倉市市展に出品したお茶席の菓子器、孟宗竹を利用し、ザクロを彫った受台を作り、竹の中は同じくザクロを彫ったゲス板を敷いてある。右は左党の考えそうな酒器で竹に木の片口をつけ、蓋を木でつくる。用途は、ふぐのひれ酒、骨酒を入れてもてなすものである。一つは行きつけの居酒屋に置いてある。


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2011年12月2日金曜日

ギャンブル依存症


釣り仲間の一人が最近競馬で25万当てた。珍しいことに釣友全員にボトルをプレゼントしてもらった。よっぽど友達を無くしたくなかったんだろう(笑い)。
毎週馬券を買っていて、ジャパンカップで何枚か買った馬券の中で300円投資した馬券購入時に,
数字を間違って買った馬券が万馬券になったらしい。データだけで的中するほど競馬は甘くないが、やっこさん今年はこれで黒字になったらしい。

胴元の中央競馬会の売上の種類別に総売上から25%引かれた75%が総払戻金額になり、そこから的中票数の数で割った金額がオッズとなり、この75%を取り合うのが競馬である。当然負ける人数が多くないと成り立たない。ギャンブル好きは競馬に留まらない。パチンコ、スロット、カジノと来る。我が国の競馬人口はたまにやる私を含め約100万人、パチンコに至っては200万人の患者がいるそうだ。
日本全国に存在するパチンコ店では、就業者の多くが在日コリアンであり、全国のパチンコ店経営者の在日韓国・朝鮮人の割合は、7割から9割とも言われている。また、日本のパチンコ店の収益は、在日本大韓民国民団、及び在日本朝鮮人総聯合会の最大の資金源とも言われており、北朝鮮の核開発の資金に回されている可能性はある。お隣韓国はこの産業の危うさを見越して2008年にパチンコを法律で廃止したが、日本ではなぜか隆盛を誇っている。裏には警察利権の温床があるから、なかなか止められない。


写真は 「バクチをしていると全部持って行かれて裸になる」というバクチの木「残った皮もいずれは散る定め」、この木の皮は自然にはがれて、全部下に落ちるバラ科の常緑高木で、本州南部九州などに多いバクチで身ぐるみはがれるのを想像させて、バクチの木と言うそうだ。

最近3代目で身を持ち渦した大王製紙の馬鹿息子がいたが、これはカジノの患者だ。古くは自民党のハマコウ先生が4億6000万をスッて、政商の小佐野賢治にケツを拭いてもらった。当時を振り返りハマコウはラスベガス大学に留学していたと自嘲していたが、これなどはまだ可愛い方で、今回大騒ぎの東大出の馬鹿息子がカジノで開けた大穴は160億と桁違いだ。
大王製紙は、日本製紙グループ本社と王子製紙に次ぐ総合製紙の国内3位。井川社長は創業者の 孫で、父で元社長の高雄氏は「超ワンマン経営者」として知られた。上位2社を猛追する姿と 剛腕経営の印象が重なり合い、同社は「四国の暴れん坊」と呼ばれる。

社長がギャンブルに狂った病人だと、盲従していた社員はどえらいことになる。ギャンブルで一度吸った蜜の味は忘れられず、かのドフトエフスキーもそうだった。経験を基にした作品「賭博者」には、その心理が生々しく描かれている。
「主人公の青年はギャンブルを嫌悪していたが、初体験したルーレットで大勝する。その記憶が染み付いて次第にのめり込むようになり、負けても通い続けた。
物語の終盤、すっかり身をやつした青年は友人に「あんなもの! すぐにでもやめますよ、ただ…」と虚勢を張る。遮るように、友人は続ける。「ただ、これから負けを取り返したい、というんでしょう。」負けを取り戻そうとだんだん深みにはまっていくのだ。所詮博打は博打,人生を賭けるモノではないだろう。
博打と人生はやって見なけりゃ解らない。博打同様に最後の結末は神のみぞ知る。だから面白い。と人は言うだろう。しかし手前一人が地獄に落ちるのは自業自得だが、それに絡んだ家族や社員は悲惨である。




2011年12月1日木曜日

談志逝く

落語界の異端児立川談志が逝った。他者の目もはばからず、言いたいことを言い、古典落語に新風を吹き込んだ毒舌の噺家が、最後は口は災いの元の咽頭がんで声が出ずに亡くなったことは談志らしい死に様である。師匠の話は何回か聞いたが、落語のマクラが破天荒でおもしろい。

古典落語の命題でもある人間の業の肯定についてこう述べている。
談志曰く、まず〈業〉とは、生きなければならないあいだの退屈を紛らわせるために余計な事をしようとすることであると。
人間が生きていくための「常識」という名の「無理」が人間社会には山ほどあり、あるときは世事一般のルールの中に、また体制、親子の関係、ありとあらゆる場所、場面、心の中にしのびこんでいる。
 で、文化が生じ、文明が走りだすと、「常識」に押さえつけられて潜んでいたものが片っ端から表に出てくる。当然、それらは裏の存在であり、公言をはばかられるが、そのうち“ナーニ、それがどうした”と、大っぴらになってくる。それらを背景に、「常識」という重石を撥ね除けて落語というものが生まれてきたのだ。

古典落語の背景にある江戸っ子=下町=人情のわかりやすい図式に反論するのが談志落語。現代では古典となった「現代落語論」で、師匠はこういう。「落語は業の肯定である」。つまり、人間の本性を善にみるのではなく、悪に見るというと解り易い。さらに師匠は人間の悪を肯定するのである。
人間の業を肯定し続けていけばイリュージョンとなり、ついには「意味」そのものを破壊せざるをえない。談志はよくこのイリュージョンを自分の落語の拠り所としている。。
これは一種の幻覚、幻影を舞台の上で表現しているとも言え、自分の落語は出来不出来が激しい、このイリュージョン状態になるかならないか、やってみないとわからないそうだ。

 イリュージョンには判りやすい演目とそうでないものがある。『猫と金魚』は、判りやすい。「番頭さん、金魚、どうしたい」「私、食べませんよ」
 これなどは、イリュージョン以外の何物でもないえぐいギャグだ。

ある商家の旦那、金魚を飼っているが、隣家の猫がやってきてたびたび金魚を襲うので困っている。番頭を呼んで対策を講じようとするが、この番頭が頼りない。猫の手が届かないところへ金魚鉢を置けと命じれば、銭湯の煙突の上に乗せようとする。「そんなところに置いたら金魚が見えないじゃないか」「望遠鏡で見ればいい」。次に、湯殿の上に金魚鉢を移動させるが、番頭がやってきて「金魚鉢は移動しましたが、金魚はどうしましょうか?」。そうこうしているうちに、隣家の猫が金魚をねらいにやってくる。旦那は町内の頭(かしら)を呼びにやり、金魚を守ろうとするが・・・。
この噺の作者は「のらくろ」で知られる漫画家の田川水泡。そのせいか、随所に漫画的ユーモアがある。
他方「粗忽長屋」に見られるイリュージョンはシュールな笑いが込められており、安部公房の短編<赤い繭>を彷彿とさせる要素をはらんでいる。

朝、浅草観音詣でにきたが、人だかりに出くわす。行き倒れ(身元不明の死人)があったのだ。遺骸を見れば(八の見たところではまぎれもなく)親友の熊公
「おい熊、起きろぉ!」と遺骸を抱き起こす八に、居合わせた人たちが「知り合いかい?」と尋ねると、落胆しきった八いわく「ええ、今朝も長屋の井戸端で会いやした。あんなに元気だったのに……こりゃ本人に引き取りに来させないと」
話を聞いた群衆が「ちょっと待て、あんたそれは間違いじゃ……」と制止するのも聞かず、八は長屋の熊の所へすっ飛んでいく。
当の熊は相変わらず長屋で元気に生存している。八から「浅草寺の通りでおまえが死んでいた」と告げられた熊、最初は笑い飛ばしていたのだが、八の真剣な説明を聞いているうち、やがて自分が死亡していたのだと考えるに至る。落胆のあまりあまり乗り気ではない熊を連れて、八は死体を引き取りに浅草寺の通りに戻る。
「死人」の熊を連れて戻ってきた八に、周囲の人達はすっかり呆れてしまう。どの様に説明しても2人の誤解は解消できないので、世話役はじめ一同頭を抱える。
熊はその死人の顔を見て、悩んだ挙句、「間違い無く自分である」と確認するのだった。「自分の死体」を腕で抱いてほろほろと涙を流す熊と見守る八。2人とも本気の愁嘆場、周囲の人々は全く制止できない。
と、そこで熊、八に問う。
「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺はいったい誰だろう?」

いずれにせよ落語界の異端児は落語を一つの革新に導いたことは、時代が要求した必然なのだろう。弟子から上納金を取っていた立川流家元亡き後、志の輔をはじめ薫陶を受けた弟子たちはどのように落語を発展させていくのだろうか?     合掌。

2011年11月26日土曜日

地球温暖化問題

地球温暖化対策を協議する国連気候変動枠組み条約第17回締約国会議(COP17)が28日から南アフリカのダーバンで始まる。最大の焦点は、温室効果ガス削減のための国際的な枠組みだ。現行の京都議定書は2012年で期限切れとなるが、その後にどうするかという「ポスト京都議定書」で各国は激しく対立。13年以降の枠組みも不透明だ。各国による交渉の行方は、日本経済にも大きな影響を与える。
 2013年以降の枠組みに関する日本の立場は終始一貫している。中国などの新興国が求める京都議定書の延長には絶対反対。議定書は新興国が対象外で、米国も批准していない不平等な内容のため、13年以降は、すべての国に削減を義務づける新たな枠組みを作るべきというのが日本の立場である。
 2005年に発効した京都議定書は08~12年を「第1約束期間」とし、各国に温室効果ガス排出量削減目標の達成を義務化した。現在は13年以降に「第2約束期間」を設け、削減義務を延長することが議論されている。新興国からは法的拘束力がある議定書の延長を求める声が強いが、批准していない米国や新興国扱いの中国など主要排出国には削減を義務づけられない。
欧州では順調に削減が進み、目標達成の目処が立っている。しかし主要排出国の米国が参加しておらず、また先進国のカナダが目標達成をあきらめたり、日本が削減義務達成に失敗しそうな情勢になっている。途上国の排出量を抑制する道程も定まっていない。

上図のようにCO2排出シェアは、 日本4% 米国19% 中国22% で、全体の73%が削減義務のない国である。温室効果ガス排出量に関して、義務を負う国と負わない国が偏在している。 日本は目標達成の義務を負うが、排出量が2008年世界第1位(シェア22%)の中国は目標達成に義務を負わない。各国の削減目標が、公平な削減目標になっていない上に、義務を負う国にのみ負担が発生する。世界で最も省エネの進んだ日本が、削減目標達成のためには大量のクレジット(排出枠)を海外から購入する必要がある上に、達成できなければ、クレジット(排出枠)の購入もできない上に、より多くの削減目標を設定される。
日本はオイルショック以降、技術開発、省エネ投資等の先行努力を他国よりもしてきたので、日本の限界コスト(中心値)は、他の先進国の1.6~1.9倍と高い。後先も考えずに削減目標を25%と大ボラを吹いた首相もいたが、噴飯物である。

新興国側の主張の根幹には、先進国が歴史的に温室効果ガスを排出して経済成長を遂げたという認識があり、「これから経済成長する新興国には当然、排出の権利がある」とする中国側は、すでに世界2位の経済大国となっているにもかかわらずこの認識を保持しようとしている。これに対し、米国のオバマ大統領は「中国やインドのような新興国の役割は重要。彼らは自らの責任を真剣に理解しなければならない」と指摘。新たな枠組みづくりよりも新興国が足並みをそろえるかどうかに関心を寄せる。しかし議定書の枠組みから抜けた米国がもっともらしいことを言う前に、削減義務を果たさずに中国に意見を言っても効果はない。議定書延長問題への対応も微妙で、賛否の積極的な意見表明もみられない。責任の押し付け合いが際立つ構図だ。

洪水と干ばつ
 さて問題の地球温暖化の原因は、二酸化炭素を主とした温室効果ガスの濃度増加が主因だとされているが、これら学術的知見に対して、炭酸ガスによる温室効果を過大評価しすぎとして、太陽活動の影響、宇宙線の影響、地球内部の活動、磁気圏の活動などを原因とする異論がある。一方で、
「現在、0.6℃/100年という上昇率で、地球温暖化は確かに起きている。しかしそれは、氷河期と間氷河期の繰り返しの中で起きているもの。現在進行中の温暖化の大部分は、地球の自然変動であり、人類活動により放出された炭酸ガスの温室効果によるのは、わずかである可能性が高い。」と言っている学者(  赤祖父 俊一氏)もいる。
対立する両者の論点を見ていると、正直まだ研究途上の温暖化議論で、そう単純に結論の出ないのが現状ではなかろうか?。

いずれにせよ地球全体で地上気温が高くなると、人間生活に重大な影響を及ぼすおそれがあることは間違いない。考えられることは地球温暖化によって生じてくる気候変化が起こすものとして、乾燥・半乾燥地域での砂漠化の進行 、集中的な降水の増加 、海水の熱膨張による海水面の上昇 、積雪域・凍土の縮小などが進行し 、その結果生じてくる現象として、森林の衰退(特に半乾燥地域)  気候帯が数100km極方向に移動  環境の変化に適応しきれなかった種の絶滅  海岸線の変化 などである。

2011年11月9日水曜日

経済の潮流が変わった


アメリカは基軸通貨ドルに支えられ繁栄を謳歌してきたが、1970年代以降第3次産業という脱工業化社会を築いていった。これはサービス業・金融産業・知的所有権関連などだが、その後IT産業の台頭から、一段と加速されていった。そして金融資本が支配する金融産業に傾倒してゆき、製造品は外国(日本や中国)の安いものを購入し、金融産業を基軸に国家の経済政策を進めてきた。

その間アメリカ相手に高度成長を遂げた国が日本であり、最近の中国である。しかしアメリカが自ら作り上げた虚構の金融商品はサブプライムローンの破綻によって引き起こされた甚大な傷口が癒されぬまま、国内の失業率の悪化や、米国債のディフォルトが取り沙汰されるようなった。
そのため、再選に望むオバマは雇用の創出のため、貿易輸入国から輸出国へと変換を図った。その結果輸出に有利なドル安を容認、今日の円高の大きな障壁になっている。リーマンショック後、米国民は借金できなくなり、米国は世界から大量に輸入できる体質でなくなった。

オバマがTPP環太平洋戦略的経済連携協定に力を入れるのは、米国製品を日本市場で売りやすくして、米国の輸出産業を復活させ、自国のあらゆる産業分野の利益と雇用を、協定を結んだ国から吸い上げる方程式で仕掛けている。再選に向けた自らの政治的得点を得るためオバマは、日本などアジア諸国に対し、対米輸出で経済発展を続けることにブレーキと警告を発している。衰退に向かっている米国は、日本を含む世界にとって、従来のように旺盛に消費してくれる経済覇権国でなく、逆に、政治と軍事の力で世界から利益をむしりとる存在になってきた。

問題のTPPは表向きは関税の自由化と標榜しているが、そんなものは氷山の一角で、秘密裏にされている非公開の縛り、すなわち米国にとって国益になる制度をクモの巣のように張り巡らしている 。
その政策の柱は、農畜産物の輸出に限らずありとあらゆる産業を条約を締結した国に送り込み、自国に有利な制度をすべて適用させることに尽きる。

相手国との紛争解決ではアメリカ側の第三者機関の調停により、多大な国家賠償金を米国企業に支払っているのがカナダをはじめメキシコなどので、提訴した米国企業の都合のいいように再審無しの判決が下される。これが条項の中の(ISD=投資家対国家間の紛争)という投資家保護条約の代物である。このような不平等協定に臨んでわが国政府に果たして勝算があり、国益が守れるのだろうか?

韓国との二国間協定(FTA)も韓国にとって得るものがなくアメリカにとって非常に都合のいい条約を締結させられたと、韓国民も今になって地団駄を踏んでいる。TPPも同じようなもので、手練手管を駆使し標的となった国にアメリカンスタンダードを押し付け、市場をこじ開けようというもので、ノウと言えない我が国の現政権がテーブルについて交渉しても結果は見えてくる。

何より政府がTPPについて国民に仔細な情報を流さずに、交渉を始めることや、闇雲に対米盲従を国民に強要する姿勢は国家主権を失った国の姿でもある。政府や外務省、マスコミなどがTPP参加のプロパガンダを流し続けているが、今やTPPは国を二分する論争に広がっている。

世界的にはブロック化による経済圏の対立が激化し、第二次大戦前のような様相だ。通貨切り下げ競争が激化して保護主義が台頭し、最終的に世界的規模の植民地再分割、市場争奪戦を繰り広げたのが第二次大戦だった。アメリカを中心とする日米の環太平洋、すなわち日米枢軸同盟、それと中露、EUの対立があらわれている。

ユーロ体制の崩壊の予兆

リーマン・ショックから3年がたったなかで、ギリシャを中心にした「欧州ソブリン(国家財政)危機」が深刻な様相を見せている。今年8月にはアメリカが債務上限をめぐってデフォルト(債務不履行)騒ぎをやるなど、いまや資本主義各国がどこも国家破綻の危機に瀕し、あるいは道連れになるまいと必死な姿を露呈している。サブプライムローン破綻から翌年のリーマン・ショックを経て、その後は公的資金注入によって、金融システムの破局をごまかしてきた。ところがアメリカを中心とする金融機関が息を吹き返したかわりに、今度はツケを肩代わりした各国の国家財政がパンク。国債を引き受けている金融機関も危機になっている。そして米日欧に中国、ロシアなどの争奪が激化し、世界各国で共通して緊縮財政など人民に犠牲を強いて矛盾が先鋭化している。
もともとギリシャはユーロー加盟の基準から大きく外れているにもかかわらず、ゴールドマンサックス(アメリカの金融グループであり、世界最大級の投資銀行)などによる悪知恵で財政の粉飾とごまかしによって同盟に入ったわけだが,裏を返せばアメリカがドルからの自由を求めて作られたユーロに時限爆弾を仕掛けたようなものかもしれない。
今起きているギリシャ危機はギリシャ国債の信用力低下の現象が、スペインやイタリアに波及する可能性が高い。特にイタリアは日本、米国に次ぐ世界第三の国債発行国であり、仮にイタリア国債の価格が一段と下落するようだと、その影響は大きい。

ギリシャ情勢悪化による支援打ち切り、ユーロ離脱などの事態に至ると、株価大幅下落、金融機関の資金調達困難化など、各国金融市場の機能が低下する第2のリーマンショックのような深刻な金融危機に一気に進行する可能性が否定できない。EU発の金融危機が深刻化すると、日本にも大きな影響を与える可能性がある。日本の銀行や生損保の大手金融九社もギリシャやポルトガルなど南欧の重債務五カ国向けの投融資残高が約2兆8700億円に達することが明らかになっている。

世界市場では投資信託やREIT(不動産投資信託)も収縮し、金や石油といった商品市場からもマネーが引き始め、ファンドも業績悪化の一途をたどっている。世界の投資マネーはヘッジファンドからも資金を引きあげ始める様相となった。そして向かった先が円買いで、超円高現象が起きている。世界的に見て通貨が上昇しているのは日本だけで、1000兆円近い債務を抱えていながら、しかも財政支出をともなう東日本大震災に見舞われているなかでも、「他よりはリスクが少ない」「安全資産」などといって投機マネーが張り付いている。
この最大の要因はアメリカで、FRB(米連邦準備制度理事会)が途方もなくドルを刷り散らして市場に注入し、公定歩合を段階的に引き下げてきたこと、供給量が増えるおかげでドルの価値が下がり、ドル不信、あるいはユーロ不信とあいまって日本の円高につながっている。日本も金融緩和して円を刷れば為替介入などの小手先の政策を労しなくても円高は止まり、景気浮揚になるのに、日銀の白川総裁はかたくなにそれをしない。

世界各国は輸出産業などにテコ入れして経済のカンフル剤にしたい、内需を喚起したい願望から意図的に自国通貨の切り下げ合戦をしてきた。ヨーロッパ各国では第一次大戦後の通貨切下げ競争が結局は第二次大戦を導いたという歴史認識の共有がEU統合の出発点であった。
リーマン・ショック後は、天文学的な財政出動によってしのいだが、今度はより深刻な国家破産、破局の影がちらついてきた。金融独占資本が引き起こした大恐慌・大不況で経済は回らず、犠牲転嫁された人民はどの国でも生きていくのが困難である。

2011年11月3日木曜日

アートな話 「鎌倉彫のある暮らし」


私が所属している鎌倉彫協同組合は今年で設立60周年を迎える。鎌倉彫資料館並びに組合直営の店<慶>で暮らしの中で生かされる鎌倉彫をテーマとして、この2会場で11月1日から12月27日まで記念展が行われている。鎌倉の地場産業として発展してきた鎌倉彫であるが、他府県の漆器産業とは違ってお稽古産業として鎌倉彫の普及に努めた先達の指向性により、製造販売よりアマチュアに鎌倉彫を教えることに重点を置いたことによる鎌倉彫の普及を図った結果、製造販売部門のシェアーが小さい。
ましてや鎌倉彫風という廉価で粗悪な品が出回っている一般市場並びにネット市場を見るに付け、今一度本物の鎌倉彫を多くの人々に知って欲しいと思っているのは私だけではない。こういった品物は他府県で製造され一部中国産ともいわれている機械彫やウレタンの吹付仕上げなど、漆とは似つかぬもので、一般の人でこれが鎌倉彫と思っている人も意外と多い。このことは登録商標の問題にも関わってくるはずである。

TVでおなじみのお宝鑑定団と言うものがあるが、本物偽物を専門家が鑑定するわけであるが、そこに出てくる作品はキワモノが多く真贋の判定が素人では難しいモノが対象となる。
素人でもわかる臭い鎌倉彫が市場に氾濫している現況を苦々しく思っている関係者は多い。
本物は使い込むほど味がでてくるが、偽物にはそれがない。



初日のオープニングパティーには鎌倉市長、県会議員、業界関係者など多くの来場があり、鎌倉彫資料館は大いに賑わっていた。