2009年1月2日金曜日

八百万の神々





今年も初詣は地元の御霊神社から鶴岡八幡宮へハシゴした。どうも正月は神社仏閣に参拝しないと落ち着かない。日本人の特性だろうか?欧米人から見るとどうやら日本人は無宗教の人種に映るらしい。我々は欧米人とは違う神との関わり方を持っており、欧米の宗教であるキリスト教は(God)は唯一の存在である。日本の神はどれもが等しく人々の信仰の対象になりうる。だが日本における信仰の存在は、神社や神棚に祭られている「神」だけではない。仏教の「仏」も同じ次元で信仰されて、土着の信仰が外来の仏教に組み込まる習合もあり、この特異性は明治の神仏分離以後も継承されている。
                                             (鶴岡八幡宮)


日本人は現在でもさまざまな儀式儀礼において各宗教施設に詣でる。まず生まれた時や七五三などは神社に、そして死を迎えた時の葬式は仏式がほとんどである。そして結婚式をキリスト教教会で行うこともある。この無節操な壁のない宗教観こそ日本人の特質ではなかろうか?
我々の身の回りで日本人はあらゆるものに神を見出してきた。住んでいる土地屋敷、先祖、身の回りの物ならなんでも。もちろん商売繁盛の神様[稲荷神社]や七福神、果てや悪さをするカルト宗教など数え上げたらきりがない、まさに八百万の神である。


いずれも自分たちの生活に密着してご利益のあるものが信仰の対象になりうるのである。そこにあるのは深遠な宗教体系に基づくものではない。このことはキリスト教徒やイスラム教徒のように厳格な決めごとに従って生活している人々とは違った位置にいる。 困った時の神頼み、鰯の頭も信心から,家内安全、無病息災、福徳開運、五穀豊穣、大漁祈願等々、日本人の神様に対する祈願は多い。




西洋諸国では中世の500年ほどの間、宗教戦争を繰り返していたが、いわゆる国民国家が形成される過程において、「国は個人の宗教に干渉せず、宗教は政治に介入しない」と言う政教分離が確立された。日本では織田信長によって政治と宗教が結びつくことを禁じた。それは一向一揆との対決や比叡山焼き討ちと言った過激な手段で実現した歴史がある。


オウムの事件があってから、国は宗教に対する警戒心は深まってはいるが、創価学会を有する公明党には、連立政権党でもあることからその目も濁りがちである。また過去にたびたび政教一致が取り沙汰され、世の批判を受けてきたこの公明党と自民党の関係も、昨今の政治事情から隙間風が吹いていることは否めない。




現在くすぶっている中東戦争の序曲であるイスラエルとハマスの紛争は、もともとエルサレムにいたユダヤ人と入植者のパレスチナ人との領土争いである。その根底には迫害と受難の歴史を持つユダヤとアラブとの長い闘争がある。


いわゆるユダヤ民族の起源は、紀元前二十世紀にさかのぼる。当時彼らは、カナン(後のパレスチナの地にあったが、その後、飢饉に襲われたことから、エジプトに移住し、奴隷、賎民として徹底した差別を受けやがてエジプトを脱出する。これが、かのモーゼ率いる「出エジプト」である。


 再び、カナンに集った彼らは、ユダヤ教の教えに基づいた統一国家を樹立したが、やがてアッシリアやバビロンに征服され各地に雲散してしまった。こうして流浪と離散の民族がイスラエルを建国するまでの歴史が続く。1948年のイスラエル建国まで、ユダヤ人国家というものは一度も成立することはなかったのである。

いずれにせよ今問題の世界の弾薬庫である中東は、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教が混在している所で、今後とも紛争は収まりそうにない。

2008年12月23日火曜日

詐欺列島花盛り


最近、私の生徒の一人が今流行りの振り込め詐欺に会い、危うく騙されそうになったらしいが、手口は初期のオレオレ詐欺で、息子さんの所在の矛盾から難を逃れたそうである。
従来「オレオレ詐欺」別名「なりすまし詐欺」や「架空請求詐欺」「融資保証金詐欺」など詐欺の手口は数多くあるが、私の工房にも時々融資の電話がかかってくる。詐欺の手口の多様化で、警視庁で総称を「振り込め詐欺」と呼ぶことになった。



現在では初期の単独犯や数人での犯行であったものが、徐々に大規模な組織を構成するようになり、組織内でマニュアルを作成したり訓練を行っているとの事例も伝えられる。また、暴力団との繋がりを指摘したり、詐取した金が暴力団の資金源にもなっている。被害者は女性が約7割、60歳以上が全体の約8割。被害世帯の半数以上は、家族構成が65歳以上だけの『高齢者世帯』が多く、地域では関東(特に東京都)が最も多く、逆に京阪神(特に大阪府)では非常に少ない。警視庁の対策ページの分析では「大阪のおばちゃんは金銭感覚が鋭敏であるため、お金に絡む話ではハッキリ物を言い、日ごろから相手に“ツッコミ”を入れることに慣れている」といった気質に基づく要因が指摘されていて、今は亡き私の母親を思い出す。(笑)

昨年は、1万7930件もの認知件数で、約251億円もの被害総額を出した振り込め詐欺ではあるが、近頃は、新しい手口として"還付金詐欺"なども登場し、今年は1~8月の間で約214億円の被害がでるなど過去最悪の状況だ。
詐欺犯罪の背景にはターゲットとなる人の名簿、他人名義の携帯電話、他人名義の預貯金口座などが犯罪の道具として使われている。 名簿、携帯電話、預貯金口座は、振り込め詐欺グループやヤミ金グループの中では「三種の神器」と呼ばれており犯罪を遂行する上でなくてはならない道具となっている。これらの道具は闇で売買されている。


警視庁によると2003年頃からヤミ金業者の一部が振り込め詐欺に移行し始めているが、犯罪者グループは振り込め詐欺の方が検挙摘発されにくく、ヤミ金より「割のいい商売」だと思っているフシがある。ヤミ金も詐欺もいずれもヤクザな商売であるが。



そんな中、現職の京都家裁書記官が振り込め詐欺にあった被害者の凍結口座から、手の込んだ公文書偽造に手を染めて被害金をかすめ取った事件が起きた。ヤクザの上前をはねたハゲタカのような人間が、法の関係者にいたことは驚きである。もっとも警察にもマル暴と言ってヤクザを取り締まる専門の部署があり、どっちが暴力団だか分からないような警官も居ることは居るが。


2008年6月に「振り込め詐欺被害者救済法」が施行され、凍結口座から被害者に金がスムーズに返還できるような仕組みがつくられた。詐欺に悪用された疑いの強い全国約10万件の凍結口座に残されている被害金の残高は実に約50億円。2年かけて被害者に返還するのが目標だ。その流れは次の通りになる。
(1)振り込め詐欺に使われた口座は凍結され、その全体情報が預金保険機構に集約される。
(2)預保はホームページ(HP)で凍結口座の一覧を60日間公表する(公告)。法律上は、口座に金が     振り込まれた時点で、その債権者は口座名  義人となる。預保は60日間の公告の間に債権を主 張する口座名義人が現れないかを確認する(振り込め詐欺犯が訴え出ることはまずない)。訴えがなければ口座名義人の債権は消滅。これによって被害者への返還が法的に可能となる。
 
(3)預保はHP上で口座名義人の債権が消滅したことを告げ、被害者に各金融機関に名乗り出るよう勧める。
 
(4)金融機関での被害確認が済めば、返還される。

今回の事件発覚の端緒は、振り込め詐欺の被害者からの問い合わせだった。「凍結された口座にあるはずの、私のお金がない-」振り込め詐欺にだまされ、金を振り込んでしまった宮城県内の60代男性が、振込先の口座から被害金を取り戻そうとした際、口座に金がないことを不審に思い、その銀行に確認してきてから事件が発覚した。不正を正す側にいる人間がこれをやっちゃーお終いよ!
と言うわけで今年も食品偽装を含め詐欺に始まり詐欺に終わることになった。皆さん詐欺にはくれぐれも気をつけましょう。来年もよろしくどうぞ。
   

2008年12月14日日曜日

イメージの誤算 


 左図 「全体を見れば間違っている」 安野光雅 1977
 右図 「バベルの塔」 ピーテル ブリューゲル  16C




人類を繁栄させてきた想像力[イマジネーション]は時として人類を裏切っていく。21世紀を生きている我々は、100年に一度の体験をすることになる。経済社会を取り巻く世界の環境は日々厳しさを増している。すでにわが国でも主要産業の人員整理や派遣切り、あるいは倒産に至る企業も増えている。まさに2009年は嵐の年になるだろう。

1990年代以降、米国の金融資本は実体経済や作為的に作られた戦争経済で稼ぐだけでなく、[金融工学]と言う名の詐欺的な商いに手を染めるようになった。いわゆるユダヤの金貸し業が古来得意とするカネがカネを増殖する仕組みを、複雑なシステムに置き換え作り上げた。その結果実体経済の何百倍ものカネが動くモンスターが世界経済を凌駕した。



他者に先んじ、利益を独り占めにする貪欲なユダヤの商法は、シェークスピアの「ベニスの商人」でもおなじみである。今後この経済危機を契機に激増する貧困層を抱えていくアメリカ資本主義は、カネが全ての価値観の収縮が加わり、少しは変わっていくかもしれない。限りある金融資本、地球上のあらゆる限りある資源を身の丈で考える叡智を駆使しないと、人類の明日は無いだろう。

経済の基本は数学であり、数学は形あるモノを量の概念として抽象化したもので、それによって複雑な構造をもった関係性を把握しようというツールであるが、これがイメージと言う質の概念に膨らんでいく過程で、金融工学が数字を抽象化しすぎて量の概念を見失い、「実体数字」という「量の概念」が全く見えなくなっていった所に、イメージの錯誤が引き起こしたアメリカの金融危機が始まった原点があった。


16世紀ルネサンス時代の画家ブリューゲルが描いたバベルの塔は余りにも高い建造物を造ったがゆえに、自らの重さを支え切れずに崩壊したという。私には今日のアメリカが築き上げた資本主義経済は、バブルの塔ではなかったかと思うことがあるが、洒落では済まされない時代である。アメリカを代表とする人類の傲慢に神の鉄鎚が下ったのだろうか?

2008年12月7日日曜日

夢追い酒



年末になると落語の芝浜が頭をよぎる。あの拾った財布の大金は夢なのか!?
腕は良いが酒に溺れ、まったく仕事をしない魚屋の亭主。そんな亭主に業を煮やした女房が早朝、無理やり亭主の勝五郎を叩き起こし、20日ぶりに芝の魚河岸に魚の仕入れに向かわせる。


渋々、出かけてみたが、時間が早すぎたので魚市場はまだ開いていない。「女房のやろう、時間を間違えやがったな」と文句を言いながらも、久々に早起きして見る明け方の浜の美しさに感銘する。
魚市場が開くまでと、勝五郎が浜辺で一服していると、浜辺に流れ着いた汚い革財布を見つける。その財布を拾い上げ中身を確かめると、中には大量の小粒金が。慌てて長屋に帰り、女房に財布を見せつけ、「もう、これで当分遊んで暮らせる」と仲間を呼び出し、浴びるほど酒を飲み、またまた寝入ってしまう。
翌日、二日酔いで起きた亭主に女房が「昨晩の酒代の支払いはどうすんだい!?」とカンカンに怒っている。亭主は拾った財布の金で賄えと言うが、女房はそんなものは知らないし、見たこともないと呆れ顔。「そんなことはない!」と女房を問いただし、家中を探すが財布は出てこない。
茫然自失で「あれは夢だったのか」と財布の金を諦めて、今までの行いを悔い改め、女房に酒を断ち、仕事に精を出すことを誓った。
もともと腕の確かな魚屋だったので、懸命に働き出せば、得意先も戻り、以前にも増して客も増えていく。無心に働いた結果、3年後には棒手振り(天秤棒を担ぎながら町内を売り歩くスタイル)から一軒の魚屋を構えることができるようになった。
3年後の大晦日の晩今年の仕事をすべて終え、風呂から帰ってきた後、女房と二人でしみじみと今までの苦労を語り合う。
その際、女房はやおら汚い革の財布を出し、中身を広げる。小粒金で50両近くある。最初はこの大金に皆目検討もつかなかった亭主だが、3年前のことを思いだし、芝の浜で拾った財布が夢でなく本当だったことに気づき、今まで白を切っていた女房に怒りが湧き上がる。ここで女房は嘘のわけを涙ながらに説明した。大家に相談の結果役所に届け、その後月日がたち、落とし主が現れなかったので役所から拾った財布がそのまま戻ってきたのだと。
しかし、財布が戻ってきたとはいえ、せっかく酒を断ち仕事に打ち込んでいる亭主に、戻ってきた大金を見せると、また仕事をしなくなり酒に浸ってしまうんではないかと心配で、怖くて言い出せなかったと、涙ながらに詫びる。この事実を知り、亭主は怒りを納め、嘘をついていたとはいえ、自分を立ち直らせてくれた妻に感謝の意を述べる。

妻は3年間一心不乱に仕事に打ち込んできた亭主を労い「久し振りに一杯どう?」と酒を勧める。はじめは拒んでいたが「もう、あんたは大丈夫」としきりに勧められると、嬉しそうに杯を受け取り「一杯、頂くとするか」と口先にまで酒が注がれた杯を運ぶ。亭主は急に思い立ったように、杯を置く。妻「おまいさん、どうしたの? 」亭主「よそう。また夢になるといけねぇ。」

ここまで来ると女房の鑑と言う噺であるが、うちの奴はどうだろうとふと考えてみると、投機性のあるものに対しては、私が自制の効く人間と認識しているらしく、女房があまりうるさく言わないことをいいことに、過去のゴルフ会員権、金の先物相場、株と大穴をあけて頭が上がらない状況であるが、今じゃしっかり手綱を締められている。男は浪漫、女は我慢は古き良き時代のことか。
この年末は庶民のささやかな楽しみである年末ジャンボでよい年を迎えたいものである。

2008年12月1日月曜日

独立国家の条件





アメリカ政府が毎年10月に日本政府に突きつけてくる『日本政府への米国政府の年次改革要望書』は、日本の産業の分野ごとに、アメリカ政府の日本政府に対する規制緩和や構造改革などの要求事項が書き並べられた文書で、これを読めば数年後の日本を予測できると言われている代物である。
米国政府が日本の各産業分野に対して規制緩和などの要求事項を「通達」する文書で、文中の米国からの要求事項は、日本の各省庁の担当部門に割り振られて実行に移されていく。
こうした外圧の成果は通商代表部の「外国貿易障壁報告書」によって毎年3月に米国議会で報告され、そのうえ日米の担当官が定期的に会合を持って「通達」が実行されたかどうかをチェックまでしているということ。これはまるで「制度化された内政干渉」であり、アメリカの日本改造プログラムの一環である。
ちなみにこの要望書によって実現したおもな法改正には、あの郵政民営化をはじめ、外国企業の活動を助ける商法改正に会社法の制定、人材派遣の自由化。また会計基準の国際統一、司法改革制度など、小泉政権時の構造改革とかなりの部分がダブるわけで、さらには耐震強度偽装事件の一因となった98年の建築基準法改正も、じつは米国の要望だった。


1994年以降毎年出されてきた『要望書』の中で、アメリカ側が日本に要求してきたもののうち、既に法改正や制度改正が行われた主なものは、「持ち株会社解禁」「NTT分離・分割」、「金融監督庁設置」、「時価会計」、「大規模小売店舗法の廃止」、「確定拠出年金制度」、「法科大学院」などで、いずれもアメリカ企業の日本市場への参入条件を有利にするためのもので、アメリカの都合のいい様に我が国の防衛、行政、産業に至る構造改革を押し付けられ、従属国家としてノーと言えないわが国に対する要求は年々エスカレートしてきている。


さて、今起きている世界金融恐慌は、アメリカの覇権の衰退と世界の多極化を早めることを示唆している。アメリカの強大な軍事力は破たんしたカジノ経済と多国の米国債引き受けに支えられた経済力に裏打ちされたもので、米国の現状を鑑みれば、この世界一の債務国が2009年にはディフォルト(債務不履行)になるか為替操作で債務の半分をチャラにするかの荒療治(オバマショック)も想定されている。


戦後我が国がアメリカと結んだ安保条約の第10条には条約の効力が10年間としてあり、期限が来た時に終了意見の通告を行えばその1年後に自動終了となる。歴史を振り返ってみると軍事同盟は両国の利害が一致しなくなった時には破棄の運命にある。
アメリカの覇権が終わった時に我が国は、真の独立国家として、アジアの大国として世界に対峙していくためにも、防衛力[核抑止力]を強め従属国家から脱却の準備をしていく必要があるだろう。今の時代、核は金で買える時代でもある。


戦後60年経った今、アメリカから押し付けられた日本国憲法も軋みが出ている。時代はどんどん変容していく中で、硬直した社会制度や法律、また食糧自給率低下を招いている農業政策などの改革や資源問題の技術開発など、モノづくり日本の下支えをする政策が円滑に遂行されなければ、アメリカに去勢された日本の明日は無い。政治的閉塞感の充満した日本で,口先だけの漫画親父を我々国民は望んでいない。真に強い大和魂と先見性を持った実行力のあるリーダーを望むだけである。
今回囁かれている大連立政権も死に体の自民党にとっては活路になるのではないだろうか?

2008年11月26日水曜日

薬物汚染列島


昨今大学生の間に大麻が流行している。大麻は薬物乱用の入り口であるという。軽い気持ちで使用し、その後覚せい剤などの薬物使用へとエスカレートするそうだ。最近では有名芸能人の大麻使用による逮捕が話題となり、大麻汚染は止まることを知らない。国を挙げて、大麻や薬物汚染を食い止める必要がありそうだ。その背景にはネット社会における密売や不法滞在の外国人による密売などがテレビで取り沙汰されている。

大麻ないしマリファナ は、アサの花・茎・葉を乾燥させ、細かく切り刻み、調理または燃やすなどして発生した煙を吸引して使用する麻薬の一種であり、嗜好品や医療薬として用いられている。
日本では大麻取締法による規制を受ける麻薬であり、大麻精神病の原因薬物とされている。日本では、殆どの場合執行猶予になるものの無許可所持は最高刑が懲役5年の犯罪であり、営利目的の栽培は最高刑が懲役10年の犯罪である。
薬物乱用は日本では、交通犯罪を除く全逮捕者の5分の1、公判を請求された者の4分の1、刑務所入所者の3分の1にみられるといわれている。

こうした麻薬であるが、その源流はアメリカにある。19世紀のアメリカ社会は、良くも悪くも自由市場。武器も麻薬も、需要のあるものなら何でも販売され、それを規制する法律はなかった。やがて1960年代には「ヒッピー」など若者の間でマリファナを吸うことが流行したが、アメリカナイズされた日本はアメリカの後を追っている。アメリカに留学した若者の中にははマリファナの洗礼を受けた者も少なからずいるようだ。これら麻薬は最初はメキシコが主な栽培地だった。1970年代に入って、麻薬の広がりを嫌ったアメリカ政府が、アメリカ・メキシコ国境の警備を強化し、メキシコ産のマリファナがアメリカに入りにくくなると、生産地はコロンビア北部に移った。
 

コロンビア産のマリファナは、カリブ海の港からアメリカ南部へと船で運ばれるようになった。カリブ海沿岸のコロンビア人たちは、急に豊かになった。だが同時に麻薬組織も作られ、彼らの間で抗争が増加する。麻薬で儲けた人々が、マネーロンダリングを目的に、地域の銀行やホテル、交通機関などを買収し、経済的な力を握りはじめた。 やがてコロンビア国家全体が麻薬組織に牛耳られるようになったのは、1970年代後半から、アメリカでマリファナに代わってコカインがブームになったことがきっかけだった。
コカインは「コカ」の葉を原料に精製して粉末にしたもの。コカはかつて、コロンビアやペルーなどに住むインディオの人々が、興奮剤として日常的に噛んでいたものだ。アメリカでは、リラックスするマリファナより、気分が昂揚するコカインが好まれるようになっていった。
現在のイラクに駐留している米軍の最前線の兵士などは,士気高揚のためこれらの薬物に 染まっているものが多いと言われている。

アメリカ国立薬物乱用研究所(NIDA)の評価は次のようになる。
   

依存薬物  依存性  禁断性  耐性  切望感  陶酔性      

ニコチン      6     4      5     3     2  

ヘロイン      5     5      6     5     5   

 コカイン      4     3      3     6     4  

 アルコール    3    6      4    4     6   

カフェイン      2     2      2    1     1     

大麻          1     1     1     2     3

こうしてみると煙草のニコチンとアルコールも負けてはいない。私の行きつけの寿司屋の親父などは、2度の心筋梗塞で手術したにもかかわらず、タバコはやめていない。依存性の高さをうかがえるデータである。

2008年11月18日火曜日

毒にも薬にもならない話




日頃「毒にも薬にもならない。」というフレーズを耳にする。人畜無害で停滞した状況や、魂を揺さぶる感動や情念を呼び覚ましてくれる要素のないものと私は解釈しているが、時には人生のスパイスとして、毒も薬も必要なものである。




昨今話題の中国の農薬や添加物など、食品衛生上使用禁止のものが公然と使われ問題になっている。メタミドホス、ジクロルボス、メラニン等々。さてその中国の揚子江では、産卵期にメフグが海から川へ溯上し、その際に捕獲する。そのふくれた様が豚の様に似ていることから、「河豚」と中国語で書く。このフグは中国で唯一食用にされるフグでもある。古来中国では 「不吃河豚不知魚味吃了河豚百無味」・・・という言葉がある。河豚を食べずして魚の味を知ることはできない。河豚の味は他にない、という意味である。写真のように日本のトラフグに似ていて体長は20~40cmほどで美味いらしい。




食品中毒のうちで、ふぐ中毒がもっとも死亡率が高く、80%にも達すると報告されている。フグ毒は一種のシテガラ毒であり、神経毒のテトラドトキシンと言われるものを指している。これは猛毒であり、青酸カリの1000倍の致死能力があって、部位によって毒の強弱があるものの、幸いフグの身と白子には毒が無いので、我々釣り師はこれを頂く。
また雌の卵巣には猛毒があり、オスの白子は無毒と言うのもオスの悲しい性を象徴しているようだ。またフグは魚類で唯一人間並みに瞼を持っている。寝るときはまぶたを閉じるのだろうか?




また釣魚の対象のショウサイフグなどは身に弱毒があるので、食べ過ぎるとヤバイことになる。フグ釣りを始めたころ、少し食べ過ぎて、しびれは無かったが、血圧が急に下がって気分が悪くなったことがあった。それ以来食べる量は控えている。このフグは別名ナゴヤフグと言って、(尾張名古屋)で終わりと呼ばれ。キタマクラと称するフグは。食べたら北枕になるところから、それぞれ有難くない名前を頂戴している。過去に私が釣ったフグに味のランクを付けると、
1.トラフグ2.アカメフグ 3.マフグ4.ショウサイフグとくる。
 高浜虚子の句に次のようなものがある。  ”河豚くうて 尚生きてゐる 汝かな” 
 どっこいオイラは生きている。同時に素人の慢心は命取りとの天の声も聞こえてくる。



さてもう一つ毒のあるものと言えば、私にとって毒のある音楽はJAZZである。昔サラリーマン時代、会社のある新橋から10分くらいの所の銀座8丁目にあったジャズスポットJUNKは昼夜足繁く通った店で、今はすでに無い。昼間は喫茶店で夜はライブをやっていて、この店は中国人が経営していて、当時銀座にしては安い店だった。この店はコンボジャズからビッグバンドまで当代の名プレイヤーたちが綺羅星のごとく演奏をしていた。ナベサダ、日野皓正、日野元彦、八城一夫、世良譲、北村英治、またビッグバンドでは原信夫とシャープアンドフラッツ、など。又客の1人に今は亡き俳優の藤岡琢也が入り浸っていた。ある時にはピアノのアールハインズ(ジャズピアノの父と言われた)も来たり、ある時はウイントンケリーが来る予定だったところ、彼の訃報が飛び込み実現しなかったことなど。時に演奏者が客の参加を求め、非常にコンパクトな打楽器を配り、リズムをとって演奏に参加した楽しい思い出がある。
ジャズは、リズムと即興演奏(インプロビゼーション)が生命だが、生きる喜び、内面深く静かに燃える情熱や、魂の叫びみたいなものが、理屈抜きで心の琴線に触れる点で私のお気に入りの音楽である。特にビルエバンスのピアノが好きだ。


最後に忘れてはならない毒が酒である。これは飲み方次第で上質の薬にもなる。かつて作家の開高健がいい酒は水に戻ると言っていたが、言い得て妙だ。学生時代に通った渋谷の飲んべい横丁の仲間たちは、今は故郷に戻って女房子供に手を焼いているのだろうか?これじゃあまるでかまやつひろしの歌じゃないか。(笑)
酒は飲み方でその人の人間性が現れるものだ。いい酒、悪い酒、みんな飲み手次第で変わっていく。ある意味で酒が人間の毒を出してくれる。どうせ飲むなら楽しくおおらかに飲みたいものである。