三ッ池公園
桜を愛でる季節が来た。 私は桜は満開から散り際のこぼれ桜が好きである。どういうわけか水際に多く植えられた木であるが、水面に散った花びらが吹き寄せられて流れていく様子は、花筏(はないかだ)とも言われ。移ろいゆく季節をよく現わしている。
今年は太平洋岸の親潮が例年より南下しており、水温が低いことも影響して北東の寒気がいつまでも居座り、4月になっても花冷えのするうすら寒い日が多いが、今年はまだ行ったことのない神奈川の桜の名所巡りをやってみた。
最初は三ッ池公園、ここは横浜市鶴見区にある三つの池がある総合公園で設備も整っており、車いすの貸し出しもやっている。園内には35品種1000本を超える桜が植えられており、日本さくら名所100選の一つに選ばれている。園内には韓国庭園もあり、ちょっとした異空間が味わえる。
http://www.kanagawaparks.com/mitsuike/
引地川
次に大和高座渋谷にある引地川沿いの千本桜、引地川は相模原台地の終末部の谷戸に端を発して相模湾の鵠沼海岸に注ぐ、実際には、650本の桜が1.3キロに渡り高座渋谷から桜ケ丘に続く、引地川の両側には、大木の桜が続く。意外と川の水はきれいで鯉が泳いでいる。川に枝垂れるように下がって咲く桜は川を白く染め、散り始めた桜が、川に踊る。川の両側に植えられている桜並木は、時には4列となり、厚く川を覆う。ちょうど中頃の橋では、屋台も出て、人で賑わっている。近く田中八幡宮の境内ではフリーマーケットがひらかれていた。
http://www.odakyu.jp/walk/13/6.html
大岡川
3つ目は横浜大岡川の夜桜である。弘明寺から蒔田までしか歩かなかったが、屋台の多さは随一で、どこも行く先々は酒と人波で喧騒に包まれていた。
酒なくて何のおのれが桜かな。そこで花明りの中で一献カミさんとかたむける。行く川の流れに目をやると、諸行無常の風情あり。周りの人々は春の宵に浮世の憂さを晴らしているようだった。そんな人間たちを見下ろすように、寿命近くになる桜が老木に鞭打って今年も健気に花を咲かせている。さながら川面桜の放浪記とでも言おうか、日本人の原風景がここにある。花は桜木 人は武士 柱は檜 魚は鯛 小袖はもみじ 花はみよしの。
http://blog.narioka.com/
2010年4月11日日曜日
2010年4月5日月曜日
この国はヤバい
左の画像は1923年、ドイツで物価が1億倍にもなってしまい、子供が札束をおもちゃ代わりにして遊んでいる風景。
財政破綻すると日本もこうなる。右の画像は2010年度予算の成立の画像。
● 国家破産の歴史
周知のように鳩山内閣では、一般会計総額が92兆2992億円になった2010年度予算は、3月24日参院本会議で民主、社民、国民新の与党などの賛成多数で可決、成立した。数十年来で最悪といわれる不況のなかで経済活性化に臨むらしいが、その一方で、新規国債の発行額も、税収を上回る過去最高の44兆3030億円にふくらみ、戦後初の事態となっており、今後の財政運営が懸念される。
国債のバロメーター
国家の債務がGDP比60%を越すと危機状態とされるが、その意味ではアメリカも55%に迫っている。日本の債務はGDP比170%だから超危機状態ということになるが、国家の負債はほぼ100%国民が持っていて海外の債権者はいないという、歴史上例の無い超国民犠牲(経済的国民奴隷制度)だから日本の国債の信用度はGDP比170%という最悪でも最高クラスなのである。ちなみに国債保有高を日本銀行資金循環統計から引用参照してみると、以下の通りになる。
日本国債の所有者別内訳(平成19年9月末現在)
郵便貯金・・・22.0%・・・148兆3510億円
銀行等・・・・17.9%・・・120兆2691億円
公的年金・・・10.5%・・・ 70兆7318億円
日本銀行・・・ 9.8%・・・ 65兆7599億円
簡易生命保険・ 9.2%・・・ 62兆0844億円
生損保等・・・ 9.1%・・・ 61兆3858億円
海外・・・・・ 6.6%・・・ 44兆3215億円
家計・・・・・ 5.3%・・・ 35兆3674億円
年金基金・・・ 4.2%・・・ 28兆1175億円
財政投融資・・ 3.0%・・・ 20兆0571億円
(その他・・・・ 2.6%)
かつて日本は明治維新以降、既に2回破産している。1回目は1904年(明治37年)から1916年(大正5年=第一次世界大戦中)にかけて。2回目は1931年(昭和6年=満州事変勃発)から1945年(昭和20年=終戦)までの14年間。過去二回の破産は戦争がらみで、ハイパーインフレと大増税という荒波を受けた。国債が紙切れになったのは、私が生まれた終戦の翌年にあたる1947年のことである。
当時第二次大戦直後のインフレ進行を阻止するために、政府は突然、「金融緊急措置令」および「日本銀行券預入令」を公布し、5円以上の日本銀行券を預金、あるいは貯金、金銭信託として強制的に金融機関に預入させ、「既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払出しを認める」という非常措置を実施した。これが、いわゆる「新円切り替え」と呼ばれているものであった。
また、このときに総国民の資産調査が行われ、10万円を超える資産に対し25~90%の高額な財産税がかけられ、さらに、郵便貯金は10年間の払い戻し拒否が実施され、払い戻せるようになったときには、貯金は一律3分の1をカットされたのである。10年間で物価は300倍に上がったので、ほとんどの人たちの貯金は実質的には900分の2しか戻ってこなかったことになる。
古典派経済学の始祖アダム・スミスは「公債は、税金を担保とする借金で、非生産的であり、国を亡ぼす」と指摘している。公債に頼った財政は、最終的には、国民の生活が犠牲になるのである。
国立社会保障・人口問題研究所によると、2025年の総人口は1億1927万人と2005年より850万人も減る見通しだ。そして、そのうち65歳以上の高齢者が占める割合は31%と、同じく20年間に10%も上昇するという。つまり、日本は、経済や財政を支える現役世代が層として厚みを失うにもかかわらず、全体としての負担が激増し続けるという苦難に直面しているのである。
● 国家破産の方程式
このままでは日本が 財政破綻を避けることは難しい状況であるが、近代経済学の祖ジョン・メイナード・ケインズは『貨幣改革論』の中で国家破産の方式には3通りあると主張している。
1.債務帳消し型
債務帳消し型には2つの方法がある。ひとつは「デフォルト」。つまり借金をチャラにする。この場合、国債の保有者は9割近くが金融機関なので、ほとんどの銀行は倒産してしまい、国民の預貯金はほとんど引き出せなくなる。また、国際的な信用もなくなり、日本円の暴落も予想される。
もうひとつは、いわゆる「預金封鎖」。預金を新旧に分け、当分の間、旧の預金勘定を一定額しか引き出せないようにする。これをやる理由は、政府が大量に発行した国債を旧勘定にして凍結する狙いがある。前述のように日本が2回目に破産したとき、この手法が採用された。
2.債務所有者に対する資本課税型
日本の債務所有者は直接的には金融機関であるが、間接的には国民である。政府には課税権があるので、大増税をして国民から税金をできるだけしぼり取ることができる。戦後の破産時にも10万円を超える資産に対し25~90%の高額な財産税がかけられた。
3.財政暴力出動型
貨幣価値の大幅下落を指すハイパーインフレ。原理的には通貨供給量を10倍にすると貨幣価値は10分の1になり、通貨供給量を100倍にすると貨幣価値は100分の1程度になる。貨幣価値が100分の1になると1000兆円の借金は、実質的には10兆円となる。これは日本銀行がお札(日銀券)をどんどん印刷することで可能だが、預貯金の価値も同じように減る。1000万円の預貯金は100分の1になると10万円の価値となってしまい、国民が何十年もかけて貯めてきた資産がアッという間に消えてしまうことになる。
上記のような方法は、いずれも大不況を招くことになってしまうが、このままではいずれかの方法、もしくはこれらをミックスした方法を取らざるを得ないというのが、多くのエコノミストの指摘するところである。一方民主党現政権からは、財政の危機意識が感じられず、バラマキ予算に終始し、デフレギャップを埋める経済戦略もなく、下野した自民党は足元から溶解が始まり、泥船から抜け出す議員が後を絶たずに、少数政党を目指して浮き足立っている。混沌の中から何が生まれるのか、我々には知る由もない。
財政破綻すると日本もこうなる。右の画像は2010年度予算の成立の画像。
● 国家破産の歴史
周知のように鳩山内閣では、一般会計総額が92兆2992億円になった2010年度予算は、3月24日参院本会議で民主、社民、国民新の与党などの賛成多数で可決、成立した。数十年来で最悪といわれる不況のなかで経済活性化に臨むらしいが、その一方で、新規国債の発行額も、税収を上回る過去最高の44兆3030億円にふくらみ、戦後初の事態となっており、今後の財政運営が懸念される。
国債のバロメーター
国家の債務がGDP比60%を越すと危機状態とされるが、その意味ではアメリカも55%に迫っている。日本の債務はGDP比170%だから超危機状態ということになるが、国家の負債はほぼ100%国民が持っていて海外の債権者はいないという、歴史上例の無い超国民犠牲(経済的国民奴隷制度)だから日本の国債の信用度はGDP比170%という最悪でも最高クラスなのである。ちなみに国債保有高を日本銀行資金循環統計から引用参照してみると、以下の通りになる。
日本国債の所有者別内訳(平成19年9月末現在)
郵便貯金・・・22.0%・・・148兆3510億円
銀行等・・・・17.9%・・・120兆2691億円
公的年金・・・10.5%・・・ 70兆7318億円
日本銀行・・・ 9.8%・・・ 65兆7599億円
簡易生命保険・ 9.2%・・・ 62兆0844億円
生損保等・・・ 9.1%・・・ 61兆3858億円
海外・・・・・ 6.6%・・・ 44兆3215億円
家計・・・・・ 5.3%・・・ 35兆3674億円
年金基金・・・ 4.2%・・・ 28兆1175億円
財政投融資・・ 3.0%・・・ 20兆0571億円
(その他・・・・ 2.6%)
かつて日本は明治維新以降、既に2回破産している。1回目は1904年(明治37年)から1916年(大正5年=第一次世界大戦中)にかけて。2回目は1931年(昭和6年=満州事変勃発)から1945年(昭和20年=終戦)までの14年間。過去二回の破産は戦争がらみで、ハイパーインフレと大増税という荒波を受けた。国債が紙切れになったのは、私が生まれた終戦の翌年にあたる1947年のことである。
当時第二次大戦直後のインフレ進行を阻止するために、政府は突然、「金融緊急措置令」および「日本銀行券預入令」を公布し、5円以上の日本銀行券を預金、あるいは貯金、金銭信託として強制的に金融機関に預入させ、「既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払出しを認める」という非常措置を実施した。これが、いわゆる「新円切り替え」と呼ばれているものであった。
また、このときに総国民の資産調査が行われ、10万円を超える資産に対し25~90%の高額な財産税がかけられ、さらに、郵便貯金は10年間の払い戻し拒否が実施され、払い戻せるようになったときには、貯金は一律3分の1をカットされたのである。10年間で物価は300倍に上がったので、ほとんどの人たちの貯金は実質的には900分の2しか戻ってこなかったことになる。
古典派経済学の始祖アダム・スミスは「公債は、税金を担保とする借金で、非生産的であり、国を亡ぼす」と指摘している。公債に頼った財政は、最終的には、国民の生活が犠牲になるのである。
国立社会保障・人口問題研究所によると、2025年の総人口は1億1927万人と2005年より850万人も減る見通しだ。そして、そのうち65歳以上の高齢者が占める割合は31%と、同じく20年間に10%も上昇するという。つまり、日本は、経済や財政を支える現役世代が層として厚みを失うにもかかわらず、全体としての負担が激増し続けるという苦難に直面しているのである。
● 国家破産の方程式
このままでは日本が 財政破綻を避けることは難しい状況であるが、近代経済学の祖ジョン・メイナード・ケインズは『貨幣改革論』の中で国家破産の方式には3通りあると主張している。
1.債務帳消し型
債務帳消し型には2つの方法がある。ひとつは「デフォルト」。つまり借金をチャラにする。この場合、国債の保有者は9割近くが金融機関なので、ほとんどの銀行は倒産してしまい、国民の預貯金はほとんど引き出せなくなる。また、国際的な信用もなくなり、日本円の暴落も予想される。
もうひとつは、いわゆる「預金封鎖」。預金を新旧に分け、当分の間、旧の預金勘定を一定額しか引き出せないようにする。これをやる理由は、政府が大量に発行した国債を旧勘定にして凍結する狙いがある。前述のように日本が2回目に破産したとき、この手法が採用された。
2.債務所有者に対する資本課税型
日本の債務所有者は直接的には金融機関であるが、間接的には国民である。政府には課税権があるので、大増税をして国民から税金をできるだけしぼり取ることができる。戦後の破産時にも10万円を超える資産に対し25~90%の高額な財産税がかけられた。
3.財政暴力出動型
貨幣価値の大幅下落を指すハイパーインフレ。原理的には通貨供給量を10倍にすると貨幣価値は10分の1になり、通貨供給量を100倍にすると貨幣価値は100分の1程度になる。貨幣価値が100分の1になると1000兆円の借金は、実質的には10兆円となる。これは日本銀行がお札(日銀券)をどんどん印刷することで可能だが、預貯金の価値も同じように減る。1000万円の預貯金は100分の1になると10万円の価値となってしまい、国民が何十年もかけて貯めてきた資産がアッという間に消えてしまうことになる。
上記のような方法は、いずれも大不況を招くことになってしまうが、このままではいずれかの方法、もしくはこれらをミックスした方法を取らざるを得ないというのが、多くのエコノミストの指摘するところである。一方民主党現政権からは、財政の危機意識が感じられず、バラマキ予算に終始し、デフレギャップを埋める経済戦略もなく、下野した自民党は足元から溶解が始まり、泥船から抜け出す議員が後を絶たずに、少数政党を目指して浮き足立っている。混沌の中から何が生まれるのか、我々には知る由もない。
2010年4月3日土曜日
アートな話「モノづくりの原点」
ワインクーラー 「葡萄に乾杯」 吉川 創雲
我々工芸に携わっている者にとって、最初に形がある。すべての物の始まりである形は、作り手自らの意思で作ることも変形することも 出来るものである。またそこから付加される加飾もデザインする作り手のわざである。
この加飾の領域に入るものが文様と称するもので平面的な図案を意味する。これら創作活動の過程で、形造りのデザインも含めたものを意匠と総称している。
自然界には全ての物質に形は存在する。人工的な形には無意味なものもあるかも知れないが、自然界の形は皆必然性を持っていて、そして自然界には2つとして同じ形はない。万物が基本的に同じ価値をもつのはこの絶対的な固有性にあると言えるだろう。
自然界の形は完成されている。どんなに混沌として見えようが、無秩序に見えようがそれは法則的でもある。また自然の形には人間の知らない自然界の比例律と言うベーシックがあり、画家はこの比例律を身につけるために数え切れないほどの風景や人物を写し取るためのデッサンやスケッチをくりかえす。
デザインに関して、自然の形からデザインをおこすことは我々がよく使う手法である。自然が創り出した形は全て応用が効くもので、自然の何処をどう切り取り写し取るかはデザインする者の感性である。
私が常日頃モノづくりにおいて念頭に置いていることがある。それはデザインを構成するものとして、美と用とメッセージの3つを挙げたい。
1) 美の造形―均整と調和(プロポーションとバランス)
デザインは美しくなければならない。美とは何か?これはデザイン以上に難しい言葉だ。古来さまざまな人が分析し、美学という学問領域も哲学の1部門として存在する。 ここでは物質を構成する要素、すなわち材質、色彩、模様、大きさ、数量、時間がそれぞれ調和し、かつ均整のとれた構成の存在と考える。それらの要素が見る側に心地よさをあたえる。
2) 用の造形―安全、利便、快適
そしてデザインは機能的でなくてはならない。まず安全であること、つまり安全性(安定性)が保たれていること。 ついで便利であること、つまり利便性である。場合によっては経済性と置き換えられることもある。 さらに快適であること、快適性とも言えるが、使い易さ、解かり易さである。その意味でも我々の身の回りにある器物や道具類に見られる形はそれぞれの機能を暗示している。
3) メッセージの造形―個性と文化
「美と用」という言葉は以前からある。いわゆる機能主義では「機能的なものはすべて美しい」としているが、「美しいものはすべて機能的」か、といえばそうでもない。 使うことを前提にした場合、美しく、かつ機能的でなければならないが、もうひとつ大事なことはメッセージである。「意味」あるいは「イメージ」と言えるだろう。 「そのデザインは、何を訴えたいのか」という訴求力である。受け手はその内容を想像、吟味し作品あるいは製品を認めるのである。 それは「個性」オリジナリティーと「文化」カルチャーから、構成されている。いわば作り手の内的告白である。
2010年3月18日木曜日
釣りバカ日誌
長年楽しましてもらった西田敏行主演の「釣りバカ日誌」も20回をもって終わってしまった。寂しい限りである。
私が釣りを始めて、かれこれ30年以上になる。もともと中学の頃に久里浜に住んでいて、ハゼ釣りに夢中になったのが始まりで、久里浜は東京湾の入口に近い所に位置し、そこを流れる平作川の河口から自衛隊駐屯地あたりまで、餌のゴカイが数多く生息し引き潮になると、泥の中からそいつを採り、半日もしないうちにバケツ一杯のハゼがよく釣れたことを思い出す。
子供の頃の楽しみと言えば、この釣りと、久里浜にあった日活館という映画館で裕次郎の映画をよく見たことである。その釣り体験が尾を引き、以後川釣り、海釣りと範囲が広がり、30を過ぎた頃から船釣りにはまったわけである。
もともと性格的に横着なところがあり、船頭が魚の釣れる場所に連れて行ってくれる釣りが、性分に合ったのかもしれない。
母親の親父と言うのが大の釣り好きで、戦前釣り船を持っていて神戸近辺の海でよく釣りに出ては、釣った魚をさばくのを手伝ったと、母からよく聞かされた。この親父は米穀商をやる傍ら、海釣り、陸釣り(女道楽)に励み、齢68で往生したが、母と腹違いの兄弟や妾も何人かいたようで、母の話から海千山千とはこの爺さんのことを言うのだと思った。
さて、そんな血筋の話はさて置き、釣りに限らず狩猟は人間の太古のDNAを刺激するもので、最も心躍るものである。
釣りものは季節とともに変わるため、釣魚とともに季節の移ろいを肌で感じるので1年が早い。
春になるとクロメバル、沖メバル、ヒラメ、鯛、梅雨の走りのフグ、夏のイサキ、アジ,アナゴやメバルの夜釣り,マゴチ、タコ 秋のワラサ、シマアジ、冬のカワハギ、オニカサゴ、太刀魚など数え上げたらきりがないが、魚によって道具が違ってくるので、釣り道楽は同時に道具道楽に通じる。その間何人かの釣友も増え、道具も増え、房総への遠征も回数が増えそこそこの釣果が上がるようになった。
今まで各地の船宿を渡り歩いたが、私のホームグランドは東京湾と相模湾である。最近の遊漁船は設備も良くなり、ハイテクの塊のような船も見かけられるが、釣果を上げられるのも、時の運と船長の腕にかかっている。人は過去の苦い経験、失敗から多くを学ぶものであるが、私も釣りバカ日誌のようなものを書きためて、データ入力をしている。もちろん咋年よかった魚が今年良いとは限らなかったり、狙った魚以外の外道が来たりで海の状況は刻一刻と変わっていくものである。釣った魚はその時々の一期一会の一匹である。
最近南房で釣り逃がした魚にシマアジの大きいものがある、この時は、1年物の800g前後ののシマアジが8匹釣れたが、最後に来たのが今まで味わったことのない引き込みで、あっという間に6号のハリスが切られ悔しい思いをした。その時の余韻が残っている今、秘かにリベンジへの闘志がわいてきた。
未知なるものにロマンを感じるのは私だけではない。釣りバカと言われる連中が皆そうであるように。古今東西釣りにまつわる話は多い。
昔中国のある王がお抱えの絵師に馬鹿の絵を書くように申し渡したところ、川で釣りをしている男を描いたら、王はもっと馬鹿を書けといったので,絵師はおもむろに筆をとり橋を描きその上に大勢の見物人を描いたという逸話がある。
日本ではさながら竿先に糸が垂れ,竿尻に馬鹿がいるといった風情である。
中国の諺に「10分幸せになりたければ美味いものを食べ,30分幸せになりたければ酒を飲め,一日幸せになりたければ嫁を取れ,一生幸せになりたければ釣りをせよ。」とある。太公望という言葉が有るほど釣りは中国では娯楽の王様である。趣味が高じて本業になることがよくあるが,人間馬鹿になるほど物事に夢中に成れれば幸せであるし本物である。
かのへミングウエイも言っている。
「釣れないときは、魚が考える時間を与えてくれたと思えばいい。」と、、、、
2010年3月13日土曜日
中国経済の幻影
○中国政府の発表する経済数値は誇張されている。
リーマンショック以降アメリカ経済の凋落とともに台頭してきたのが中国経済であるが、日本をはじめ先進諸国の熱い目は勢い中国に注がれて、世界経済立て直しの牽引役として脚光を浴びているが、マスメディアがあまり報道していない中国経済の実態を少し探ってみよう。
今や中国国家統計局が発表するGDP数値や経済成長率の数値がいい加減であることは定説になっている。
前期比のGDP伸び率は経済実態をより反映できるが、中国政府は各四半期のデータ、またはそれぞれの四半期のデータを前期と比較したものを報告しないため、人々は中国経済の実態を把握できていないでいる。
中国経済において名目GDPに対する名目輸出の割合は40%に相当し、輸出にかなり依存した経済構造であることがわかる。日本も輸出依存型経済であると言われるが、名目GDPに占める輸出の割合はせいぜい16%程度であり、中国に比べるとかなり低い。これからすると、中国は輸出依存度の高さゆえに輸出相手先である先進国の経済の影響をストレートに受ける状況にあると言える。
米国発の金融危機が始まる前に、中国においては企業が相次いで倒産しており
、中小企業司の統計によると、08年上半期において、中国全国ですでに6万7千社の中小企業が倒産した。さらに世界金融危機の発生につれ、中国企業の倒産ラッシュが加速した。
特に、珠江デルタにおける企業の倒産が深刻で、香港メディアによると、08年年末から2009年にかけて、深セン、東莞及び広州の4万5千社の企業のうち、倒産した企業はすでに約1万社で、失業者は数百万人に上ったという。
中国政府の発表によると、2009年度で約600万から700万人の大卒生が「卒業する途端に失業してしまう」との運命に直面するという。
米国のドレクセル大学の謝田・教授によると、中国共産党政権がGDPデータに関して系統的かつ持続的に、虚偽のデータを作り上げていると指摘した。中国共産党政権が国際社会を騙し、各国からの投資資金が断たれることもなく永遠に中国に流入させ、迫害政策で空っぽとなった中央財政を隠すために、うそのデータを作り上げている。
謝田教授は「中国人民大学の失業問題の専門家は最近、中国の真の失業率は20%以上で、政府の公表した5%や6%という水準のものではないと話している。同様に、世界金融危機の発生や中国輸出の急減が始まった後、外国資本は中国から撤退するだろう。こうなれば、中国政府が中国経済の実態を隠す手段が効かなくなり、間もなく、われわれはより多くのGDP急低下や失業率の急増及びインフレの急上昇などの報道を耳にするだろう」と話し、中国政府が発表したGDP伸び率が6・8%とのデータは、中国政府が目的を持って作り上げたうその経済データだ、と主張した。
2009年度で中国にある4200万社以上の中小企業のうち40%がすでに倒産、40%が倒産の危機に面している現状を紹介した。資金繰りに行き詰まり経営危機に陥るケースがほとんどであるという。
中国の中小企業は国内総生産の60%を占め、税収の50%に貢献しているから、中小企業の危機はすなわち中国経済全体の危機であると言ってよい。
○日本の後を追うバブル経済
中国では経済成長率が1%落ちると、500万人の雇用が失われると言われ、現在、政府が発表している2000万人の失業者は実体数はその倍以上の4500万人とも言われている。国内では年間9万件以上の集団抗議が行われている中国では、6%以上の経済成長率がないとデモクラシーの未熟なこの国は、直ちに社会争乱に結びつく。
社会不安を起こさないためには、高い経済成長率を達成し続けないといけない。その達成のために行った公共投資や新規貸出によってお金は、中国国内の株式市場や不動産市場に集中する形で流れ込み、局所的なバブル経済を生み出しつつある一方で、個人消費等の内需の拡大に必ずしも直結していないのが実情らしい。
そのため米国の景気悪化で落ち込んだ輸出に代わって、内需拡大の政策が取られ、金融緩和や危うい信用供与での、家電、自動車、住宅販売促進に政府補助金をつけて内需拡大の強制的一時的効果を上げたが、消費者の多くは信用供与が疑わしい所得レベルにあり、この信用供与が破裂するのは時間の問題となっている。その良い例が住宅バブルである。中国の政府系シンクタンク、中国社会科学院は2010年の「経済青書」で、「中国の不動産価格はすでに合理的な域を越えており、中国の約85%の家庭は住宅を買う能力がない」と指摘。「開発業者による不当な利益追求を容認してきた地方政府にも原因がある」と、政府系機関としては珍しく政府を批判した。
それによると、国際基準では住宅価格は家庭年収の3倍から6倍が一般的とされるが、中国の住宅価格はすでに都市部住民家庭の平均年収の8倍を超えている。農民工(出稼ぎ労働者)の場合は、20倍を超えるとし、「高い不動産価格は、農民の都市部への進出を制限し、中国の都市化を遅らせる原因になっている」という。
北京や上海などの大都市では、今年夏以後、面積100平方メートル前後の住宅が500万元(約6500万円)以上で取引されるケースも多くあるが、購入する人のほとんどは値上がり後の転売を目的にしており、入居者のいない空室が目立っている。まるでドバイの住宅バブルを連想させる状況だ。
米国の投資家であるジェームズ・シャノス氏が中国経済のバブル崩壊を予測している。巨大な不動産バブルが存在すること、公式統計の数字が疑わしいこと、解消されない生産設備の余剰などが列挙されている。上海万博は2010年5月1日―10月31日に開催されるが、多くの人々が万博後に高度成長の反動が起きることを予想している。だとすれば、バブルが崩壊するのは恐らく万博の後ではなく前になるだろうとも言われている。また中国バブルの崩壊はドバイをはるかにしのぐ大規模なものになることが予測されている。
バブルが崩壊した後の中国は、これまで以上に輸出(外需)に頼ろうとする。米国は、中国が米国債を買い支える限りは中国の輸出を受け入れるだろうが、中国経済の今後は先進国の経済次第でもある。とくにアメリカは先にわが国に行った円切り上げの圧力(プラザ合意)をかけたように、中国にも元の切り上げを迫っていくことは時間の問題である。まさに日本に追いついた中国は世界経済における位置からハンデを与えられようとしている。
*ちなみに2009年12月末の米国債権保有の国別ランキングは以下の通り。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1)日本 7686億ドル
2)中国 7554
3)イギリス 3025
4)産油国 1868
5)カリブ海 1847
6)ブラジル 1606
7)香港 1529
8)ロシア 1185億ドル
(注)プラザ合意
1985年、貿易赤字に苦しむ米国はニューヨークのプラザホテルでG5を開催し、各国がドル安へ協調することになった。この「プラザ合意」は急激な円高につながり、230円台だったドル・円相場は120円台までのドルの暴落となり、「円高不況」につながった。ここで日本の実力に見合ったゴルフのようにハンデがつけられた。
89年のバブルのピーク時に日本からの海外旅行者が戦後初めて1千万人の大台に乗せたことがあったが、最近、中国が日本への観光ビザを解禁して中国からの観光客が急増している。最近のTV放送で、家電のラオックスが中国企業に買収され、中国からの買い物ツアー客を観光バスで秋葉原のラオックスに送り込んでいるのを見たが、これなどは今の中国を現わしている映像でもある。また、中国の上半期の自動車販売台数が610万台で世界一になったこともバブルの気配が漂っている。
日本のバブル経済のピークは1988年から89年の2年間で、その間に日経平均はほぼ2倍になっており、。 中国の上海A株は2006年初めからの1年半足らずの間に、すでに3倍以上になった。
中国経済の立役者、トウ小平は、「黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕まえるネコがいいネコだ」と、経済成長をイデオロギーの純粋性の上に位置づけた。
中国の指導者たちはトウの言葉を盾に、統制的な資本主義で経済を成長させる代わりに共産党が絶対的な政治権力を維持するという現在の体制を維持しようとしている。民主化をしていたら、豊かになるどころか世界的な景気後退も生き抜けなかっただろう、というのが彼らの主張である。
リーマンショック以降アメリカ経済の凋落とともに台頭してきたのが中国経済であるが、日本をはじめ先進諸国の熱い目は勢い中国に注がれて、世界経済立て直しの牽引役として脚光を浴びているが、マスメディアがあまり報道していない中国経済の実態を少し探ってみよう。
今や中国国家統計局が発表するGDP数値や経済成長率の数値がいい加減であることは定説になっている。
前期比のGDP伸び率は経済実態をより反映できるが、中国政府は各四半期のデータ、またはそれぞれの四半期のデータを前期と比較したものを報告しないため、人々は中国経済の実態を把握できていないでいる。
中国経済において名目GDPに対する名目輸出の割合は40%に相当し、輸出にかなり依存した経済構造であることがわかる。日本も輸出依存型経済であると言われるが、名目GDPに占める輸出の割合はせいぜい16%程度であり、中国に比べるとかなり低い。これからすると、中国は輸出依存度の高さゆえに輸出相手先である先進国の経済の影響をストレートに受ける状況にあると言える。
米国発の金融危機が始まる前に、中国においては企業が相次いで倒産しており
、中小企業司の統計によると、08年上半期において、中国全国ですでに6万7千社の中小企業が倒産した。さらに世界金融危機の発生につれ、中国企業の倒産ラッシュが加速した。
特に、珠江デルタにおける企業の倒産が深刻で、香港メディアによると、08年年末から2009年にかけて、深セン、東莞及び広州の4万5千社の企業のうち、倒産した企業はすでに約1万社で、失業者は数百万人に上ったという。
中国政府の発表によると、2009年度で約600万から700万人の大卒生が「卒業する途端に失業してしまう」との運命に直面するという。
米国のドレクセル大学の謝田・教授によると、中国共産党政権がGDPデータに関して系統的かつ持続的に、虚偽のデータを作り上げていると指摘した。中国共産党政権が国際社会を騙し、各国からの投資資金が断たれることもなく永遠に中国に流入させ、迫害政策で空っぽとなった中央財政を隠すために、うそのデータを作り上げている。
謝田教授は「中国人民大学の失業問題の専門家は最近、中国の真の失業率は20%以上で、政府の公表した5%や6%という水準のものではないと話している。同様に、世界金融危機の発生や中国輸出の急減が始まった後、外国資本は中国から撤退するだろう。こうなれば、中国政府が中国経済の実態を隠す手段が効かなくなり、間もなく、われわれはより多くのGDP急低下や失業率の急増及びインフレの急上昇などの報道を耳にするだろう」と話し、中国政府が発表したGDP伸び率が6・8%とのデータは、中国政府が目的を持って作り上げたうその経済データだ、と主張した。
2009年度で中国にある4200万社以上の中小企業のうち40%がすでに倒産、40%が倒産の危機に面している現状を紹介した。資金繰りに行き詰まり経営危機に陥るケースがほとんどであるという。
中国の中小企業は国内総生産の60%を占め、税収の50%に貢献しているから、中小企業の危機はすなわち中国経済全体の危機であると言ってよい。
○日本の後を追うバブル経済
中国では経済成長率が1%落ちると、500万人の雇用が失われると言われ、現在、政府が発表している2000万人の失業者は実体数はその倍以上の4500万人とも言われている。国内では年間9万件以上の集団抗議が行われている中国では、6%以上の経済成長率がないとデモクラシーの未熟なこの国は、直ちに社会争乱に結びつく。
社会不安を起こさないためには、高い経済成長率を達成し続けないといけない。その達成のために行った公共投資や新規貸出によってお金は、中国国内の株式市場や不動産市場に集中する形で流れ込み、局所的なバブル経済を生み出しつつある一方で、個人消費等の内需の拡大に必ずしも直結していないのが実情らしい。
そのため米国の景気悪化で落ち込んだ輸出に代わって、内需拡大の政策が取られ、金融緩和や危うい信用供与での、家電、自動車、住宅販売促進に政府補助金をつけて内需拡大の強制的一時的効果を上げたが、消費者の多くは信用供与が疑わしい所得レベルにあり、この信用供与が破裂するのは時間の問題となっている。その良い例が住宅バブルである。中国の政府系シンクタンク、中国社会科学院は2010年の「経済青書」で、「中国の不動産価格はすでに合理的な域を越えており、中国の約85%の家庭は住宅を買う能力がない」と指摘。「開発業者による不当な利益追求を容認してきた地方政府にも原因がある」と、政府系機関としては珍しく政府を批判した。
それによると、国際基準では住宅価格は家庭年収の3倍から6倍が一般的とされるが、中国の住宅価格はすでに都市部住民家庭の平均年収の8倍を超えている。農民工(出稼ぎ労働者)の場合は、20倍を超えるとし、「高い不動産価格は、農民の都市部への進出を制限し、中国の都市化を遅らせる原因になっている」という。
北京や上海などの大都市では、今年夏以後、面積100平方メートル前後の住宅が500万元(約6500万円)以上で取引されるケースも多くあるが、購入する人のほとんどは値上がり後の転売を目的にしており、入居者のいない空室が目立っている。まるでドバイの住宅バブルを連想させる状況だ。
米国の投資家であるジェームズ・シャノス氏が中国経済のバブル崩壊を予測している。巨大な不動産バブルが存在すること、公式統計の数字が疑わしいこと、解消されない生産設備の余剰などが列挙されている。上海万博は2010年5月1日―10月31日に開催されるが、多くの人々が万博後に高度成長の反動が起きることを予想している。だとすれば、バブルが崩壊するのは恐らく万博の後ではなく前になるだろうとも言われている。また中国バブルの崩壊はドバイをはるかにしのぐ大規模なものになることが予測されている。
バブルが崩壊した後の中国は、これまで以上に輸出(外需)に頼ろうとする。米国は、中国が米国債を買い支える限りは中国の輸出を受け入れるだろうが、中国経済の今後は先進国の経済次第でもある。とくにアメリカは先にわが国に行った円切り上げの圧力(プラザ合意)をかけたように、中国にも元の切り上げを迫っていくことは時間の問題である。まさに日本に追いついた中国は世界経済における位置からハンデを与えられようとしている。
*ちなみに2009年12月末の米国債権保有の国別ランキングは以下の通り。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1)日本 7686億ドル
2)中国 7554
3)イギリス 3025
4)産油国 1868
5)カリブ海 1847
6)ブラジル 1606
7)香港 1529
8)ロシア 1185億ドル
(注)プラザ合意
1985年、貿易赤字に苦しむ米国はニューヨークのプラザホテルでG5を開催し、各国がドル安へ協調することになった。この「プラザ合意」は急激な円高につながり、230円台だったドル・円相場は120円台までのドルの暴落となり、「円高不況」につながった。ここで日本の実力に見合ったゴルフのようにハンデがつけられた。
89年のバブルのピーク時に日本からの海外旅行者が戦後初めて1千万人の大台に乗せたことがあったが、最近、中国が日本への観光ビザを解禁して中国からの観光客が急増している。最近のTV放送で、家電のラオックスが中国企業に買収され、中国からの買い物ツアー客を観光バスで秋葉原のラオックスに送り込んでいるのを見たが、これなどは今の中国を現わしている映像でもある。また、中国の上半期の自動車販売台数が610万台で世界一になったこともバブルの気配が漂っている。
日本のバブル経済のピークは1988年から89年の2年間で、その間に日経平均はほぼ2倍になっており、。 中国の上海A株は2006年初めからの1年半足らずの間に、すでに3倍以上になった。
中国経済の立役者、トウ小平は、「黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕まえるネコがいいネコだ」と、経済成長をイデオロギーの純粋性の上に位置づけた。
中国の指導者たちはトウの言葉を盾に、統制的な資本主義で経済を成長させる代わりに共産党が絶対的な政治権力を維持するという現在の体制を維持しようとしている。民主化をしていたら、豊かになるどころか世界的な景気後退も生き抜けなかっただろう、というのが彼らの主張である。
2010年3月3日水曜日
日本人の根底にあるもの
涅槃の図
日本の伝統文化のほとんどには「道」がつく。柔道、剣道、茶道、花道、しかりであり、挙句の果ては外来スポーツである野球にまで「野球道」なる言葉が存在する。
我々伝統工芸に身を置く者も、その背後には道なるものが存在する。広島大学の川上恭司教授が日本人の精神構造の根底にある仏教感について述べているので私感を交えて紹介しよう。
● お釈迦さまが教えた6つの教え
仏教用語に六波羅蜜という言葉がある。京都の六波羅もこれが語源である。これは、今から2000年前、お釈迦さんが教えた人間トレーニングプログラムとして、提唱されたものであり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6つをやれば、人間が磨かれると教えてくれた六波羅蜜なのである。六波羅蜜とは。「六度(ろくど)」ともいわれる。サンスクリット語の(Paramita パーラミター)、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩の基本的な実践徳目である。
その1.布施
坊さんにお布施をすることもそうだし、笑顔で相手をいい気持ちにさせるのも布施業である。スポーツで人々に夢や勇気を与えるのも、布施業の一種だし、「世のため人のため」も、もちろん布施業である。別の言い方をすれば、坊さんに銭をやれば、自分の人格が磨かれるというものである。真偽は不明であるが・・・いわば人に徳を施すということか。
その2.持戒
人間は生きるために、食欲、性欲、独占欲等の煩悩を必然的に持たされており、もちろん、これら基本的欲求がなければ、生物として存在できない。しかし、往々にしてこれら煩悩は際限がなくなり、食べ過ぎてメタボになったり、性欲の虜となり社会的地位から家庭から全て無くしてしまう事がよくある。
これらの欲求はどれも人間として必要不可欠なものであるが、問題は、これらをコントロールできるか否かなのである。腹八分目で食欲をコントロールする力、性欲を抑えておく力など。(タイガーウッズは18番ホールを超え25番ホールまで飛び越し身を持ち崩したことで一躍時の人になったが。)これを戒め、持戒と言う。これをコントロールする練習をすれば、人格が磨かれると教えている。ゴルフにおいても如何に欲をコントロールするかがスコアメイクの秘訣であるらしい。私は自分がストイックなスポーツに向かないことを悟ったので、ゴルフを辞めテニスに変更したが、精進が足りないのか一向にうまくならない。
その3.忍辱(ニンニクと読む。食べ物ではない)
“耐え忍ぶ”だけで人間が成長するようである。素行の悪い子供を、野球部等の運動部に入部させ、理不尽なしごきの中で耐え忍ぶだけで立ち直って行く例とか、古い例では戸塚ヨットスクールでの更生の例などがある。昔から“辛抱する木に花が咲く”と言われており、耐え忍ぶこと、辛抱すること自体にも意味があるようである。体のでかい不良を相撲部屋に入門させ、稽古で理不尽なしごきに耐えさせるだけで人格が磨かれると言うことで、かわいがりと称してしごきとリンチを加えた相撲部屋の事件もあったが、いずれにせよ堪忍袋の緒が切れるという言葉もあるとおり、忍の名のもとで行われる愛の鞭と制裁虐待は紙一重のところにある。私の知っている修験僧の話を聞くと、極限の忍耐を体験した者は特有の境地を切り開くらしい。
その4.精進
この言葉はあらゆる世界で使われる。日々の練習の繰り返しのみで、人間が成長するということらしい。、イチローは、学問的には大したことはなさそうであるが、コメント一つ聞いただけで人格者であることが解る。たかがボール遊びで、あれだけの人間性ができあがる原因は、忍辱、精進その他の六波羅蜜の修行の賜物かもしれない。芸の道、芸術の道、アホなことを言って人を笑わせるお笑いの道、すべてが精進である。
その5.禅定
禅の心、動じない心である。この心を磨くことで人格を上げて行こうという試みが禅宗であるが、凡人としては、なかなか難しい心境である。どんなスポーツでも平常心は大切であり、宮本武蔵は特にこれを磨くことによって強くなったと言われている。相撲も同様、この不動心で強くなっていくが、結局は人格を磨く方法論なのである。すべての戦いにおいてプレッシャーに負けない心を持つこともこれに通じる。
その6.智慧
六波羅蜜では1から5の修行ができた後に、智慧が浮かんでくると教えている。すなわち、布施、持戒、忍辱、精進、禅定等をクリアしたら、世の中が見えてくるらしい。スポーツで言えば、無意識のうちに相手の動きが見えてくる超能力の領域である。王、長嶋、大鵬、青木等かつての名プレーヤー達は、ほとんど理解不能なコメントを残している。
道は違えども、人の営みは全て六波羅蜜のトレーニングプログラムで自分を訓練していると言える。スポーツ選手も、漁師も、大工も、芸術家も、企業経営者も、医者も全て、人助けをし、自分を戒め、耐え、精進し、心を落ち着けて、自分を磨いている。日本人は、伝統としてこれらを「道」と捉えてきた。剣道、柔道、相撲道、野球道、茶道、花道、大工道、左官道、医道、果ては極道まで、全て自分を磨く道なのである。
阪神大震災
現代に生きる日本人も、無意識のうちにこの価値観の中にあり、オリンピック選手が出発時に「皆さんに夢と勇気を与えるために頑張ります」と布施行らしきものを称えている。昨今の朝昇龍の一件も「品格、品格」と定義の曖昧な価値観でチャンピオンが非難されるのである。ここから外れたものはたとえ横綱とはいえ排除される。それが日本人の伝統というものである。所詮モンゴルからの出稼ぎと言われても仕方がない。
日本人をよく現わした事例では、阪神大震災で多くの人々が被災したことが世界に報じられたが、その後の復興までの道程の初期の段階で、ハイチやチリの大震災時の略奪、放火、横流し、戒厳令、あるいはアメリカなどで起きた被災地に見られる数々の犯罪のようなものが、ほとんど見られないことが奇異に映り、世界の目から見て日本人の規範のようなものが、驚きの眼差しで見られている。日本人の面目躍如たる好例である。
日本の伝統文化のほとんどには「道」がつく。柔道、剣道、茶道、花道、しかりであり、挙句の果ては外来スポーツである野球にまで「野球道」なる言葉が存在する。
我々伝統工芸に身を置く者も、その背後には道なるものが存在する。広島大学の川上恭司教授が日本人の精神構造の根底にある仏教感について述べているので私感を交えて紹介しよう。
● お釈迦さまが教えた6つの教え
仏教用語に六波羅蜜という言葉がある。京都の六波羅もこれが語源である。これは、今から2000年前、お釈迦さんが教えた人間トレーニングプログラムとして、提唱されたものであり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6つをやれば、人間が磨かれると教えてくれた六波羅蜜なのである。六波羅蜜とは。「六度(ろくど)」ともいわれる。サンスクリット語の(Paramita パーラミター)、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩の基本的な実践徳目である。
その1.布施
坊さんにお布施をすることもそうだし、笑顔で相手をいい気持ちにさせるのも布施業である。スポーツで人々に夢や勇気を与えるのも、布施業の一種だし、「世のため人のため」も、もちろん布施業である。別の言い方をすれば、坊さんに銭をやれば、自分の人格が磨かれるというものである。真偽は不明であるが・・・いわば人に徳を施すということか。
その2.持戒
人間は生きるために、食欲、性欲、独占欲等の煩悩を必然的に持たされており、もちろん、これら基本的欲求がなければ、生物として存在できない。しかし、往々にしてこれら煩悩は際限がなくなり、食べ過ぎてメタボになったり、性欲の虜となり社会的地位から家庭から全て無くしてしまう事がよくある。
これらの欲求はどれも人間として必要不可欠なものであるが、問題は、これらをコントロールできるか否かなのである。腹八分目で食欲をコントロールする力、性欲を抑えておく力など。(タイガーウッズは18番ホールを超え25番ホールまで飛び越し身を持ち崩したことで一躍時の人になったが。)これを戒め、持戒と言う。これをコントロールする練習をすれば、人格が磨かれると教えている。ゴルフにおいても如何に欲をコントロールするかがスコアメイクの秘訣であるらしい。私は自分がストイックなスポーツに向かないことを悟ったので、ゴルフを辞めテニスに変更したが、精進が足りないのか一向にうまくならない。
その3.忍辱(ニンニクと読む。食べ物ではない)
“耐え忍ぶ”だけで人間が成長するようである。素行の悪い子供を、野球部等の運動部に入部させ、理不尽なしごきの中で耐え忍ぶだけで立ち直って行く例とか、古い例では戸塚ヨットスクールでの更生の例などがある。昔から“辛抱する木に花が咲く”と言われており、耐え忍ぶこと、辛抱すること自体にも意味があるようである。体のでかい不良を相撲部屋に入門させ、稽古で理不尽なしごきに耐えさせるだけで人格が磨かれると言うことで、かわいがりと称してしごきとリンチを加えた相撲部屋の事件もあったが、いずれにせよ堪忍袋の緒が切れるという言葉もあるとおり、忍の名のもとで行われる愛の鞭と制裁虐待は紙一重のところにある。私の知っている修験僧の話を聞くと、極限の忍耐を体験した者は特有の境地を切り開くらしい。
その4.精進
この言葉はあらゆる世界で使われる。日々の練習の繰り返しのみで、人間が成長するということらしい。、イチローは、学問的には大したことはなさそうであるが、コメント一つ聞いただけで人格者であることが解る。たかがボール遊びで、あれだけの人間性ができあがる原因は、忍辱、精進その他の六波羅蜜の修行の賜物かもしれない。芸の道、芸術の道、アホなことを言って人を笑わせるお笑いの道、すべてが精進である。
その5.禅定
禅の心、動じない心である。この心を磨くことで人格を上げて行こうという試みが禅宗であるが、凡人としては、なかなか難しい心境である。どんなスポーツでも平常心は大切であり、宮本武蔵は特にこれを磨くことによって強くなったと言われている。相撲も同様、この不動心で強くなっていくが、結局は人格を磨く方法論なのである。すべての戦いにおいてプレッシャーに負けない心を持つこともこれに通じる。
その6.智慧
六波羅蜜では1から5の修行ができた後に、智慧が浮かんでくると教えている。すなわち、布施、持戒、忍辱、精進、禅定等をクリアしたら、世の中が見えてくるらしい。スポーツで言えば、無意識のうちに相手の動きが見えてくる超能力の領域である。王、長嶋、大鵬、青木等かつての名プレーヤー達は、ほとんど理解不能なコメントを残している。
道は違えども、人の営みは全て六波羅蜜のトレーニングプログラムで自分を訓練していると言える。スポーツ選手も、漁師も、大工も、芸術家も、企業経営者も、医者も全て、人助けをし、自分を戒め、耐え、精進し、心を落ち着けて、自分を磨いている。日本人は、伝統としてこれらを「道」と捉えてきた。剣道、柔道、相撲道、野球道、茶道、花道、大工道、左官道、医道、果ては極道まで、全て自分を磨く道なのである。
阪神大震災
現代に生きる日本人も、無意識のうちにこの価値観の中にあり、オリンピック選手が出発時に「皆さんに夢と勇気を与えるために頑張ります」と布施行らしきものを称えている。昨今の朝昇龍の一件も「品格、品格」と定義の曖昧な価値観でチャンピオンが非難されるのである。ここから外れたものはたとえ横綱とはいえ排除される。それが日本人の伝統というものである。所詮モンゴルからの出稼ぎと言われても仕方がない。
日本人をよく現わした事例では、阪神大震災で多くの人々が被災したことが世界に報じられたが、その後の復興までの道程の初期の段階で、ハイチやチリの大震災時の略奪、放火、横流し、戒厳令、あるいはアメリカなどで起きた被災地に見られる数々の犯罪のようなものが、ほとんど見られないことが奇異に映り、世界の目から見て日本人の規範のようなものが、驚きの眼差しで見られている。日本人の面目躍如たる好例である。
2010年2月25日木曜日
検察の歴史
悪政のアレゴリー(イタリア 壁画)
昨日NHKのドキュメンタリー番組で小林多喜二(日本のプロレタリア文学の旗手で、日本共産党に入党し、のちに治安維持法下で特高警察ー現在の検察特捜部の前身によって拷問死した。)の物語を見た。
現在若い世代における非正規雇用の増大と働く貧困層の拡大、低賃金長時間労働の蔓延などの社会経済的背景のもとに、2008年には『蟹工船』が再評価され、新潮文庫の『蟹工船・党生活者』が50万部以上のベストセラーになった。また、2009年にSABU監督によって映画化され、一躍マスコミに出てきた。作品は読んでいないが、現代の社会状況とダブった様相を映し出した番組を見たわけである。
現在日本における検察の在り方が程度の差はあるものの、戦前の公安、特高警察と変わらない取調べの実態が明るみに出て、国民の目は検察の動向に注目している。
特高警察とは特別高等警察の略称で、戦前の日本で天皇制政府に反対する思想や言論、行動を取り締まることを専門にした秘密警察のことである。
明治末期から第二次大戦の敗戦まで、思想犯罪取り締まりに当たった警察。大逆事件を契機として、明治44年(1911)警視庁に特別高等課が設けられたのが最初で、昭和3年(1928)までには全国に設置され、国民の思想・言論・政治活動を弾圧した。同20年にGHQの指令により解体された。
特高警察の創設は1911(明治44)年に警視庁に特別高等警察課として設置されたことにさかのぼることができる。
前年に起きた明治天皇の暗殺を計画したというデッチ上げによって全国の社会主義者などを弾圧した大逆事件が契機となったのである。 その後、1924(大正13)年に大阪、京都などにも増設され、さらに1928(昭和3)年には全国に配置された。 いうまでもなく国体(天皇制)に批判的なすべての思想と運動を「犯罪」とする治安維持法の制定にそなえての設置であった。
同法の主たるターゲットは、1922(大正11)年の創設された天皇制と侵略戦争に反対した日本共産党にあったが、特高は、内務省警保局保安課の統括下におかれ、共産党のみならず、いっさいの民主的な思想や運動の破壊に狂奔した。 そのやり方は、拷問やスパイによる弾圧など野蛮極まりないものであった。
● 民主党つぶしの検察の動き
検察対小沢の第2ラウンドが終わり、検察は決め手もないまま不起訴の結果となり、判定は小沢のTKO勝ち寸前のリードで試合は第3ラウンドにもつれ込む気配が見え隠れするが、今、大阪地検に激震が走っている。元厚労省局長の村木厚子被告(54)が特捜部に逮捕、起訴された「郵便不正事件」の公判で、捜査のデタラメが次々と明らかになっている。
8日の公判では、検事が関係者を聴取した際、ウソの“証拠”をチラつかせ、供述をムリやり引き出していたことが発覚。もはや公判維持さえ危うい状況である。この事件をめぐっては、村木が完全否認している上、「(村木に)指示された」と供述した部下の上村勉被告(40)も証言を覆す方針。
頼みの供述調書もウソの証拠を突き付けて作成していたとなれば、信憑(しんぴょう)性が疑われる。「デッチ上げ不当逮捕」との声が高まるのは必至で、無罪になれば地検幹部のクビも吹っ飛びかねない。
驚きの証言は8日の第5回公判で飛び出した。 民主党の石井一参院議員から口利き電話を受け、村木に便宜を図るよう指示したとされる塩田幸雄・元厚労省障害保健福祉部長(58)が証人出廷し「(聴取した)検事から『あなたから石井議員に電話した交信記録がある』と言われて(村木への指示を)証言したが、後に『実は記録はない』と言われた。大変な供述をして(村木を)無実の罪に陥れてしまった。事件自体が壮大な虚構ではないのか」とブチまけたのだ。
「特捜部の狙いは石井議員だったのだろう。彼らは巨悪を挙げるのに『犠牲もある』と考える傾向にあり、周辺の関係者を“捨て石”と呼んで引っ張るケースがある。村木や上村がまさにそれである。また大阪地検の過去にあった大阪府枚方市の副市長冤罪事件が問題になっている。参照URL
小沢捜査では、東京地検特捜部が逮捕、起訴した石川知裕衆院議員の女性秘書を恫喝(どうかつ)し、長時間の拘束と取り調べしたことも報じられている。もはや取り調べの全面可視化は待ったなしであろう。
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