2010年3月18日木曜日
釣りバカ日誌
長年楽しましてもらった西田敏行主演の「釣りバカ日誌」も20回をもって終わってしまった。寂しい限りである。
私が釣りを始めて、かれこれ30年以上になる。もともと中学の頃に久里浜に住んでいて、ハゼ釣りに夢中になったのが始まりで、久里浜は東京湾の入口に近い所に位置し、そこを流れる平作川の河口から自衛隊駐屯地あたりまで、餌のゴカイが数多く生息し引き潮になると、泥の中からそいつを採り、半日もしないうちにバケツ一杯のハゼがよく釣れたことを思い出す。
子供の頃の楽しみと言えば、この釣りと、久里浜にあった日活館という映画館で裕次郎の映画をよく見たことである。その釣り体験が尾を引き、以後川釣り、海釣りと範囲が広がり、30を過ぎた頃から船釣りにはまったわけである。
もともと性格的に横着なところがあり、船頭が魚の釣れる場所に連れて行ってくれる釣りが、性分に合ったのかもしれない。
母親の親父と言うのが大の釣り好きで、戦前釣り船を持っていて神戸近辺の海でよく釣りに出ては、釣った魚をさばくのを手伝ったと、母からよく聞かされた。この親父は米穀商をやる傍ら、海釣り、陸釣り(女道楽)に励み、齢68で往生したが、母と腹違いの兄弟や妾も何人かいたようで、母の話から海千山千とはこの爺さんのことを言うのだと思った。
さて、そんな血筋の話はさて置き、釣りに限らず狩猟は人間の太古のDNAを刺激するもので、最も心躍るものである。
釣りものは季節とともに変わるため、釣魚とともに季節の移ろいを肌で感じるので1年が早い。
春になるとクロメバル、沖メバル、ヒラメ、鯛、梅雨の走りのフグ、夏のイサキ、アジ,アナゴやメバルの夜釣り,マゴチ、タコ 秋のワラサ、シマアジ、冬のカワハギ、オニカサゴ、太刀魚など数え上げたらきりがないが、魚によって道具が違ってくるので、釣り道楽は同時に道具道楽に通じる。その間何人かの釣友も増え、道具も増え、房総への遠征も回数が増えそこそこの釣果が上がるようになった。
今まで各地の船宿を渡り歩いたが、私のホームグランドは東京湾と相模湾である。最近の遊漁船は設備も良くなり、ハイテクの塊のような船も見かけられるが、釣果を上げられるのも、時の運と船長の腕にかかっている。人は過去の苦い経験、失敗から多くを学ぶものであるが、私も釣りバカ日誌のようなものを書きためて、データ入力をしている。もちろん咋年よかった魚が今年良いとは限らなかったり、狙った魚以外の外道が来たりで海の状況は刻一刻と変わっていくものである。釣った魚はその時々の一期一会の一匹である。
最近南房で釣り逃がした魚にシマアジの大きいものがある、この時は、1年物の800g前後ののシマアジが8匹釣れたが、最後に来たのが今まで味わったことのない引き込みで、あっという間に6号のハリスが切られ悔しい思いをした。その時の余韻が残っている今、秘かにリベンジへの闘志がわいてきた。
未知なるものにロマンを感じるのは私だけではない。釣りバカと言われる連中が皆そうであるように。古今東西釣りにまつわる話は多い。
昔中国のある王がお抱えの絵師に馬鹿の絵を書くように申し渡したところ、川で釣りをしている男を描いたら、王はもっと馬鹿を書けといったので,絵師はおもむろに筆をとり橋を描きその上に大勢の見物人を描いたという逸話がある。
日本ではさながら竿先に糸が垂れ,竿尻に馬鹿がいるといった風情である。
中国の諺に「10分幸せになりたければ美味いものを食べ,30分幸せになりたければ酒を飲め,一日幸せになりたければ嫁を取れ,一生幸せになりたければ釣りをせよ。」とある。太公望という言葉が有るほど釣りは中国では娯楽の王様である。趣味が高じて本業になることがよくあるが,人間馬鹿になるほど物事に夢中に成れれば幸せであるし本物である。
かのへミングウエイも言っている。
「釣れないときは、魚が考える時間を与えてくれたと思えばいい。」と、、、、
2010年3月13日土曜日
中国経済の幻影
○中国政府の発表する経済数値は誇張されている。
リーマンショック以降アメリカ経済の凋落とともに台頭してきたのが中国経済であるが、日本をはじめ先進諸国の熱い目は勢い中国に注がれて、世界経済立て直しの牽引役として脚光を浴びているが、マスメディアがあまり報道していない中国経済の実態を少し探ってみよう。
今や中国国家統計局が発表するGDP数値や経済成長率の数値がいい加減であることは定説になっている。
前期比のGDP伸び率は経済実態をより反映できるが、中国政府は各四半期のデータ、またはそれぞれの四半期のデータを前期と比較したものを報告しないため、人々は中国経済の実態を把握できていないでいる。
中国経済において名目GDPに対する名目輸出の割合は40%に相当し、輸出にかなり依存した経済構造であることがわかる。日本も輸出依存型経済であると言われるが、名目GDPに占める輸出の割合はせいぜい16%程度であり、中国に比べるとかなり低い。これからすると、中国は輸出依存度の高さゆえに輸出相手先である先進国の経済の影響をストレートに受ける状況にあると言える。
米国発の金融危機が始まる前に、中国においては企業が相次いで倒産しており
、中小企業司の統計によると、08年上半期において、中国全国ですでに6万7千社の中小企業が倒産した。さらに世界金融危機の発生につれ、中国企業の倒産ラッシュが加速した。
特に、珠江デルタにおける企業の倒産が深刻で、香港メディアによると、08年年末から2009年にかけて、深セン、東莞及び広州の4万5千社の企業のうち、倒産した企業はすでに約1万社で、失業者は数百万人に上ったという。
中国政府の発表によると、2009年度で約600万から700万人の大卒生が「卒業する途端に失業してしまう」との運命に直面するという。
米国のドレクセル大学の謝田・教授によると、中国共産党政権がGDPデータに関して系統的かつ持続的に、虚偽のデータを作り上げていると指摘した。中国共産党政権が国際社会を騙し、各国からの投資資金が断たれることもなく永遠に中国に流入させ、迫害政策で空っぽとなった中央財政を隠すために、うそのデータを作り上げている。
謝田教授は「中国人民大学の失業問題の専門家は最近、中国の真の失業率は20%以上で、政府の公表した5%や6%という水準のものではないと話している。同様に、世界金融危機の発生や中国輸出の急減が始まった後、外国資本は中国から撤退するだろう。こうなれば、中国政府が中国経済の実態を隠す手段が効かなくなり、間もなく、われわれはより多くのGDP急低下や失業率の急増及びインフレの急上昇などの報道を耳にするだろう」と話し、中国政府が発表したGDP伸び率が6・8%とのデータは、中国政府が目的を持って作り上げたうその経済データだ、と主張した。
2009年度で中国にある4200万社以上の中小企業のうち40%がすでに倒産、40%が倒産の危機に面している現状を紹介した。資金繰りに行き詰まり経営危機に陥るケースがほとんどであるという。
中国の中小企業は国内総生産の60%を占め、税収の50%に貢献しているから、中小企業の危機はすなわち中国経済全体の危機であると言ってよい。
○日本の後を追うバブル経済
中国では経済成長率が1%落ちると、500万人の雇用が失われると言われ、現在、政府が発表している2000万人の失業者は実体数はその倍以上の4500万人とも言われている。国内では年間9万件以上の集団抗議が行われている中国では、6%以上の経済成長率がないとデモクラシーの未熟なこの国は、直ちに社会争乱に結びつく。
社会不安を起こさないためには、高い経済成長率を達成し続けないといけない。その達成のために行った公共投資や新規貸出によってお金は、中国国内の株式市場や不動産市場に集中する形で流れ込み、局所的なバブル経済を生み出しつつある一方で、個人消費等の内需の拡大に必ずしも直結していないのが実情らしい。
そのため米国の景気悪化で落ち込んだ輸出に代わって、内需拡大の政策が取られ、金融緩和や危うい信用供与での、家電、自動車、住宅販売促進に政府補助金をつけて内需拡大の強制的一時的効果を上げたが、消費者の多くは信用供与が疑わしい所得レベルにあり、この信用供与が破裂するのは時間の問題となっている。その良い例が住宅バブルである。中国の政府系シンクタンク、中国社会科学院は2010年の「経済青書」で、「中国の不動産価格はすでに合理的な域を越えており、中国の約85%の家庭は住宅を買う能力がない」と指摘。「開発業者による不当な利益追求を容認してきた地方政府にも原因がある」と、政府系機関としては珍しく政府を批判した。
それによると、国際基準では住宅価格は家庭年収の3倍から6倍が一般的とされるが、中国の住宅価格はすでに都市部住民家庭の平均年収の8倍を超えている。農民工(出稼ぎ労働者)の場合は、20倍を超えるとし、「高い不動産価格は、農民の都市部への進出を制限し、中国の都市化を遅らせる原因になっている」という。
北京や上海などの大都市では、今年夏以後、面積100平方メートル前後の住宅が500万元(約6500万円)以上で取引されるケースも多くあるが、購入する人のほとんどは値上がり後の転売を目的にしており、入居者のいない空室が目立っている。まるでドバイの住宅バブルを連想させる状況だ。
米国の投資家であるジェームズ・シャノス氏が中国経済のバブル崩壊を予測している。巨大な不動産バブルが存在すること、公式統計の数字が疑わしいこと、解消されない生産設備の余剰などが列挙されている。上海万博は2010年5月1日―10月31日に開催されるが、多くの人々が万博後に高度成長の反動が起きることを予想している。だとすれば、バブルが崩壊するのは恐らく万博の後ではなく前になるだろうとも言われている。また中国バブルの崩壊はドバイをはるかにしのぐ大規模なものになることが予測されている。
バブルが崩壊した後の中国は、これまで以上に輸出(外需)に頼ろうとする。米国は、中国が米国債を買い支える限りは中国の輸出を受け入れるだろうが、中国経済の今後は先進国の経済次第でもある。とくにアメリカは先にわが国に行った円切り上げの圧力(プラザ合意)をかけたように、中国にも元の切り上げを迫っていくことは時間の問題である。まさに日本に追いついた中国は世界経済における位置からハンデを与えられようとしている。
*ちなみに2009年12月末の米国債権保有の国別ランキングは以下の通り。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1)日本 7686億ドル
2)中国 7554
3)イギリス 3025
4)産油国 1868
5)カリブ海 1847
6)ブラジル 1606
7)香港 1529
8)ロシア 1185億ドル
(注)プラザ合意
1985年、貿易赤字に苦しむ米国はニューヨークのプラザホテルでG5を開催し、各国がドル安へ協調することになった。この「プラザ合意」は急激な円高につながり、230円台だったドル・円相場は120円台までのドルの暴落となり、「円高不況」につながった。ここで日本の実力に見合ったゴルフのようにハンデがつけられた。
89年のバブルのピーク時に日本からの海外旅行者が戦後初めて1千万人の大台に乗せたことがあったが、最近、中国が日本への観光ビザを解禁して中国からの観光客が急増している。最近のTV放送で、家電のラオックスが中国企業に買収され、中国からの買い物ツアー客を観光バスで秋葉原のラオックスに送り込んでいるのを見たが、これなどは今の中国を現わしている映像でもある。また、中国の上半期の自動車販売台数が610万台で世界一になったこともバブルの気配が漂っている。
日本のバブル経済のピークは1988年から89年の2年間で、その間に日経平均はほぼ2倍になっており、。 中国の上海A株は2006年初めからの1年半足らずの間に、すでに3倍以上になった。
中国経済の立役者、トウ小平は、「黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕まえるネコがいいネコだ」と、経済成長をイデオロギーの純粋性の上に位置づけた。
中国の指導者たちはトウの言葉を盾に、統制的な資本主義で経済を成長させる代わりに共産党が絶対的な政治権力を維持するという現在の体制を維持しようとしている。民主化をしていたら、豊かになるどころか世界的な景気後退も生き抜けなかっただろう、というのが彼らの主張である。
リーマンショック以降アメリカ経済の凋落とともに台頭してきたのが中国経済であるが、日本をはじめ先進諸国の熱い目は勢い中国に注がれて、世界経済立て直しの牽引役として脚光を浴びているが、マスメディアがあまり報道していない中国経済の実態を少し探ってみよう。
今や中国国家統計局が発表するGDP数値や経済成長率の数値がいい加減であることは定説になっている。
前期比のGDP伸び率は経済実態をより反映できるが、中国政府は各四半期のデータ、またはそれぞれの四半期のデータを前期と比較したものを報告しないため、人々は中国経済の実態を把握できていないでいる。
中国経済において名目GDPに対する名目輸出の割合は40%に相当し、輸出にかなり依存した経済構造であることがわかる。日本も輸出依存型経済であると言われるが、名目GDPに占める輸出の割合はせいぜい16%程度であり、中国に比べるとかなり低い。これからすると、中国は輸出依存度の高さゆえに輸出相手先である先進国の経済の影響をストレートに受ける状況にあると言える。
米国発の金融危機が始まる前に、中国においては企業が相次いで倒産しており
、中小企業司の統計によると、08年上半期において、中国全国ですでに6万7千社の中小企業が倒産した。さらに世界金融危機の発生につれ、中国企業の倒産ラッシュが加速した。
特に、珠江デルタにおける企業の倒産が深刻で、香港メディアによると、08年年末から2009年にかけて、深セン、東莞及び広州の4万5千社の企業のうち、倒産した企業はすでに約1万社で、失業者は数百万人に上ったという。
中国政府の発表によると、2009年度で約600万から700万人の大卒生が「卒業する途端に失業してしまう」との運命に直面するという。
米国のドレクセル大学の謝田・教授によると、中国共産党政権がGDPデータに関して系統的かつ持続的に、虚偽のデータを作り上げていると指摘した。中国共産党政権が国際社会を騙し、各国からの投資資金が断たれることもなく永遠に中国に流入させ、迫害政策で空っぽとなった中央財政を隠すために、うそのデータを作り上げている。
謝田教授は「中国人民大学の失業問題の専門家は最近、中国の真の失業率は20%以上で、政府の公表した5%や6%という水準のものではないと話している。同様に、世界金融危機の発生や中国輸出の急減が始まった後、外国資本は中国から撤退するだろう。こうなれば、中国政府が中国経済の実態を隠す手段が効かなくなり、間もなく、われわれはより多くのGDP急低下や失業率の急増及びインフレの急上昇などの報道を耳にするだろう」と話し、中国政府が発表したGDP伸び率が6・8%とのデータは、中国政府が目的を持って作り上げたうその経済データだ、と主張した。
2009年度で中国にある4200万社以上の中小企業のうち40%がすでに倒産、40%が倒産の危機に面している現状を紹介した。資金繰りに行き詰まり経営危機に陥るケースがほとんどであるという。
中国の中小企業は国内総生産の60%を占め、税収の50%に貢献しているから、中小企業の危機はすなわち中国経済全体の危機であると言ってよい。
○日本の後を追うバブル経済
中国では経済成長率が1%落ちると、500万人の雇用が失われると言われ、現在、政府が発表している2000万人の失業者は実体数はその倍以上の4500万人とも言われている。国内では年間9万件以上の集団抗議が行われている中国では、6%以上の経済成長率がないとデモクラシーの未熟なこの国は、直ちに社会争乱に結びつく。
社会不安を起こさないためには、高い経済成長率を達成し続けないといけない。その達成のために行った公共投資や新規貸出によってお金は、中国国内の株式市場や不動産市場に集中する形で流れ込み、局所的なバブル経済を生み出しつつある一方で、個人消費等の内需の拡大に必ずしも直結していないのが実情らしい。
そのため米国の景気悪化で落ち込んだ輸出に代わって、内需拡大の政策が取られ、金融緩和や危うい信用供与での、家電、自動車、住宅販売促進に政府補助金をつけて内需拡大の強制的一時的効果を上げたが、消費者の多くは信用供与が疑わしい所得レベルにあり、この信用供与が破裂するのは時間の問題となっている。その良い例が住宅バブルである。中国の政府系シンクタンク、中国社会科学院は2010年の「経済青書」で、「中国の不動産価格はすでに合理的な域を越えており、中国の約85%の家庭は住宅を買う能力がない」と指摘。「開発業者による不当な利益追求を容認してきた地方政府にも原因がある」と、政府系機関としては珍しく政府を批判した。
それによると、国際基準では住宅価格は家庭年収の3倍から6倍が一般的とされるが、中国の住宅価格はすでに都市部住民家庭の平均年収の8倍を超えている。農民工(出稼ぎ労働者)の場合は、20倍を超えるとし、「高い不動産価格は、農民の都市部への進出を制限し、中国の都市化を遅らせる原因になっている」という。
北京や上海などの大都市では、今年夏以後、面積100平方メートル前後の住宅が500万元(約6500万円)以上で取引されるケースも多くあるが、購入する人のほとんどは値上がり後の転売を目的にしており、入居者のいない空室が目立っている。まるでドバイの住宅バブルを連想させる状況だ。
米国の投資家であるジェームズ・シャノス氏が中国経済のバブル崩壊を予測している。巨大な不動産バブルが存在すること、公式統計の数字が疑わしいこと、解消されない生産設備の余剰などが列挙されている。上海万博は2010年5月1日―10月31日に開催されるが、多くの人々が万博後に高度成長の反動が起きることを予想している。だとすれば、バブルが崩壊するのは恐らく万博の後ではなく前になるだろうとも言われている。また中国バブルの崩壊はドバイをはるかにしのぐ大規模なものになることが予測されている。
バブルが崩壊した後の中国は、これまで以上に輸出(外需)に頼ろうとする。米国は、中国が米国債を買い支える限りは中国の輸出を受け入れるだろうが、中国経済の今後は先進国の経済次第でもある。とくにアメリカは先にわが国に行った円切り上げの圧力(プラザ合意)をかけたように、中国にも元の切り上げを迫っていくことは時間の問題である。まさに日本に追いついた中国は世界経済における位置からハンデを与えられようとしている。
*ちなみに2009年12月末の米国債権保有の国別ランキングは以下の通り。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1)日本 7686億ドル
2)中国 7554
3)イギリス 3025
4)産油国 1868
5)カリブ海 1847
6)ブラジル 1606
7)香港 1529
8)ロシア 1185億ドル
(注)プラザ合意
1985年、貿易赤字に苦しむ米国はニューヨークのプラザホテルでG5を開催し、各国がドル安へ協調することになった。この「プラザ合意」は急激な円高につながり、230円台だったドル・円相場は120円台までのドルの暴落となり、「円高不況」につながった。ここで日本の実力に見合ったゴルフのようにハンデがつけられた。
89年のバブルのピーク時に日本からの海外旅行者が戦後初めて1千万人の大台に乗せたことがあったが、最近、中国が日本への観光ビザを解禁して中国からの観光客が急増している。最近のTV放送で、家電のラオックスが中国企業に買収され、中国からの買い物ツアー客を観光バスで秋葉原のラオックスに送り込んでいるのを見たが、これなどは今の中国を現わしている映像でもある。また、中国の上半期の自動車販売台数が610万台で世界一になったこともバブルの気配が漂っている。
日本のバブル経済のピークは1988年から89年の2年間で、その間に日経平均はほぼ2倍になっており、。 中国の上海A株は2006年初めからの1年半足らずの間に、すでに3倍以上になった。
中国経済の立役者、トウ小平は、「黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕まえるネコがいいネコだ」と、経済成長をイデオロギーの純粋性の上に位置づけた。
中国の指導者たちはトウの言葉を盾に、統制的な資本主義で経済を成長させる代わりに共産党が絶対的な政治権力を維持するという現在の体制を維持しようとしている。民主化をしていたら、豊かになるどころか世界的な景気後退も生き抜けなかっただろう、というのが彼らの主張である。
2010年3月3日水曜日
日本人の根底にあるもの
涅槃の図
日本の伝統文化のほとんどには「道」がつく。柔道、剣道、茶道、花道、しかりであり、挙句の果ては外来スポーツである野球にまで「野球道」なる言葉が存在する。
我々伝統工芸に身を置く者も、その背後には道なるものが存在する。広島大学の川上恭司教授が日本人の精神構造の根底にある仏教感について述べているので私感を交えて紹介しよう。
● お釈迦さまが教えた6つの教え
仏教用語に六波羅蜜という言葉がある。京都の六波羅もこれが語源である。これは、今から2000年前、お釈迦さんが教えた人間トレーニングプログラムとして、提唱されたものであり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6つをやれば、人間が磨かれると教えてくれた六波羅蜜なのである。六波羅蜜とは。「六度(ろくど)」ともいわれる。サンスクリット語の(Paramita パーラミター)、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩の基本的な実践徳目である。
その1.布施
坊さんにお布施をすることもそうだし、笑顔で相手をいい気持ちにさせるのも布施業である。スポーツで人々に夢や勇気を与えるのも、布施業の一種だし、「世のため人のため」も、もちろん布施業である。別の言い方をすれば、坊さんに銭をやれば、自分の人格が磨かれるというものである。真偽は不明であるが・・・いわば人に徳を施すということか。
その2.持戒
人間は生きるために、食欲、性欲、独占欲等の煩悩を必然的に持たされており、もちろん、これら基本的欲求がなければ、生物として存在できない。しかし、往々にしてこれら煩悩は際限がなくなり、食べ過ぎてメタボになったり、性欲の虜となり社会的地位から家庭から全て無くしてしまう事がよくある。
これらの欲求はどれも人間として必要不可欠なものであるが、問題は、これらをコントロールできるか否かなのである。腹八分目で食欲をコントロールする力、性欲を抑えておく力など。(タイガーウッズは18番ホールを超え25番ホールまで飛び越し身を持ち崩したことで一躍時の人になったが。)これを戒め、持戒と言う。これをコントロールする練習をすれば、人格が磨かれると教えている。ゴルフにおいても如何に欲をコントロールするかがスコアメイクの秘訣であるらしい。私は自分がストイックなスポーツに向かないことを悟ったので、ゴルフを辞めテニスに変更したが、精進が足りないのか一向にうまくならない。
その3.忍辱(ニンニクと読む。食べ物ではない)
“耐え忍ぶ”だけで人間が成長するようである。素行の悪い子供を、野球部等の運動部に入部させ、理不尽なしごきの中で耐え忍ぶだけで立ち直って行く例とか、古い例では戸塚ヨットスクールでの更生の例などがある。昔から“辛抱する木に花が咲く”と言われており、耐え忍ぶこと、辛抱すること自体にも意味があるようである。体のでかい不良を相撲部屋に入門させ、稽古で理不尽なしごきに耐えさせるだけで人格が磨かれると言うことで、かわいがりと称してしごきとリンチを加えた相撲部屋の事件もあったが、いずれにせよ堪忍袋の緒が切れるという言葉もあるとおり、忍の名のもとで行われる愛の鞭と制裁虐待は紙一重のところにある。私の知っている修験僧の話を聞くと、極限の忍耐を体験した者は特有の境地を切り開くらしい。
その4.精進
この言葉はあらゆる世界で使われる。日々の練習の繰り返しのみで、人間が成長するということらしい。、イチローは、学問的には大したことはなさそうであるが、コメント一つ聞いただけで人格者であることが解る。たかがボール遊びで、あれだけの人間性ができあがる原因は、忍辱、精進その他の六波羅蜜の修行の賜物かもしれない。芸の道、芸術の道、アホなことを言って人を笑わせるお笑いの道、すべてが精進である。
その5.禅定
禅の心、動じない心である。この心を磨くことで人格を上げて行こうという試みが禅宗であるが、凡人としては、なかなか難しい心境である。どんなスポーツでも平常心は大切であり、宮本武蔵は特にこれを磨くことによって強くなったと言われている。相撲も同様、この不動心で強くなっていくが、結局は人格を磨く方法論なのである。すべての戦いにおいてプレッシャーに負けない心を持つこともこれに通じる。
その6.智慧
六波羅蜜では1から5の修行ができた後に、智慧が浮かんでくると教えている。すなわち、布施、持戒、忍辱、精進、禅定等をクリアしたら、世の中が見えてくるらしい。スポーツで言えば、無意識のうちに相手の動きが見えてくる超能力の領域である。王、長嶋、大鵬、青木等かつての名プレーヤー達は、ほとんど理解不能なコメントを残している。
道は違えども、人の営みは全て六波羅蜜のトレーニングプログラムで自分を訓練していると言える。スポーツ選手も、漁師も、大工も、芸術家も、企業経営者も、医者も全て、人助けをし、自分を戒め、耐え、精進し、心を落ち着けて、自分を磨いている。日本人は、伝統としてこれらを「道」と捉えてきた。剣道、柔道、相撲道、野球道、茶道、花道、大工道、左官道、医道、果ては極道まで、全て自分を磨く道なのである。
阪神大震災
現代に生きる日本人も、無意識のうちにこの価値観の中にあり、オリンピック選手が出発時に「皆さんに夢と勇気を与えるために頑張ります」と布施行らしきものを称えている。昨今の朝昇龍の一件も「品格、品格」と定義の曖昧な価値観でチャンピオンが非難されるのである。ここから外れたものはたとえ横綱とはいえ排除される。それが日本人の伝統というものである。所詮モンゴルからの出稼ぎと言われても仕方がない。
日本人をよく現わした事例では、阪神大震災で多くの人々が被災したことが世界に報じられたが、その後の復興までの道程の初期の段階で、ハイチやチリの大震災時の略奪、放火、横流し、戒厳令、あるいはアメリカなどで起きた被災地に見られる数々の犯罪のようなものが、ほとんど見られないことが奇異に映り、世界の目から見て日本人の規範のようなものが、驚きの眼差しで見られている。日本人の面目躍如たる好例である。
日本の伝統文化のほとんどには「道」がつく。柔道、剣道、茶道、花道、しかりであり、挙句の果ては外来スポーツである野球にまで「野球道」なる言葉が存在する。
我々伝統工芸に身を置く者も、その背後には道なるものが存在する。広島大学の川上恭司教授が日本人の精神構造の根底にある仏教感について述べているので私感を交えて紹介しよう。
● お釈迦さまが教えた6つの教え
仏教用語に六波羅蜜という言葉がある。京都の六波羅もこれが語源である。これは、今から2000年前、お釈迦さんが教えた人間トレーニングプログラムとして、提唱されたものであり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6つをやれば、人間が磨かれると教えてくれた六波羅蜜なのである。六波羅蜜とは。「六度(ろくど)」ともいわれる。サンスクリット語の(Paramita パーラミター)、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩の基本的な実践徳目である。
その1.布施
坊さんにお布施をすることもそうだし、笑顔で相手をいい気持ちにさせるのも布施業である。スポーツで人々に夢や勇気を与えるのも、布施業の一種だし、「世のため人のため」も、もちろん布施業である。別の言い方をすれば、坊さんに銭をやれば、自分の人格が磨かれるというものである。真偽は不明であるが・・・いわば人に徳を施すということか。
その2.持戒
人間は生きるために、食欲、性欲、独占欲等の煩悩を必然的に持たされており、もちろん、これら基本的欲求がなければ、生物として存在できない。しかし、往々にしてこれら煩悩は際限がなくなり、食べ過ぎてメタボになったり、性欲の虜となり社会的地位から家庭から全て無くしてしまう事がよくある。
これらの欲求はどれも人間として必要不可欠なものであるが、問題は、これらをコントロールできるか否かなのである。腹八分目で食欲をコントロールする力、性欲を抑えておく力など。(タイガーウッズは18番ホールを超え25番ホールまで飛び越し身を持ち崩したことで一躍時の人になったが。)これを戒め、持戒と言う。これをコントロールする練習をすれば、人格が磨かれると教えている。ゴルフにおいても如何に欲をコントロールするかがスコアメイクの秘訣であるらしい。私は自分がストイックなスポーツに向かないことを悟ったので、ゴルフを辞めテニスに変更したが、精進が足りないのか一向にうまくならない。
その3.忍辱(ニンニクと読む。食べ物ではない)
“耐え忍ぶ”だけで人間が成長するようである。素行の悪い子供を、野球部等の運動部に入部させ、理不尽なしごきの中で耐え忍ぶだけで立ち直って行く例とか、古い例では戸塚ヨットスクールでの更生の例などがある。昔から“辛抱する木に花が咲く”と言われており、耐え忍ぶこと、辛抱すること自体にも意味があるようである。体のでかい不良を相撲部屋に入門させ、稽古で理不尽なしごきに耐えさせるだけで人格が磨かれると言うことで、かわいがりと称してしごきとリンチを加えた相撲部屋の事件もあったが、いずれにせよ堪忍袋の緒が切れるという言葉もあるとおり、忍の名のもとで行われる愛の鞭と制裁虐待は紙一重のところにある。私の知っている修験僧の話を聞くと、極限の忍耐を体験した者は特有の境地を切り開くらしい。
その4.精進
この言葉はあらゆる世界で使われる。日々の練習の繰り返しのみで、人間が成長するということらしい。、イチローは、学問的には大したことはなさそうであるが、コメント一つ聞いただけで人格者であることが解る。たかがボール遊びで、あれだけの人間性ができあがる原因は、忍辱、精進その他の六波羅蜜の修行の賜物かもしれない。芸の道、芸術の道、アホなことを言って人を笑わせるお笑いの道、すべてが精進である。
その5.禅定
禅の心、動じない心である。この心を磨くことで人格を上げて行こうという試みが禅宗であるが、凡人としては、なかなか難しい心境である。どんなスポーツでも平常心は大切であり、宮本武蔵は特にこれを磨くことによって強くなったと言われている。相撲も同様、この不動心で強くなっていくが、結局は人格を磨く方法論なのである。すべての戦いにおいてプレッシャーに負けない心を持つこともこれに通じる。
その6.智慧
六波羅蜜では1から5の修行ができた後に、智慧が浮かんでくると教えている。すなわち、布施、持戒、忍辱、精進、禅定等をクリアしたら、世の中が見えてくるらしい。スポーツで言えば、無意識のうちに相手の動きが見えてくる超能力の領域である。王、長嶋、大鵬、青木等かつての名プレーヤー達は、ほとんど理解不能なコメントを残している。
道は違えども、人の営みは全て六波羅蜜のトレーニングプログラムで自分を訓練していると言える。スポーツ選手も、漁師も、大工も、芸術家も、企業経営者も、医者も全て、人助けをし、自分を戒め、耐え、精進し、心を落ち着けて、自分を磨いている。日本人は、伝統としてこれらを「道」と捉えてきた。剣道、柔道、相撲道、野球道、茶道、花道、大工道、左官道、医道、果ては極道まで、全て自分を磨く道なのである。
阪神大震災
現代に生きる日本人も、無意識のうちにこの価値観の中にあり、オリンピック選手が出発時に「皆さんに夢と勇気を与えるために頑張ります」と布施行らしきものを称えている。昨今の朝昇龍の一件も「品格、品格」と定義の曖昧な価値観でチャンピオンが非難されるのである。ここから外れたものはたとえ横綱とはいえ排除される。それが日本人の伝統というものである。所詮モンゴルからの出稼ぎと言われても仕方がない。
日本人をよく現わした事例では、阪神大震災で多くの人々が被災したことが世界に報じられたが、その後の復興までの道程の初期の段階で、ハイチやチリの大震災時の略奪、放火、横流し、戒厳令、あるいはアメリカなどで起きた被災地に見られる数々の犯罪のようなものが、ほとんど見られないことが奇異に映り、世界の目から見て日本人の規範のようなものが、驚きの眼差しで見られている。日本人の面目躍如たる好例である。
2010年2月25日木曜日
検察の歴史
悪政のアレゴリー(イタリア 壁画)
昨日NHKのドキュメンタリー番組で小林多喜二(日本のプロレタリア文学の旗手で、日本共産党に入党し、のちに治安維持法下で特高警察ー現在の検察特捜部の前身によって拷問死した。)の物語を見た。
現在若い世代における非正規雇用の増大と働く貧困層の拡大、低賃金長時間労働の蔓延などの社会経済的背景のもとに、2008年には『蟹工船』が再評価され、新潮文庫の『蟹工船・党生活者』が50万部以上のベストセラーになった。また、2009年にSABU監督によって映画化され、一躍マスコミに出てきた。作品は読んでいないが、現代の社会状況とダブった様相を映し出した番組を見たわけである。
現在日本における検察の在り方が程度の差はあるものの、戦前の公安、特高警察と変わらない取調べの実態が明るみに出て、国民の目は検察の動向に注目している。
特高警察とは特別高等警察の略称で、戦前の日本で天皇制政府に反対する思想や言論、行動を取り締まることを専門にした秘密警察のことである。
明治末期から第二次大戦の敗戦まで、思想犯罪取り締まりに当たった警察。大逆事件を契機として、明治44年(1911)警視庁に特別高等課が設けられたのが最初で、昭和3年(1928)までには全国に設置され、国民の思想・言論・政治活動を弾圧した。同20年にGHQの指令により解体された。
特高警察の創設は1911(明治44)年に警視庁に特別高等警察課として設置されたことにさかのぼることができる。
前年に起きた明治天皇の暗殺を計画したというデッチ上げによって全国の社会主義者などを弾圧した大逆事件が契機となったのである。 その後、1924(大正13)年に大阪、京都などにも増設され、さらに1928(昭和3)年には全国に配置された。 いうまでもなく国体(天皇制)に批判的なすべての思想と運動を「犯罪」とする治安維持法の制定にそなえての設置であった。
同法の主たるターゲットは、1922(大正11)年の創設された天皇制と侵略戦争に反対した日本共産党にあったが、特高は、内務省警保局保安課の統括下におかれ、共産党のみならず、いっさいの民主的な思想や運動の破壊に狂奔した。 そのやり方は、拷問やスパイによる弾圧など野蛮極まりないものであった。
● 民主党つぶしの検察の動き
検察対小沢の第2ラウンドが終わり、検察は決め手もないまま不起訴の結果となり、判定は小沢のTKO勝ち寸前のリードで試合は第3ラウンドにもつれ込む気配が見え隠れするが、今、大阪地検に激震が走っている。元厚労省局長の村木厚子被告(54)が特捜部に逮捕、起訴された「郵便不正事件」の公判で、捜査のデタラメが次々と明らかになっている。
8日の公判では、検事が関係者を聴取した際、ウソの“証拠”をチラつかせ、供述をムリやり引き出していたことが発覚。もはや公判維持さえ危うい状況である。この事件をめぐっては、村木が完全否認している上、「(村木に)指示された」と供述した部下の上村勉被告(40)も証言を覆す方針。
頼みの供述調書もウソの証拠を突き付けて作成していたとなれば、信憑(しんぴょう)性が疑われる。「デッチ上げ不当逮捕」との声が高まるのは必至で、無罪になれば地検幹部のクビも吹っ飛びかねない。
驚きの証言は8日の第5回公判で飛び出した。 民主党の石井一参院議員から口利き電話を受け、村木に便宜を図るよう指示したとされる塩田幸雄・元厚労省障害保健福祉部長(58)が証人出廷し「(聴取した)検事から『あなたから石井議員に電話した交信記録がある』と言われて(村木への指示を)証言したが、後に『実は記録はない』と言われた。大変な供述をして(村木を)無実の罪に陥れてしまった。事件自体が壮大な虚構ではないのか」とブチまけたのだ。
「特捜部の狙いは石井議員だったのだろう。彼らは巨悪を挙げるのに『犠牲もある』と考える傾向にあり、周辺の関係者を“捨て石”と呼んで引っ張るケースがある。村木や上村がまさにそれである。また大阪地検の過去にあった大阪府枚方市の副市長冤罪事件が問題になっている。参照URL
小沢捜査では、東京地検特捜部が逮捕、起訴した石川知裕衆院議員の女性秘書を恫喝(どうかつ)し、長時間の拘束と取り調べしたことも報じられている。もはや取り調べの全面可視化は待ったなしであろう。
2010年2月17日水曜日
アートな話「花鳥風月」
花鳥画
鎌倉彫に限らず工芸意匠の中で、花に次いで多いのが花鳥図である。我々が共有する自然の中で、図案になりやすいのが花および花鳥であろうか。
上の図は江戸時代に東西の絵画の流れを作った作家の絵である。左は京都丸山派の始祖丸山応挙右は江戸琳派の一人酒井抱一のいずれも花鳥画である。
東洋的な自然観は西洋的な自然と対峙する自然観と違い、自然と融和し自然との一体化の中で生活し、そこに美を見出す。
東洋の美意識は、「山水」「花鳥」の言葉で表され、日本では「花鳥風月」といわれるように「風月」といわれる自然の移ろいとも結びついている。
これは日本の風土が四季の変化が明確にみられる背景があり、そこに抒情性が存在するのである。
さて、美術において花鳥画の源流をたどると、それは中国唐代に存在していたが、宋代に入って山水画とともに本格的な中国美術の源流となっていく。
こうした中国の絵画の流れは、日本にもすべての文化と同様に連動して現れ,唐絵として影響を与えていった。
「花鳥」は中国絵画史の中で生まれた題材による分類名称であり、草虫、魚藻,果実などを含め、広範囲に使われた。それは濃彩画風と水墨に淡彩を交えた写実的な2種類の画風が確立し、以後この絵画様式はのちの時代に展開していく。右図は中国宋代の画家林椿の花鳥画。
わが国もまた中国に学びつつ、日本的な情緒、抒情性を加えて独自の様式を作り出した。平安時代以降、唐風を起点として季節感豊かな小景が日本的な詩情で表現されるようになり、その画様はのちの大和絵や琳派、さらに工芸的デザインの中に継承されていく。
花鳥は装飾衣装の中で早くから主様な位置を占めており、花鳥画が本来厳しい写生に基づいているのに対し、デザインとしての花鳥は,諸民族の宗教や思想を背景に、主に観念の世界で形作られた傾向があるように思われる。
また「鳥」については、東アジアでは鳥類の王者としての鳳凰(瑞鳥)がある。鳥のデザインの中で特徴的なものに咋鳥文がある。これは寿福のシンボルをついばんで飛来するもので、これは理想郷と人間界とを結ぶ渡り鳥のような役割を果たした。いわゆる「花喰い鳥」「松喰い鶴」や旧約聖書に出てくるオリーブの枝を咥えたハトなどがある。右の図は愛煙家におなじみのピースのパッケージデザインである。
これら花と鳥の意匠は西域を起源とし、やがて東方に伝播していくが、花鳥画としての成立は中国をはじめとする極東で完結する。
2010年2月13日土曜日
貧困ビジネス
イギリスの古典派経済学者であるアダム・スミスは『国富論』の中で「1人の金持ちが存在するためには、500人の貧乏人がいなければならない」と述べているが、その言葉は現代でも通用するようだ。
日本経済の低迷と格差社会の広がりに伴い、生活保護世帯も年々増加している昨今、これら生活保護受給者や低所得者やホームレスの人たちを相手にしたビジネスが横行している。
そのうちのひとつに無料低額宿泊所がある。これは従来社会福祉法第2条第3項第8号に基づく事業として、ホームレス・野宿者等生活困窮者の自立支援を目的に、無料または低額料金で提供される一時的な住まいである。これらは民間によって運営されているものや 社会福祉法人やNPO法人のような法人格を有するものから任意団体までさまざまであるが、都道府県知事への届出制であるため、個人でも開設が可能である。
法律上は「無料」とついているが、実際には生活保護を受給してそこから利用料が支払われるので、実態としては「低額宿泊所」が正しい。住むところを貸すことで生活保護費の受給を可能にし、運営する側はそこから安定的な収入を得ていくシステムになっており、生活保護費から住宅費、食費、光熱費、共益費などを支払うことになっている。高齢化や貧困化に対応しきれない行政の隙間を埋めている側面があるこれらの施設の中には、生活保護をピンハネするような悪徳業者も紛れ込んでくる。現在、「低額宿泊所」は全国に439カ所あり、1万4000人が宿泊している(2009年6月現在)。うち170カ所、4700人が東京都にいる。千葉県、埼玉県、神奈川県を含めた1都3県で全体の8割を占める。
一方、フリーターや派遣切り、また就職氷河期によって取り残された若年ワーキングプア(働く貧困層)のための簡易宿泊施設「レストボックス」というビジネスの実態もあり、1日1000円、平均して大体1日1780円~1880円程度が多く、一泊目は無料。いわゆるマンガ喫茶やインターネット喫茶で寝泊まりし、完全にその日暮らしとなって社会問題化している宿無しフリーターたちをターゲットにしている。
本来インターネットカフェは、他の貧困ビジネスのように社会的弱者を標的にして営業しているわけではないが、しかし、一部には「ネットカフェ難民」を主な“収益源”にしている店も存在している。1か月3000円で「店の住所」での住民票の登録と郵便物の受け取りを代行するサービスも実施しているところもあるほどだ。
ゼロゼロ物件
「敷金・礼金」が不要であるため一見格安費用で居住できるとして、非正規労働者のような低所得者に利用されるようになっているのがこれだ。しかし、派遣切り等の事由から経済的に困窮し家賃の全額もしくは一部でも滞納すると、違法でもある莫大な違約金を請求され、無断住居侵入、借家からの締め出しや鍵の無断交換、家財の没収や無断遺棄、「追い出し屋」による嫌がらせ等、利用者の同意や交渉の余地なく即時行使されるというケースが相次いでいる。
医は算術か?
医は仁術なりといった言葉が死語になりそうな話を2つ。
貝原益軒の養生訓[正徳三年(1713)]では、「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし。わが身の利養を専ら志すべからず。天地の生み育て給える人をすくいたすけ、萬民の生死をつかさどる術なれば、医を民の司命という、きわめて大事の職分なり」と述べられている。
最近起こった医者がらみの事件でひどいのが2つある。いずれも金に異常なまでに執着した銭ゲバ医者の話である。
◎ 奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」が生活保護受給者の診療報酬を不正に受給していたとされる事件で詐欺容疑で同病院の理事長、山本文夫容疑者(51)が逮捕された。
不正受給は患者14~15人分の1000万円以上にのぼることが確認されており、捜査資料によると、山本容疑者らは平成17年から18年にかけ、患者に心臓カテーテル手術をしたように装い、診療報酬数百万円をだまし取った疑いが持たれている。いずれも生活保護受給者の医療費は全額が公費で賄われることになっていることを悪用したもので、生活保護受給者が患者の大半を占めていた。
中には必要のない手術までして患者を死なせたり、同病院関係者は生活保護者相手に入院を勧誘するなど“営業”もしており、やることがえげつない点では、ずば抜けている。
◎ 横浜市の菅谷クリニック これはさんざんTVで報道されたのでご存じだろうが、我が家の近所にある美容クリニックで、同じく診療報酬の不正請求で逮捕されている。院長は旧厚生省OBの菅谷良男で、名前だけみると良い男らしいが、これもえぐい男である。宗教法人「 宇宙教団錦教会 」の代表といった別の顔をもつ菅谷は、患者のアザやシミをみつけては治療を長引かせ金を儲けるといった事案で、訴訟問題も多く抱えていた医者である。だいたい金にまつわる宗教はカルトを含めろくな宗教はない。余談になるが民主党が宗教法人の課税強化を画策していることに、戦々恐々としている宗教団体は大小を問わず多いはずである。これも時代の趨勢であろうか。
2010年2月3日水曜日
日本経済はどうなってんの?
2007年度の国連調査によると、日本は人類史上経験のない程の少子高齢化・人口減少時代に入り、21世紀半ばまでに人口は1億人(マイナス約25百万人、20%減)を切ると言う。逆に米国は、先進国の中で唯一、人口が大幅に増加する国として、今の3億人から4億人になり(30%増)、インド、中国に続き世界で3番目に位置する若い人口大国として君臨し続ける。生産年齢人口は、2050年に日本はマイナス39%、米がプラス28%。人口中央値の年齢は、日本が56.2歳、米国は39.6歳と親子程の年齢差になると言った恐ろしい予測になっている。そのため政府は少子化対策を必死ですすめている。
さらに経済の面ではGDP(国民総生産)において、日本の経済規模は中国に追い抜かれ第3位に転落することが確実視されている。同時にわが国の相対的な位置づけは下がり続ける。また日本は、核を持ったアメリカ、中国、ロシアの大国に囲まれた、変えることのできない地政学的な運命を抱えている現状で、日本は自らの将来像を冷静に見つめ、どんな国を目指すのか、新たな国力の源泉はどうするのか、国際社会の中でどうやって生きてゆくのか、地に足がついた中長期的な国家像を模索し国民に示すべき時に、国会では目糞鼻糞を笑うような政治資金の問答が繰り返し行われ食傷気味である。
金の問題がらみで内閣支持率も50%を切っている現状で、民主党の前途は多難である。
さて米国一国が、世界経済を牽引する構図は既に終焉を迎えており、世界経済の主役は、米国からBRICsなどの新興国に移りつつある。
「早くから内需拡大型の経済政策を進めてきたインドは、今回の世界不況の影響をほとんど受けていない。いち早く立ち直った中国も、09年の経済成長率は8%を維持。上海万博がある今年は、10%以上の成長を見込んでいる。2010年には、個人消費ベースで算出した世界のGDPの約52%が新興国で占められ、初めて先進国と逆転するとみられる。中国の購買層の主軸は45歳から25歳までの中間層であり、その数約4億人である。この大きな市場に先進国の自動車をはじめとする企業がなだれ込んで行き、熾烈な競争が繰り広げられている。
内閣府の試算によると、我が国の昨年度の上半期のデフレギャップは、金額ベースで見ても約40兆円の供給過剰が発生していて、依然、わが国の経済が大きなデフレから抜け出せないでいる。そうした背景には様々な要因があると考えられるが、先ず、景気の悪化に伴って、家計を取り巻く雇用・所得環境が悪化していることがある。足元で、企業は過剰設備・過剰人員を抱えた状態にあるため、今後も雇用や所得の環境が短期間に改善することは考え難い。また国民は、年金や介護、さらには医療などの問題を不安視しているから、どうしても、消費が盛り上り難い状況にあり、モノが売れない。さらに、わが国は、人口減少・少子高齢化という大きな問題に直面していることも、個人消費が伸び難い構造的な要因となっている。
経済主体の成長の決め手は「消費」と「設備投資」である事は言うまでもない。消費と民間の設備投資が伸びなくては経済の再生は有り得ないのである。その二つの需要項目が直ぐに回復を期待できないとなると、現在のデギャップを埋めることは難しい。デフレギャップが埋まらない以上、デフレからの脱却は難しい。
現在のデフレは日米欧の先進国に共通した現象となっており、今起きているのは、先進国の生産設備・土地・労働力・製品などの価値が下がっているということであり。そのことは、先進国が新興国に生産拠点を移したことと深い関係がある。今回大きな問題になった米国トヨタの大量のリコールも、部品の現地調達で、問題の部品の米CTSの供給元である中国の品質管理や技術的な問題から端を発した。
現在先進国のデフレ改善が進む中、依然わが国のデフレは改善が進まないでいる。国会も政治資金問題に多くの時間を費やしている場合ではないだろう。
政治家に金がかかることは、与党も野党も承知のはずで論戦を張っているのだから、国会は紙芝居である。みんな叩けば埃の出る御仁である。清廉潔白な政治家が、権謀術数の渦巻く世界の政治舞台で戦えるのかいささか疑問である。
本日、検察が小沢一郎の証拠が不十分なことから不起訴を決めたようであるが、これで終わったわけではない。次は国税庁や米国を巻き込んで脱税で起訴をする腹積もりでいるらしい。くわしくは評論家副島隆彦のページを参照されたし。
http://snsi-j.jp/boyakif/diary.cgi?start=1&pass=
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